「はあ?」
ナマエの口から間抜けな声が出る。
セイバー、セイバー、と連絡を飛ばそうとしたが、応答は無い。そういえばセイバーは残りのサーヴァントを探しに単騎で遠くに居るんだったなと頭を抱える。
よく考えれば、七騎のサーヴァント内、四騎をナマエたちが斬り殺しているのだから、他の陣営に目を付けられてて当然だった。
普通に考えて倒し過ぎ。聖杯戦争なんか、勝利した陣営であったとしても四陣営と戦うことなど早々無い。ナマエもセイバーも血の気が多過ぎたのかもしれない。
「僕の真名は坂本龍馬。初めまして、アサシンのマスター」
そう言って彼は右手を差し出した。
殺される、と身を引く。
「ああ、違うんだ、僕は話をしに来ただけで…そう身構えないで」
彼は困った顔をした。そんな顔をされても、セイバーという刃を持たず丸腰のナマエにとって、敵サーヴァントなど恐怖しかない。警戒の対象で当たり前だ。
それが伝わったのか、苦笑をした坂本龍馬は腰に吊り下げて居た剣を床に落とした。
「ほら、僕はこれで丸腰だ。真名も明かしてる。…どうかな、これで話を聞いてくれる気になったかな?」
彼が望めば、今すぐにでもナマエなど殺せるだろうに。
最初からナマエには従う以外の選択肢が無いのに、狡い人だと思った。
▽
「早速だけど、本題に入るね。
坂本龍馬は言った。
涼やかな微笑みで、敵意などは感じさせない穏やかな佇まいで。
「君には君のサーヴァントと手を切って、僕と再契約をして欲しいんだ」
最優のサーヴァント、セイバーのクラス。坂本龍馬。知名度補正。
沢山の情報が頭の中で渦巻く。ポンコツマスターであるナマエの勝率が上がる良い案だと思った。
「でも、どうして?貴方のマスターは?」
「最初からマスターは居なくてね。だから契約してくれる人を探していたんだけど…今回、魔術師はその相手として好ましくないんだ」
「それは何故?」
「聖杯が必要ないから…としか、今は言えないな。見たところ、他のマスターと違って君は聖杯が要らないみたいだったから。
僕が聖杯を廃棄すると言っても、平穏と日常の中で暮らす君は納得してくれるだろ?」
「まあ、それは。貴方と契約していたなら、わたしは納得したと思います」
とゆうか、ナマエにとってはメリットしか無い。
乗り換えて坂本龍馬と契約すれば、実質敵は一騎となるのだから。
単独で現界しているらしい坂本龍馬も”マスターを得る”という大きなメリットを持つ。
ナマエだけのメリットが提示されれば怪しさしか無かったが、互いの利益と不利益が提示された交渉は比較的信用できると踏んでいる。
「どうかな、アサシンのマスター」
からんころんとアイスティーの中の氷が揺れた。
優雅にカフェで寝返りの約束を取り付けるだなんて、正真正銘に彼は大物だろう。
ナマエとは持っている器から何からが全く違うのだと理解せざるを得ない。
ずずっと大物ぶってナマエも吸ってみたが、全く味が感じられない。緊張で背中に冷たい汗が流れる。
坂本龍馬は温和で柔和な男であったが、その腹の中では何を飼っているのか到底予想もつかなかった。
だが、そうだ。彼の出した条件は、良い。凄まじく。理由も根拠もある。
保証は無いが、取引というものは基本的にそういうものだ。疑われた方が、騙された方が負けなのである。
しかし、まあ───そうだな。そう。礼儀は、必要である。
ナマエは───会計をして外へ出た坂本龍馬に右手を出して、ニコニコと笑顔を作って、差し出される右手を引っ叩いた。
「嫌です。お断りします」
温和な笑みが少しだけ凍る。
「それはどうして?」
「だって私のサーヴァント、」
────セイバーなんだから。
言い切る前に、ナマエのセイバーが破竹のように飛び出す。
さっき呼び戻して、外に出るまで待機してくれとお願いしていたのだ。
セイバーは誰が巻き込まれようが関係無いし感慨も覚え無いようだが、ナマエはあまりよい気分では無いので店にカチコミされたら困ってしまう。
そこは珍しく汲んでくれたようで、文句は散々言われる覚悟だが暫く待っていてもらった。
「セイバー!」
その名を呼べば、恐ろしく繊細な太刀筋が闇を切り裂いた。
粗暴な性格に似合わず、神経質で繊細な軌道を描くといつも思う。
温和な笑みが少しだけ凍った坂本龍馬を射殺すばかりに睨んで、裏切り者がと唾を吐いた。
「止めてくれるなよ、こいつは殺さんといけんからのう」
「私も怒ってる」
初めて私怨に燃えるセイバーを見た。
いつもは割と冷静で、なんだかんだ言いながらもナマエの話を聞いた上で聞いてくれない訳なのだが、今回は全く聞く気がないらしい。
でもまあ、ナマエもちょっと、少し、けっこー頭に来ている。
マイルドな口振りであったけれど、セイバーを裏切れと言われたのだ。舐めやがってという気持ちである。
酷く渋い顔をした坂本龍馬が「理由を聞かせてくれるかな?」と困ったように笑った。
理由。そうか、理由が分からないのか。ナマエは静かに言う。
「だって私のセイバー、最優のサーヴァントだから。貴方が嘘をついている」
返答を聞いた坂本龍馬は「あー」と息を吐いて、眉を更に下げた。
「あんまり聞きたく無いけど、聞かないと話が平行線になるよね」
そう呟いて刀に手をかける。既に交渉が決裂していることを理解しているようだ。
「…それじゃあ、僕がセイバーだったらどうするのかな?」
紫の瞳がナマエを射抜く。温厚そうな顔だが、その目はもう笑っていない。
口元に浮かべた笑みで、ナマエを威圧してみせた。
正直なところ、今まで会った誰よりも怖い。一番恐ろしい雰囲気がある。これが、英雄。偉業を成した者。
だが、ナマエは言わなくてはいけない。セイバーの、己のサーヴァントを肯定するために。
「貴方がセイバーなら、セイバーが貴方を殺すよ」
「なっ…」
絶句したのはそれを聞いた坂本龍馬だ。彼女の言っていることは滅茶苦茶だと頭を抱える番だった。
己のサーヴァントはセイバー。相手もセイバー。ならば相手を殺す。そうすれば、自分のサーヴァントはセイバーということになる。
だが裏を返せば、”坂本龍馬がセイバーでないのなら殺す理由は無い”と言っている。…彼女のサーヴァントは別だが。
ナマエは魔力を込めた硬貨を投げ付けて、殺す気で魔術を連投する。出血大サービスであった。
「さあ死ね!貴方がセイバーなら此処で死ね!」
「言うちょることがめちゃくちゃじゃあ…!」
とんだイカれ女である。
標準語で喋るように心掛けている、シティボーイぶった龍馬が素に戻ってしまうくらい。
事前調査でほぼ一般人の魔術使いであることは知っていて、だからこそ接触したのに。箱を開けてみれば、私情だけで魔術を行使する一番迷惑な人種であった。
魔術使いというのは、そういった理に敵わない行動をするから魔術師に嫌がられるのである。
分が悪くなったことを理解した龍馬は、仕方無しに踵を返す。
元々そこまで速いわけでも無いのだが、マスターを連れたサーヴァントの速度に負ける気は無い。
「…以蔵さんのこと、宜しくね」
ナマエには上手く聞き取れなかったが、坂本龍馬は何かを呟いて、片手をひらひらと振った。挨拶するだなんて、自分と余裕じゃないかと悪態をつきそうになる。
激昂するセイバーを宥めながら消えた路地まで追ってみたが、すぐに霊体化して逃げたらしい。最早、追跡は不可能だった。
「裏切り者が…どのツラ下げてノコノコ出て来よった」
随分とセイバーは大荒れである。公共物を蹴るのはやめて欲しいのだが、自販機の横のゴミ箱に当たっている。あ~やめて~と止めに入れば、「喧しいわ」と一喝された。ついでに頭も叩かれたが、完全に八つ当たりである。
「…まあ、裏切らんかったのは褒めてやってもえい」
消えるように小さな声に振り返れば、もう一度叩かれた。耳が赤い。可愛い人だ。だってこれは、完全に照れ隠しである。