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04

最近ふと気が付いたことがある。
緑の艶やかなボディ、何処か虚無顔で一周回って愛らしく思えてくる顔、虫のようで虫じゃないような独特のフォルム。そう、ブラブナ。

いつものように大地の恵み…はフォトンと言うらしい。
それを固形に固め、ナマエでも可視化出来るようになったものを与えれば、彼らはぴょんぴょんと跳ねて喜びを表現する。ぷぴぴ、と鳴いたブラブナちゃんは今日も元気だ。
 
しかし、よく見ると違和感がある。
足元にびっしりと居たはずの彼らは、疎らに地面が見えるほどの数になってしまった。

「減っていませんか?」

そうサタナキアに問えば、至極どうでも良さそうに返答が返ってくる。

「ふうん、鈍いお前でも気が付くんだね」

俺は気が付かないと思っていたよ、と彼は息を吐くように悪態を吐く。
彼の言葉は常に棘があるのだが、やはりそういう難解な性格をしているのだろうとナマエは割り切っている。

それは何故かと問う前に、彼は指で制した。
喋るな、今教えてやるから、と言いたいのだろう。従順に従えば少し機嫌が良さそうである。

「前に話したよね。アスモデウス細胞から作り出したアナキスって言う検体のこと。護界憲章をすり抜けてメギド体を使う為に必要なんだけど…こっちに来た時に落としちゃってね」

「サタナキアさん、意外とドジだったりするんですか?常識は抜けているとは思っていましたが…」

「話の腰を折るのが上手だよね」

「ありがとうございます」

褒めてないよ、と冷ややかな視線をナマエに向ける。
彼は嫌味を言うのが大変上手なので、あしらい方も板に付いて来てしまった。

「とにかく、それを探すためにブラブナたちを徘徊させて居たんだけど…やっと釣れたんだ。思ったよりも時間が掛かってしまったけど」

ブラブナはプピィと元気良く一鳴きすると、ナマエの手に顔を擦り付けるようにして寄って来る。褒めて欲しいような動きだ。

それが何処か可愛らしく思ってぼんぼりを撫で付ければ、ステッキの先端が尻のように艶やかで丸い頬を打った。スパァン!と小気味の良い音がした。
な、なんてことを…と振り返れば、杖の持ち主である彼はにこにこと薄く微笑んでいる。

「無駄だって言ったよね」

「無駄ではありませんよ。コミュニケーションです」

「虫と?」

「虫なんですか?」

溜息を深く深く吐き出した彼は、呆れた顔で「お前は本当に面倒臭いね」と鬱陶しそうな視線を向けた。
サタナキアも人のことを言えないのではないだろうか、と率直にナマエは思ったのだが、指摘すると面倒なのは分かっていたので口を噤んだ。

「まあいいよ。どうせお前に全て説明する気は無いし。ただ、実験の邪魔になるから一週間くらい出て行ってくれる?」

勿論、と返そうとして、エ、と間抜けな声が出る。

「家に帰って良いんですか?」

「話聞いてた?一週間だけだよ」

要するに、時間が経ったら戻って来いと言っているらしい。
落胆するが、まあこの仕事も嫌いでは無いし良いだろう。衣食住は保障されているし。彼はナマエを大袈裟に脅したが、身の危険など一度も無かったし。もしかしたら只の愉快な人なのかも知れない。

帰省は一週間であったが、その間に十分レポート出したりなんなりが出来るだろう。
どうせ学校は休校である。…何か色々忘れているような気がするのだが、家に帰ったら流石に思い出すと思ったので今は考えないことにした。

「何をするんですか?」と深く考えずに問い掛けたものの、聞かなければ良かったなと秒で後悔することになった。

「俺を使った人体実験さ。理論を進めていても、やはり最後は被験体が要るからね」

「ワア…」

クレイジー。マッド。気が触れてる。
捲し立てるか悩んで、言わずに閉口した。命が惜しい。

運が良ければ…というか、悪ければ、だろうか。
彼が人体実験に失敗すれば、ナマエは解放される。それを望むのが普通であるのに、そうならないことを祈っている自分に気が付いてしまった。

悪性こそ無かったものの、ナマエは彼に同情を抱いてしまっている。そのことを知覚し、浅ましさに辟易とする。
誤魔化すように繕った言葉も、なんだか薄っぺらだ。

「無理はしないでくださいね。サタナキアさん、私達と同じ作りなんでしょう」

「限り無く近いとは言ったけど、同じだと言った覚えは無いよ」

もう二度と心配しないと心に誓った。

何にせよ、一度帰宅出来るのは喜ばしいことであり、やはりサタナキアという男はそこまで悪い人物では無い…のかも知れない。
ナマエの身に起きている惨状を思い出してすぐに撤回した。彼は畜生である。

それじゃあ、と一言別れを告げれば、特に返事は来なかった。やはり人格に問題がある。

トボトボとトランクを引いて扉を潜れば、ブラブナたちが見送りに来てくれた。

ぷぴぷぴと鳴いて、別れを惜しんでるように感じる…のだが、ナマエがそう思ってるだけかも知れない。
しかしナマエも彼らのことは好きだったので、静電気が立たないようにゆっくりゆっくりと撫で付ける。

喜んで跳ねる彼らは大変に健気で愛おしく、サタナキアとのあれこれの苦悩が吹き飛ぶほどに嬉しかった。
この館が嫌いでは無いと感じてしまったのは、仕方がないことであると思う。