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02

「以前作った仮面がね、本来の意図と違う形で運用されてるらしいんだ」

疲れて寝てしまったプルフラスを運んでやるか迷っていたナマエは、はい?と極々小さな声で聞き返した。

「以前、研究成果の窃盗に遭ってね。それと無関係とは思えないから、近々ソロモン達と調査に行くことにしたよ」

「うーん、情報量が多い」

ソファに腰を掛けてチョコレートを齧っているサタナキアは、空いている方の手で額を抑えた。
憂いの含んだ目は面倒臭いと言外に語っているし、それをわざわざナマエに言ってくる意味を察したナマエもまた、同じような顔をしている。

「ええっと、サタナキアさんが隠れて研究してるの、バレたんですか?」

「今のところは隠せてるよ」

「仮面っていうのは?」

「物体からフォトンを取り出す研究をしていたんだけれど、生物をプラチナに変質させる仮面が出来てしまったんだよね」

物体からフォトンを取り出す。
そこまではいい。最近のサタナキアを思うに、別にヴィータへの使用を目的としたものでは無いだろう。

ソロモン王はサタナキアの淡白さを咎めるし、ナマエもまた咎めるものだから、サタナキアは遠の昔に考え方を改めている。
助けられる命はなるべく助けようとするようになったし、困難だろうが非効率的だろうが、なるべく生命を最優先にするルートを選ぶようになった。

根本的に変わってはないものの、我々ヴィータの我儘を聞いてくれている。
それは大きな変化だと思う。

「いや…それ…結構ダメなものでは」

その上で咎めた。
幾らサタナキアの思惑が別の部分にあっても、ヴィータというのは野蛮な思想を持っているものだ。
ナマエやソロモン王は善に比重が向いているし、世の中の人間もそうであったら良いなと思っている。だが現実問題そうではない。

邪な心を持つ者にそんなシロモノが渡った結果…ソロモン王が原因究明のため、遠征することになっているわけである。

「そうだね。だから俺も困ってるんだ。想定外の大事になってくれたものだから、早めにお前を呼ぶべきだったと思ってるよ」

ナマエが研究について気が付いているのは予想通りだったらしい。
それどころか、早く手伝わせるべきだったと言われている。ナマエもほぼ同意である。そんな危ないもの、持ち出された時点で速攻手を打つべきだった。

「それで、私に何を?」

ナマエはサッサと本題に踏み込んだ。
サタナキアは何も、愚痴を言うために呼び止めたわけではあるまい。そのような無駄を好む人ではないし、ナマエを無意味に呼ぶことなどは一切無い。

「察しが良くて助かるよ」

彼はナマエに手を出させると、小さな塊を握らせた。
きらきらと白…というか、銀。白金色というのだろうか。質の良さそうなプラチナが、手のひらの上で輝いている。

「これ…まさか」

「そう。以前作ったプラチナなんだけど…これが流通してしまってるらしいんだ。その上、恐らくヴィータが素材にされている」

ナマエは顔をしかめた。
そんなものを適当に手の上に置いたのか。苦々しく思えば、サタナキアは馬鹿にしたように笑った。

「これは幻獣を変えたものだよ。よく見れば分かるけど、フォトンが圧縮されてるだろ。お前もフォトンが見えるんだから、類似物の出所を探るくらいは出来ると思う」

「はあ、なるほど。私が先行調査に行って、ソロモン王たちが真相を知る前に隠蔽工作をすれば良い、と…」

「そういうことになるね。じゃあ後は任せたから、よろしく頼むよ」

ナマエは責めるようにサタナキアを見たが、どこ吹く風である。
このまま詰っていてもラチがあかないのは理解出来たし、ナマエはサタナキアの行動こそ責めるものの、研究を取り上げられたら可哀想だとも思っていた。

仕方なく「はあい」と頷けば、サタナキアはチョコレートを一つくれた。
ナマエは随分、安い女である。

以前、純正メギドの外交官…ヒュトギン。
あとバールゼフォン。彼らが加入した際に訪れた、エルプシャフト文化圏のトーア公国…から少し離れた場所。

ステン領という地がプラチナの出所であると、調べればすぐに突き止められた。
ナマエが出発した時点で、ソロモン達は二日後くらいに出るという話であったから、なるべく急いで大元を抑えればなんとかなるかもしれない。

ポータルの先はトーア公国だったので、そこから多少の時間はかかってしまったが、そこは計算内である。
適当にフラフラ散開していれば、すぐに仮面の持ち主については分かった。ここの領主が持っているらしい。

…ナマエは只の女学生であった筈なのだが、こういった現地調査が随分上手くなってしまったものである。
聞き込み、立ち入り、ガサ入れ。
どう見ても取るに足らない一般人と言った容姿を持ったナマエは、調査に適切すぎる人材であったし、サタナキアを連れていないから目も引かないのである。

彼は少々、背が高過ぎるし顔も美しすぎる。
本人にそんな気はないのだろうが、それはそれは目立つのであった。

「僕と飲んでいるのに、余所見なんて酷いな」

取るに足らない容姿の男が言う。
彼はオレイと言って、サタナキアの協力者であると後から聞いた。

「すみません。不快にさせてしまったのなら、謝罪します」

茶色の髪に穏やかな暖かさを持った瞳。
眼鏡の奥できらめくそれは、少しだけナマエに似ている風にも思う…というか、今の色素の抜け落ちた髪でなければソックリだったのかもしれない。

彼が変装の達人だとは前もって聞いている。
サタナキアは言わなかったが、これが研究の協力者なのだろうと思ったし、嘗てのナマエの容姿を真似させるなど中々に意地が悪い。
怪盗の姿で出る訳にも行かないとは分かるが、それにしたって別に何か無いのだろうか。

「一応、初めましてと言っておこうかな。挨拶はした方がいいかい?」

「お互い時間が無いので、手短に済ませましょう」

「そうだね。“私”も、そう思うよ」

食えない男である。
ナマエも割と、人を食ったような態度であると言われがちだが、相手もまたそうであった。
同じ属性の人間…いや、メギドか。ともかく、近しい人格のやつと話していても楽しくは無い。

もっと…こう。サタナキアみたいな。
からかってみると案外かわいい人の方がナマエとしては好みだったし、もっと言えばプルフラスのような、純粋で純朴で分かりやすく可愛い子の方が好きだ。
やっぱり今回の件、気乗りがしない。単純にテンションが上がらないのである。

「もう十数時間もすれば、サタナキアたちはステン領に辿り着くだろう。それとほぼ同時刻に、噂の仮面のお披露目が行われるだろうから…盗んで、そのまま撤収するつもりだ」

「私に協力出来ることは?」

「特に無いね。サタナキアがどういうつもりで君を寄越したのか分からないけど、私とあいつで十分だろう」

ストレートにナマエは要らないと言われている。
しかしサタナキアに言われた以上、何か思惑がある筈、というか、彼は随分とソロモン王を軽んじているように思った。
それを見越してナマエを先に送ったのなら、サタナキアは随分と彼を理解している。

「ソロモンさんは中々のキレ者ですからね。あちらにサタナキアさんが居るとは言え、多分貴方を庇えないでしょうし…保険は掛けまくった方が良いですよ」

「ご忠告痛み入るよ。代わりと言ってはなんだけれど、君には地図をあげよう」

一応の義理は果たしたナマエに、彼は地図を手渡した。
ステン領の全体図であるそれには、目立つ色のマーカーで丸が付けられた箇所が存在する。
今居る一番大きな街から離れるように、飛び飛びで付けられた丸は不規則であったが、それ故におかしい。完全にランダムで何がが起きているならば、もっと偏ったりするものだ。

「これは行方不明者の所在地をマーキングしたものでね。規模の小さな村を狙うようにして、大規模に行われている」

「なるほど。村を丸ごと消してしまえば、ついでに口封じも出来ますものね」

如何にもアホが考えそうな手口である。
プラチナを作る素材として、小さな山村などを狙うのは短絡的すぎる。村ごと消してしまえば、確かに口封じは楽かもしれない。

だがその規模で事が起こった際、責任問題は領主に行く。
そうなった時に揉み消して仕舞えば、誰が仕組んだ事かも、何を使ってプラチナを作っていたかも、一瞬で露見するに決まっていた。
馬鹿すぎないか?とナマエは思ったが、そこでやっともう一つの思惑に気が付く。

その分かり易過ぎるムーブをした上で、それを誤魔化す道が無い訳ではなかった。

目の前の男を見る。
オレイは取るに足らない男の容姿を取っていたが、本来はこの姿では無い。世間を騒がす怪盗で、盗品だけを狙う義賊であった。
“予告したら絶対に盗む”のだ。怪盗オレイカルコスは。

「…貴方が盗もうとしている仮面、多分偽物ですね」

「どうしてそう思うのか、聞いてもいいかな?」

「馬鹿の考えそうなことです。貴方に偽物の仮面を盗ませて、自分は既に“富を呼ぶ仮面など持っていない”と言えばいい」

オレイはナマエを見る。
先程まで、此方に興味など一片も無さそうな雰囲気であったが、その目は少しおかしそうに笑っていた。

「そうすれば、領主は怪しいままですけれど…分かりやすい因果関係は無くなりますね」

ブラックかグレーの差であるが。
ナマエはオレイに忠告して、プラチナの隠し場所を暴いておしまい!と思っていたが、楽は出来ない運命のようだ。
己が建てた仮説が正しければ、今、この時に置いても領主の手駒はプラチナを増やしている筈。

「まあ、私の推理が外れていたら恥ずかしいので…そういう場合もありますね、程度に思っていて欲しいですが…」

「そんなことは無いさ。私は仮面を盗み出すけど、それが偽物だった際…君の仮説を信じさせて貰うよ」

テーブルに彼はコインを置いた。
どうやら奢ってくれるらしい。…サタナキアには無いスマートさである!ちょっと感激してオレイを見れば、やっぱりナマエによく似た顔で笑っていた。

柔和で、天然そうで、優しそうなくせに、人を小馬鹿にしたような態度も。
全然おかしくないのに微笑んでいる薄気味悪い態度も。
どこをどう取ったって、”嘗ての“ナマエにそっくりであった。