戦いに負けないということが強いということか?
キャンプファイヤーでマドレーヌ先生が語ったのは、真理を得る為の心構えである。
そのことに対してナマエの個人的な見解は、そうでもあるし、そうでもない、だ。
本当の強さがあれば戦いにはならないと言うけれど、実際はそれが全てに適用されるわけではない。“強ければ、最低限の戦いで済む”。これがナマエの結論であり、持論だ。
人には戦わなければならない時が必ずあるし、己の意志を通すには腕っ節も必要。あっても、ダメな時はダメ。自由とは、選択とは、ある程度の制約があるからこそ生まれるもの。人生ってそういうものだ。
この議論はグラン・ドラジェとも何度もしているが、“正しくもあり、私にとっては間違ってもいる”とのことである。それは要するに、ナマエにとっては正解ということだ。
ナマエは未だ、魔法の真理が見えない。どれだけ極めても関係なかった。きっと魔法の全ては、魔法の腕前自体とは関係の無いところにあるのだろう。
「お〜い」
遠くから声を掛けられる。カシスだ。
ナマエは丸太から立ち上がり、そちらの方へ歩いて行く。そこには、只野とガナッシュも居た。
珍しい取り合わせに驚けば、ガナッシュは面倒臭そうな顔をする。彼は基本的に年上の三人が苦手だ。多分、カシスもレモンもナマエも、ガナッシュを揶揄ってくる数少ない人間だからである。
「タンケンは楽しかった?」
彼女はキャンプファイヤーの前、セサミと一緒に探検ごっこに行っていた。
ナマエも一度誘われたのだが、メンバーにペシュが居ないので断ったのである。加えて言えば、ペシュが参加するなら着いて行くとも伝えた。
だってバスの時刻も遅れたのに、キャンプファイヤーにも遅れてしまったら…考えるのはよそう。
只野が笑顔で頷く。
このキャンプ場は闇のプレーンの気配が漂っているが、彼女にとっては特に問題ではないようだ。
「楽しかったぜ。宝箱があったんだけどな、まつぼっくりが入ってたんだ。傑作だよな」
「キミほんとに行ったんだ」
「おっと、オレだけじゃないぜ。レモンも居たからな」
まつぼっくりを只野が見せてくれる。只野は海賊のお宝を期待していたようで、ちょっと残念そうだ。
「カベルネとかも?」
「鋭いね。まあ、そんなとこ」
こういう遊びをする印象は無かったが、カベルネを誘う口実だったのなら納得である。
レモンを誘ったのは、流石に年長が一人でタンケンごっこに混ざるのは恥ずかしかったからだろうか?
彼女は絶対に一旦バカにしてそうだが。なんならカシスも参加しておきながらバカにしてそうだが。
少し気まずそうなカシスを見て只野が笑った。ついでに探検メンバーはカシス、カベルネ、レモン、カフェオレだったとも教えてくれる。
只野はカシスの優しさが分かっているようだった。
「おい!そんな話をしている場合じゃない!」
タンケンごっこの話を聞かされたガナッシュが怒鳴る。どうやら、この四人を集めたのは彼だったようだ。
「イヤな気配を感じる。何かが来る。お前たちも警戒しておけ」
能天気そうな只野とカシスとは対照的に、ガナッシュはキャンプ場のヤバさに気付いているらしい。
それはナマエも同意だ。ここは何度も事故が起きている曰く付きの海岸であるし、何処から発生しているかは知らないがエニグマも湧く。
そもそもグラン・ドラジェが此処に送り出すのも、生徒たちに戦う訓練をさせるためだ。
「こんな感じでさ。さっきもオレと只野に戦い方についてレクチャーしてたんだぜ。
ったく。オレさまを誰だと思ってんだよ」
「へえ。何について聞いたの?」
「戦闘のキホンだけ。オレからは能力値についてだけ説明した」
「わたしには教えてくれないんだ?」
「ナマエは聞かなくても分かるだろ」
「オレには言わねえと分からないってか?」
只野がオロオロと三人を見る。
ガナッシュとカシスは仲が悪い訳ではないが、ガナッシュは多分ノリが軽くて食えないヤツが苦手なので、歳上の三人に対して当たりも口調も強い。二人は不良気質でスレてるのもあるだろうが。
元々ガナッシュは穏やかな性格の坊ちゃんなので、割と常に喧嘩腰のカシス…ついでに言えばレモンともソリが合わないのだろう。ナマエも含めて三人は気が合うし。
「フォーメーションのこととかは?みんなで戦うなら、絶対に必要な情報だよね?」
「オレは必要と思ったことだけを伝えている。言いたいことがあるなら、自分で言ってくれ」
「わ〜頑固。オッサンくさいぞ〜」
「…ナマエ。オレのほうが1コ下なんだけど」
「じゃあわたしはおばあさんかな?」
只野がナマエの袖をチョイチョイと引っ張る。魔法の手帳とペンを構えて準備ばっちり。どうやら隊列について聞きたいらしい。
ナマエはバスに乗り遅れたので、手帳を受け取っていないコトに気付いた。まあ今更どうでもいいが。
「フォーメーションっていうのは、戦闘時の並び順のことだよ。
前列は攻撃を受けやすいの。
だから、HPと守りが高い子は前列にすると良いかもね。
ああそれと。真ん中の列はダメージを受けやすいよ。複数攻撃出来る魔法は横一列だったり、2×2だったりするからだね」
只野がコクコクと頷く。この様子だと、知らなかったらしい。
“カシスは意外と打たれ弱いから、後列がオススメなんだよ”とコッソリ教えれば、只野はそれも魔法の手帳に記した。素直で真面目な良い子である。
「そうだ。図書館の宝箱は開けた?きっと防具が入っていたよね。
でも防具は持っているだけでは意味がないんだ。
メニューを開いて、装備しないとね。
そうそう、行動順を調節するのにワザと装備しないのも有効だよ。みんなで戦うなら、速さにも気を配らないと」
「なんだよナマエ。随分しっかり教えるじゃん。オマエもなんかあるって思ってんの?」
「うん。このキャンプ場、曰く付きじゃん。
カシスは知ってると思うけど、毎年事故が起きてるのもホント。行方不明者が居るのもホント。
この学校大きいから、他のクラスの生徒なんか覚えてないかもしれないけれどね」
他にも話を聞きたい相手が居るらしい只野は、一度頭を下げて走り去っていった。
ナマエもカシスも解散しようとすれば、肩を掴まれる。ガナッシュだ。
「待て。此処に居ろ」
「只野は行かせたのにか?」
「只野は他のヤツに聞きに行く事がある様子だったからな。その点、お前たちはその辺りで駄弁っているだけだ」
「決め付けだよガナッシュ。まあそうなんだけどさ」
仕方無くその場に座れば、立ったままのガナッシュがナマエを見下ろす。随分と肩に力が入っている。
此処で何かが起きるのは、彼の中で確定なのだろう。ナマエもそれは同意見だ。
「おい、ナマエ…お前、何か知ってるだろ。この際、姉さんのことは良い。だが、クラスのヤツらまで姉さんのようになったら…取り返しが付かない」
「そうだね。だから、先生やわたしが付いてきてる」
「…?何を知っているのか分からないが、早く話して────」
キャンプファイヤーの方から叫び声が聞こえる。夜はまだ始まったばかりだ。