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光のプレーン⑤

 レモンの行き先をナマエは知らなかったが、運の良いことに彼女はすぐに見つかった。
 宮殿を出てすぐの所に倒れている。驚いたペシュが叫んで、倒れるレモンに駆け寄った。

「レモンちゃん!!大丈夫ですの!?」

「ツウ……っ!!油断した……。あのエニグマ~!!ブッ殺してやる!!」

 揺すられた彼女はすぐに立ち上がる。擦り傷などこそあるものの、身体は無事だし魂も無事のようだった。
 彼女は負けん気が強いタイプなので、エニグマも昏倒させてすぐにとっとと手を引いたのだろう。我の強い魔法使いに契約を持ち掛けても、無駄足になるからだ。

「フゥ~。相変わらず怖いお姉さんだ。」

「エニグマはもういないわよ、レモン」

「いない?いないってことは……お前達でやったのか?まあ、ナマエも居るし分からないでも無いけど」

「過大評価だよ」

「思ってない癖に」

 レモンは立ち上がってホコリを払うと、ブルーベリーからグミを受け取った。
 それを口に含んで「反撃開始と行こうぜ」と拳を握る。闘志が燃えているらしい。

「カフェオレはどこに行ったっぴ!?」

 目的を見失い掛けていたレモンを引き戻したのは、ピスタチオの正論である。
 彼女はアー、と少し悩んで、北西を指差した。

「裏門のドワーフ達が古代機械がどうのと言ってたから…その先にいると思う」

「カフェオレじゃなかったら?」

「その時はその時よ。それじゃ、早く行こう…と言いたいところだけど、これじゃ人数が多すぎやしないか?」

「確かに、あまり人数が多いと逆に危険だ」

「もしもの時に脱落するのは、少人数の方が良いしね」

「ナマエちゃん…フキンシンですの…」

 只野が悩むようなジェスチャーをして、誰が行く?と聞きたげにみんなを見た。
 ナマエはどう言われてもバスに残る気は無いのだが、他にも進んで同行しようとする生徒が居たらしい。ブルーベリーが強い声で言った。

「私、残るのはイヤよ。戦うわ。」

「ブルーベリーちゃん……。でも…」

「ありがとう、いつも気を遣ってもらって。でも私だけ残るのはイヤ。絶対にイヤ!」

「気持ちはわかるけど、カラダはだいじょうぶなの?」

「心配しないでよ。大丈夫に決まって……うっく……」

「駄目じゃん。皆、彼女を魔バスまで連れて行ってあげて。
ここから先は、私とナマエで行くことにするよ」

 ブルーベリーは同行したいようだが、誰の目から見ても彼女は安定性に欠ける。当然のようにレモンに却下されたが、彼女は納得が行かない様子だった。
 少しだけ言い淀んだブルーベリーは、再び声を張り上げる。

「のけ者にしないで!!私だってやれるわ!!」

「レモンちゃんはそんなつもりで言ったわけじゃないですの…」

「どんなつもりか知らないけど……いつも私だけ置いて行かれるのはイヤ!!」

「やれやれだね。お嬢様。」

「そんな言い方しないで!!
確かに私…生まれつき体は弱いけど…でも、そんなこと気にしないで普通に接して欲しいの!」

「出来ないよ…特に今は酷い有り様だ。ヘタすりゃ、あんたを死なせることになる。」

「私に、一生皆から外れて生きて行けって言うの!?
小さい頃からずっと、パパやママからお前は長生き出来ないって言われてきたから、私、死ぬのなんて怖くないよ!長生きしたいなんて少しも思ってない!!
ほんの少しの時間でも、皆と一緒にいたいの!!親友でしょ!?レモン!!」

 レモンは一貫して宥めるような態度だったが、ブルーベリーの言葉に思う所があったらしい。
 明確に反意を覚えたらしい彼女は強く言い返した。

 カシスとシードルは兎も角、ブルーベリーとレモンが揉めているところなどナマエは見たことない。内心驚きながら見守れば、レモンは引かずに言及した。

「ブルーベリー…私達、本当に親友だった?」

「それは…あなたがどう思ってるか知らないけど、私は親友だって思ってた。それすらもいけないって言うの?」

「それじゃ、どうして親友の私にいつも隠し事をするの?」

「隠し事?私が?」

「あなた、体の具合が悪い時も何も言ってくれないじゃない。何も頼ってくれないじゃない。
私がいつも心配してるのに、自分だけで抱え込んじゃってさ。そんなの親友じゃないよ!!なんで何も言ってくれないんだよ!!」

「!!!!だってそれは…。」

「一緒に行くのは構わない。でも、条件があるわ。体の調子が悪い時は、すぐに言うこと。
自分だけで抱え込まないで、ちゃんと、私や皆を頼らなきゃダメよ。それを守れるなら、もうあなたを1人で待たせたりしないわ。」

 ナマエはブルーベリーとレモンは全く気の置けない関係なのだと思っていたが、案外とそうでもなかったらしいことを知る。
 仲が良いからこそ、親しいからこそ言わない、言えないこともあるのだと昔シャルドネが言っていた。それに該当しているのだろう。

 オロオロと見守っていた只野とペシュに二人は軽く謝ると、「そういうことだから」とレモンは言った。
 ナマエが聞き返そうとすると、ピスタチオは「ナマエ…」と咎めるように見た。

「どういうこと?」

「ブルーベリーも行くってこと」

「ありがとう……あの、ごめんね、私……迷惑ばっかかけて……。」

「いいよ。私たち、親友でしょ」

 二人はその場で握手をして、話は丸く収まったらしい。
 ペシュが「よかったですの!」とはしゃいでいる。レモンは「それでだけど」と話を本筋に修正した。

「やっぱり、大人数が危険なことに変わりないよね。ねぇ、只野。カフェオレのことは、私達にまかせてほしいの。
私と、ブルーベリーとぺシュと…」

「ナマエちゃんも一緒に行きますの!」

「この四人で、なんとかカフェオレを連れて帰るわ。いいでしょう?」

「おいおい、勝手に仲間に入れられてるぜ。良いのかよ、ナマエ」

「いいんですの!」

「ペシュが答えんのかよ」

「わたしは良いけど、只野も連れて行くべきだと思う」

「只野も……?そうね、只野には特別な何かを感じるし、一緒にいてくれた方がいいわね。」

 ナマエの提案に只野は頷いて、パーティが決定された。
 前列に只野、ナマエ、レモン。後列にブルーベリーとペシュだ。

 

 

「じゃあ俺たち、先戻ってるよ」

「また後で合流ね〜」

「頑張るッピよ!」

 各々マイペースなキルシュ達と別れると、只野たちは宮殿の外へと向かう。
 カフェオレを助けて、他のクラスメイトを見つけて、全員で学校に帰る。これが目標である。
 その道すがら、ブルーベリーは呟いた。

「…ねえナマエ」

「なに?」

「もしも私のせいで誰かが危なくなったら…その時は、私を置いて行って欲しいの」

「ブルーベリー!」

 レモンが咎めるように怒鳴るが、ナマエはそれを手で制した。
 わざわざナマエに伝えるということは、ナマエにしか出来ない役目なのだろうと判断したからだ。

「なんで?」

「私は私の我儘で皆について行く。ケジメは付けるべきだわ。
貴方ならきっと、最善を選んでくれる。私が知ってる中で、ナマエ以上にリアリストな子は居ないわ」

 要するに、ナマエが合理主義の全体主義であるから後始末をお願いしたいのだと言う。
 レモンは「まさか、承諾するワケねえよな?」とナマエを睨み付けたが、構わず頷いた。

「ナマエ!」

「ブルーベリーがそう言うのなら。
だけどその前に、レモンがバスに帰れって言うと思うよ」

「そうね!帰れって言うよ!」

「…今のは忘れて」

 ブルーベリーは舌を少し出して、イタズラっ子のようにはにかんだ。
 彼女はこう茶化したが、ナマエを見る目は真剣だった。その時はそうしろと、彼女は言っている。
 レモンには悪いが、最悪の事態が起きた時────ナマエはブルーベリーの言う通りにするだろう。

 きっとそれは誰よりも仲間想いなレモンの為で、彼女を思ってのことだとナマエにも分かる。
 その隠し事はレモンの為だったけれど、それを知ったレモンはどう思うのだろうかと、ふと思った。

「本音を言わなきゃ、友達は寂しいもの?」

「なんだよ、急に。そりゃ全部言えってワケじゃないけど…気を遣ってウソ付いて、頼ってくれなかったら嫌だろ」

「それは本当にごめんなさい。私、迷惑を掛けたくなかったの…貴方が大事な友達だからこそ…」

「いいよ。過ぎたことだし。今度から教えてくれればね。
でも、なんでそんなことを聞くの?ナマエらしくも無い」

「レモンちゃん…だって、ナマエちゃんの一番のお友達は…」

「!」

 レモンとブルーベリーは三年前には既に学校に通っていて、カベルネとも知り合いだった。だからシャルドネのことも知っていたのだろう。
 ペシュが何処で知ったかは知らないが、案外カシスなんかが話したのかもしれない。

 彼女達は優しいから、ナマエが気に病んでいると思っているのだろう。だが、それは間違いだと訂正する。

「気にすることないよ。
死んだだけで、二度と会えない訳じゃない。同じ魂はいずれ、何処かへ生まれて来るから」

「でも、命を失くしてしまったのは事実ですの…
魂は同じでも、生まれ変わったら同じ人ではありませんの。それはやっぱり、お別れだから…哀しいことだと思いますの…」

「魔法使いはそうは考えない。身体と離れるだけで、同じ魂は同じ宇宙に存在してるのだから」

「…なんつーかさ。ナマエも校長も、ずいぶん俯瞰的な視点で物を見てるわよね。
それって、経験を積んだ魔法使いのジョーシキなの?」

 俯瞰的とは、言い得て妙である。確かに言われてみれば、グラン・ドラジェやマドレーヌ、“すべて”を知っているとされている魔法使い達はみんな、個人ではなく世界全てを見る。
 きっとそれこそが魔法の全てに繋がっているのだろう。だから俯瞰的なのだ。…ナマエはそう言うか悩んだが、質問の意図から外れると判断した。

「そうだね。少なくとも、おじいさんはそういう魔法使いを育てたいみたいだ。
個人を気にせず全体主義で、何があっても自由であるべきってね」

「おばあさまも言っていたわ。自由だからこそ、優れた魔法使いだと言えるって。
でも…自由で在るかを決めるのも、きっと自由だと思う」

「…自由で在るかを決めるのも自由?」

「うん。全てを自由に生きるか、不自由を選ぶ自由を取るか」

 ナマエは少しだけ考える。自由は言葉通り自由という事だ。自由に選択したとして、不自由は自由であるのか?
 まだ魔法使いとして未熟なナマエには、その言葉の真の意味は汲み取れなかった。

 怪訝そうな表情をしてしまっていたのだろう。ブルーベリーが言葉を選んで尋ねようとする。

「ねえ、ナマエ…ナマエは、本当はどう思ってるの?」

「わたし?わたしは…」

 ナマエは言葉に詰まる。死ぬことは終わりでは無く、別れでもない。ただ、今生で同じ姿のまま会うことが無くなるだけだ。
 魂は消えたわけではないし、彼はただ此処から居なくなっただけだ。それ以上でもそれ以下でも無いはずなのに、ではナマエは何故、シャルドネの最期の選択を────死を選んだ事を、何度も思い返すのか。

 ナマエは事実として受け止めているのに、どうして返事が出来ないのだろうか。

「あのね、その人がどれだけ大切な友達でも…友達はその人だけってワケじゃないわ」

「そうですの!私も、レモンちゃんも、ブルーベリーちゃんも只野ちゃんもお友達ですの!」

「私は今、レモンの本音を聞いたし、嬉しい。ナマエの事も同じように知りたいし助けたいって思ってる。
もしも、私たちじゃ役に立てないなら…その、うーん…すごい不服だけど…アイツとかに話したら良いんじゃないの」

「アイツ?」

「アイツよ!軽くて、ナンパで、テキトーで、見境の無いアイツ!」

 ブルーベリーの言うアイツとはカシスのことだったらしい。
 だが、ナマエにはナマエとカシスが繋がる理由が分からなかった。というかそもそもカシスに人生相談をしたところで、前日のように“他のヤツに聞いたらいいんじゃない”と言われるだけのような気がした。

「…そんなにカシスの話したくないのね」

「だって!私たちの方がナマエと仲良しだもの!でも、アイツもナマエを大事に思ってるわ!それなら黙ってるの、なんかズルいじゃない!」

「私、ブルーベリーのそういうところ好きよ」