魔法大国コヴァマカ。
この国のはずれのもっともっとはずれの小さな隠れ里に、一人の少女が居ました。
少女は魔法使いの家に生まれましたが、親とも兄弟とも集落のみんなとも違う、別の魔法を持って生まれました。
集落では、同じ魔法を使うことが当たり前でした。同じ魔法ではない少女は、酷く落胆されました。
里の人たちは彼女を蔑み、石を投げ、落ちこぼれだと罵りました。
少女は生まれてからずっとそうだったので、疑問すら持ちませんでした。
そんなある日、一人の老紳士が少女の住む里を訪ねてきました。
この人こそ、大陸に魔法をもたらした大魔法使い、グラン・ドラジェでした。
しかし、里はもう在りませんでした。
小さな燻りは大きな火種となり、少女を慕う精霊が集落に火を着けてしまったのです。
グラン・ドラジェは彼女に訊ねました。
「キミは精霊が好きかい?」
少女は答えられませんでした。今迄の人生に、好きも嫌いも必要が無かったからです。
「でも、この精霊はキミが大好きのようだよ」
心配そうに少女を見つめる精霊は、嘗て気紛れで助けてあげた精霊でした。
少女は分かりませんでした。
精霊が火を着けた理由も、精霊がグラン・ドラジェに少女を好きだと伝えた理由も。困って見上げた少女に、老紳士は微笑みました。
「着いて来なさい」
「どうして?」
「精霊がキミを愛しているから」
少女と老紳士を囲むのは、武器を持った人たちだったものでした。
老紳士が杖を振って精霊に呼び掛けるだけで、集落は無くなってしまいました。
そうして集落の最後の一人も立ち去り、精霊と戦争の火種は消えました。
少女の目には、大魔法使いの肩に集う無数の精霊の姿が見えていました。
だけれど、そこに愛の精霊の姿はありませんでした。
学校の寮へ向かう道すがら、グラン・ドラジェは少女に語りました。
「私がキミに伝えたいのは全て。この世界にあるもの全て。最後にはそれが、キミの意思だけで自由に動くようになる。
だが先ずは、友達を作りなさい。友情を知って、愛を知りなさい。全てを知るのは、その後で良い」
▽
「本当にこれで良かったの?」
夕日のような茜色の少女が、形だけの微笑を浮かべた無表情で問い掛けました。
その足元には、夥しい赤が広がっています。それは少女のものでもあり、少年のものでもありましたが、先程少年を庇った少女のものが殆どでした。
臆せずにパペットの少年は答えます。
「ボクは彼女に会って話をしないといけなかった」
「死ぬことになっても?」
少女は少年の恋人がどうなったかを知っていました。
だからこそ止めましたが、彼は聞く耳を持ちませんでした。
「それでも…」
少女はパペットの少年が弟と言い争いになった場面を見ていました。
少年の弟の言い分は尤もで、少女の意見も変わりません。再び顔を合わせた時も、少年の恋人は容赦無く少年に魔法を放ちました。
だけど、少年を庇った少女を倒しても、彼女はちっとも嬉しそうではありませんでした。
それどころか酷く気分を損ねたようで、逃げるように去って行ったのです。
少女と少年は命拾いをしていました。
「わたしが追い掛けて来なければ、キミは死んでたよ。大人しく、あの子が負けるのを待ってれば?
そしたら面会でもラキューオでも、どっちでも良いじゃん」
「それじゃダメだったんだよ。キミやカベルネには少し、難しかったかもね」
「…」
「ごめん、当たって。キミは悪くないのに。
それに、助けてくれてありがとう。キミと友達になれて本当に良かった」
「だったら!」
「悪いのは、こうなる前に気付けなかったボクと…彼女を取り巻く、世界なんだ。
だから────」
少年は立ち上がって魔法を使います。
「だから、行かなきゃ」
少年を庇って怪我を負っていた少女は避けられる訳もありません。
身体が吹っ飛ばされて、強く木に打ち付けられました。
「…ボクが死んだら、あの城が見えるところに埋めてくれ」
意識を失う直前に、少女は思います。
恋人の存在が、好意のある相手の存在が、人や精霊を非合理に走らせるなら────愛とは、一体なんなのだろう。
少女は未だ、理解出来ずに居ました。