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嘗て求めた栄冠を

「悪いんだけど、マスターを回収してくれたまえ。どうやら、座標の紐付けが切れてしまったようなんだ」

 寝ていたところを叩き起こされ、ダヴィンチに言われた言葉はそれ。
 魔力リソースを求めて日課のレイシフトを行った藤丸立香は、機材のエラーで座標が特定できなくなった────要するに、行方不明なので帰還が出来ない状態なのだと言う。

 ナマエは「おお、それってやばいっすね」と回っていない頭で答えて、カルデアで働く人間たちを思い出す。
 
 マスターとして勧誘はされていないものの、それなりに魔術師がいるだろう。別にナマエじゃなくてもいいじゃん。
 戦闘に長けた家系のヤツこそ居ないものの、人探しなんかはもっと適性のある人間が居るはずである。記録に長けた魔術持ちなんかは、現地捜査に向いているだろうし。

「いやー、キミの言い分は分かるとも。でもね、現地でマスターと一緒にレイシフトしてたのが誰だったか、キミなら分かるハズだろ」
 
 ナマエは首を捻る。そういえば、いつもナマエは早起きだ。六時きっかりに起きる。
 それが今は七時くらい。特に遅くもないが、早起きとは言い難い時刻である。
 
 なぜ普段は早起きなのか?どうして今日は遅いのか?
 それは、頭のイカれたサーヴァントが朝から「ブッ殺そうぜ!」と誘って来るからである。
 デイリーブッ殺しのため、或いは気持ちよく目覚める為、ナマエは六時に起きて、お汁粉を一服。そして六時半に人をなます切りにする日々を送っていた。
 
 物騒なラジオ体操みたいなもんである。それが今朝は無いから、今日は八時まで寝ちゃおうと。
 しかし何故無いかと言えばそれは、長可くんが本来の役目を従事するため、藤丸さんとレイシフトをする日程だったからで、まあ、そういうことだった。

 以前まではナマエがレイシフトすると、訳の分からない座標にブッ飛ばされて大変コストが嵩むからマスター候補生としてはナシ…ということになっていたのだが、エラー時に同伴していたサーヴァントが寄りにもよって長可くんと来た。
 
 別に長可くんが超危険サーヴァントだとか、そんな誹りを言うつもりはない。
 危険さで言えば、茶々や源頼光とかの方が余程やばい。狂ってないとまともで居られない人達は本当にやばい。
 
 無いのだが、戦闘中の長可くんが些かクレイジーであるというのは事実である。身内贔屓があったとて、庇い立て出来る獰猛さではない。

「わかったよ。ちょっと待ってね、着替えるから」

 ダヴィンチは可愛らしく、そして美しい完璧な微笑みを浮かべた。おお、これがかの有名な。

「そう言うと思って、用意をして来たのさ」

 ナマエに伸びる無数のマジックハンド。一つは歯ブラシを。一つはタオルを。一つは魔術礼装を。
 どうやら、全自動で身支度を終了させられるらしい。

 ▽

 藤丸さんたちが当初辿り着いた座標にナマエは降り立った。
 
 だだっ広い野原の先に、村がある。村からは火の手が上がり、怒声も聞こえて来た。
 急いで焼ける集落へと移動すれば、見るからに限界そうな霊機の長可くんが大立ち回りをしている。駆け寄って手を振れば、狂気の瞳が少し正気の色を写す。
 近くには藤丸さんも倒れており、どうやら不測の事態で魔力切れらしい。

「ヒャハハハハ!殿様が危ねえっつうのに、サーヴァントも連れてねえナマエ様が単騎駆けかよ!ウケんな!」

 血塗れの長可くんは、藤丸さんを担いで火の手の回る地下道に捩じ込む。
 謀殺しようなどという謀りでなく、ナマエの魔術をアテにしての判断であり、それは正しいと言えた。

 指先で炎を固定し、空気の道を生み出す。本来であれば、火事の際に川へ逃げるのは良くない。蒸し焼きにされるからだ。しかし、ナマエの魔術は物体の挙動を狂わすことができる。火災は良い隠れ蓑となるだろう。
 ナマエと長可くんは走ってそこを降りて、横穴に藤丸を寝かせた。少し頬を叩けば、薄く目を開く。

「ナマエさん…?」

 ナマエは藤丸の頬に手を添えた。そして唇を薄く開いて、顔を近付けて────。

「待って待って!なにするの!?」

 なにって。ナマエは長可くんを見る。長可くんは出来た家臣だったので、背中を向けて一切此方を見ていなかった。
 しかし雰囲気で察したらしい。彼は口を開いて、殿様へ返答を述べた。

「ウヒャハハハハ!殿様とオレはパス繋がってっけどよ!殿様とナマエ様は繋がってねえからなァ」

「じゃ、そういうことで」

 今度こそ服をひん剥こうとしたナマエを、藤丸さんは手で制した。

「いや、いや。一旦落ち着こう。もっと他に方法が」

「あるかもだけど、急いでる」

 いつ現地人は襲って来るかも分からない。長可くんは魔力不足で今にも座に帰りそうだし、ナマエはカルデアにコンタクトを取れない。魔術特性である接着が、ナマエの座標を勝手に出現場所で固定してしまうからだ。
 
 “遅くなってからでは遅い”。
 生前から即決即断で窮地を超えて来た長可くんも同意見で、ナマエの“藤丸との交合によるパスの変則接続”という判断を合理的と見たようだった。
 一回一回長可くんに魔力を与えるより、ナマエが藤丸に魔力を流した方が早い。一度しっかり霊脈を繋いでしまえば、スムーズに無駄なく魔力も流せるようになるという利点もある。
 
 なんだったら────非常に宜しくない思想であり、魔術師として論外なのは理解しているが────。
 森長可のマスターである藤丸立香にならば、ナマエは全ての魔術刻印を移植して良いとすら思っていた。

 しかしそうすると、藤丸立香を婿養子として迎えねば筋が通らなくなる────のだが。その状況になった時、異論を唱えるのは当の森長可であろう。
 長可くんは戦国脳のクセして、当人の倫理観自体は真っ当だ。武士や魔術師の家に、一般人である藤丸さんを入れる事に反対するのは見えていた。なんでそういうとこだけマトモかなー!

「早く脱いで」

 だからこう。
 ナマエは己の上衣に手を掛けて、長可くんに投げた。後ろで静かに受け取られ、畳まれるような音がする。畳むな。
 
 藤丸さんは困った顔でナマエを見た。…そんな目で見られても、不可抗力なのだから仕方が無い。ダヴィンチだって、こうするためにナマエを送ったのだろうし。

 内心で謝罪しながら、今度こそ顎をあげて口付けをしようとする。
 しかし震える唇に触れることはなく、ナマエの頭はがっしりと指で掴まれた。

「やっぱ気ィ変わったわ」

 ナマエは長可くんを呆れた顔で見る。その気紛れは、非常にだるい。冷静で合理的が常であるのが彼の優秀さだが、時折こうして人間らしい正しさを見せる。
 なぜ止めたのか、ナマエには理解っていた。

「長可くんは、乗り気じゃなくてもやる人だって思ってたけど」

 嫌味な言い方だ。その悪意を彼は分かってるだろうに、予想に反してキレなかった。応対は非常に穏やかで、その瞳は静かなものである。
 ナマエの方が余程、頭に血が昇っている。

「殿様乗り気じゃねえからよ。そんなら、止めねえのは違うっつうわけよ。まっ、我儘聞くのも家臣の務めだよなァ」

 鬼武蔵がそう言うのであれば、まあ仕方ない。
 森長可の第一は殿様であり、今行うべき行動は状況の打開と帰還。その為に魔力が必要な訳で、彼は手段がもう二つあることに目敏く気付いている。
 
 ナマエはナイフを取り出した。刃渡は十センチほど。それを手のひらで回して、思い切り二の腕に突き刺す。
 長可くんはそうなるのを読んでいたらしい。素直に腕を取って、流れる血を啜る。

「血ィ浴びんのは悪かねェけど、こうして吸うのは蚊みてえでクソだせえな!」

 黙って吸ってろ!
 
 それに驚いたのは藤丸の方で、藤丸は絶句してナマエを見た。
 言おうとせんことはわかる。血じゃなくて、それこそそっちでキスなりなんなりすればいいのではと言いたいのだろう。
 それに藤丸は、なんか知らないがナマエと長可くんが出来ていると思っている。仲良いだけで、全くそんなことないのだが。

「それはちょっと、ほら。恥ずかしいじゃん。わたしたち、毎日顔合わせるし…
感染症とか怖いし、汚いし、藤丸さんに血は飲ませられないけど、長可くんなら別に良いからね」

 藤丸さんは「森君ならいいんだ…」という顔をした。生で蛇を食うようなヤツなんだから、血液くらいなんの問題も無いだろう。

 長可くんはナマエの腕からナイフを引き抜いて、「借りが出来ちまった」と朗らかに笑った。
 ピューピューと血の吹き出す傷口を指で押さえて、すぐに表面を接着する。内出血跡こそ酷く残ろうが、後遺症の心配などは無い。ナマエは何度も、自分以外の相手にこれを試して来たのだから。

「んじゃまあ…魔力も戻ったし、とっとと此処抜けようぜ!」
   
 森長可は我らが人類代表、藤丸立香を横抱きにした。丁寧かつ、丁重な持ち方である。
 次いで片膝を突いて、「ん」とナマエに目配せする。藤丸さんもナマエも、長可くんの意図を測り損ねていた。
 
「ナマエ様は気合いで乗れ」

 はえ〜。
 
 いや、現実逃避している場合ではない。気合いで乗れと言ってるのだから、気合いで乗る以外の選択肢など許されない。
 軽く息を吐いて、クールに構える。冷静に、冴えた頭で尋ねた。

「槍は?」

「よろしく頼むわ!」

 ナマエは肩に乗る。そして人間無骨で重心バランスを取るために、立香の頭側に傾けて持つ。
 
 当然、長可くんに捕まる腕などない。ナマエは完全に体幹の力だけで肩車を成立させた。
 太めの自覚がある腿で挟もうと、首は一ミリもブレはしない。筋力、体幹、体格、顔面、メカクレ、全てが揃った最高のサーヴァントである。
 バーソロミューも「君たちは実に良い!左のメカクレ…右のメカクレ…二人揃えば非常にバランスの良いメカクレだ!」とよく分からない賞賛をくれている。

 長可くんは地下道からスッ飛んで飛び出して、その巨体を軍隊の前に晒す。
 構え、撃てと号令が掛かり、弾の雨が降る。ナマエは炎の軌道を変えて、銃弾を焼き溶かした。自分が乗っている限り、長可くんの脳天を撃たせることなど有り得ない。
 初歩中の初歩のような魔術だが、銃如きで止まった人類にとっては魔法に等しい。なんせ、炎が鉄を食い尽くすのだから。
 
 詠唱の合間、ナマエの頭の位置に銃弾がカッ飛んでくる。
 背中を後ろに倒して反り変えれば、「ヒャハハハハ!器用すぎて普通にキメエ!」と長可くんはバカ笑いをした。
 腹筋の力で上体を起こして、人間無骨に付着した血液を固めて撃ち出す。

「ライダーだったらなあ」

「違いねェ!」

 百段があれば、こんな無茶苦茶な撤退をせずに済んだし、プリクラにも百段で来たって書けたのに。

 
 ▽

「浅井は兎も角、女に現抜かして政を疎かにするような野郎に親父が討たれたのはやっぱ納得行かねえしよ。…あー…思い出したら頭来んなァ…」

 話がブッ飛んで恐縮だが、特にブッ飛んではいない。
 カルデアに無事戻ってきた藤丸さんと長可くんとナマエは、藤丸さんのバイタルチェックが終わったら次はナマエの番なので、ナマエは当人だから、長可くんは暇だからのそれぞれの理由で廊下で駄弁っていたのである。

 そんであんまりにも暇だから、「おっしゃ!なんか喋ってっか!」とのことで、ナマエは生前の話をせがんだ。
 長可くんはニッコリ笑って「いいぜ!まっ、オレ27で死んでっからよ!いい加減、話の種も尽きそうだけどな!」とギリギリすぎる発言をかまして喋り出したのである。

「まー、親父は立派だわな。大殿守って死んでっからよ。けどよ、朝倉…朝倉はなァ…もうちょいマシな相手に獲られてえとこだったな。
 これが浅井ならオレも仕方ねえなって思うんだけどよ!ウヒャハハハハ!」
 
 めちゃくちゃ朝倉のアンチで草。
 朝倉義景というのは、森長可の父である可成を討った、浅井朝倉連合軍の朝倉の方の総大将である。
 滅んだ原因は武田を蔑ろにしただとか、それを招いた優柔不断さだとか、日和って討って出なかっただとか色々言われているが、側室である小少将に政治介入させてしまったのが一因であるとも囁かれている。
 
 実際のところどうかは知らんしどうでもいいが、なんか長可くんの口振りだと、失態オールスターロイヤルストレートフラッシュな感じもするが。

 そうして廊下でしゃがんで駄弁って時間を潰していると、遠くから信長さまが歩いてくる。こちらに気付いた第六天魔王は、呆れた顔を隠さずに言った。

「なんじゃ、おぬしら。しゃがんでガン付けおって、町のヤンキーか!」

 言い得て妙であった。確かに、バスター刺繍のスカジャンを着た長可くんと、いつまでも学生気分で若い格好をしているナマエはそう見えることだろう。
 藤丸さんが「森君、ナマエさんからご褒美欲しいらしいけど」と仰るので、では過去の約束をばとミスクレーンに頼んでスカジャンを編んで貰ったのである。さすれば、ナマエも併せてサブカルファッションをするのが道理と言えよう。
 
 余談であるが、最初はアーツが良いかな?と思っていた。長可くんはこんなのだが、インテリなので地味にアーツが2枚だからである。
 バスター3枚ではない辺りが森長可というサーヴァントのなんだおまえ感を醸し出しているとナマエは思っていた。

「ウヒャハハハハ!立ちっぱだとナマエ様の首が疲れんだろ!」

「あっ、そういうことだったの?」

「ナマエに意図が伝わっておらんではないか…」

 ナマエはてっきり、座りたいけどベンチないから屈んでいるのかと思っていた。
 信長さまを見やれば、ゴホン!と咳をする。たまたま此処を通ったのでなく、何かの用事があって来ていたらしい。

「ナマエよ、マスターが貴様を呼んでおったぞ。次はおぬしの順番じゃなんじゃと言うとったが」

 どうやら藤丸さんのチェックは終わったらしい。ナマエは信長さまに礼を言って、立ち上がる。
 しかし、藤丸さんは信長さまをパシったのか。ナマエであれば、例えこのサーヴァントと主従であってもそんな命令は出来ないだろう。
 藤丸さんは豪胆だなと感心していれば、信長さまは「あー、なんか勘違いしとらん?」と頬を掻いた。

「お願いと言われては、断る理由もあるまいよ。ほらわし、身内に激甘じゃしね!」

 お願い。お願いであるか。それは確かに、信長さまが好きそうな言葉だ。
 長可くんも同じように思ったらしく、「ほーん」と感嘆符をこぼす。
 
「藤丸さんは変わってるよね。信長さまへお願いが出来る立場なのに、享楽主義の魔術使いにも優しいし」

 長可くんは「あめーよな!」と歯を剥き出して笑ったが、スンと真顔に戻って言った。

「つーかよ。ナマエ様だってオレに命令しなかったじゃねえか。それも変わってるって言うんじゃねえの」
 
 話がブッ飛んで戻って来て、ナマエに言及が来る。
 それは地上での話だろう。話だろうが…率直な感想を言おう。
 
 おまえ命令したらキレるやんけ。
 ナマエはそう率直に思ったが、閉口した。余計な火種を生むのは本意でない。

「いや勝蔵。おぬし命令しても聞かんし逆ギレするじゃろ」

 信長さまァ!

「なんじゃナマエ。おぬしだってそう思うておろう。
もー、わかりやすいんじゃから!そういうトコがプリチーなんだけどネ!」

 信長さまはナマエの頭を掴んで、わしわしと撫で回した。長可くんにやるような、犬猫の可愛がりである。

「そんじゃ、わし伝えたからのう。早うその腕、診てもらうんじゃぞ」

 信長さまはそう言って、姿を消した。腕を怪我したことは言っていないのだが、流石と言うべきだろうか。
 彼女は破天荒な人間に見えて、案外細やかな気遣いが出来る人である。そういうところが織田サークルを狂わせたのだろうが。
 
 そのままバイタルチェックに向かえば、長可くんも何処かへ歩いて行くのが見える。
 ナマエに気を遣って駄弁っていただけで、本当は何か用事があったのかもしれない。

 
 ▽
 
「オレは主君想いだろ。なあマスター!」

 森君は開口一番そう言った。
 並びの良い犬歯をギラつかせ、朗らかだが有無を言わさぬ目で藤丸立香を見下ろした。そうして指を折って、主君想いたる理由をカウントしていく。

「殿様の意に沿わねえなら一考するだろ。其れに、一騎になろうが最期まで戦い抜くぜ。加えて、オレの目の届く範囲で殿様ぜってー討ち取らせねえ。目の前で死なれちゃ、末代までの恥だしな!」

 森君は、どさくさに紛れて乱取りしていたらしい素材の各種を綺麗に並べて、戦果がこちらに分かりやすいよう提示した。

「あとは────他の家臣団が賛成しようが強行しようが、オレが殿様の為になんねーなって思ったら、とりあえず反対してやるしよ」
 
 立香には、彼が何を言いたいのかなんとなく分かっている。
 首実験…ならぬ心臓実験の係はナマエだったらしく、“わたしが並べました”と心臓に生産者シールが貼られていた。

「そんでよ。まあ、率直に言うわ」

 渦巻く瞳が藤丸を見た。
 嗤っているが、笑っていない。

「褒美をくれよ、マスター」

 今回のレイシフトで、流石に森君は褒美を要求して来た。
 それは妥当な要望だろう。アッサリ終わる筈の役目で、退去しかける程の長期戦になったのだ。立香だって、その働きには報いるべきだと考えている。

 問題なのは、森長可というサーヴァントが望むものである。それがなんなのか、藤丸立香には想像が付かなかった。
 何が欲しいかと聞けば「あ?あー、ちげえんだわ」と森君は笑う。

「オレは別に要らねえよ。武働き自体が報酬みてえなモンだし、マスターは十分森家に金子割いてんだろ」

 指を開いて、もう一度カウントしていく。
 自分のことと、蘭丸のこと。それらを纏めて森家の事だと言い切った上で、こう続けた。

「褒美をやって欲しいのは、ナマエ様にだ。今回はそれなりに出さなきゃ、文句が出んぜ。
別にやらねーならやらねーでいいけどよ、んな些細な事で謀反とかされてもブッ殺さなきゃなんねーからな。予め重用してやんのは大事な事だぜ、殿様!」

 褒美。褒美と言われても、藤丸立香から只野ナマエに渡せるものなど、殆ど何もない。
 彼女にはカルデアから給料が出ている筈だし、欲しいものは勝手に手に入れて帰ってくるタイプだ。だから今更、何を渡せばいいと言うのか。
 検討する、と悩んで返せば「おう。頼んだぜ」と森君は笑った。

 その上で、森君は何が欲しいかを尋ねる。
 一瞬面食らったようだが、「あァ────くれるっつうなら…そうだなァ」と、即決即断が常の彼にしては少し悩む。
 そして個装のお菓子を一つ貰うような気軽さで、森長可は言った。
 
「あー。そんじゃ、ナマエ様くれよ」

 ナマエの人権が否定されている。

「そんでもって、オレは退居させずにナマエ様んとこ下げ渡してくれや。不要になった時で良いからよ」

 酷い矛盾で、破綻した意見である。
 ナマエが欲しいから、自分という武力をナマエに下げ渡せと言う。
 森君が言うならそれで良いが、あっちはどうなのだろう。ナマエが良いと言うならば良いと思うと伝えれば、「相変わらずあめーな!」とケタケタ笑った。

「殿様は平民に戻るべきだけどよ、ナマエ様はそういうのじゃねえらしいんだわ!
 オレに言われんのもあれだが、変わってんよなあ。わざわざ戦に行きてえなんてよ」

 それが、先刻の話。
 
 ナマエは多分、森長可が恋愛対象として好きなんだろうなと藤丸立香は思っていた。
 だが実際はそうでなく、その心にあるのは一種の連帯感である。

 当人は言外しないし自覚も無さそうであるが、彼女は森長可────もっと言えば、織田信長や織田信勝。森蘭丸。それに茶々。
 織田家臣というのはしっくり来ないカテゴライズだ。正しく評するならば、“特定の血筋に連なる面々を連帯責任の生じるグループとして見ている”気がするのだ。
 しかしその割には、別に仕えているという訳でなく。よく分からない行動原理で存在していた。

「戦国時代まで遡ると、紀伊守を拝命してた家系らしくて。それもあってか、信長さまを見ると、こう…尽くしたくなってしまうというか。
 お隣のうつけ幼馴染を見て“もう、シャキッとしなさいよ!“って言いながらも満更じゃない気持ち? そういうのがあるんだよね」

 とのこと。
 森君についても同様で、

「親族が嫁に行ったから良くしてやろうと思いつつも、コイツちょっとやべーからしっかり見守ってないとなフフフって思う感じ!?」

 らしい。
 
 中村ナマエという魔術師は、時計塔でも開位以上の階位(立香自身は魔術師でないため、よく分かっていないのだが)を有している。
 ロードエルメロイ────孔明が言うには「特筆するような才能や魔術は持たない。しかし、基礎が頭抜けて出来ている。生真面目な性格をしているのだろう」らしい。

 得意ジャンルは無いが、苦手ジャンルも無く、どれも一定水準以上に出来る。そういう人材なのだと。
 滝川一益のような活躍を見受けられるが、当人は非常に謙虚で魔術師らしいプライドの高さや高飛車を見せることは無い。

「────ところでさ。長可くんが何歳で死んだか、知ってる?」
 
 唐突な話題に、藤丸立香は首を捻った。

「享年二十七────ああ、文字通り27年生きたって訳じゃないよ。旧暦じゃそうだけど、今の暦じゃ満26年と一ヶ月。
昔は生誕日で一歳、最初に迎えた旧正月で二歳… そっから、毎年元旦に一歳ずつ加齢して行くのが数え年っていうやつで、だから長可くんは享年二十七なんだよね… って、まあ知ってるか」

 欲しい物を尋ねられたナマエは、そんな話を長々とした。
 冗長な語り口は、少しだけ織田信勝に似ている。 

 あー、とナマエは少し思案する素振りを見せた。
 しかしその目は全く迷っておらず、立香の手前、悩んだ素振りをしたということが見て取れる。

「聖杯をひとつ戴きたく」

 それは意外な懇願だった。ナマエは“楽しく生きること”を目標として掲げており、魔術師としての本懐などは二の次なのかと、勝手に立香は思っていたのだ。
 このカルデアに居るのは、実家の魔法を優先させずに人理全ての利を取ったような変わり者や、他者の魔術に傾倒した結果居る様な異端ばかりであるが、その中でもナマエは特段変わっている。

「ああ、違うよ。根源に至る気は無い。わたしは魔術師として通ってるけど、もはやただの魔術使いなんだろうね」

 “だって根源に近付いたら死んじゃうから”
 言い放った理由は、確かに魔術師の意見ではない。藤丸立香が出会ってきた魔術師たちは、本懐を果たすために命なんかは幾らでも捨てるような者たちだった。

「たのしい人生が欲しくてね。これは手段で、目的ではないんだ」

 変わり者の彼女は、聖杯を手段だと言う。奇しくもそれは、魔術師たちと同じ意見であった。
 だけど、その願いは残念ながら受理出来ない。聖杯は、魔術師に渡すべきではない。例えそれがカルデアの功労者であろうとも、人理修復に多大な貢献をしようとも、ナマエに────藤丸立香にも、持ち帰らせて良いものではない。

 それを伝えれば、ナマエは「そうだよね」とすぐに納得したようだ。
 元より、厚かましいとは思っていたらしい。

「でもさ、言うだけ言えて良かったよ。無駄だと切るよりは、ラーメンに卵と、ウインナーと、チーズと、ラー油と、納豆と、バターと…あるだけ全部乗せたいんだけどって最初にお願いしてみた方が、人生良いことあるからね」

 最近食堂のメニューに全部乗せがあるのはそういう理由だったのか…と全然関係無いことを思った。

「藤丸さんも、気が変わったらいつでも聖杯を下げ渡してくれて良いから」

 なるほど。魔術師としての只野ナマエは、魔術師らしく強かで打算的らしい。

 ▽

「そんで、代わりにこれを頼んだっつうの?」

 ナマエは目の前の自動販売機を見上げた。それより背の高い長可くんのことも見上げた。
 白いボディの側面には、赤字で数字が書いてある。それは今回、ナマエがカルデアにボーナスとして願った一品だった。
 中身だけあっても味気ないとお願いして、わざわざ機体から取り寄せてもらった拘りの物である。コインを入れてボタンを押すと、何処からか補充されたアイスが出て来る。

「ほーん。ただ食うだけじゃなくて、やることやった後に食うって手間を挟むわけな」

 さすが、長可くんは理解が早い。
 これは言うなれば侘び寂び。自動販売アイスの王道。例えば習い事。例えば部活。例えば飲み会。そういう疲れるイベント毎の終わりに、今日も頑張りましたで食べるからこそ最高においしいものなのだ。
 以前、敵陣営を壊滅させた後に食べた時も、それはそれはおいしかった。やることやって食うから、外で食うアイスはうまいのである。

「はい、長可くん。これ、おいしいやつ。今日も頑張りました賞」

「おー?有難く頂戴しとくわ!」

「次何食べるか、今から考えておいてね。毎回食べることを目標にするから、何度も食べることになる」

「あ?…あー、アンタそういうとこ、ちょっとズレてんよな!まっ、良いけどよ!」

 ナマエは長可くんに二番目においしいやつ────クリームソーダを手渡し、自分はミルクアイスにチョコスプレーが入っている、一番おいしいやつを食べる。
 森長可は、どうやらこのアイスの記憶は持ち帰れなかったらしい。ならば、もう一度食べさせるまでであった。

「ウヒャハハハハ!結構うめえな、これ!」

「こっちも一口あげるよ。沢山買うのも悪くないけど、特別なご褒美ってのは一個だけ選ぶから尚味わい深いんだよね」

「わかってんじゃねーか!褒美っつうのは、そういうモンだからよ!」

 長可くんは大きな口でアイスを半壊させる。ナマエは無言で、もう一本購入した。