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0話 悪ィ!親父刺しちまった!

ナマエの父は酒に溺れたクソ野郎であった。
であった。

過去形である。それは何故か。
死んだからだ。なぜ死んだ?簡単である。

「悪ィな、マスター!なんかうるせえから刺しちまった!次から気い付けるわ」

森長可を知っているだろうか。
戦国ドキュン四天王、精神疾患と名高いサイコパス。没年二十七にして、ハートフルボッコサイコエピソードを幾多にも抱える生粋の狂人。森家の次男でありながら、父と兄の相次ぐ不幸により家を継いでしまった戦国社会適合者。
それが、森長可という武将である。

話を戻そう。
ナマエの父は、酒に溺れたカスであった。
元々は優れた魔術師の家だったが、父の代で家は倒壊。分家に縋るも勘当を受け、プライドと誇りだけは持っていた父は普通の生活をするということが出来ず、家庭内でだけ強い人だった。
その父が、人間無骨の先に刺さっている。

「バーサーカー、なにこれ」

「おお、さっき言ったじゃねえか。うっせえから刺した」

そっかあ。

ナマエの家の当代は父である。
才能、魔力量、技量、どれを取ってもナマエの方が優れていたが、父はそれを認められなかった。そういうところが魔術師として三流なのであるが、それを言うと叩かれるので言わない。
自棄になって魔術刻印を抱え落ちされても困るので、何も言わずに適度な距離を保っていた。

令呪がナマエを選んだ時も当然父は怒り狂う。
大変に揉めに揉めたので、最終的にナマエに召喚をさせ、父に譲渡。しかし魔力がすぐに足りなくなるのは分かっていた為、ナマエが魔力供給をしたまま、ということで落ち着いた。
 
聖杯戦争の歴史の中で稀にある変則召喚である。
実際の命令を下すマスターと、魔力を供給する魔術師を変えて戦いに挑む。本来であれば、魔術師自体も攻撃に優れているからこそ取る策である。
無駄とは思いつつも、ナマエは何も言わなかった。

そうしてナマエに喚ばれたのが森長可。バーサーカーのクラスである。
彼はその途轍も無く高い図体でキョロキョロと見回し、危険の黄色って感じの眼光を父に向けた。

「ああ?誰だこの冴えねえオッサン」

ナマエは今から令呪を譲渡すること、この冴えねえオッサンこそがお前のマスターになるのだと教えようとしたが、先に父が怒鳴ってしまった。無礼者!立場を弁えろ!と。

ぎろりと明らかに正気では無い目が鋭く細まった。
きまっている。何が、とは言わない。強いて言うなら抹茶であろうか。抹茶がキマッている。

そうしてナマエが何かを言うより先に、バーサーカーは父を串刺しにしてしまった。
それが冒頭という訳である。

「このジジイ、マスターの親父だったのか?そら悪ィことしたなあ」

槍から父を取り外し、地面にぺいっと捨てる。
ナマエは何も言わなかった。
こんな人であるが、父だ。悲しくなると思ったが、別に何も思わない。ナマエは、心身共に冷え切って居たのだと酷く冷静になる。自分はどうやら、無能の父と違い魔術師らしい人格形成が出来ていたらしい。

「家督継ぐのって大変だろ。分かるぜ、オレもガキん時に継いだからよ」

バーサーカーは血濡れの手でナマエの肩を叩いた。そのまま組んで来ようとしたので、それは遠慮しておく。タッパが何センチ差だと思っているのか。
ナマエが潰れてしまうと言えば、そらそうだな、ハハハハハ!と笑う。こいつ大丈夫か?

「ま、アンタは幼くは無ェし。諦めて行こうや!」

ナマエは未成年である。手続き諸々、死ぬほど面倒臭い。
しかしそれを説明するのも怠くなって来たので「そうだね」と返せば、森長可は不思議そうな顔をする。

いや、常に薄ら笑いをしているので、不思議そうも何も無いのだが、その狂気に塗れている目が少しだけ、此方を正しく捉えた気がしたのである。

「目出度くねえのか?アンタ、家継ぐんだぜ。出世じゃねえか」

「現代はね、あんまり嬉しく無いんだよ」

そう返された森長可は、やっぱり少し不思議そうな顔をした。
そうして暫く無言のまま薄ら笑いを浮かべていたが、急にぽん、と手鼓を打つ。
ガタイが良いから音もデカイ。びっくりして横を見れば、にこにこと彼は笑う。笑顔は少しだけ幼く、恐ろしさが緩和される。

「そうかァ、じゃあオレからも祝ってやろうか。シケた面じゃあ締まらねえしよ、こういうのは祝っておくのがいいぜ!区切りとしてな!」

意外と賢いことを言うので驚いてしまった。
感情論で無く、区切りとして。
ナマエは森長可というやつを脳筋サイコパスだとしか知らなかったのだが、思っているよりも優れた統治者である可能性を知る。
そのまま静かに提案を聞いていれば、突然彼は名前を励ました。

「気にすんな!オレが死んだ時、クソ狸ジジイも殿下も赤飯炊いたらしいしよ!」

ロクでも無い知識が増えた。

真昼間から街を闊歩するバーサーカーは、不意にナマエに聞いた。

「なあマスター、何が美味い?」

うまい。おいしい。食の好みを問われているのだろう。強いて言うならと答えれば、バーサーカーは豪快に笑う。

「じゃあ、食いに行くか!」

今思えば、止めるべきであったと思う。

遠いところに意識を飛ばしながらカウンターに座るナマエを他所に、バーサーカーは店主に槍を突き付けて「握れ」と言った。
店は数人の客が居り、上流階級と思われる身なりの良いおじさまおばさまが寿司を食らってらっしゃったが、森長可はそれを強引に退かして座る。ナマエも横に座らせた。

勿論、異論を唱えられた訳であるし、店の如何にも堅物店主と言った職人は静かに諌める。
が、そんなのを聞くバーサーカーではない。伊達に狂ってなどいない。サクッと指を刎ね飛ばすと「握れよ」ともう一度言った。

「指を切り落としたら、握れなくない?」

「あ?…あー、そらそうだな!やっちまったなァ…んじゃ、もう用は無ェし…次の店行こうぜ!」

ナマエはどうしたものかと頭を抱える。
そんな血生臭い寿司を食うのは嫌だったし、倫理観に問題があると知覚出来たので、指をくっ付けてやった。ついでにおしぼりで飛んで来た血を拭って、ひっくり返した。

森長可はあれで、結構しっかりとした教育を受けているのだと思う。

寿司を食べる最中、殆ど喋らずに黙々と口に運び、食べ終わった後に急に饒舌になった。
そのままサッサと出て行こうとしたのを止める。流石に後始末を付けないのは不味いので、処分に協力して貰った。
不要な殺生は好まないが、サーヴァントが暴れてしまった以上仕方が無い。
 
食事を終える頃には警察なんかも様子を見に来ていて、思ったよりも片付けが多かったのも運が無い。
明日の朝刊に乗る羽目になった気がする。

ナマエは死ぬほど疲弊したが、一方のバーサーカーは偉く上機嫌である。満足気ににかにかと笑っている。
どうやら、点数稼ぎが趣味らしい。

「雑魚は点が低いが、ちまちま稼ぐのも悪かねえ」

との話だ。的当てと称して、人の頭が吹き飛ぶくらいの豪速球で石を投げるのは畜生を超えた何かであるとナマエは思うが。

しかし寿司は美味しかった。
ナマエは滅多に味わうことの無い贅沢飯を噛み締め幸福に浸る。父との間にロクな外食は無かった。母も早くに死んだため、関係無い。ちゃんとした回らない寿司など、初めての遭遇であった。

ぼんやりと多幸感に打ち震えて居れば、バーサーカーは歯を剥き出して笑った。

「美味かったか?」

別にお前が握ったわけでないぞと思ったが、素直に頷く。予想外に、元気な返事は返って来なかった。

「親父が死んだ時、浅井と朝倉のクソはぜってえブッ殺すって思ったけどな」

長可は呟く。要領の得ない話だ。
姉川の戦いの話であるのは分かる。森長可の父、森可成。彼の父が、浅井と朝倉に挟まれ討ち死にしているのは知っている。犬死にというわけでは決して無く、可成が居なければ信長は討たれて居ただろうというのが通説の筈だ。
しかし、話が見えて来ない。
 
ナマエが何のことか測りかねていると、彼はその大きな手でナマエの腕を取った。
そうしてそれを首に当てて、言う。どくどくと流れる血潮を感じた。

「アンタが望むなら、この首くれてやるよ。オレは殺しちまったからな、マスターのオヤジを」

長可くんは笑いもせずに問う。
彼にとっては、人の生き死になどはどうでも良いものかと思っていた。しかしそれは誤解であったと知る。
真っ直ぐにナマエを見る瞳は、仄暗く渦巻いている。しかしナマエは別に、それが疎ましいとは思わなかった。

「要らない」

首から指を離して、彼の手を握った。でかい。あつい。こわい。そうしてにぎにぎと握って、上下に振る。シェイクハンズである。

「キミ、安田国継めし抱えてるじゃん。家臣に猛反対されたのに」

「武功は武功だからな!」

この森長可とかいうヤツは、弟の仇を召し抱えてる。
それを鑑みると、自分は裁かないくせに、ナマエは裁いても良いと言うのは些か気に食わなかった。
 
ナマエもそう断ずるべきであると対抗する。武功は武功であると。
どれだけ社会不適合サーヴァントであろうと、誠実さを評価すべきである。

それを伝えられた森長可は、歯をむき出して笑う。有り得ない腕力で上下に振られ、遠心力がナマエの二の腕を激しく揺すった。
やったらフレンドリーで、伝承通りに身内想いであると評価を改めざるを得ない。凶行に目が行きがちであるが、大変に忠誠心の溢れる若者であるし。人の根底は印象に寄らないものである。

「また寿司食いに行こうぜ」

訂正しよう、畜生である。

天罰とか全然信じてないナマエも、流石に暴れ千切った代償だと思う。

「人質ってよ」

「うん」

「やっぱよ、首だけ帰したらバチ当たんのかもな」

「当たり前だね」

「寺とか燃やしたら、来世まで祟られるのかも知んねえよなあ!」

「燃やしたの寿司屋じゃん」

「じゃあ問題ねえわ」

問題しかなかった。
ナマエたちは数日足らずでアッサリと他陣営に捕捉され、手酷い不意打ちを受けた。幸いだったのは、相手の詰めが甘かったことか。まあ負けてしまったけれど。
若いマスターの後ろ姿を見て、舌打ちをひとつ。彼らはロクに死亡確認もせず戦線離脱する。

勝敗が決まった時、ブチ抜かれたのはナマエの身体であった。寸でのところで離脱してやったが、最早虫の息だ。
魔術回路はぐちゃぐちゃ。ナマエの内臓もぐちゃぐちゃ。寿司も混ざってるだろうな、と遠い心地になる。まぐろ美味しかった。

即死だと思ったが、辛うじてナマエは生き長らえている。
有り得ないくらい高出力のフィンの一撃がナマエ目掛けてブチかまされた瞬間、バーサーカーが割って入ったからだ。よくもまあ、身を呈して。
てかなんだよガンドって。ふざけるんじゃねえ。サーヴァントで戦え。そういう儀式だぞ、と相手取ったマスターに文句を言う。

「きみが突っ込まなければ勝ってたんだぞ」

意地悪を言えば、長可くんは申し訳なさそうにした。

「悪いなァ。オレはよ、そーゆうの考えるの苦手なんだわ。不意打ったクソ野郎が居たからよ、オレのマスターに良い度胸じゃねえかって思って、ブッ殺しに行っちまったわ」

知っている。森長可がそういう男であると。
間違いなく彼は狂人である。クラスの呪いとかじゃなくて、彼自体が正真正銘に。
だけれど、彼は驚く程に身内想いだ。良かれと思ってそうしたのだと分かるから、ナマエは責める気になれなかった。寧ろそれを尊く思う。

痛む臓器を無視して笑えば、消え行く彼も笑う。
彼も膨大な魔力に貫かれた上に、相手に滅多斬りされていたから相当キツイ筈なのだが。気を遣って魔力を回せば、手で制される。
そうして急に真面目な顔をして「なァ、アンタずっとつまんなさそうな顔してたぜ」と言った。

「オレは楽しいから殺す。楽しいから暴れる。何をするにも楽しくなきゃやってらんねえ。まあ此れでも大名だからよ、気が進まねえこともやるけどな。やってみたら案外面白ェし」

知っている。そういう人だと、近くで見ていた。「それでよ。なんつーか、よ」珍しく歯切れの悪い言い方だ。
もう既にナマエは吹き出しそうだった。森長可は身勝手で、己だけの楽しみを追求していると思っていたのが。
それが、全くの勘違いであったと知ったからだ。

「楽しかったか、マスター」

答える声はもう無い。だから代わりに思いっ切り笑ってやる。
ありがとうと告げれば、バーサーカーも楽しそうに笑う。それはそれは、嬉しそうに。

きっと彼は最初から、ナマエを喜ばせようとしていたのだろう。
狂った倫理観で、タガの外れた価値観で、どうにかこうにかナマエを喜ばせようとしていたのだと今なら理解が及ぶ。もう少し早く気付きたかったところであるが、気付いただけ偉い気がして来た。またひとつ、笑いが溢れる。

「やっぱアンタは笑顔が良いな。最高に侘びてっからよ、自信持っていいぜ!」

大きな手がナマエの頬を撫ぜて、薄くなって行く。

「じゃあな、マスター。楽しく生きろよ」

そう言って彼は消えた。
最後まで愉快な男であった。人への賞賛が侘びてるだなんて。茶器と一緒にするんじゃねえとまた笑えば、あばらが肺に突き刺さった気がする。
だけれど、心の底から楽しかったと。こうなったことに後悔は無いと、そう胸を張って言える。

それに彼が楽しく生きろとか言うのだから、意地でも生きてやるべきだろう。
正直同じ目に遭った魔術師の九割以上が死にそうなダメージを負っているが、気合いと根性見せたるわと嗤う。此処で死んだら死ぬほどバカにされるだろうし。
ダセエダセエと指を刺されるだろう。そういうやつだ、森長可という男は。

また一つ笑ってやれば、血反吐が飛び出た。それもまた、悪くない。

 
… To Be Continued?