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消えにし後は水の泡

ナマエのサーヴァントについて分かったことは少ない。

例えば、だいぶ短気な性格であるとか。
かなり強い土佐訛りをしてるところだとか。
自身の剣技に相当な自信があるっぽいこととか。どうやらセイバークラスらしい(わしは剣の天才じゃとは当人の弁)とか。
あと肉より魚が好きっぽい。黒髪の癖っ毛はねこっけでもある。その割には犬みたいな態度…御主人と認めていない相手に、舐め腐った対応である。

マスターであるナマエが有する彼の知識と言えばそれくらいで、照らし合わせて恐らく坂本龍馬だろう…くらいの憶測しかない。

史実に伝わるコミュ強で豪胆で口が上手い姿と比べたら、まあ随分陰気であるが、実際の記録と本人のギャップなんかよく聞く話だ。武士の生まれなんかみんな態度でかそうだし。実際の英雄とはこんなもんだろう。
ナマエの実家にも過去の聖杯戦争の記録があったが、やれ女が来ただの、拷問アイドルが来ただの、グラサンパッキンのにーちゃんが来ただの、めちゃくちゃであったし。

過去の英霊を現代に召喚する以上、彼らが聖杯から選り好みした設定────もとい、現代知識を搭載してやってくるのだから、差異があってもまあ…うん。って感じだ。

自らのサーヴァントに対する見解がそれしか無いと言うのは心許ないが、それも致し方無いだろう。

何故ならば────そう、何故ならば。
彼に歩み寄る気配が全く無いからである。

坂道をギコギコ音を立てて上がるのはナマエの愛車。もう二年目になるママチャリである。
先日思いっ切り倒したので、車体が歪んでしまっているが、まあそれも致し方なし。どうせ在学中しか乗らないのだ、買い換えるのも勿体無い。

キュコキュコとちょっぴり可愛い音を立ててやっとのことで上がり切って坂を下れば、すぐ学校だった。学校に着くはずだった。

そこにあるのは学校ではなく、蒸せ返る血の臭いと何とも言えない恐怖感。
学校を通り越して薄暗い路地に入った。ナマエが来たかったのはこんな場所じゃない。

ぐすぐすと鼻を啜れば、「これだから女は」と女性差別的発言が投げ掛けられた。
反論の代わりに睨み上げれば、ナマエより全然威圧感のある眼光が返される。こわい。

ナマエの足元には、顔も知ったばかりのマスターが転がっている。
エンカウントアンドキル。出会ってすぐにナマエのサーヴァントは切り捨てた。全く容赦無く速攻で剣を振るい、一撃で息の根を止める。

それもこれもナマエが、何処からか嗅ぎ付けたサーヴァントに追われてしまったからなのだが…それにしたって非道すぎるだろう。

この人、呼んでも来てくれなかったのである。
呼び掛けに応じ参上してくれなかったのである。
それどころか、坂道を全速力で降るナマエを囮にして敵マスターを討ち取りやがったのである。

なんてやつだ!と抗議する。ナマエはサーヴァントと対等でありたいが、あちらが上は絶対にダメだ。
主導権を英霊に握らせては、ろくなことにならない。

「おまん、全然人の話聞いちょらんかったな!付けられとるから囮にするっちゅうたじゃろうが!」

 対するサーヴァントの反論はこれ。
ナマエは首捻るが、そんな話知らなかった。正直に言い返す。

「し、知らない、そんな話は知らない…!」

「遅刻じゃなんじゃと走っちょる時に言うた筈じゃが」

「そんな時に聞いてるわけないでしょ!?」

「戦争しとるっちゅうのに、懲りもせず寺子屋に行きゆうアホはどいつじゃ。ほいでそんだけじゃのうて、呑気に寝過ごしちょるしのう!」

ぐうの音も出ない正論。それはそうとして寺子屋って古いよと突っ込みを入れ掛けたが、このサーヴァントは全く冗談が通じないことを思い出して閉口した。
言ったが最後、じゃかましいと後頭部を鞘で殴られる。でも言われっぱなしは我慢ならなかったので、別の切り口から言い返す。

「学校を不自然に何日も休んだら、逆に目星をつけられちゃうよ。折角会ってすぐに切り殺してるのに。
身元がバレてない有利面を活かすなら、わたしは普段と変わらない生活を送るべきだもん」

本当は普通に出席日数欲しさである。推薦で大学行きたいから。でもなんかムカッと来たので即興で考えた言い訳だった。

「それは…ッ!……」

セイバーが言いよどんだ。言いよどんで、無言で刀の柄を振り下ろした。口論に勝てないからって!

しばかれた頭は超絶痛い。コミュニケーションを取る努力はしてるが、いかんせんコイツは繊細な性格だ。
図太そうに見えるけれど、案外気にしいなのだと知っている。

ナマエは反論を諦めて、路地裏の壁に寄り掛かる。
全く、朝からよくやるものだと溜息しか出ない。三流魔術使いのナマエでさえ、聖杯戦争は夜に行うものだと理解しているのに。
教会に殺害依頼出されても知らないぞ〜と考えて、出る前に殺したなと気付いた。虚しい。

仕方なく近辺に目眩しの結界を貼り、サーヴァントにマスターの息の根が確実に止まってるかどうかを確認させる。
これでまだ生きてました、死んだフリでした、今度は俺が時を止めたとか言われたらそれこそお笑い草である。馬鹿野郎である。大間抜けすぎて草も生えないレベルで末代まで実家が馬鹿にされそうだ。
そんなことになれば、ナマエが令呪と召喚権を掠め取ってしまった現家長…魔術刻印を継承している正統後継者になんと言われるか。

ナマエはマスターの表皮を剥ぐように命令するが、サーヴァントは嫌そうな顔をする。

「なんじゃあ。そがいな猟奇趣味があったんか?まさかとは思うが…わしの腕を疑っちゅうがか?」

「貴方が殺し損ねたとは思ってないし、尊厳を奪う意図でもない。相手が魔術師なら、確実に刻印をズタズタにしないとなんだ。
万が一があって、後から時限式で起き上がったり…そうじゃなくても、弟子や子孫にリベンジに来られたら困るから」

そう言えば、不満気ではあるが素直に聞いてくれた。
魔術に寄る擬似蘇生は侮れない。神代の魔術師なんかは、死者を刻印ごと使役すると言う。
マナの少ない現在では夢物語に過ぎないが、相手サーヴァントに万が一でもそんなのが居たら困る。念には念をだ。

「…失礼します」

どのクラスのサーヴァントのマスターかも分からないまま死んでしまった魔術師の腕を持ち上げ、腕を確認する。令呪は三角。使う間も無く死んだのだろう、有難く頂戴する事にする。
尤も、ナマエにこの場で引き剥がす技術など無いので、腕ごと持って行くしか無いのだが。下準備がとても必要な家系なのである。

「お願い。落として」

「…おまん、大人しそうなナリして案外…」

「え?」

「…ま、えい」

サーヴァントに斬り落とすようお願いすれば、りんごか何かでも切るかのようにすっぱりと落とされた。
相変わらずの鮮やかさに息を巻けば、「…こんなもん斬れたところで何にもならん」とそっぽを向かれた。

「いやいや、すごいよ。だって骨まで断っちゃうんだよ。果物でも切るように」

「切り口が綺麗じゃなんじゃ言うたとこで、実戦じゃ役に立たん」

「敵と相対しても真っ二つ」

「生きとるなら撫で斬りが限界じゃ」

「撫で斬りでも人は死ぬよ」

はあー、と長く深い息が吐き出された。暗い色の瞳に、益々深い影が落ちる。
何か地雷を踏んだのかと内心焦れば、サーヴァントは呟くように言う。

「…わしはクラス補正の影響があるからのう、正面切って斬り合うのは向いとらん。なんちゅうたかの、聖杯の…」

「意思?ガイアのこと?」

「ま~そがいなやつじゃ。すべての能力に万遍無く気色の悪い干渉を受けちょるからの、おまんを囮にして、時間を稼いで、初めて十全に剣を振るえる」

「ええ?」

ナマエは聞き返す。
正面切って斬り合うのは向いてない?それはいい。それなら、正直凄く嫌で嫌で仕方ないが、ナマエを囮にするのもいい。待ち伏せしたっていい。闇討ちしたっていい。

そんなことより、いま看過出来ない言葉を聞いた。
クラスが、なんだって?すべての能力に干渉?それはおかしい。だって最優のクラスは、他の能力になんの下方補正も掛からないから最優なのだ。
魔術師の魔力さえ十全なら、限りなく生前に近いポテンシャルで――――というか、元からバランスの良い強さを持ち、何もかもとガチンコで戦えるような剣士が割り当てされるクラスの筈。そうじゃない上に、下方?下方補正だって?

「貴方セイバーじゃないの?」

「違う。…わしのことをなんだと思っとったんじゃ」

「せ、セイバークラスの坂本龍馬…」

「気配遮断が上手い時点で、おかしいとは思わんかったがか?」

土佐訛りだけで判断するのは軽率過ぎると、驚いたような呆れたような声に、 引っ込んだ涙と鼻水が帰って来そうだった。

ナマエがチョロそうだと踏んでのクラス騙りなのだろう。
自分でも嘘が上手いタイプでは無いと知っているので、それは有難い。彼が意外に策士だと言うことに関心しつつも、そんなことなんかより向けられる冷ややかな視線に傷付く。

だって、だってと嗚咽交じりに返せば、少し慌てた風なナマエのサーヴァントは渋い顔をする。

「…いいから泣き止め。わしが泣かせたみたいじゃろうが」

「それは事実でしょ」

何言ってんだおまえという顔で見返せば、剣技の無駄遣いが炸裂。太刀の柄が絶妙な力加減でクリティカルヒットした。
痛さに悶えれば鼻で笑ったような声が聞こえた。あんまりだった。