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澄みいる空に快晴来たれり

「何者か」という相手マスターの問いは、凄烈な斬り伏せと共に「セイバーに決まっちょるじゃろ」と一蹴された。こわい。その情報初めて知った。

どうしてこうなったかと言えば、ナマエにもよく理解出来ていない。
ナマエは自身を救ってくれたサーヴァントと、どうにかこうにかコミュニケーションを図ろうしていた。

しかし上手く行かず、彼は全く霊体化を解いてくれない。そうして無意味にナマエの魔力を吸うばかりであった。
実は案外、現代を楽しんでるんじゃ…という眼差しは一睨みで黙らせられた。目は口程にモノを言う。互いに。

結局お話もしてくれないし、落胆しながらぼんやり帰路について居たのである。そうしたら、彼が突然歩行者に襲い掛かった。死ぬほどビビった。────まあ、それは聖杯戦争の参加者だったのだけれど。
すぐさま飛び出てきた相手のサーヴァントとセイバー(仮)の交戦が始まった。あとは済し崩しのように、かきんかきんと打ち合いが続く。相手がランサークラスっぽいのはナマエにも分かる。だってあれ槍だし。

少しだけ、いや結構だいぶセイバーの方が不利そうだった。
剣と槍じゃあ、当然槍が強い。三竦みなんか無くたって、どうしたってリーチの差は埋められない。ひい、と喉が上擦るが、ナマエに出来ることは何もなかった。現状、魔術による応援は不可能である。

だってセイバーが勝手に襲い掛かったから。

ナマエの魔術は入念な準備が要るのである。
そんな出会い頭に撃ち合い出来るようなものではない。てゆうか相手がマスターであるとナマエは知らなかったから、死ぬほど驚いた。
ペットの犬が歩行者に突然喰いかかったら誰だって白目剥くだろう。ナマエは泡を吹きかけた。

だが、しかし。じわじわセイバーが優ってきている気がする。徐々にではあるが、確実に。
防戦一方だったそれが、攻勢に傾いて来ている。素人目にもわかる。リーチの優位が無くなってきた。

焦りが見えた相手のマスターが、今の今まで放置されて居たナマエに向く。
どうやらコチラを先に潰すことにしたらしい。ぼんやりセイバーを眺めている場合でもなくなった。

「お、落ち着きましょう…私は命までは取る気はありません!」

両手をあげてそう言っても、相手の魔術師は無反応。どうやら生かしておく気は無いようで、こちらにガンドが撃ち込まれ始める。
咄嗟に自転車を投げ捨て横に跳ねれば、足元が綺麗さっぱり吹き飛ぶ。あんなの当たったら痛いんだぞ!いや痛い通り越して死ぬからな!そう言い返したいところだったが、最早泣き泣きのナマエは声を上げることも出来ないので、走り回って躱すしかなかった。

ばかばかばかばか。ばか。ほんとばか。無相談で襲い掛かるやつがいるか。
己のサーヴァントに対する呪詛が飛び出す。タダでさえ昨日の今日で逃げ回っていたナマエは筋肉痛がやばい。ついでに言うと昼間はシャトルランであった。本当にツイていない。

「あっ」

蹴躓いたのは自転車である。ナマエの自転車。さっき自分で投げた。ばか。
思い切り頭を打つのはごめんだったので、出来る限り転がればタイツが破れたのが見えた。本当にロクでも無い日と思うか、タイツだけで済んだことに感謝すべきか悩んだが、そんなことよりガンドである。

顔を上げれば光が瞬くのが見えて、ナマエは息を呑む。
────この距離は死ぬ。ポンコツ魔術使いのナマエでも理解が及ぶ。

目を瞑って、頭を抱えて死を覚悟する。
ああ、昨日から命を脅かされすぎだ。コンクリートを靴がする音がして、反射的に「ひい」と声が溢れた。

しかしそれに対する返答は「がぼ」と空気の漏れる音だった。来ない衝撃と謎の音に疑問を抱き、恐る恐る目を開けて後悔する。

今度は「ひ、ひえっ…うわ…うわあ…」と長めの悲鳴が出た。ランサーのマスターが長もので串刺しにされていたからである。
勿論やったのはナマエのセイバーだ。いつのまにかランサーを消失させていたらしい彼は、此方を助けてくれたらしいのだ。

礼を言おうと顔をあげれば、サーヴァントの顔が目に入る。
まじまじと見るのは二度目であるが、やはり陰気だが整った造形をしている…と思った。それがすぐに歪められ、眉根を寄せて呆れるような息を吐く。

「なんじゃあ、ビビっちょるんか。…は、情け無い女じゃのう」

屍を蹴り上げて、セイバーは言う。振り払った刀から血が飛び散って、刀身が鈍く輝く。
ナマエと言えば、相変わらず腰は抜けてるし、声は上擦るし、涙は止まらないのであるが、無意識で疑問を口にしていた。

「あ、あのさ、貴方、最初負けてたよね。なんで、どうして、勝てたの?」

恐怖。怒り。嘆き。批難。いやなーにが「情け無い女じゃ」だ!ビビるに決まってるだろ!とかなんとか色々言いたいことはあった気がするのだが、セイバーのことを聞きたいと思った。純粋に思ったのである。

「…わしは寧ろ、きさんの煽りの方が気になっちゅうが…」

「え?なんて?」

セイバーはナマエを気まずそうに見た。
もごもごと「命までは取らんとか」「どういてわしが勝つ前提なんじゃ」「きさんわしのこと全く知らんじゃろ」とか言っているが、要領を得ない。

「よくわかんないけど、なんで勝ったか聞いていい?」

ナマエは人の話をぶった斬って疑問をぶつけた。サーヴァントが微妙そうにナマエを見る。

自分は好奇心に逆らえないのだ。そういうところでナマエも魔術を使う者の一端であると思う。
根源こそ目指していないが、興味の湧く知識に対する貪欲さは魔術師のそれである。

彼を見上げれば、自慢げに喉を鳴らした。
随分と楽しそうな顔だったが、それはどこか痛ましく、少し無理をしているように見える…のはナマエの気のせいか。

「わしは一度見た技は何じゃろうが自分のもんに出来る。…わしは、剣の天才じゃからのお」

「えーっと、つまり、天才だから勝ったってこと?」

ナマエは武道がさっぱりだったので、掻い摘みまくって率直に言ったのだが、何故だか少し面食らった顔が見える。

「そ、そうじゃ。そういうことぜよ」

そう言う声は心無しか小さい。
不思議に思ったが、言及はしなかった。ここで立ち話をしていたら、ナマエが通り魔みたいになってしまうことに気付いたからである。

血の海。抉られたアスファルト。返り血を浴びたナマエ。
狂乱したJK、通行人に突然襲い掛かり…なんて可愛くないテロップは貰いたくない。

自転車を起こして跨がれば、いつの間にか霊体化したセイバーがニタニタ笑う。

「夜道は気ぃ付けえ、襲われるかもしれんからのう」

そうナマエを馬鹿にする声が聞こえた。
いや、襲ったのこっちだからね。