眩く光る鏡を通り抜けた先は、誠面妖な世界
少女はそこで、悪友と出会ったのだ
暗転。発光。拓けた視界は一切の光が無い。
ナマエは絶叫しそうになるのを堪え、辺りを見回す。
鬼道で灯りを点ければ、先程居た場所と何ら代わりが無い。ただ、やったら埃臭い。カビの臭いもする。
掃除やり直しかあ、と溜息を吐いて箒を探したが、見当たらない。
まさか紛失してしまったのだろうか。この一瞬で。器物損壊で減点されてしまう、と青ざめるが、箒は何処にも無い。諦めて外へ出ようとしたが、
「あ、開かない」
ナマエが掃除をしているのに鍵を掛けるとかあるか?若干怒り狂いそうになる気持ちを抑えて、鍵を破壊しようとする。
が、どうやら鍵じゃ無いらしい。外側から鬼道が掛けられているようだが、よっぽど下手くそが貼ったのだろう。ナマエが霊圧を込めたらすぐに開いた。
そのまま階段を上がって、上がって、違和感に気付く。外が、騒がしいのだ。
それにナマエが掃除をしていたのは昼。だが、日は上がっておらず、時間の経過がおかしい。恐る恐る聞き耳を立てれば、「侵入者が」「何者かが結界を」と雑踏が聞こえる。
どうやら、瀞霊廷に不届き者が侵入したらしい。今日は騒がしい日だな、と無関係を悟ったナマエが何気無く戸口を開ければ、開けた戸口が吹っ飛んだ。
吹っ飛んだ。戸口が。
は?
「居たぞ、捕らえろ!」
指差しをされて気付く。
彼らの言う侵入者はナマエであると。
冗談じゃない、と下手くそな俊歩で飛べば彼らは付いて来る。
当たり前だ、ナマエは死神では無い。彼方は正規の装束を身に纏っている。撒ける筈が無いだろう。鬼道を申し訳程度にバカ撃ちするが、こんなものでは目眩しにもならない。
みたせ、みたせと声がする。
斬魄刀がナマエに語り掛けて、わたしを抜けと言っている。人は追い詰められた時、やる気が無いから出来ないとかそんなことは無いのだと知った。
なまくらであるそれを抜いて、解号を口にする。
「充せ、依代這子!」
出来れば強いやつ!出来れば強いやつ!と念じた斬魄刀は掌に収まる短剣であった。
しかも祭事用のなまくら。結局なまくら。もう何も信じない、と叫べば、頬に刀が掠った。血が飛び散る。下手くそな俊歩で加速すれば、少しだけ距離が開いた。
一気に走り抜けて死角に入り、曲光を自分に掛ける。案の定、死神たちは見失ったらしい。
学生に撒かれるなんて、ばーかばーか、と負け惜しみを吐けば、どっと力が抜けた。
そうして疑問がいくつも浮上する。何故ナマエは追われているのか。何故今は夜なのか。ここは本当に瀞霊廷なのか。ナマエの斬魄刀が全く使えないカスブレードなのはもうどうでも良かった。
半ベソをかきながらも、足跡を残さぬように塀の上を歩く。
いち、に、さん、と飛んで移動すれば、着地した時の軽い音以外は聞こえない。雑踏が煩いから勝手に紛れてくれるだろう。
然し乍ら、落ち着いて辺りを見回してみれば余りにも酷い。
建物は幾つも消えて更地になっているし、壁は妙に綺麗なところと煤焦げたものが疎ら。あちこちに高密度の霊圧を受けたような綻びがある。一体此処は何なのだろう。
疑念は浮かんでは増えて行くが、ナマエを追う死神達を止めて聞けるとは思えない。だが、ここは一応見知った場所である。山本先生に逢えれば何か分かるかも、とナマエは方向を転換する。
本来であればナマエのような学生は一番隊に寄り付いてはならないのだが、このような事態であれば許してくれるだろうと思う。
そのまま静かに走り抜ければ、一番隊隊舎は有った。
警戒しながら降り立ち、キョロキョロと見渡す。問答無用で斬魄刀をブッ放されればたまったものではないの、
「やあ、お嬢ちゃん。こんな夜更けにどうしたの」
ナマエに衝撃が走る。肩をぽんと叩いた男から全力で跳ね飛ぶように離れれば、男は編笠を目深に被って此方を見ている。
桃色の着物に風車のかんざし。大きく着崩した帯に二本の刀が刺さっている。しかし白い羽織り、と言うことは隊長格である。
だがナマエはこんなやつを知らない。流石のナマエでも護庭十三番隊の隊長の顔は知っている。どの顔にも該当しない、というより、こんなふざけた格好をする奴は記憶に無いのである。
「破道の三十一、赤火砲!」
地面に撃って、砂埃を巻き上げる。
そのまま曲光で目を眩ませ霊圧を抑えたが、明らかに彼方は気付いている。
どうしよう、どうしようと早鐘を打つ心臓を抑えてもパニックが大きくなって行くだけだ。
「つれないねえ、そんなに怖がらないでよ。別にキミを取って食おうってわけじゃないんだからさ」
ヘンテコド派手男は編笠を上げた。眼帯とは逆の目が、煌々とナマエを見る。
一周回って吐き気すらして来た。祈るように刀を握れば、尚も声は響く。みたせ、みたせと。何がみたせだ。何にも出来ないのに。
「キミ、地下の結界解いちゃったみたいだけど、よく解けたねえ。掛けた本人しか解けないって言われてた封印なのに」
で、何が目的なのかな、と男は目を細める。霊圧がビリビリとナマエを責め立てて、足が震えた。
「し、知らない。触ったら無くなった」
「まさか。そんな筈は無いと思うけどなあ」
信じてくれないらしい。
やはり、山本先生に経緯を話さないとナマエは処断されてしまうような気がする。竦みあがる身体を叱責して飛び出せば、軽やかに男も付いて来る。冗談じゃない。
そのまま遊ばれているだけの鬼ごっこをすれば、急に男の霊圧が尖った。
こっちには逃げて欲しくないのだと直感で察したが、怖すぎて止まれない。半泣きで建物に突っ込めば、着地点に刀がすっ飛んで来た。
し、し、死ぬ。流石に死ぬと本日二度目の死を直感すれば、甲高い音がそれを弾く。
怖すぎて腰が抜けた。はわわ…と後退れば、刀を抜いた男が逆光を浴びながらナマエを見下ろして、それに立ち塞がるようにして別の男が居る。
「ちょっと浮竹。その子侵入者だよ」
「あのなあ、どう見ても怯えているだろう。話くらい落ち着いて聞いたらどうだ」
「お前の方に行ったから大慌てで止めに来たんだけどねえ…」
「そこまでされるほど落ちぶれては居ないぞ!」
目の前で始まった言い合いに紛れてずるずると後退すれば、眼帯の男が歩み寄って来る。
よく見なくても背は高いはむさいは圧は凄いわ顔が濃いわで恐怖しかない。
ん?とむさい方の男が呟いた。そのまま指が伸びて来て、ナマエの頬をさする。されるがままになって居れば、細い方の男が嗜める。女性にやめないか、と。
「いや、この子誰かに似てる気がするんだよねえ。暗いからよく見えないけど…」
縋るように細い方の男の袴を握ってしまった。可哀想に…と憐れまれる。プライドが折れる音がしたが、恐怖の方が大きい。
そのままずりずりと後退して、威嚇をする。
「よしよし、可哀想に。こいつに追い掛けられて怖かっただろう。君は何処から来たのかな?名前は?」
よすよすと背中をさすられる。
泣けて来た。鼻をすすって説明しようとするが、そこの眼帯の男が怖すぎて言葉が出てこない。虚の数億倍恐ろしかった。訳の分からない状態で、追いかけられて不安になっていたのもあるが、細い男の声が余りにも優しくて涙が出て来る。
「わ、わたしは、」
意を決して口を開けば、行燈に明かりが灯される。
ナマエをあやしていた男の顔も照らされて、てらさ、れ、て、白い髪がぼんやり、幽鬼のようにやつれた顔が浮かんで、
「あーーーーッ!?」
最高潮にビビリ散らかしていたナマエはむさいの方の男の叫びに飛び上がった。
そうして俊歩で真上に逃げようとしたナマエは、当然天井にぶち当たる。頭を強打し、意識を手放した訳である。