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蛇足

モルモットアンシュレイのプロトタイプのプロローグです。
テンポ悪いし引きが弱いしモブしか出て来ないので誰が読むんだよ!と思ってボツになっちゃったけど、設定自体は変わらないので掲載しておきます。キャラストなのかもしれない。

ナマエには幼馴染が居る。
同じ年に生まれ、だけれど少しだけナマエよりも後に生まれた、何処にでもいる普通の少年。

そんな彼はある日を境に、少しだけ“冷ややか”になった。
そう言ってもナマエにそれが向くことは些細で、どちらかと言えば、その冷淡さは他の住人に向けられるものだった。

ナマエの住むジョマガリ村では、魔女狩りが流行っていて、幼馴染の母もそれによって殺されている。
愚かな催しであるとナマエは思っていたし、村人の何人かはきっとそう思っている。だが、それを口にすれば殺されてしまうのだった。

「くだらない」

しかし、幼馴染はハッキリと口にした。

「滅多なことを言わないで。貴方、死にたいの?」

ナマエは口早に咎める。
それは決して、口に出してはならない言葉で、娯楽に飢えた馬鹿どもが嬉々として反芻する言葉だからである。ナマエは彼が炙られるところなど見たくない。

「君だって理解しているんだろう?魔女なんてもの、存在しない」

「だけど悪魔は居るよ。裁判を行う審判者は、みんな魔女なんて居ないと知っている。でも娯楽や圧政のために、村の意に沿わない人を愉しんで殺している。彼らこそが悪魔でしょう」

「やっぱり君という個体は賢い。私の母は、馬鹿だったのに」

「…それは、」

ナマエは言い返そうとして、迷った。正論であったけれど、言ってはならないと思ったからだ。

だが、幼馴染は「いいよ」と短く答えた。彼は突然頭が良くなったように感じる。
元から賢いこどもであったけれど、人格が変わったようになってからは、ナマエの言葉を先読みするように理解した。

「遠慮しないで、ナマエ。君が思うように、あれは馬鹿だよ。私は魔女なんかじゃ無いのにさ。大馬鹿だね」

彼の母は、彼を密告しようとした。我が子である、ナシデヒトをだ。
だから彼も密告したのだ。良心や情などでは無く、魔女の親は魔女だと糾弾されるのを恐れ、たたらを踏んだ実の親を。

最期は酷いものだった。
怨嗟を撒き散らし、口汚くナシデヒトを罵る。悪魔と言われた彼は、顔を覆う手の下で笑っていたけれど。
勢いを挫かれたナマエは、不機嫌に彼を見たが、幼馴染はどこ吹く風という具合である。そうして、昔の引っ込み思案な性格などは無く、ただ淡々と語った。

「この世界の生物が愚かなのは知っていたけれど、実際に目にするともっと酷いものだね。自我を獲得して暫くは、気持ち悪くて吐き気がしたよ」

「…貴方の話は要領を得ない」

「そう?じゃあ、教えてあげる」

幼馴染は村を見下ろして、くだらなそうに言った。

「私は君たちと違う。上位存在なんだよ、ナマエ。君は頭が良いから、理解できるだろ」

「上位存在…?」

「そうさ。君たち下等種族よりも優れていて、頑強な上位生命体。それが私だ」

聞き慣れない単語に首を傾げたが、彼は気にも留めなかったようだ。
ナマエの手を取って、ニコニコと笑う。その笑顔だけは、“冷ややか”になる前の幼馴染のもので、今のナシデヒトではない誰かとは全く違うものである。

「母は私を異端だと言った。この村は魔女狩りが流行っているからね。自分が死ぬ前に、相手を密告する…合理性しか無いと思うけど」

彼、ナシデヒトは先週、実の母を炙られたばかりだ。
少年がおかしくなって、一月ほどか。少し陰気だけれど、性根が優しい子であった彼は、突然恐ろしく冷たい少年になった。

所謂いじめられっ子であったナシデヒトは、ひ弱で気の小さい性格だった。
だけれど思い遣りのある善良なこどもだったので、腹を立てて過剰にやり返そうとするナマエが逆に咎められていたほどである。

“逆恨みされて、君が魔女にされてしまうかもしれない。そんなの、僕は嫌だよ”

そう言って、ナマエを止める。だからナマエは従ったのだし、それが自分のための忠言だと知っていたから、素直に聞いていたのだ。
彼が「思い出した」と言うまでは。

怖いほどにのどかな昼下がり。
にこにこと、嘲笑を貼り付けたような、不自然な笑顔を浮かべる彼は、ナマエの横に座った。

いつもは泣きながら歩いて来るのに、不気味なほどに穏やかな顔で、「あのね」と言った。

「僕…いや、私は、今日で生まれ変わったんだ。ナマエは頭が良いから、教えてあげるよ」

「…ナシデヒト、貴方」

その両手は血で濡れていて、彼が暴力に訴えたのはすぐに理解に及んだ。
諌めるようなナマエを見て、彼は不満げに息を吐く。

「ナシデヒトは私の身体の名前だ。まあ別に、そう呼んでもいいけどね」

それが、過去の記憶。
以降はずっと、幼馴染は“冷ややか”になってしまった。
それは彼の母を蝕んで、彼を虐めていた子供たちもおかしくなって、少しずつ少しずつ、この小さな村を破滅へと追い込んだ。

そうして一人、また一人と炙られていく。
彼をいじめていた子供たちは、みんな居なくなった。彼らを咎めなかったその親も、ナマエを殴った大人も。
なんとなくだが、少年はやらないだけなのだと思った。本当は直接殺せるのに────魔女裁判というシステムがあるから、それを利用しているだけのように。

だから村人たちは彼を恐れているのに、彼を魔女だとは言わなかった。
理解しているのだ。彼は魔女ではなく、“悪魔”であると。ナマエもそれを知っていたが、別段ナシデヒトが怖いとは思わなかった。
それはきっと、彼が特別ナマエに目をかけるからで、他の人間と別だと思っているからである。彼の特別がナマエだから、ナマエは彼の保護下にいるから────恐れる必要がないと判断出来るだけに過ぎない。

ナシデヒトは正真正銘の”ひとでなし“にはなってしまったし、当人が言うように生まれ変わったというのも事実だろう。
だが、ナマエから見た彼の根底はナシデヒトのままで、本人が言うほど様変わりした風には感じなかった。ナマエに向ける友愛は変わらぬままだったし、好き嫌いも以前と同じのままであったからだ。
ただ、少し“冷ややか”になったくらいなのだと思っている。

「早く、こんな村から出て行こう。私たちは、ここに居るべきじゃない。
私は君を選んであげる。下等生物の中でも、特別で優れた君を」

村を出る気がなくって、曖昧に笑って誤魔化すナマエを、幼馴染は不満げに見るのだ。

彼は遂に行動を起こした。
人でなしの幼馴染がやったのだと、ナマエは思ってしまっている。それはきっと間違いではない。ひどく煤けた臭いが鼻を刺した。

煌々と燃える火の橙は、村を丸ごと炙っていく。瞬く間に燃え広がる赤は、魔女狩りなどと言う愚かな行為を続けた報いだとも思った。

炎から逃れるように、村人は川の方角へと走っていく。だがナマエは知っている。目先の水に飛び付いても、川があるのは風下だった。
彼らはきっと、助からない。蒸し焼きになるのがオチだった。
学があれば、彼らは助かったのかなと教える気もないままぼんやり眺める。

ナマエは逆方向へと歩き出す。川の反対側は風上だったし、洞窟がある。
内部で焼け死ぬ可能性も考慮したが、急いで抜ければ火の手が回らない場所があるはずだ。そう思い、ひたすらに走る。

洞窟を抜けた先は、火事が起きていることなど一切感じさせない緑が広がっていた。予想通りであったことに安堵する。
そしてその中央には、少年が一人で立っている。

ナマエを見て嬉しそうに顔を綻ばせた彼は、不相応に大きな鞄を持っていた。それを投げ渡して、ニコニコと笑う。
嫌に重いそれは、チャラチャラと貴金属の擦れる音を発する。

「来ると思ってたよ」

「…村に火をつけたの?」

「此処は風上だからね。火の手は回らないし、燃え広がる前に鎮火するだろう。
川には水があるけど、風下だ。やはり君は優秀だよ」

「答えてよ。貴方が放火したんでしょう」

「分かってるくせに、わざわざ聞くのかい」

そんな言い方であるけれど、やはり彼はナマエを穏やかな目で見る。
ふと、滴る血を見てしまった。彼自身の血もあれば、返り血もあるのだろう。炎とは違う鮮やかな赤が、道を作っていた。

そうだ。ここに居るのが彼一人であることなど、無い。きっと何人かの村人は、風上へと逃れようとした。
魔女裁判が間違ったものだと分かる知性を持ちながら、止めなかったナマエと同じ卑怯者たちが。

末路は察する通りなのだろう。足元には脂で濡れたナイフが落ちている。

「さあナマエ、早く逃げなよ。君は愚かなヴィータとは違うから。きっと私と同じ、メギドなんだよ」

「…わたし以外にも、ここに人が来たでしょう。それはメギドではないの?」

「まさか、有り得ない!そうだったとしても、私に負けて死ぬのなら、その程度だ。戦争社会の爪弾き者に過ぎない。…私と同じでね」

彼の言葉は矛盾している。
ナマエは、ここに来て後悔に苛まれた。彼の血は止まることなく、濁った色の川を作る。
こうなる前に、もっと昔にその矛盾を指摘すれば、今ここに見える赤は、全て無かったことになったのだろうか。

「あんな下等生物が幾ら死んでも関係ないことだ。寧ろ、清々したよ」

「じゃあ、わたしは?」

答えは帰って来ない。
ナマエはそうなることを知っていて、それを聞いた。幼馴染は苦々しげに顔を歪ませて、淡々に言おうとした。

「死ぬこと自体は怖くないよ」

だけれど。言葉尻には焦燥が浮かぶ。

「でも、分からないんだ。納得できないんだ。私は村を燃やさなくてもよかった。一人で逃げるのが一番簡単だった。
裁判官は、殺したヤツらの資産を溜め込んでいたから、それを持って出て行くだけでよかった」

「そうだね。でも貴方は、わたしに拘った」

「だって、僕が一人で村を出た後、きみがメギドでもなんでもなくて、なのに、魔女になったら」

ひどく弱い声だった。
ナマエは、冷ややかだが自信に満ちた彼の声ばかりを覚えている。そのようなしおらしさも残していたのだと、今更ながらに知った。

「ぼくは、どうして。こんな、意味の無い真似を。合理的じゃない。むだばかり。わからないんだ…ナマエ。わからないよ…」

ナマエは彼にどう声をかければいいか分からなかった。
その内、幼馴染は静かに死んだ。すくい取った手のひらは、酷く冷えている。

この人はきっと、知らなかったのだ。
彼がただの人間であるナマエを目にかける意味を。どうしてナマエのことだけを、特別に思うのかを。

生まれたばかりの感情に、名前を付けられぬまま死んだ幼馴染だったもの。
哀れだと思った。もう二度と、こんな思いをさせたくないと思った。彼の自覚の芽生えを馬鹿にできないほど、ナマエも鈍かったのに。
それに早く気が付いて居れば。ナマエは彼を看取らずに済んだのだ。

違う。そうじゃない。彼を殺したのは、ナマエだ。ナマエが彼の手を取らなかったから、彼は死んだのだ。
一緒に逃げると言えば良かった。どこまでも行くと、言うだけで良かった。教えるタイミングなど、いつでもよかった。最後に抱き締めてやるだけでも良かったのに。ナマエは、何もしなかったのだ。

誰よりも愚かで馬鹿だったのは、ナシデヒトではない。彼の母でもない。村人でもない。
一番近くに居ながら、一度だって手を差し伸べなかった薄情者のひとでなし。それは他でも無い自分なのだと、今ならよく理解できてしまった。

その後悔が、ナマエの胸を焼き続ける。
肌を焼く炎よりも、こちらの方が余程痛かった。

▽おまけ

「お前、俺と幼馴染を重ねてるわけ?散々アシュレイの代わりだとか、代わりになれないとか言った癖に、俺を他人の代わりにしていたの?」

「ち、違いますよ!幼馴染とサタナキアさんを重ねたことはないです!
でも、そうですね。迷わず貴方に付き合うと決められたのは、彼が死んでいたからです」

「ああそう」

(お、怒ってる…)

「第一、俺は自分の感情を区分出来ないほど愚かじゃない。他人基準の規定や定義ならまだしも、自分の事さえ分からないなんて、そんな馬鹿に見えるかい?」

「見えません…」

「そもそも不定要素を利用するのが間違いだね。無駄に不安を煽ったら、パニックが起きるだけさ。川に毒でも流して、一気に全て淘汰してしまえば良かっただろう」

「仰る通りです…」

「それに、お前に向ける好意は、都合の良い実験体に感じる利便性への愛着とは違うものだって理解しているよ。そいつと違ってね」

「は、はい…って、好意?サタナキアさん、今わたしに好意って…むぐぐ」

「うるさいな」

(サタナキアさんがしまった!って顔してる…!!!!)