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03

ヘマをする気なんて一切無かったし、ヘマをしても尚、それを失態と思わないのがナマエの悪いところだと思っている。

顔に当てられた仮面は、まごう事なき本物のプラチナ仮面であった。
酷く脳が揺れる感触があって、気持ち悪さで胃の中身を全て戻してしまいそう。

何故こうなったかと言えば、酷くシンプルで分かりやすい。

ナマエはやっぱり、誰かを見捨てることなど出来なかったというだけ。
本当に、最初から最後までそれだけだった。

ナマエは地図と領地の人口を照らし合わせ、次に狙われそうな村を見つけた。
そこを張って待っていれば、如何にも怪しい上等な服を着た男と、小さな子供の兄妹を見付ける。

じっと座って様子を見ていれば、男は子供たちを使い、住人たちをプラチナに変え始めた。
すぐさま止めるべきかと思案したものの、万が一にもナマエが死ぬような事があれば、サタナキアに現状を伝えることが出来ない。

ここに仮面の本物がある時点で、ナマエの仮説はおおよそ当たりであったということだし、今この場で仮面を破壊して終わり、という訳にも行かない。
もしもプラチナ化した住人を戻す方法があった際、仮面が必要だったと言われたら困るのだ。

序でに言えば、おっそろしいことに“フォトンを圧縮したら出来たプラチナのようなもの”は、幻獣たちが好んで食べようとする物質だった。
サタナキアに託されたプラチナを持っていたナマエは早い段階で襲われたし、それはプラチナを投げることで回避出来たので良い。

この場に置いて、一番避けなくてはならないのはナマエがプラチナになること。
それは理解していた筈だった。

だけれど、住民たちをプラチナに変え終わった男は、子供をプラチナに変えようとした。

これが商人の男だとか、雇われた傭兵だとかならば、多分ナマエは静かに見ていた。
自業自得じゃないかと冷ややかに見ただろうし、一番合理的な行動を取っていた。
だがナマエには無理だったのだ。小さな子供を見捨ててまで、最効率を選ぶことは。

突き飛ばした少年が、怯えた目でナマエを見る。
指の先から走る紫電は一般人のそれと離れてはいるものの、今日この時ほど感謝したことは無い。
筋肉の繊維がひとつひとつ鋼のようになっていく感覚すらあるが、ナマエの怪力はそれを無理矢理に動かす。

追い掛けようとした男を叩き付けて、獣のように吠えた。

「街に向かって、サタナキアという人を探しなさい!私に悪いと思うなら、正直に全部話せ!」

わかったか、という言葉は発生する前に消えた。
少年は少女の手を引いて走って行く。時折ナマエに振り返って、不安そうな目を向けた。
ここで死ぬのかなあと弱気になってしまう。

そうして人生を振り返って、サタナキアと過ごした日々に恐怖などは無かったと思い出した。
彼はナマエを脅したし、改造したし、扱いも酷かったけれど…なんだかんだで悪い人では無かったから、ナマエは彼が好きなのだったと、今更ながらに思っている。

ナマエというのはサタナキアの被害者で、プルフラスに取っても感慨深い相手である。

穏やかな瞳に、優しい声。
サタナキアを監視するも、疲れて眠ってしまうプルフラスにブランケットをかけてくれるのはいつだってナマエだったし、お菓子を作った時は必ず沢山分けてくれる。

他のメギドたちにも分けてはいるものの、プルフラスのものだけ可愛い型で切ってあったり、枚数自体が多かったり、明らかに贔屓されていると最近気が付いた。

サタナキアはあんなやつだが、決してナマエに無関心ということは無いので、ナマエがプルフラスに向ける贔屓もよく分かっていたように思う。
その度にナマエを詰っていたわけだが、彼女は鈍いから気が付かない。いつも飄々としているあいつが良いようにされてるのは、プルフラスからしても面白かった。

プルフラスはナマエが好きである。
優しいから好きかと言われれば違うし、面白いからと言われても違う。では何故ナマエが好きかと言えば、彼女の雰囲気が“懐かしい”ものだったからだ。

ずっと思っていた違和感。長らく抱いていた既視感。
そういったものをサタナキアに言えば「お前は頭が弱いね」と呆れた顔で馬鹿にされるので、長らく話題にもしていなかったが。

オレイが取った、兄に似た姿。
アシュレイの容姿と雰囲気。彼のそれは瓜二つで、完璧に“同じもの”だった。

が、プルフラスはその雰囲気を持つ人物をもう一人知っていたのだ。
性別が違うから、髪の色も違うから、瞳の色も違うから、イコールで結ばれることは終ぞ無かったけれど、今なら分かる。

ナマエという女は、プルフラスの兄に良く似ていた。

それ自体は彼女と出逢った時にも思ったことだ。
その時はなんとなくそう思っただけ。彼女の面影が、最愛の兄に重なったというだけ。
だが、今になって見ると分かる。ナマエとアシュレイは“似過ぎて”いたのだと。

プラチナ化したナマエは、初めて見るような怒りの表情で固まっていた。
兄さんが怒るところなど、プルフラスは見たことがなかったけれど、きっと本気で怒ったなら、こんな感じだったのかもしれない。

それを見たサタナキアと言えば、プルフラスが期待するような”らしくなさ“などは一切無い。
ただ冷ややかに彼女を見て、溜息を吐いたくらいだった。

「失敗ったのか…」

あんまりにも感慨無さそうに言うものだから、プルフラスは頭に血が昇るのを感じる。
いつも尽くされているくせに、ずっと優しくされているくせに、その態度はナマエに対してあんまりだと思ったからだ。

「そんな言い方ないだろ!」

「失敗したのは事実だろ。あいつは下手を打った…その結果がこれだ。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「お前ッ!」

掴みかかれば、サタナキアは少し苦しそうにした。
だが彼は抵抗をしなかったし、何も言わない。それに腹が経って更に締め上げれば、ソロモンが仲裁に入る。

「プルフラス、落ち着いてくれ。今は大元を抑えないといけない。ここで揉めていたら、ナマエが俺たちに情報を残した意味が無くなってしまう」

ソロモンの言うことは道理に適って居た。
だけれどサタナキアの態度は許せるものでは無かった。仕方なく睨み付けたが、コイツは何も言わない。

いつだってそうだ。
プルフラスには兄もサタナキアも何も言ってくれない。ナマエも、肝心なことは絶対に言わなかった。それが余計に腹が立つ。プルフラスだけが蚊帳の外で、本当のことを何一つ知れないまま。

サタナキアが内心でどう思っているのかも、アシュレイに良く似たナマエが、こいつを友人だと言い続ける真意も。
オレイが何者であるかも。
ナマエが何者であるかも。

きっと、サタナキアは全て知っている筈なのに。

だから余計に分からなくなった。

非情で心無いサタナキアがソロモンを庇ったことも。
プラチナ化を解くヒントをプルフラスに託した意味も。

「いいか、プルフラス。ナマエを先に溶かせ!あれでアイツは馬鹿じゃないし、俺より必要面積が少ない!」

予め用意して居た一人分の蜜を、ナマエに使えと言った理由も。