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刺青男は笑わない

サタナキア。
プルフラスの兄を殺した当事者であり、メギド72に加わった改造メギドの一人である。

性格は難解かつ非道。冷血にして鉄血。究極の合理主義者であり、ヴィータ基準では最悪だが、メギドとしては真っ当な感性であり、寧ろプルフラスの方が異端なのだと本人が言う。

そんな偏屈な変わり者であるから、ソロモンはてっきりヴィータになど興味が無いのだと思っていた。
いた、のだ。大変失礼であるが、サタナキアがヴィータと友好な関係を築けるなど思っていなかったのだ。しかし。

「ナマエと言います。普通の人間なのですが、迷惑にはならないように努めますので…」

そう緩やかに微笑んで、美しいお辞儀をしたのはサタナキアの助手だと言う。
正しく言えば“助手のようなもの”らしいが、助手も助手のようなものも変わらないだろう。

穏やかな瞳をした彼女は全くサタナキアと縁があるようには見えない。
例えばこの女性がマルファスやフォラスの知り合いだと言うのならギリギリ分かる。如何にも学生、如何にも勤勉そうで何処にでも居るような普通の町娘と言った見た目をしているからだ。

しかしサタナキア。サタナキアである。サタナキアが普通のヴィータと友好関係を築いているのか?サタナキアが?
いや、もしかすると幻聴で、本当はフォラスの助手なのかもしれない。本当にサタナキアなのか?

「本当にサタナキアなのか?」

つい聞いてしまった。
彼女は緩やかに微笑んで、本当ですよとふわふわ笑った。見れば見るほど信じ難く、ソロモンを心の底から驚愕させた。

「別に、研究に興味があるからとかでは無いんです。脅されてる訳でも、騙されている訳でもありません」

彼女は困った風に笑う。
些か失礼な反応だったと思う。すぐさま詫びれば「気にしないでください」と笑った。話せば話すほど、サタナキアとの組み合わせはミスマッチだ。
その視線に気付いているだろうナマエは、少し悪い顔で言う。悪いと言っても、善人が悪い風に振る舞おうとしてるといった可愛らしいものであるが。

「目を離したら大変なことになってそうでしょう?」

「ああ、それはなんか、分かるかも」

同意をすれば、おかしそうに笑う。よく笑う、良い人だと思う。
しかし、だからこそ分からない。何故サタナキアと関わりがあるのか、どうして彼女は侵略者と戦う軍団に参加しようと思ったのか。

はっきりとそれを伝えれば、彼女は穏やかな気質を携えながらも、真っ直ぐとした目で見つめる。そうして、小さく笑った。

「どうしてでしょうね」

綻んだように、少しの哀しみを讃えたように、彼女は小さく笑う。そうして「おかしいでしょうか?」と問いた。

「やっぱり、サタナキアさんを受け入れているのは」

笑ってはいるが、自虐的だった。
彼女もまた、なにかしらをされているのかもしれない。ソロモンは何と返すか少し悩んだが、否定をする。

「俺は、おかしくないと思う。ナマエがそれで良いと思ったんだろ?それなら、それが一番良いさ」

ナマエは驚いたような顔をして、今度は心の底からの笑みを見せた。

「サタナキアさんと出逢ったのが、貴方のような人で本当に良かった」

それは、そっくりそのまま、彼女にも言えることだった。

「どういうことですか」

サタナキアが安置されているベッドに大股で近付き、思い切り椅子に座ろうとしてやっぱり止めた。傷に響くと思ったからだ。
看護師さんから受け取った土鍋を脇の机にそっと置いて、椅子に座る。しっかりと正面を向いて息を吐いた。
気持ち大きめの声で問い掛ければ、「なにが?」と返ってくる。

「イマとカーラとシーヌとシンデール先生」

そう言っても彼は分からないらしい。人名を記憶してないのは、なんとなく想像が付いていた。
ナマエはサタナキアの思考ルーチンを雑に理解し始めている。同級生と屋敷の持ち主だと言えば、ああ、とやや間延びした声を出す。

「手伝って貰ったヴィータのことか」

無事に再会できて良かったね、と薄っぺらに彼は言う。ナマエは頭痛が痛むような心地である。

「どうして生きてるんですか!?」

「死んでいて欲しかったの?」

ああ言えばこう言う。
ナマエは困惑する気持ちを抑えて、サタナキアがまともに答えてくれそうな問いを考える。

「人体実験がどうのって、わたしだけが成功作だって、言っていたじゃないですか」

「君あれ信じたの?」

はい?とややキレ気味に聞き返したのは仕方が無いことだと思う。
彼は溜息を吐いて、机をトントンと長い指で叩いた。

「メギドラルの技術でヴィータを改造出来るのは本当さ。だけど俺の研究分野じゃない」

つまり、どう言うことかと聞けば、深い溜息を食らう。もうこの問答にも慣れてしまった。

「君に施したのはね、軽い催眠だけだよ」

指を目の前に立てて、ゆっくりと往復させる。

「君の痛覚を少し鈍らせて、改造したよって言っただけ」

緑の目がナマエを射抜いて、圧を掛ける。
そう言われればそうなのだろうと思わせるだけの異質さが有って、ナマエはなんとなく納得してしまった。
が、すぐに矛盾を見つけた。

「…電気は?」

「それはやったけど」

「……」

ばち、と指先が火花を飛ばす。改造入れてんじゃねえか。
じっとりと睨めば、嘲笑するように口角を上げた。あのね、と言葉が始まる。説明はしてくれるらしい。

「先天的な素質が無くても、幻獣に寄せるくらいならばヴィータでだって出来るからね」

魂を抜くこと、別の生き物と合成すること、フォトンに寄って変質をもたらすこと。どれも可能なのだと彼は言う。

ナマエはまた頭痛が加速する話を聞かされて、目を瞑ることにした。
少なくともナマエが思ってたより人間世界での罪は重ねていなかったらしい。それを素直に喜ぶべきだ。

ナマエの心情など知らないサタナキアは不思議そうに首を傾げて、そしてちょいちょいと指をこまねいた。栄養補給を求めているらしい。

おかゆを差し出せば、口が薄く開かれて、それを食む。
全身バッキバキなのだ。指先すらも動かせないくせに、平然としている。咀嚼すら痛むはずなのに、そんな素振りは一つも無い。

この人は、あの少女が言うように戦いに出るのだろうか。
ソロモン王の参列に加わり、世界を救う旅に出るのか。救われないまま、救われようともしないまま。

やはり、ナマエはそれを哀しく思った。
この人は感情を知らない。ナマエをナマエの知らない“おまえ”と重ねた意味も、暗示を掛けた理由も。
不理解のまま、思考さえも無駄だと停止させて捨てるのだろう。

そっとサタナキアの頭に手を乗せる。サラサラとしていた髪は、所々疎らで痛んでいる。指を入れれば、手が通らずに止まった。

彼は何も言わずにナマエを見て、ナマエもそれを見つめ返す。
そうしてひとつ決めて、口を開いた。

「サタナキアさん、私はね。やっぱり貴方を見捨てられないんですよ」

「へえ、そう」

「不器用で、損をしている。誰かが見ていてあげないとって思います」

彼は黙る。

「だから、いつでも逃げましょう。手を引いて差し上げます。此処では無い何処かに匿ってあげます。生まれたばかりの感情に、付ける名前を探してあげます。きっと楽しいですよ、逃避行も」

緑の瞳が珍しく困った風に伏せられて、窓の外へと向けられた。ナマエからはサタナキアの顔が見れないが、言い淀んだ声色は分かった。
迷いながら、見失いながら、彼は口にする。

「…アシュレイが転生していたら、君のようなヴィータに成っていたのかな」

ナマエは笑う。それが二度目の結論だったからだ。
彼の思い描く人と、ナマエは絶対に一致することは無い。
それはサタナキアが出した結論で、代わりでも良いと暗に言ったナマエを突き放した答えでもあった。だから、こう言う。

「私は私ですよ。貴方を選んだ、変わり者のヴィータです」

そうだったね、とサタナキアさんは不貞腐れたように呟いた。
それが、彼の望んだ終着点である。