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読めない男

ナマエの知るケビンという男は常軌を逸した程の熱血さを持ち合わせており、よく言えば熱い、悪く言えば落ち着きに欠いた男だった。

騎士見習いであった遠い日の記憶を思い返せば碌な思い出が無い。

例えば同じくクリミア騎士見習いだったオスカーを一方的に好敵手扱いしていたり。

当の本人は存外鈍いやつで言われるまで気付いてなかったし、ケビン自身もオスカーが除隊したことに気付かず居ない人物を追って鍛錬を詰むという、中々に吹っ飛んだ行動をしていたが、それによって起こる弊害を一身に負ったのは間違いなくナマエだろう。

意気揚々とオスカーの話をするケビンに「オスカーは除隊したよ」と告げるべきか黙っておくべきかと半年間悩み続けた日々を思い出す。

「オスカーの奴よりも先に武勲を立てる!」

そう斧を掲げて剣士の群れに突っ込む彼を必死で制止したこともあった。

「よく見て敵は剣士だよ!?」と怒鳴りつければ、やたら爽やかな笑顔で謝るので強く注意することも出来なかった。

事なきを得たのは斧が強いからで、決してケビンが突出して強いからでは無い。斧最強。斧は最強なのだ。

剣が持てれば最強と言ったやつを殴りたい。この大陸では、斧が最強ではないか!

…脱線した。正直、彼を抱えるジョフレ将軍が不憫でならない。

結論を言うと、ナマエは彼の深い忠誠心と敵に怖気付かない勇猛さは見習うべきだと思っているが、それ以外の人格的な面は解せなかったし理解することを放棄している。

自分とは根本的な作りの違う異界人か何かだと思うことで彼という人物を処理している。

だから自分の目先で伸びている炎のような真紅の鎧に身を包む男からは目を背けたかったし、横に転がる斧で頭を撃って自爆した場面が容易に想像出来る自分が悔しかった。

ナマエはケビンが心底苦手だったが同胞を見捨てて騎士道を汚すような心は無い。仕方なく馬から降りて、道端に転がる赤い鎧を揺らした。

「ケビン、起きて。日が落ちる前に砦に戻らないと」

呻き声をあげてケビンの体が反転した。寝起きの悪いやつだ、と、そのまま2、3度追撃すれば、一気に覚醒したらしいケビンが俊敏な動きで頭を起こした。

「おお、ナマエか!お前もエリンシア姫の護衛に参ったか。流石は俺の親友、よくぞ生きていた!」

「いつの話してるの。寝惚けてないでほら、君の馬も待ちくたびれて…は無いな」

彼に付き合える程の図太さを持った馬だ、主人が伸びていても放置し辺りの草を食べるくらいには肝が据わっている。

ナマエは転がる斧を拾い上げ、ケビンの馬に積んだ。過去の経験上、放置しておくと絶対に拾い忘れるだろうから。

「それにしても、俺は何故こんなところで寝ていたんだ?」

首を傾げる彼に、恐らく素振りの途中で頭を打ったんだろうと告げる。

「そうか、またやってしまったのだな」

そう笑うので、ナマエの頭が加速的に痛んだ。少なくとも一回は同じことがあったのかよ、とか、頭ぶつける度にネジを落としているのではないのか、とか色々言いたいことはあったが、それらを上手く押し込めて喉から呆れ果てた声を絞り出す。

「…大丈夫?」

頭が、という隠された嫌味は言わずとも察して貰えるものだとナマエは思ったが、そこはケビンという男の美点とも短所とも言える妙なポジティブさである。

「心配してくれてるのか!ナマエにそうまで思って貰えるとは…このケビン、感激のあまり、胸が熱くて燃え尽きてしまいそうだ!」

「縁起でもないよ…」

ケビンは大層爽やかに笑ってナマエの手を取った。

女の細腕だろうと力強く握り締めるところが、どこまでもケビンらしい。そう思ったのが主に出てしまったのか、不思議そうな色を見せた赤い瞳とかち合う。

「…む、なぜ笑っている?」

「ケビンらしいなと思って」

全てを前向きに捉える彼が少しだけ羨ましい。騎士である前に、軍人の思考に染められたナマエは最悪の状況を考えることを徹底している。だから、相対的なそれは酷く眩しい。
言い噤んで口を閉ざせば、陽光…いや、そんな生温いものではない。灼熱や業火と比喩するのが正しく思える笑顔が向けられた。

「よく分からないが、お前が楽しそうなら良いことなのだろうな!」

「そうかなあ」

「ああ、そうだ。親友が嬉しそうなのだから、俺も嬉しい!良いことしかないだろう!」

いつから私はお前の親友になったんだろうか、と水を挟むのは野暮だろう。人の手を上下に強く振り回しているが、人懐っこい顔をされては何も言えない。

思い返せばケビンという男は、それゆえにどうしようもなく温かくて眩しいやつだったのだと、ナマエは緩く思考した。
が、看過出来ないこともある。力無くだらりと下がるナマエの腕をしっかりと握り締めたケビンは、中々離そうとしない。困ってしまって視線を寄越すが、人の感情に疎いケビンは気付かなかった。それどころか空いていた左手をナマエの手の甲に滑らせる。

「ちょ、ちょっと、ケビン」

スルスルと骨張った指が皮膚を撫ぜ、感覚を確かめるように握り締められる。彼は酷く穏やかな笑みを浮かべて「努力家の手だ」と呟いた。
あまりにも優しい声で、ナマエはどきりとする。日々の訓練で豆だらけの手なのに、それが至上の宝物のような顔をしていたから。

「さあ、帰るとするか」

そして唐突に手が離される。先程まで酷く熱かったそれは、少しの肌寒さを残していった。本当に唐突な男である。結局ナマエは振り回されっぱなしだ。
コイツのペースには乗せられないぞと思っていたのに、終始あっちのペースだった。

痛む頭を抑えながら馬に跨れば、軽やかに声が掛かる。

「ああ、言っておくが」

ケビンは振り返る。なに、と呆れ半分で返せば、至極平然とした顔で、なんでもないようにそいつは言った。

「先程親友だと言ったが。いずれは妻となって貰いたいと思っているからな」

馬から落ちて頭を打った。