紳士組というのは組織でも有名なチームだ。
立てばジェントル、座れば紳士、歩く姿はマジ紳士。何言ってんだテメエと思ってしまう前口上のインパクトが強い。
ナマエは出来る組員なので突っ込まなかったが、あと三年実務経験が浅ければ「何言ってんだテメエ?」と聞いていたと思う。
ちゃんと理性が働いたので「何言ってるんですかお前?」と聞いた。
組織というのは世界中に構成員が存在しており、小さな悪事から大きな悪事まで、幅広く”わるいこと“をしている。
当然その規模はかなりのもので、同じ任務に当てられる他部署の人間というのはその場限りの即席チーム、二度と組むことはないというのが常なのであるが。ナマエは何故か、紳士組と何度か任務を共にしている。正直勘弁して欲しいのだが、ボスの意向であれば仕方がない。
その個人的に余り関わり合いになりたくない紳士組が、ナマエの前でダージリンを嗅いでいる。
ガラス張りの窓からそそぐ日光が、彼のブロンドを艶やかに照らした。ついでに歯も光る。
「はっはっは、あなたとこうして顔を合わせるのは久しいですね。ご活躍のほど、風のたよりで聞いております」
「どもっス、只野さん」
「…オハヨーゴザイマス、紳士ウィルバー、ローライズ・ロンリー・ロン毛。わたしも遠く離れた地から、貴方がたの益々のご活躍をお祈り申し上げます」
遠回しの“早く同じ大陸から失せろ”も彼らには通じない。どういう訳かナマエは紳士組とティーブレイクタイムを共にしていた。
「相席を失礼しても?」と斜め後ろから声を掛けられたので「どうぞ」と軽く答えたのが5秒前。ナマエは死ぬほど後悔していた。
「貴方たちは何故ここに?」
此処。蓮乃辺市庭崎町駅前喫茶店。三門市の隣に位置するこの街は、組織の日本支部がある。
ナマエが組織のアジトである八城温泉へ用事があるとき…国内最高権力者であるシュバインさんに報告へ行った帰りによく寄る喫茶店である。
シュバインさんは出来た上司なので、温泉に浸かってから元の任務に戻って構わないと言うが、ナマエはホカホカのまま電車に乗るのが嫌なタイプであった。話を戻そう。何故ここに紳士組が居るかだ。
「とある物の確保を命令されましてな。こうして日本支部にお邪魔していたわけですが…」
「ああ…機密の…聞かない方がよろしいですね?では解散ということで宜しいですか?」
RD-1がどうたらという話はナマエも知っている。重大機密であり、詳しい内容は知らないが。ナマエに任務が振られているわけでもないので、今は詳しく聞く気もない。適当に流し、席を立とうとすれば、ウィルバーは紳士的に笑った。
「いえ、構いませんよ。我々は組織を抜けましたので。あなたも聞きたいことが有ればなんなりと。本日の日替わりケーキから、組織の機密まで、知る範囲でお答えしますとも」
「は!?」
驚いてロン毛の方を見れば、ロン毛は親指を立ててこちらを見ている。
そういうことじゃない。了承してますの意でのグッドジョブだろうが、そうではないだろ。いや、バカか?
「ウィルバーさんが決めたことッスから、ついて行きます」
「いや、バカか?」
とりあえず席に再び尻を収め、本日の日替わりケーキを聞いた。「ガトーショコラですな。この芳しい香り、間違いありません」とのことだ。ナマエは店員に注文を頼む。お手並み拝見である。
紳士組が通年ヨーロッパ支部ゲベの割に評価されていたのは、こいつらが”気が乗った“ときはそこらのエリート組員よりも天才的に優秀だからだ。
支部の精鋭たちが数年がかりで達成出来なかった任務を、僅か数ヶ月で片付けて来たのは有名な一件で、彼らのポテンシャルをシュバインさんは大層評価している。彼らがRD-1の奪取に派遣されたのも、日本支部の連中が手こずっている難解な案件だったからなのだろう。そういうピーキーな案件を彼らは特に好むところがある。適切な人材配置だと思う。
だが、そういう”気分屋“なところがまさかこんな形で出るとは。
ナマエは頭痛がめっちゃ痛くなるのを感じる。胃痛も痛い。思わずハンドバッグから拳銃を取り出して見せたが、紳士は動じない。ロン毛が「ティーン向けのブランドバッグから拳銃が出てくるの、なんかカッケーっスね…」と腑抜けたことを言った。タマンタサバサの薄水色と青の涼やかなバッグは銃を一丁入れるのに適している。
ウィルバーは平然と紅茶を飲んで「この場所は宜しくない。そうでしょう?」と不敵に笑った。
「我々が座ったのはガラスを背にする窓際の席です。一般人に紛れて任務をこなしている貴方はそのリスクを理解しておられる…こちらの推測は、間違っておりますかな?」
悔しいが当たりである。ハンドガンを撃てば、ウィルバーを貫通した弾がガラスを割る。それを避けるには、ナマエの掌を抜いた上でウィルバーに弾を撃ち込む必要があったが、あまりにも此方の不利益が大きい。ロン毛を撃ち逃すし。そんなことをするくらいなら、場所を変えて再度襲撃した方がよっぽどマシだ。
これでウィルバーが動揺していれば、ナマエは彼を取るに足らない裏切り者だと忘れることが出来たのに。
紳士組は変わり者というだけで、やはり優秀な人材である。それがどうして組織から抜けたのか。
「わっかんないな。アンタらなんで組織辞めたの?
好き勝手してる割に待遇は悪くない。直属の上司だってボスだから当たりじゃん。こうして他支部の応援に出される程度にはエリートだし」
「簡単なことです。私は私の人生を面白くするために動いているだけのこと。待遇や立場ではありません。もっと面白いことがあった、それだけの話ですよ」
「そういうもの?」
「ええ、そういうものですな」
不理解だと思ったのが顔に出ていたのだろう。ウィルバーは小さく笑って、続けて言った。
「自分の心と反する行いは、ただただ苦痛なだけです。それが必要な努力である場合は別ですが、何も生まないのなら痩せ我慢をする必要はない」
十代の前半には既に組織に居て、今も組織に従事しているナマエには分からない感覚だった。
楽しいとか、面白いとかじゃなくて、そう言われたからそうしている。でも思い返してみればナマエは少数派で、他の連中も銃を持ちたかったとか、出世したいとか、そんな浅い理由で悪いことをしているような気がする。しかし、だが、やっぱり。
「勿体無いなあ…」
思わず呟けば、紳士は驚いた顔をした。珍しくティーカップを小さく鳴らす。よほど予想外だったらしく目を少し見開いている。
「評価していた構成員が抜けるのは惜しいと思うでしょ。柔軟性の高さをシュバインさんも評価してたよ」
「それはそれは…」
「そしてその評価してた構成員を始末しなきゃって思うと…勿体無さを感じるね」
手の中で小型の銃を取り回した。掌の中にすっぽり隠れるので、ナマエの正面か左側に回らなければ銃は見えない。デリンジャーである。
どうせこんなんじゃ彼らがチキらないのは分かっているが、敵対する立場の人間と和やかに話せるほど神経は図太くない。定期的に敵意を見せないと絆されるというのもある。
「はっはっは、貴方も組織を抜けては如何ですかな?
我々はわんちゃん…RD-1の生家に失礼しているのですが、もう一人くらいであればお邪魔出来そうな雰囲気ですな」
「ナチュラルに人様の家に上がり込むの止めろや!」
伝票でウィルバーの手を思い切り叩く。「ヴッ!」と苦しげに呻いて、痩せ我慢のように笑った。冷や汗出てるぞ。
さっきまでそれっぽい良いことを言っていた癖に、こういうところで本当にこいつらは優秀なのか?と疑問を持たされる。ナマエは呆れ返って息を吐いた。これ以上話していると頭痛が尚痛くなる気がする。
「とっとと行方を眩ましてくれないか?
お前たちがこの町に居ると、隣の市で活動しているわたしにも確保命令が来る。暇じゃないので困る」
ウィルバーは穏やかに微笑んで、紅茶に口をつけた。そうして平時と少しも変わらずに、静かに問い掛ける。
「それは本心ですかな?
私には、他にも理由があるように感じますが」
「…居なくなる気は?」
「全くありません」
もう話が平行線になるなと思ったナマエは、すっかり冷めてしまった紅茶に手を付けた。ぬるくなってしまったが、砂糖とミルクを入れる。
かき回している間に注文が来たらしい。店員が皿を置いた。
「お待たせしました。本日のケーキです」
いやてめえ。これティラミスじゃねえか。
▽
只野というのは、組織でも名高い“壊し屋”だ。
殺し屋ではなく、壊し屋。まあ人間も言われれば壊すが、基本的に対象の殲滅、破壊、消失なんかが専門のその道のプロである。
今は専門外の長期任務に付かされているので休業中なのだが、同じ働きを出来る破壊工作員は数える程しか居ない。それくらいの腕利きである。
組織内で秘密裏に確保されていたが、外部に出すくらいなら壊した方がマシ!みたいなブツを壊したり、組織の邪魔になりそうな建造物をブッ壊すのが彼女の主な任務である。
上から命令されればなんでも壊してきた。麻薬組織、敵対グループ、機密書類、ウイルスの製造法、組織を追う出版社、作りかけの橋、カップルの絆。
そこにナマエの意思などは無く、ただ壊せと言われたからそうするだけ。だから何を命じられても、淡々とこなすだけだった。しかし、ナマエにだって気が進まない任務はある。
ナマエはターゲットをスコープ越しに見る。標的は犬とチェスをしていた。いや、犬?えっ…犬?
再度スコープを覗けば、ウィルバーだけがチェス版の前にいる。幻覚を見たのかもしれない。
「組織から足抜けしたって言うのに、呑気だよなあ」
“紳士組、紳士ウィルバー、ローライズ・ロンリー・ロン毛両名。
組織から離反し、機密情報を持ってRD-1の所在地に逃げ込む。対象を捕捉次第、確保、または始末を実行せよ“
先日ナマエに届いた急務だ。サングラス組やヨーロッパ支部の追手は接触しているらしいが、未だに戦果は上がらず。
結局こちらに任務が回ってきたのであった。ナマエは正直乗り気しないが、命じられた以上仕方ない。せめて一発で葬ってやろうと思って狙撃銃を手にしているのだが、ウィルバーは中々良いアングルで窓に映らない。あまり大窓を割りたくもないので、プランを変更した方が良さそうだ。ナマエは狙撃銃を下ろし、住宅街へと繰り出す。元々300m程度のポイントから狙っていたので、家に着くのはあっという間だ。
先程ロン毛が家を出たのも見た。家主であろう少年少女も。恐らく今あの家にはウィルバーとペットの犬だけ。ロン毛は後で片付ければいい。帰路で襲い掛かれば、警戒されずに終わるだろう。
ナマエはドアノブに手を掛け、鍵穴に特殊な凝固液を流し入れる。そして固める。即席で鍵の完成である。
そのまま捻れば、カチャンと音を立ててノブが回った。こういうのは薄っぺらい金属板や針金なんかでやるのがスパイ映画とかでよく見るやつであるが、あんなもんは時間が掛かって面倒だしドアが壊れてしまう。液体に形状記憶をさせてダメージ無くやるのが賢い。
「おじゃましますよ〜っと」
靴を脱ぐか悩んだが、現場を荒らすのは趣味ではない。紳士の靴に並べて置くのは不服であったが、自身の靴も揃えて整列させる。
一般的な家庭にしては、かなり大きい家である。いや、紳士組が受け入れられている時点でまったく一般的ではないし、RD-1の件を考えれば狂っているのも当たり前だと思い直した。余計なことは考えないのが良いだろう。
家内の足音を聞いて、気配を消す努力もせずに大胆な移動をする。リビングらしき空間から聞こえるカップの音は、恐らくウィルバーのものだろう。
ナマエの接近に気が付かないような男ではないと知っているので、堂々とドアを開ければ、やはり平然とした顔でウィルバーは佇んでいた。
「先日ぶりですな。何か忘れ物でもしましたかな?」
「お前の首を貰い忘れちゃってね」
ナマエはピアノ線を引く。関係の無い民家を事故現場にするのは憚られるので、サクッと絞め落としてしまおうという判断である。
まあこれでアッサリ勝てるとかは思っていないので、物理に持ち込んだのはシュバインさんに認められた手腕を見せてみろという挑発でもあった。あった、のだが。
「はっはっは。流石です、ミス只野。壊し屋の異名は伊達ではないようですな!」
まるでナマエが強かったみたいな発言であるが、違う。足の下に居る紳士を強く踏めば、ウッ!とウェイバーは呻いた。大変に驚愕の事実すぎて一瞬理解に苦しんだのだが、足の感触は間違いなく現実であった。
ナマエは引いた目でウィルバーを見下ろし、行き場を失ったピアノ線で拘束した。相手が他のエリート達であれば、反撃を警戒して“拘束する余裕ないし殺しとくか!”とか思うのだが。この紳士、引く程タイマンが弱い。
「そのような目で見られては、照れてしまいますな。私、紳士ですので荒事は不得手なのです。紳士ですので!」
「…もしかして、手を抜いてる?」
「まさか!只野、貴方がお強いというだけ!」
ナマエは頭を抱えた。今迄一目置いていた男は、どうやらナマエ相手に本気を出す気は無いらしい。
最後くらい、彼の仕事ぶりを見てみたかったものだが。残念に思いながらピアノ線に力を入れる。
「残念です。サヨナラ、紳士ウィルバー。すぐにロン毛も送って差し上げますから、それまで精々ハムになっていてくださいね」
さて殺そう!というタイミングで、背後のドアが開け放たれた。
「や、ややや…!?」
「わんちゃん…!」
「喋る犬…!?」
ナマエは紳士を素早く縛り上げ、蹴飛ばして転がす。此方の任務は紳士組の抹殺であったが、目撃者が出てしまった以上こちらも対処しなくてはならないだろう。
幻聴だと片付けたいところだが、ナマエは冷静かつ頭の回転が速い人間だ。喋る犬は喋る犬である。喋れるだけの知性を有している。以上、終了。細かいことを思考するのは後でいいと、現在不要な考えを全て端に置いた。そういうところがナマエが組織でも指折りのエリートたる所以である。
ただの犬であれば良かったが、これは喋る犬だ。万が一にも大事になっては困る。こっちは組織の人間をスマートに二人消したいだけなのだ。
「やあ、わんちゃんこんにちは。貴方のお名前は?」
後ろの手にワイヤーを隠して、ナマエは優しく微笑みかける。何か言おうとするウィルバーは踏んで誤魔化した。
「はっ!わたくしめは、リリエンタールです!えっと、あなたはなんと…」
「リリエンタールはこの家の人?」
「日野家のおとうとです!おとうとの、リリエンタールです!」
犬が弟…?とナマエは激しく動揺したのだが、疑念を顔に出さないように頬肉を強く噛み締めた。痛い。
あくまで穏やかに、口頭だけで始末がつけられるように犬の説得を試みる。
「私は組織の只野と申します。この家で我々の仲間を匿って頂いていたようで…回収しに参りました」
「やや…あなたは“そしき”の方なのですか…?」
「そう。組織の人間です。ですが、RD-1を探しに来たわけではないのです。紳士組の不始末を付けに。こちら迷惑料と言ってはなんですが、菓子折りになります」
「これは…!けっこうなおてまえで…!」
ナマエが現在住んでいる隣の市の洋菓子屋で買った大人気のロールケーキだ。ちゃんと並んで買った。
紳士組が生活費も払わずに不法滞在しているとは考え辛いが、それなりの礼儀を払うのが“組織”としての流儀だ。他の組には悪の組織っぽくないと概ね不評だが。
「ではリリエンタール。此方の紳士ウィルバーを回収して行きますね。我々の元仲間が迷惑を掛けました」
「もとなかま…そしき…只野はしんしをどうするのですか?」
「組織に連れ帰ります」
喋る犬が一歩後退した。ナマエの眼光に怯んだらしい。こちらとしては穏やかに振る舞っていたつもりであるが、ウィルバーに向ける苛立ちが漏れてしまった。
内心で反省していると、踏み忘れた紳士が余計なことを叫ぶ。
「ハッハッハ、わんちゃん!助けてくれますかな!このままでは私、二度と日野家に帰れませんぞ!」
リリエンタールが踏まれたウィルバーに気付いてしまう。一般人に助けを求めるなど、組織の一員として恥しかない。
ナマエはすっかりウィルバーに失望してしまったので、最早ワイヤーで楽に殺してやろうという気持ちも失せた。銃を構え、この場で消してやろうと決心する。
「し、しんし…!いま助けますぞ…!」
引き金を絞ろうとして、ポヨン。…ポヨン?
ナマエの手の中には、トゲトゲしたゴム玉があった。
▽
「なんだこれ…!?」
ナマエの第一声はそれである。
ナマエの手の中には、トゲトゲしたゴムボール。なんというか、モヤっと…モヤっとしそうな名前がついていそうなボールである。
しかし此方は場数を踏んだエリートだ。平常心で鞄を弄って、別のハンドガンを取り出して、
「ボールじゃんこれ!」
使えるのはワイヤーくらいだろうか。流石にボールに変化してなかったピアノ線を広げ、なりふり構わずに殺しに掛かる。
苛立ちは最高潮。紳士ウィルバーがこんなにアッサリ捕まるのも気に食わないが、こんなにくだらない手で嵌めてきたのも気に食わない。もっとスマートで、もっと怪傑ぶったムーブをするのが彼らというチームだった筈だ。
ウィルバーを殺そうと手を伸ばせば、頭にコツンと弾力のあるものが当たった。
無視して前進をすれば、それは勢いを増してボンボンボンボンナマエの頭上に降り注ぐ。
「イタタタタタ!ちょ、ちょっとなにこれ!?」
「ボールですぞ!」
「ボールですな!」
「そういうことを聞いてるんじゃねえわ…!」
もう完全にブチギレながらボールを紳士にぶつければ、アイタ!という声をあげて怯んだ。少しナマエの気は晴れる。
その間にもボールは天井から降り注いで、少しずつ家を圧迫して行く。最早近付くことも困難になってきたので、ナマエはヤケクソでボールを投げ続ける。こんなことになってるのも、こんなくだらない茶番をしているのも、紳士組を殺さなきゃなんないのも、全部全部ウィルバーのせいだ!
「アンタがくっだらねえ理由で組織裏切るから、こっちはやりたくもねえ仕事してんだ…!おまけにこんなクソみたいな現象に巻き込まれて…!よくも組織を裏切ったな!」
「それはそれは…つまり、只野は私を始末したくないということですかな?」
「そうは言ってない!」
もう一発振り被って投げれば、ポーンという音を立てて紳士が仰け反った。すこしスッキリする。
「只野も難儀なものです。貴方は非情なようで、実際はそうではない。
裏切り者の会話に応じてしまうような誠実さがありますし、組織からの貧乏くじも黙って引き受ける裏で嫌な仕事だと感じている」
「わかったような口を…!」
降って来た大きめのボールをぶつければ、紳士は完全に伸びたらしい。返答は来なくなる。
そうこうしてる間にもボールの量は増して、もうナマエは緑の濁流に飲まれてきた。足も地面に付いていない。
「あ、あわわ…てつこに怒られてしまいますぞ…!」
犬がオロオロと辺りを見渡す。リリエンタールは小さいので、もう沈んで見えなくなりそうだ。ナマエは少し冷静になってきたので、彼を抱えて頭の上に乗せる。
関係ない住民を巻き込むのはダメだと落ち着いて思考したからである。
「ありがとう…ありがとう…只野はやはり、いいひとですか?」
「悪い人だよ、わんちゃん。現にウィルバーを捕まえようとしてる」
「わたくしめは、そうとはおもえないのです。只野は、わたくしめをたすけてくれました」
「ただの気まぐれかもよ」
「それでも、わたくしめは今、只野の頭の上にいます。しんしのことも、たすけたいようにおもえます」
「それは、どうして?」
「只野はすこし、かなしい顔をしているからですぞ」
ボールの量が静かに減った。どういう原理か分からないが、ナマエの足は床に付いた。
「イライラは、ダメですぞ。トゲトゲしたきもちは、かなしくなります。さよならがそれでは、きっとモヤモヤします。
わたくしめも、はかせやははうえとはしっかりさよならをしました。またすぐに会えますが、ちゃんとさよならができると、さびしさはへりますぞ!」
ボールは足の高さほどに減った。ナマエはもう紳士を殺せるのに、静かにリリエンタールの話を聞いている。
そしてボールは一つになった。ナマエのハンドガンは床に転がっている。
「…これだけ強大な力があれば、わたしやサングラス組なんて始末するの簡単だったんじゃないですか?」
「しまつ…?」
「殺すってことです」
「だ、ダメですぞ!いたいのも、かなしいのも、ダメですぞ!」
「そーね。わたしにも弟分が居ます。始末されちゃったら怒るし、きっと悲しむね」
「おとうとですか!わたくしめもおとうとですから、わかりますぞ。あねがいなくなったら、とてもかなしくなる」
ナマエはなんとなく、RD-1が何処にあるのか、そもそもどんな形状なのかを理解した。
分かったけれど、持ち帰ることもできるけれど、そうしないことに決めた。ついでに言うなら、紳士を始末するのもやめた。
RD-1の善良さにナマエは救われ、また弟分も救われたと知ったからである。
敗者が殺されずに生きているのは、勝者の善良さ故にである。そこを騙し討ちで捻じ曲げるのは、幾ら組織であってもちょっと悪過ぎる。
とんだ失態である。標的は殺せず、喋る犬に諭される。
どうしようもないが、任務失敗して銃を奪われた挙句、投獄された弟分よりマシだろと思うことにした。…恥ではあるが、心の折り合いが付いたのは事実であるし。やっぱりナマエは、裏切り者の粛清とか、そういうの。めっちゃ苦手なのである。だって、基本的に組織が大好きだから。
▽
「それで特に戦果を上げずに帰って来たと」
「へ…へへ…返す言葉もないです…」
ナマエの報告を聞いたシュバインさんは、特に感慨なさそうに此方を眺めている。
てっきり怒られるかと思って身構えていたのだが、彼は特にそういうことは思っていなかったらしい。
「ヨーロッパ支部からの要請でお前を動かしたが、元々別の任務中の人員だ。失敗しても、特に咎められることはない」
お咎め無しどころか、優しいフォローまで入る。やっぱり日本支部って最高だなあ!とナマエは感激した。
シュバインさんはまだ未成年のナマエに気を遣っているのか、此方の前ではタバコを吸わないし。本当に良く出来た上司である。
「そもそもナマエは裏切り者の始末とか、向いてないだろう。
あちらの指名とは言え、今後はこういうのを回さないように手配しよう。それでいいな?」
良すぎて泣いた。やっぱりシュバインさんは最高最強、理想の上司である。
▽おまけ
二宮/ナマエ
「ンフフ」
「どうした。急に笑って。気味が悪いぞ」
「舎て…弟が猫飼い始めたんだって」
“reアキくん
ねこ引き取った”
「なんだ?このバケモノは。その…なんだ、名前とかあるのか?」
「スーパーうちゅうねこ」
「おまえの弟大丈夫か?」
▽
「わー、かわいい」
「なんだ?」
「弟の友達からの写真」
“re日野くん
弟とお邪魔してます。(温泉でねこにきゅうりをあげてる犬の写真)”
「おまえの弟の友達大丈夫か?」
遊真/ナマエ/村上/影浦
「ナマエちゃんはなんでボーダー居るんだ?」
「通りすがりの忍田さんと交戦して責任を取らされた」
「もう少しマシな嘘付けやばばあ」
「只野、この話になるといつも同じ冗談言うよな」
「鋼は最初本気にしてただろ」
「アハハ、ナマエちゃんは正直だな」
「…おいチビ、冗談だよな?」
「ナマエちゃんはなんでボーダーに居るんだ?」要訳:明らかに堅気じゃなさそうな動きだけど、どうして防衛軍に入っているんだ?
逸般人
「見たらわかる。ナマエちゃんはつよいぞ」
「そうは見えないが…」
「よく聞けオサム」
「…!(あれだけ動いてるのに足音が一切しない…!?)」
「な?やばいだろ」
逸般人2
(お。只野だ。驚かせてやろ〜)
(射撃の音)(ベイルアウトの音)
「ワ…」
「ごめんね太刀川…急に背後立たれたからビックリしちゃって…」
「いや、俺が悪かった。ところで何点になった?」
「1900点」
「ウワ…」
「ウワじゃないよお前のせいだぞ」
「おまえ4000点スタートだよな?なんでそんなヤバいポイントになってるんだ?」
「酔った諏訪さんが後ろから肩触って来たから驚いて撃った」
「ウワ…」
忍田/ナマエ
「…おまえ…組織の人間か?」(組織の人間だと思っている)
「(ボーダーを)知っているのか?」(ボーダーを知っていると思っている)
「それはそうだろう。当たり前だ」
「当たり前に知っているのか!?」
「…悪いが、逃す訳には行かない」
「そうか。仕方ない(銃を取り出す)」
「!(トリガーだと思っている)敵対勢力か…!」
「???????(真っ二つの銃)」
「??????(本物????)」
組織エリート組員コードネーム“只野”
唐沢「なんで彼女が此処に…?」
宇佐美/ナマエ
「へー!三雲くんも蓮乃辺小学校なんだ。わたしも前そこに住んでた〜」
「おっ、ナマエさんも?何処ら辺に住んでたのだね?」
「庭崎町」
「オオ〜!アタシ三丁目!」
「私は八城温泉旅館!」
「もしかして実家が旅館?」
「?違うよ。旅館の地下に住んでるの」
「?????」
「あ、これ内緒ね。秘密結社だから」
「??????」
年賀状を受け取った宇佐美栞「わあ、すごい住所」
蓮乃辺市庭崎町八城温泉旅館地下 組織アジト3号(住所)
辻/ナマエ/二宮
「…?組織の人間か。何故此処に居る?」
(えっえっ…?なんで???なんで話しかけられたの???)「えっ…ぁ…ぇ…?」
「わざわざ直接来るくらいだ。本部に何か不足の事態でも?貴様の任務は何だ?言え」
「只野。辻を怯えさせるな。何してるんだお前は…」
「なんだきさ…二宮くん。って、あれ?スーツ?…ああ、なるほど…」