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性能厨と勇者さま

※トラキアのセティ夢なのでフォルセティ固定、ベオムッドだけどフェルグスがベオウルフの隠し子のトラキア設定でGOしてます。

 ナマエは追われていた。
 手槍に、魔法に、あと少し弓。慣れない飛竜を駆れる自分の才能に震えはしたものの、そんな自尊心が芽生えたところで危機的状況は変わらなかったし、それは現実逃避と言える。

 ロプト教団の本部から逃げ出したナマエは、逃すくらいなら殺してやるという気概をひしひしと背中に受けていた。
 砂漠から飛竜をブッ飛ばし、休み休み逃げていたのであるが、慣れない乗り物に灼熱の砂漠。速度も高度も落ちて、教団の飛竜とそれに相乗りする魔法兵たちが追い付くのも当然である。

 こんなところで死にたく無い。顔を上げたナマエは、自分の真後ろ目掛けて飛んで来る緑の風を見た。
 刃のような半円のエフェクトは、見間違う筈もない。同じ軍の悪友のものである。

「れ、レヴィン!たすけてー!」

 叫んだ瞬間、飛竜の足に火球が当たる。ドラゴンはギャオン!と鳴いて、即席コンビであったナマエを振り落とした。落ちる視界の中、教団のドラゴンも順番に撃墜されるのを見る。特攻が乗ってワンパンだ。
 なるほど。ナマエも含めて、全員落ちた。

「さ、さすがああああ必殺フォルセティいいい」

 飛竜から落下しバカみたいな叫び声を上げながら振ってくる女を、青年は慌てて抱き止めた。
 風の魔法でワンバウンドして、膝下と背中に腕が回る。所謂お姫様抱っこであるが、久しく会わない内に随分キザになったものだ。昔の彼であれば、抱き止めはせず直接地面に降ろすだろう。

「レヴィン!死ぬかと思いました!ありがとう、大好き!貴方を愛してしまったようです!」

 高いところが苦手なナマエは、相手が知り合いであると確信して無茶苦茶に抱き付く。ついでに頬にキスまでしてしまう。
 兄や神父様に見られれば、はしたないと怒られてしまうだろうが、ナマエは友人がやたらスキンシップを求めるのを知っていた。口付けだけに、リップサービスである。

「もう好き!大好き!愛しています…」

 涙が滲む視界では青年の顔が見えなかったけれど、遠くから見えたフォルセティはレヴィン以外あり得ない。
 黙る彼を無視して、ナマエは一方的に捲し立てた。本当に死ぬかと思ったのである。

“よしよし。仕方の無いヤツだな。後でメシでも奢れよ”

 レヴィンであれば、そんな軽口を叩いてナマエを小突くだろう。だがそれも甘んじて受けよう。
 しかし予想していた衝撃は来なかった。それどころか、青年の腕は困ったように硬直している。

 ナマエは恐る恐る顔を上げた。そういえば、レヴィンにしてはガッシリしているような。
 もうかなり、マントを涙で濡らしてしまっているのだが。…まさか。

「私の父上を知っているのか?」

 彼はレヴィンでなく、レヴィンのご子息であった。
 

「シレジア王子に無礼な真似をしてしまって申し訳ない。あっ、レヴィンのことはレヴィン王子…ええっと、レヴィン国王…?と呼んだ方が宜しいでしょうか?
王族である貴方の前で、あまり馴れ馴れしいのは不敬ですよね」

「いや、構わない。君は父上の知り合いなのだろう」

「助かります。今更敬称を付けるのも、なんだか心地が悪いですから」

 日の照る内に砂漠を移動し、休める場所を見つけたナマエと青年は改めて話をする。
 追手が居る上、出会った地点はお喋りしながら横断するには少々よろしくない環境であった。双方迅速に拠点を探すべきと判断し、会話は最小限に移動してきたのである。

「私のこともセティで良い。臣下を連れずに単独で旅をしているからな、あまり出自を明かしたくはないんだ」

「分かりました。では、貴方のことはセティ殿と」

 ナマエがセティと出会ったのは、マンスターの町…ではなく、グランベル寄りのトラキアの国境であった。

 何故そんな場所で邂逅したかと言えば、ナマエの異母兄弟がアルヴィスで、その息子サイアスが抹殺されそうだったからである。話が飛びすぎた。
 簡潔に言えば、ナマエはロプト教団に甥を殺されそうになって、祖父から逃せと命じられたのだ。

 勿論そんなことをすればタダではすまない。ナマエは結局、兄の息子を逃した罪で死刑になった。そして二十年ほど砂漠に埋まっていたのだ。
 比喩表現でなく、本当に砂漠に居た。ロプト教団の司祭、マンフロイの唱えるストーンに寄って。

 そして何の気紛れか、石化から叩き起こされたナマエは改造されそうになったのである。

「愚かなアルヴィスの妹君よ。二十年の眠りはさぞ良かっただろう。ユリウス様を御守りする為、貴様には魔戦士となってもらおう」

 開幕そう言われたナマエの脳はバグった。何言ってるんだあんた。
 洗脳とかではなく、改造である。心無い魔戦士として、ユリウス────知らない間に生まれていた甥を守れと。とゆうか二十年て。

 ナマエは道楽でシグルド様に同行し、シグルド様が云われのない罪で反逆者になったので、途中離脱をした。そして兄上に直談判をしに行ったのだ。だが兄に会う前に祖父に会い、サイアスのことを頼まれた。
 その結果がこれだ。アルヴィス兄上も自分も、母にも父にも神にも見放された薄幸の身の上であったが…そんなところしか似ていない兄弟だった。

 当然、ナマエはそんな目に遭いたくない。しかし持ち物は兄から頂いたライトニングだけ。
 兄上はナマエを過大評価している節があり、当然のように高価で希少な光魔法をくれたが…ナマエはセイジどころか、魔法職でも無い。兄上の馬鹿。
 悲しいかな、ファラ傍系であっても魔法が得意とは限らないのだ。体力と魔力に自信があっても、ナマエは炎のデブ剣くらいでしかそれを発揮出来ない。

 考え無しに、教団の幹部を殴り付けて、信者のものであろう飛竜を奪って飛び出した。物理職で良かったと強く思った瞬間である。

 そして冒頭の状態に戻る。

「私はナマエと申します。この度は命を救って頂き、感謝致します。
礼と言ってはなんですが、このライトニングを」

 ナマエはライトニングを手渡す。青年────セティはどうするべきか悩んだようだが、素直にそれを受け取った。神器は強いが、修理費もバカにならない。妥当な決断だろう。
 レヴィンは嘗て、ナマエの押し付けようとするライトニングを拒んでいたが…案外こうなることを分かっていたのかもしれない。やけに勘のいい男だったから。

「追われている娘を見捨てるなど、私には出来ないからな。それで、君は父上の…」

「友人です」

 セティは微妙な顔になった。嘘偽りの無い事実なのだが、砂で薄汚れていた小娘と、シレジアの王子が友人であったとは結び付きづらかったのだろう。

 …と、ナマエは思っていたが、セティの方は内心めちゃくちゃであった。自分と同じくらいの年の可愛らしい女が、父と精神的にも物理的にも距離の近そうな間柄であり、尚且つ友人であると庇っている。
 愛してると軽率に口にし、抱き付く。その上、セティは熱烈な口付けを受けた。彼女の外見は清廉なエッダの巡礼者といった風貌であったから、余計に困惑する。だって出自の良い身分ある女性が、恋愛関係も無しにそのような真似をする筈がない。

 ナマエは見てくれだけで言えば、気品があり、その場に居るだけで目を惹くようなカリスマがあった。
 加えて、当人は口さえ開かなければ、いかにも良家の子女である風な立ち振る舞いなのである。

 彼は思う。たぶん彼女は父の愛人なのだろう、と。父上は一体何をなさっているのだろう、と。

「…そうか。君がそう言うのであれば、そうなのだろう。
尋ねたいのだが、父上の居場所などは知らないか?」

 全くセティはそう思っていないが、青年は出来た男であったので深く言及はしなかった。
 それよりも母の為に父を見つけることが、最優先だったからだ。父が拐かした少女に罪は無く、悪いのはあの冷たい肉親であるのだから。あと加えて言えば、この可憐な娘が既にお手付きであると認め難かったからだ。

「暫く会っておりませんから、なんとも。シレジアには帰って居ないのですか?」

「そうだ。母は病に伏せ…一目だけでも父上に会わせてやりたいのだが」

 ナマエはレヴィンが妻を置いて出奔していることを知る。
 彼はあれで、冷たいようで面倒見が良く、素直ではないが性根だけは優しい男だ。フュリーとシルヴィアの件だって、あいつが両名に構うからそういうことになっていた。プレイボーイと言えば聞こえは良いが、単純に女の敵である。
 レヴィンに再会できた暁には、二人を惑わせた分ナマエが代わりに一発しばくかと思案する。女性の敵は死ね!雷魔法トロン!が彼の足の小指に炸裂するだろう。

 脱線した。紆余曲折を経て成立しただろう妻も、その子供も置いて、レヴィンは何処かへ姿を消したという。只事では無いとナマエは首を捻る。
 そもそも天下のヴェルトマー公爵家の末席であるナマエが闇討ちに遭っている時点で、世は動乱の渦中にあるのだろうと思い至った。

「レヴィンに会ったら、シレジアに戻るよう提言しましょう。
私は暫く、情勢を知るため飛び回るつもりですから。彼が生きているならば、いずれ出会える筈です」

 ナマエは先ず、現在の世について知るべきだと思った。
 兄を頼るのは不味い。アルヴィスではなく、その子が実権を握っているのは明白だ。あの聡明で計算高い兄が押し負けるのだ。ナマエが加勢したとて、焼け石に水だろう。お互い幸運0なので、空回りするのも目に見えている。
 会いには行くつもりだが、一度詳しく情勢を知るべきだろう。

「それでは、私はこれで」

 休ませていた飛竜の手綱を持ち、跨ろうとする。教団で雑な扱いを受けて居ただろう飛竜は、ナマエにかなり友好的だった。くすねて来た特効薬を掛けれてやれば、彼はナマエに喉を鳴らす。
 さあ行かんと一歩を踏み出そうとして────身体が前に進まずつんのめった。

「ぐえっ」

 涙目で振り返れば、レヴィンの息子がナマエのマントを掴んでいた。

「…なんでしょうか?」

 ナマエは困惑したが、彼方も困っている素振りを見せる。どうやら反射的に引き留めたようで、何か言葉を探しているらしい。

「その…なんというかだな」

 セティはと言えば、考え無しに女性を引き留めて心底困っていた。
 突然空から降って来た、父王と親しげな女性。肉親と間違え、セティに愛してるなどと言ったふしだらな女。あと抱き付かれた時に腕にめちゃめちゃ乳が当たった。乳も唇も柔らかかった。

 しかし、空から落下した彼女を抱き止めた時────安堵し微笑む可憐な娘の瞳から、熱砂に輝く大粒の涙が溢れる光景。
 それは酷く美しく、セティは彼女を諌めることが出来なかった。見惚れていたのである。

 この女性は考え無しで、フラフラとした性格が垣間見える。
 だけれど彼女には抗えないカリスマ性があって、その言葉には強い説得力と、炎のような意志を感じる。このまま素直に行かせれば、次に逢うのは死体だろうか。それとも、戦場だろうか。

「君は一人で行くのか。護衛も付けず、追手を撒きながら」

「そうなりますね。しかし、これでも剣の扱いには心得があるのです。案外どうとでもなるかもしれません」

「保証はないのだろう?」

「まあ、それはそうですが…今後のことは、これから考えます」

 大雑把でミステリアスという相反した属性を持つ女性というのは、王子として育ったセティの知り合いに全く居なかったタイプで、どう接していいか分からず、言葉より先に手が出てしまった。

 有り体に言えば、セティはナマエに惹かれてしまったのである。
 彼女と離れたくないし、戦場で再会なんて以ての外。見える範囲に置いておきたい、そう思ってしまった。

「各国の情勢であれば私が教えよう。私はこのままマンスターに向かうつもりなのだが、君に行く宛が無いならば…」

「護衛をしてくださると?」

「ああ。見たところ、君は一文無しだろう。路銀であれば気にしないでくれ。私はこれでも、シレジアの王子だからね」

「ですが、セティ殿に得はありませんよ。私はまともな武器さえ持っておりません。盗んで来た飛竜も、怪我が癒えるまでは一人乗りでしょう」

「構わない。君を助けたのは私だろう。であれば、責任を持つのは男として当然だ。
私は父上のようにはならない。ナマエ…君を放って、路頭に迷わすようなことはしないと約束しよう」

 突然レヴィンの悪口を言い始めた。セティ殿!?と困惑しそうになったが、何か大いなる力が働いているとナマエのブラギの血が言う。子供達が突然親の悪口を言い始めるような…大いなる力だ。
 ならば、その神託に従うのが敬虔なエッダの巡礼者であるナマエの生き方だ。

 ナマエはセティを見上げる。ぜんぜんレヴィンっぽくない。顔や性格、頑固なところなんかは全部母親似なのだろう。…この素面で女を誑かしそうな態度は、若干レヴィンの悪しき血な気もするが。
 レヴィンが誰と結ばれたのかを知る前に、ナマエはシグルド軍を抜けた。そのままマンフロイに負けて砂漠に埋まったのだが、セティはどう見てもフュリーの子だった。

 フュリーとナマエはレヴィンのせいでまともな交流を持てなかったが、良い友人になれたのかもなと感慨に浸る。少なくとも、彼女の息子は実直でお節介な良い人だった。

「でしたら、ご厚意に甘えさせて頂きましょう。セティ殿、貴方との巡り合わせに感謝を」

 そう言って、ナマエは息絶えた兵士から装備を剥ぎ取る。
 ナマエの信ずる神は、追い剥ぎをしてはならないとは謳っていない。善い行いをし、正直で有りなさい。教典では、人の道さえ外さなければ大抵のことは許されると説かれている。
 素直に装備を頂き、感謝と共に手を合わせた。

「…逞しいな」

 セティはナマエを見て、感心したように呟く。
 信仰というのは、己の生命が安定してこそ万全な状態で行えるというもの。神だって、こういう非常事態の悪行は目を瞑るだろう。

「セティ殿も剥ぎ取りますか?」

「いや、遠慮しておこう…」

 セティに同行し、マンスターを訪れたナマエであったが、既にレヴィンは此処を発った後だと聞く。
 加えて言えば、彼の尋ね人は絶世の美少女を連れていたとの噂だ。それを聞いたセティはナマエと出会った時のように、酷く複雑な顔をしていた。

 ナマエとセティは出会って一月程だったが、二人きりで旅をしていた都合上、それはもう凄い速さで相互理解が進んでいる。
 セティはかなり顔に出るタイプで、嫌な表情こそ浮かべない好青年であったが、渋い顔はよくしてしまうようだった。内心穏やかでない表情も利発そうに見えるのだから、男前は徳である。

 あちらもナマエが居ることに慣れて来たようで…というか初っ端から距離感がおかしく、此方がその距離感と、箱入り故の問題行動に慣れる羽目になった。

 前述の件もそうだが、セティは母に似て、かなり純朴で素直すぎるきらいがある。この人よく一人で旅出来たな…とナマエは世間知らずの王子さまとの旅に想いを馳せた。

「無邪気な子供は可愛らしいな。民は国の宝物だ…」

「わたしからすれば、セティ殿も宝物のようなものですよ」

「なっ…ナマエ、あまり私を揶揄わないでくれ…」

「そのようなつもりは…友人の御子息であるセティ殿も、わたしにとっては子供と言いますか…」

「えっ?」

「ん?」

「い、いや…そうか…それは、複雑だな…」

 ある時はシグルド様の子と近い歳であろう彼を子供扱いしたら、ショックを受けさせてしまった。

「ナマエ、トラキアの夜は冷える。もう少し寄った方が良い。…ほら、人の温もりは暖かいだろう?」

「…セティ殿、未婚の王子が行きずりの娘と暖を取るのは、世間体的に少々不味いのでは…」

「あっ…!?ああ…そうだな…言われてみれば
…すまない。…君を嫌な気分にさせてしまっただろうか?」

「いえ、そのようなことは。セティ殿はお優しいので、良かれと思ってそうしたのは分かりますから。それに、本当に暖かいですね。やはり性差でしょうか」

「ナマエ…」

 底冷えする夜に、そんな胡乱な会話をした。謝ってきた割に、セティ殿は結局ナマエの背中に手を回したし、寄り添って寝た。なんでだよ。

「ナマエ、火は魔法で起こそう。手作業で火を起こしていては、君が疲弊してしまうだろう。トーチを入手するまでは、そうするべきだ」

「えっ…それ私の炎の剣…」

 あとナマエの武器で火を起こされた。

 胡乱な旅を続け、セティが少しずつ勇者と呼ばれ始めた頃。
 相変わらずナマエは彼に同行し、どっちが偉いんだか分からない関係を築いていた。

「ナマエ。私は少し辺りを見てくるよ。此処は治安が悪いからね。君は宿で待っていてくれ」

「へ?…でしたら私と飛竜が」

「長旅で疲れているだろう。先に休んでいて欲しい。大丈夫、すぐに戻って来る。君を置いて行きはしないさ」

「そういうことでは…って、ええ…」

 風のような速さでセティはすっ飛んで行ってしまう。ナマエは彼の背中を見送りながら、さりげなく口付けを落とされた髪をさする。
 相手がレヴィンであれば、女に粉を掛けるのをやめろ!と責め立てているのだが、セティは…うーん。ナマエはセティに甘かった。だってフュリーの息子だし。

 セティは恐らく、ナマエのことをフラフラしている危なっかしい娘とでも思っているのだろう。
 ナマエからすれば、それは中々不服な話である。一応セティよりも場数を踏んでいる筈だし、旅のセオリーなんてのは二十年やそこらで急激に変わるはずも無い。元々エッダの巡礼者であったナマエは、そんなに心配をされるような覚えはないのだが。

 これは即刻追い付いて直訴せねばなるまい、とナマエは渋い顔をする。
 加えて言えば、世間知らずの王子さまを一人で行かせるのが心配でもあった。ナマエが付いていながら変な女を引っ掛けた日には、フュリーに顔向け出来ない。繊細な彼女は卒倒するだろう。
 彼の厚意と優しい性格は分かっているし、お世話になってる手前、あんまりセティ殿に何かを言いたくないが、時に必要なことはある。

 ナマエは宿に戻らずセティを追い掛け、聞き込みがてら街を散会する彼をやっとのことで捕まえた。足早すぎである。ナマエだって星一くらいはあるのに、コイツ再行動何回引いたんだ。

「セティ殿!」

「うん?ナマエ、宿に戻らなかったのか」

 懸念の通り、好青年の癖に天然プレイボーイでもあるセティは町の娘に囲まれていた。

 頭痛がするのを感じる。別に聖戦士の血を引かない平民が悪いと言っている訳じゃない。万が一があって、正当な直系がどっか行くのが問題なのだ。
 現実問題、クロード神父の第一子も第二子も行方不明だと言うし。エッダは世継ぎ制度でないから良いが、これが完全血統主義の他の公国であったら…あたまがいたい!

 ナマエは娘たちの間をなるべく刺激しないようにすり抜けて、セティの腕を掴んだ。
 そのまま彼を後ろに下げて、少女達の前に立ち塞がった。セティが困惑しながら「ナマエ?」と名を呼ぶ。

「申し訳無いのですが、そういうことですから」

 口々に何かを言う娘達を無視し、セティの腕を引く。適当な所で手を離そうとしたが、逆にセティがナマエの手を握り締めている。なんでだよ。

「すまない。囲まれてしまって…少し困っていた」

「構いません。今後は必ず私を連れてください」

「しかし、それでは…」

「貴方の父君は旅の踊り子に優しくし、本気にさせました。…言いたいことは分かりますね?」

「…分かった。君を利用するのは心苦しいが、同行を頼もう」

 セティを納得されたナマエは、一つ咳払いをする。
 そして極めて真剣に切り出した。

「セティ殿。お願いがあるのですが」

 そう切り出されたセティは、花が咲いたように微笑んだ。何故か酷く嬉しそうな態度にナマエは困惑してしまう。今から文句を言うのに、毒気が抜かれてしまったとも言う。

「どうしたんだ、ナマエ。私になんでも話してくれ」

「…嬉しそうですね」

 セティは気恥ずかしそうにはにかんで、優しく語り掛けた。酷く甘やかな声は、世の女性を惑わしそうな雰囲気がある。

「ナマエはあまり、私を頼らないだろう。世間知らずの身の上であるから、どこか頼りなかったかもしれないと思っていてね」

「そんなことはありませんよ。私はいつも貴方に助けられています。セティ殿が居なければ、今頃ユリウスに処刑されていたかもしれません」

「そうならなくて本当に良かったよ。君に何かあったら、私は…いや、父上が悲しまれるだろうからね」

 ナマエを見る目は優しく、爽やかで暖かい風のようだ。好青年であると評価すると同時に、激しい頭痛を感じた。
 これは女性に人気が出る。身分を隠したとて、優良物件である雰囲気は隠せず、女は騙せない。

 加えてセティは責任感が強く硬派な男だ。悪い女に引っ掛かって、責任取れって言いくるめられたらきっと頷いて添い遂げてしまう。フュリーもそういう素直で可愛い年下の女の子だった。
 そうなったらどうしようとナマエは心配になる。流されそうになったが、重々しく切り出した。

 優しさはセティの美徳だったし、そんなところが一等ナマエは好きだったけれど。彼のために、言わねばなるまい。

「貴方は一国の王子で、すべての女性に対して分け隔てなく優しく、自然と距離が近いのは分かります」

「…うん?そんなことは無いのだが…」

「いいえ、近過ぎです。婚前の王子がこのような距離感では、有らぬ噂が…」

「それは君に対してだろう?私はナマエを宝物のように思っているから、なんの問題も無いさ」

 ナマエはたじろぐ。確かに私だけなら問題ないな!と一瞬思ってしまったからだ。
 問題大有りである。言い分もめちゃくちゃ過ぎる。
 セティが女避けにナマエを使うにしても、今後奥方としたい女性が現れたらどうするつもりなのだ。やはり現状の過度な女の子扱いは辞めてもらわないと、言い訳も説得力も無い。

「とかく、私に対しては、もう少し雑に扱って頂いて大丈夫ですので。
貴方は護衛をして下さると言いましたが…武器を手に入れた以上、一人の兵士として扱って頂きたいのです」

「それは聞けないな。私は護衛をする代わりに、君を連れて父上を探している。その約束を反故にすることは出来ない」

「私が貴方に護衛をさせてしまっている上で、同行させても頂いているのですよ。なにか、此方としてもリターンを…貴方に対する見返りをお支払いしたい」

「…そう言われてもな。ナマエが居てくれるだけで、私は心強いんだ。だから、君をこれからも守らせて欲しい…それではいけないだろうか?」

 うーん、頑固!フュリーの息子!
 ナマエは「ぐ、ぐう…」と敗走するような捨て台詞をこぼして、静かに頷いた。彼の善性がライトニングのように眩しすぎて負けたのである。

「ありがとう、ナマエ。私の我儘を聞いてくれて」

 我儘って。甘やかされているのは此方の方である。ナマエは複雑な心境だが、セティが喜んでいるのであれば一先ずは良しとした。

 ナマエの気持ちを知らない王子様はと言えば、心底嬉しそうに頬を綻ばせて、ナマエの手を握り締める。シェイクハンズ、シェイクハンズ。

 二人はレヴィンを探してマンスター近辺を渡り歩いていたが、意外な形────いや、セティの性格と勇者の資質を思えば、必然だったのかもしれない。

 荒廃したマンスター。子供狩りの行われる、圧政の敷かれた町。知った所で、目的との両立は出来ない。
 時間は有限であり、貴重だ。レヴィンを探すのであれば早く発つべきだとナマエは判断したが、人の良いセティはこの街に残る事にしたと言う。

「ナマエ。私はこのマンスターに残る。圧政に苦しむ民を放っておけはしない」

 砂漠に埋まっていた間に、時勢は酷く不安定になっていた。
 このユグドラルを征服したのはグランベル────ナマエの異母兄である、アルヴィスだったという。しかし、その頃からロプト教団が活発になり、子供狩りが行われるようになった。
 そのような搾取を受けるのは、敗戦国ばかり。このマンスター地方はレンスター王家の土地で、元々キュアンの治めていた地域である。恐らく、キュアンも死んでいるのだろう。

「それで、君はどうする」

 セティはナマエの様子を伺うように、静かに問い掛けた。
 彼の抜けたところばかりを目にして来たが、流石勇者と称されることはある。セティは正義漢で、志の立派な青年だ。

 対するナマエは、特に理想も正義も無いけれど、彼に対する尊敬と情だけはあった。
 少し思案して、ナマエは答える。

「セティ殿には多大な恩があります。私は友人として、貴方の助けになりましょう」

「それでは此処に留まることになる。君の目的は時勢を知ることだろう」

「それは今後もセティ殿から聞けばいい。加えて、目の前でマンスターが解放されるのなら…最新の情報を知ることになりますよね」

 屁理屈だらけの言い分に、緑の瞳が瞬きをする。ナマエの返答に酷く驚いたようで、セティは「いや」とか「しかし」とか言いながら口吃った。
 煮え切らない態度に業を煮やしたナマエは、加えて言う。

「私、元々軍属なんですよ。剣にも覚えがあります。貴方は剣を抜く前に全て倒してしまわれるから…きっと存じ上げないでしょうけれど」

「だが、君に戦う理由などは…」

「それはセティ殿もでしょう。急ぎの用事があるのに、見ず知らずの敗戦国を庇うなど。
それよりかは、恩義のある私が貴方を手伝う事の方が、よほど道理に適っていると思いますが」

 セティはやけに、ナマエが戦うことを避けているような気がする。
 彼はかなりのお人好しで、山賊、教団、海賊。結構な頻度で揉め事に首を突っ込んで来たが、どの一団ともナマエは剣を交えていない。殺し合う前にセティが薙ぎ払ってしまうのだ。

 そんなに弱そうに見えるかとショックを受けるが、確かにナマエは強そうには見えない。力で無く、魔力に自信が有った都合上、魔法剣をメインに据えていたからだ。
 そんなことをしてれば当然、細腕は細腕のままで、力も伸びる筈はない。
 有用性を示す為に、もっと前に出るべきかと内心思ったが、セティは声を荒げて否定をする。

「君が頼りにならないだとか、そんな風に思っている訳ではない。
だが、戦いは過酷な物となるだろう。ナマエに何かあったら、父上に顔向け出来ない」

 何故そこでレヴィンの名前が出る。
 ナマエは物分かりが良い方だと自負しているが、今のセティの話はちんぷんかんであった。本気で何を言われているのか分からず、育ちの適当さが出てしまった。

「はあ?レヴィンがなんだって言うんです?
あんな男、今はどうだって良いでしょう!私は貴方に聞いているのですよ!」

「なっ…!…だが、そうか。父上に不安を覚えるのも無理はない。君がこうして追手に襲われ、身を危険に晒していても、あの男は迎えには来ないのだからな」

「…?それは、そうでは…?妻と子を置いて去っているのですよ?
私などを気に掛けている場合ではないでしょう?」

 なにかナマエと彼の間で相互認識に差がある気がした。
 違和感に首を捻り、そのまま癖でナマエは俯いた。そして顎に手を当てて状況を整理しようとするが、ナマエの手をセティは突然掬い取る。驚いて顔を上げれば、酷く哀しそうにセティは微笑んだ。
 両手を包み込み、祈るように彼は言う。

「君が父上を愛していることは知っている。
ナマエ…君が誰を好きでも構わない。だが私は君を愛しているし、心配なんだ。分かってくれるな」

 なんつったこの人。
 父上を愛していることは知っている。セティの父はレヴィン。誰がレヴィンを愛している?ナマエが?

「待ってくださいセティ殿。私とレヴィンをなんだと思っているのですか?」

「なにって…その、君は父上の愛人だろう…」

「愛人!?私があの男の!?」

 ナマエは自分とレヴィンがそういう関係になっている姿を想像して、有り得ないと寒気がした。
 慌てて全てを否定すれば、驚いたような、少しホッとしたような、複雑な表情をするセティが見える。そして握り込んだ手を見て「す、すまない…」と謝罪をした。
 ナマエも「声を荒げてすみません」と謝罪をする。相変わらず、手は握られたままだ。

「私とレヴィンは元々同い年なのですよ。正真正銘に同年代の友人で…と言うと訳が分かりませんね。
ロプト教団に伝わる、ストーンの魔法は知っておりますか?」

「ああ。人を石化させるという、恐ろしい魔法のことだろう」

「はい。二十年前にそれを受けた私は、石となった姿で教団に居たようなのです。
ですから誓って言えます。貴方の父上はフュリー殿を愛しておられるでしょうし、他所で若い女など作ってはいません」

「では、君は…」

「レヴィンのことなんかなんとも思ってないです」

「そうか…そうだったのか…」

 セティは安心したように微笑む。それはそうだ、父の不貞相手が共に旅をしていると思っていたのだから。
 ナマエは彼に酷く悪いことをした気分になる。素直で純粋で天然なセティ。お人好しで、少し世間知らずの王子さま。

 ナマエの身の上が複雑だったせいで、あと多分ファーストコンタクトが酷かったせいで、彼はとんでもない思い違いをしていたのだから。

「母を放っていることは許せない。だが、父上は友への義を尽くして帝国と戦うような…尊敬出来るお方だ。
君が父上を一途に愛していても、おかしくはないと思っていた…」

 レヴィンは根はいいヤツだが、態度も調子も軽く、酷く趣味の悪い冗談を言う男だ。あと結構短気だ。

 ナマエはもっと思慮深くて、生真面目で、人を揶揄ったりしなくて、それなりに一途な殿方が好きである。
 それこそ、騎士や一般的な貴族のような。ナマエはアレクと仲が良かったが、彼とノイッシュなら、断然ノイッシュが好みであった。

「レヴィンなんかよりも、真面目で身持ちの固いセティ殿の方がよっぽど男性として素敵だと思いますが…」

「それは…私に都合の良いように捉えても良いのだろうか…?」

「…?言葉通りの意味ですが」

 ベオウルフよりホリンが好みだったし、ミデェールはエーディンもブリギッドも美しいと褒めそやすからナシ。レヴィンはフュリーとシルヴィアが揉める原因なのでダメ。
 嘗ての仲間をジャッジするナマエは、そこでふと気が付いた。この王子様、さっきなんと言ったか。

 恐る恐るセティを見れば、恥ずかしそうに目線を逸らした。ナマエは直前の会話も思い出す。
 今思えば、ナマエの言い草は何もかも気を持たせるようなことばかりではないだろうか。そしてその返答も、満更ではなさそうと言うか…自惚れなくても、セティ殿は、ナマエを…?
 
「うん…?もしかしてセティ殿…私を愛してしまっているのですか…?」

「そう繰り返されると、流石に少し気恥ずかしいのだが…そうだ。私は君が好きだ」

 セティはやっと握り込んだ手を離したが、ナマエの背中に腕を回した。
 そのまま引き寄せて、ナマエの行き場を失った掌がセティの胸に添えられる。熱っぽい瞳が、懇願するように語り掛けた。

「ナマエ…私と共に来てくれないだろうか。
君を危険に晒したくはないが、手の届かないところへも行って欲しくない。父上を建前に君を引き留め続けたが…本当は私が君と離れ難かっただけだ」

「そうだったのですか!?」

「ああ。情けない男だと笑ってくれて良い。父上から君を奪う勇気も、私自身の言葉で君を引き留める自信も無かった。
なにせ、私とナマエは初対面で…私の一目惚れだったからな」

「そ、そうだったのですか…」

 直接的なアプローチをされたナマエはタジタジになった。
 思っていたよりもいじらしいところのあったセティが、ナマエにお願いをしている。

 しかしナマエは、五つ歳の離れた兄に甘やかされて育った。剣と政治以外のことは分からぬ。奥手でここぞという所を決められない女だ。
 真っ直ぐにセティに見詰められて、「えっと」とか「そのう」とか、煮え切らない言葉を溢して、ぐるぐるする頭で彼を見た。

「君は…可愛いな。返事を聞きたかったが…今はこれで良い。大好きなナマエが、私を拒まず腕の中に居る…それだけで、私は幸せだ」

「よ、よくもそんな恥ずかしい台詞を…!」

「すまない。心からそう思っているんだ、許してくれ」

 そうだろうなあ!と、この二ヶ月ほどをセティと共に過ごしたナマエは理解してしまう。だからこそ余計にタチが悪いのである。
 セティは本気でナマエを口説いているし、素直に全部口に出すタイプだからだ。今思い返してみれば、開幕からめちゃくちゃ口説かれていた気がする。

「だがいつか、ナマエの言葉で聞かせて欲しい。私と同じように…君も私を想っていると」

 セティは耳元で、そう囁いた。歯の浮くような言葉も、セティが言うとサマになる。彼の爽やかさと実直さが、狂ったセリフをいい感じに通すのだ。
 ナマエは「色男の血統…!」と悪態をつく。そうしてセティ殿の胸に飛び込み、照れ隠しに頭を打ちつけたのだった。
 とっくの昔にナマエはセティが好きだが、今言うと死ぬまで口説かれそうなので、背中に手を回すことで勘弁してもらおう。

 友人の息子と成立するのは、非常に複雑な気分である。
 ナマエは神託で、友人の娘と結婚した白髪の神軍師を見たことがあったけれど…あの名も知らぬ人はどんな気持ちだったんだろうか。

 

▽おまけ

(王妃に渡す特別な布を受け取っていた正妻になるっぽい女の子が、ベオウルフに似た男とイチャイチャしてる…!)

「か、カリン殿…貴方、セティ王子のことはどう思って居られるのですか…?」

(セティ王子がいつも側に置いておられる女性…!この気品と佇まい…恐らくこの方、高貴な身分のお姫様で、王子の恋人なんだわ…!もしかして、私とセティ様の関係を心配していらっしゃるの…!?)

「いえっ!あの、誓って言えます!まったく恋愛対象としては見ておりません!」

「えっ!?そ、そんな…セティ王子は優しく、真面目で誠実な方ですよ!?」

(ど、どうして私に王子の良い所を話してくるの…!?)

「だ、第一、セティ王子には愛する方が居られますから…」

(私のせいで正妻のカリン殿が萎縮しているってこと!?)

「別れてきます」

「えっ」

「別れてきます、セティ殿と」

「お待ちください!何故、何故ですか!?」


「ナマエ…突然別れを切り出すのだから、何事かと思ったよ。君に嫌われたかと思い、肝が冷える心地だった…」

「…カリン殿を正妻として迎えるものと思ったのです。失礼致しました」

「…うん?正妻も何も、妻は一人だけで十分なのだが…」

「なるほど!私は愛人ということですか!」

「どうしてそうなってしまうんだ」


「私の両親は双方身分ある血統でしたが、我が母はただの愛人で、側室ですら無かったのですよ。そのような血ですから、それが当然とばかり…」

「ナマエ。私は最初に君に言ったね。必ず責任を取ると」

「はい…」

「その言葉に偽りは無い。生涯をかけて、君だけを大切にすると誓おう」

「セティ殿…」

▽23章

「司祭殿が居られるのなら、私たちの力は不要だろう」

「そんな…セティ王子…」

「ナマエ、一度シレジアに…」

「リーフ殿、是非私にも協力させて下さい。其方にはサイアスが居るのでしょう。彼は私の血縁なのです」

「リーフ王子、私たちも同行しよう。共にレイドリックを倒そう」

「セティ王子…!」


「ブラギの聖剣は聖戦士の子孫にしか扱えないのですか?」

「ああ、そうだ。フォルセティですら倒せぬレイドリックには、ブラギの聖剣による攻撃しか通らない。だが、聖戦士の血を引いてなくては扱えないんだ。
だから私は司祭殿に、リーフ王子へ託すよう頼んだのだ」

「セティ殿…私、聖戦士の血を引く剣士ですよ?」

「…なんだって?」

「我が父はファラ直系、ヴェルトマー公爵ヴィクトル。母はブラギの血を引く貴族なのですよ」

「ナマエ、その話…初耳なのだが…」

「言いませんでしたっけ?」

「思えば、君と毎夜語らったのは、時世と政治のことばかりだったな…」

「言われてみれば。セティ殿ばかりに話させて居ましたね」

「…この戦が終わったら、じっくりと互いの生い立ちを話そう。私はどんなことでも知りたいよ」

「お任せください。貴方の父上の若い頃…好みの娘の話…尻派か乳派か…思い出が沢山ありますよ」

「ナマエ、父上のそういう話はやめてくれ」

▽敬称について

「ナマエ、嬉しそうだな」

「はい。セティ殿のおかげでフィンに会えましたから。オイフェやシャナンも生きているのでしょうか」

「…」

「どうかなさいましたか?」

「…その、ナマエ…私の呼び方だが…」

「!そうですね。浅慮でした」

「頼めるだろうか?」

「勿論です、セティ様」

「…」

「セティ様?」

▽他の人と同じように親しく呼ばれたいけど様付けも悪くないと思ってしまう

「その、ナマエ…」

「はい、セティ様。どうかなさいましたか?」

「君から呼ばれるならば、私はなんだって心が躍る。
だが、他の者と同じように、私のことも親しく呼んではくれないだろうか」

「…ええっと、それは…」

「ナマエは私の恋人だとは分かっているが…妬けてしまってな。心の狭い男だと、笑ってくれて構わない」

「セティ…」

「ナマエ…!」

「セティ…私の恋人のセティ…ううん、何か不敬をしているような…いけないことをしているような気持ちになってしまいます」

「そ、その言い方は語弊があるだろう…」

「いえ、貴方のお名前は、宗教的にも特別で…背徳感があります。セティ…いけません、こんなこと…」

「…やはりいつも通りにしよう。戦場で注意が散漫になっては危ないからな…」

▽聖戦776

「レヴィンではないですか」

「私は身分を捨てた身だ。もう友とは思うな」

「はあ。何か事情があるのですね。でしたら、一方的にお話しますが…」

「…おまえ、相変わらず無茶苦茶なヤツだな」

「何か仰いました?」

「いや。何も言ってはいないさ」

「本題から話しますが、貴方の御子息とお付き合いをしておりまして…」

「…なんだと?」

「多分シレジアに嫁ぐので、認知を宜しくお願いします。レヴィンお義理父様」

「はあ?」


「ナマエ…その、少し父上と距離が近くはないだろうか?友人なのは知っているが…」

「ああ…確かにそうですね。少しはしたなかったかも。以後気を付けます」

「違うんだ。そういうことではなくて…」

「どう違うのです?」

「君がはしたないとは思っていない。だが、恋人が他の男の側で笑っていたら…妬けてしまうものだろう?」

「セティ殿…」

「心の狭い男ですまない。こんな私は、嫌われてしまうだろうか?」

「いえ、かわいらしくて好ましいです。セティ殿にも、そのような所があるのですね」

「からかわないでくれ…」

「それに、」

「それに?」

「以前も申しましたが、レヴィンは無いので!あんな可愛げの無い男、ぜったい有り得ませんから!」

「ナマエ…それはそれで複雑なのだがな…」

▽父上・・・
「そういえば、君と父上は何故仲が良いんだ?同じ軍に所属していたと言っても、扱う武器と行軍速度が違うのだから、話す機会は少なかっただろう?」

「そのつもりだったのですけれどね。あるとき、進軍指示を出したら反感を買いまして。そこから絡まれるようになったのですよ」

「…父上が話し掛けてきたのか?」

「そうですね。それ以降は殆ど一緒に居たかもしれません。私が軍を抜けるまで、ずっとつるんでおりましたから」

「……」

「あはは、眉間に皺が寄っていますよ。大丈夫です、私はヴェルトマーの赤髪です。レヴィンの好みは緑髪の娘ですから、最初っからぜーんぜん対象ではなかったでしょう」

「…そうか」

「か、顔が怖いですよ…?」

「この際、ハッキリ言っておこう。私の好みは赤髪で、聡明だが色恋に鈍く、明るく可愛らしい女性だ。君を愛しているし、妃として迎え入れたいと思っている」

「突然どうしたのですか!?」

「言える時に言っておきたいと思ったんだ。万が一、私が君と離れ離れになってしまった時…君に気の合う友人だったと想い出されるのは凄く嫌だと思ったからね」

「ぐ、具体的過ぎる…一体どうしたと言うのですか…」

▽兄上は私が殺します!

「ナマエ…アルヴィス皇帝は君の…」

「兄上は私の友人達の仇です。そしてその家族にも辛い想いをさせ、そうまでして和平を目指したのに、失敗しました」

「…」

「シグルド様は許すと言うでしょう。ですが兄上は被害者ではないのです。その罪は命で贖うべきだ。兄は、私が必ず殺します」

「…道理は分かる。だが肉親への愛情は、簡単に割り切れるものではない。ナマエ…辛いならば、私と後衛に…」

「セティ殿は優しいですね。でも、良いのです。兄上が居なければ、貴方は今もシレジアで幸福だった筈です。身内の失態は、必ず雪がねばなりません」

「確かにそうかもしれない。だがこのような時代だったからこそ、セリス公子や君と出逢い、友として語らえた。…私はそれを、無ければ良かったとは思えない」

「セティ殿…」

「ナマエ。君に出会えて良かった。例え、すべて間違いだったとしても…後悔などはしない」

「それはこちらの台詞です。…貴方と共に過ごした時間は、私にとっての宝です」

「ナマエ…」

▽兄と妹

「ディアドラ…ユリア…」

「歳を取っても相変わらず、仏頂面なのですね」

「ナマエか…どうした、私を笑いに来たか?
妻も子も、弟も…国も守れなかったこの愚かな王を」

「いいえ。私はヴェルトマーに帰城したのです。安心して地獄へ堕ちてください。貴方が死んでも、アゼルの子がこの国を統治致しますから」

「…そうか。あいつの子が…」

「そうです。ですから、早く楽になると良い。成年まではアゼルの子も、貴方の子も…私が見ていますから。まあ、一人は私より年上ですがね」

「…ナマエ。おまえには、悪いことをした。アイーダの子を逃す為、違う時の中で生きさせてしまった」

「別に良いですよ。結果的に、楽しい人生送っていますから。政略のお飾りになるよりは、ずっと気楽でした」

「お前はそういう奴だったな…ぐっ」

「それ以上喋らない方が良い。傷に障ります」

「…構わん、どうせ死ぬ。
思えば、私の元に帰って来たのはおまえだけか。母も、弟も、妻も。それっきりだった」

「…」

「私を気に食わないと言い、ずっと反発していた異母妹だけが…私を看取るのか」

「兄上、私のことは待っていてくださいましたか?」

「…いいや。待っては居なかった。お前は、私が嫌いだと思っていたからな」

「私は、貴方を愛していましたよ。そしていつか、帰ろうと思っていました。アルヴィス兄上は寂しがり屋でしたから」

「ナマエ…」

「帰れて良かった。ずっと、帰りたいと思っていた。…最期まで一緒ですよ。だからもう、寂しくないでしょう?」

「…ああ、そうだな。寂しく、な…」

「兄上…」


「ナマエは何処へ帰るの?」

「一度ヴェルトマーに帰国し、荒れた内政をどうにかしようかと。
セリス公子はグランベルに居られる訳ですから、なにかとお世話になるかもしれません」

「なっ」

「ナマエ、セティは君と一緒にシレジアに帰る気満々のようだけど…」

「ナマエ…私と一緒になってくれるのでは無かったのか?」

「セティ殿…貴方を愛しています。ですが、嫁ぐまでに時間を頂きたい。
私はヴェルトマーの末姫としての責務がありますから。すべてが終わるまで、待っていて下さりますか?」

「ナマエ…!」

「惚気は他所で…ああ、聞いていないな…」

ーフィンー