「お主と共に居れば、刺客が絶え間無く送られて来るのだな?」
自由業の方の頭をキックで赤い霧に変え、「ふむ。念の為トドメを刺すか」とパンチで臓器の破裂音を響かせたサーヴァントはそう言った。
▽
ナマエは魔術師に捕まり、このまま人体実験をされる予定であった哀れな市民である。
少し魔術が使えるだけの、人畜無害でしょうもない存在。それがナマエ。
しかし血を抜かれて、火で炙られて、水に沈められて、同じように捕まった人とデスゲームをさせられて、これまで散々酷い目に遭っていた。
如何にかして逃げ出したいとはずっと思っていたものの、ナマエは光過敏症である。年がら年中ずっと紫外線を照射されてしまうと、目が眩んで皮膚が爛れて機会を伺うなどということも出来ない。
そして今日はナマエを捕まえている自由業の人達が来て、その為沢山の哀れな人達と共に金網デスマッチに参加させられる予定であった。
この非人道組織は、前々から生き物の命を使って賭博をしているのだが、その為に奴隷商、猛獣使い、自由業の方、その辺りとのコネクションを持っている。
しかし、この度そこに新たな陣営が迎え入れられたようで、こんな業界にしては珍しく魔術師────いや、魔術使い。…こんな底辺の娯楽に金欲しさで出資するようなやつは、絶対に根源など目指してないだろう。
そんな毛色の違う存在が居て、そいつはリング上の生き物を生贄に使い魔を召喚しやがったのである。
その場に居た二足歩行の哺乳類は大凡死滅したが、妖精や魔獣は元気に金網デスマッチを続行していた。
不発か?と野次が飛んで、ナマエはそうでないと出ない声で叫ぶ。今死んだ有象無象よりもっとヤバいのが湧いたのを、この大衆は理解出来ないのだろう。
「ふむ。此度は暗殺者の役割か。呵呵!其れもまた可!」
楽しそうな男の声が有り得ない場所から聞こえる。肉を割いて骨を砕くような破砕の音が鳴ると、ナマエをいつも爪でズタズタにするキメラの腹を割いて、その赤い赤いサーヴァントは床を震わす一歩を踏み出した。
そして魔術師と何やら会話をして、迷わず頬を小突いた。────やられた側は、何が起きたかも見えなかっただろう。ナマエですら、目で追うのがやっとであった。
「すまんが、儂の趣向に合わん。なに、お主が居なくとも仕事は果たそう。…嗚呼、最早聞こえてはおらぬな」
殴られた衝撃で首が三百六十度大回転した魔術師の、真っ直ぐな眼差しがナマエに注がれる。死んだ淡水魚のような、ぬめっとした視線である。
ブッ飛んだ理由で召喚者をブッ殺したサーヴァントは、次に金網上の生者に目を付けた。ヤク中の改造人間である。
最早倫理も常識も無く、生物を殺すだけのキラーマシーンとなったそいつに、サーヴァントはまたもパンチ一発。心臓では無く頭を選んで、機械仕掛けの脳味噌がオレンジの果肉のように弾け飛んだ。
おー!と自然に歓声が出た。このデスマッチを見て喜ぶ観客の気持ちが少し理解ったナマエは、それと同時に己の察しの悪さを呪う事となる。
「小娘か。お主、武の心得はあるか?」
黒く爛々とした────よく言えばそう、悪く言えばかなり決まっている瞳が、ナマエを捉えている。
猛禽類のような獰猛さの眼光は、背を向けたらブッ殺すと口程に饒舌であった。
「な、ないです…」
「そうか」
「で、でも。魔術の心得はちょっと。だからその、へへっ、あの…優しくしてくれるなら、現界を長くすることとかでッ」
金網の外から大量のゴミが降り注いだ。外野はこんな不毛な会話より、ナマエがズタボロの雑巾にされる展開がお好みなのだろう。
痛い思いはしたくない。でもこのサーヴァントであれば無痛で一発入れてくれるかもしれない。
そんな細やかな願いを抱きながら、ナマエは目を瞑った。
しかし心臓の弾ける衝撃は待てどもやって来ることは無く、代わりに聞こえたのは金網がへし曲がるような、あんまり聞いたことのない破壊音である。
「お主の首は高いらしいな。先程の魔術師が、お主を売れば戦わずとも金が手に入ると。…然し、それでは困る。それにだ、儂は一戦一殺を心掛けていてな」
一戦一殺。すごいおっかないワードが飛び出したぞ。
「先程、一人殺してしまった。令呪を持っていた故、殺される前に殺さねばならんだろう?」
うん…まあ、うん。そうかも。
指先で対魔術障壁として組まれた金網────に見える魔術礼装を物理だけで引き裂いたサーヴァントは、くるりと軽い足取りでナマエを見た。
「さて、一つ訪ねよう」
「な、なにを…?」
赤いサーヴァントは、真っ赤な頭髪に瑞々しい赤の鮮血を浴びて、死の象徴のような姿をしている。
そうして同じ色の化粧に彩られた目元を細めて、喉を鳴らした。
「儂は李書文。望みは強者と死合うこと。
…お主を殺すか、生かすか。何方が有益だ?」
「わたし、生き餌になります!超人気者です!売らずに逃したら、追っ手が沢山来るよ!たぶん強いよ!わたし高いから!」
それが李書文と、只野ナマエの碌でもなさすぎる契約動機である。
▽
「お主を売却し、築いた資産で大願を為す…其れを人類にとっての善行だと、正しい行いだなどと言うのでな。可笑しくて、殺害してしまったわ」
可笑しくて殺害する。それは一体どういう精神状態から放たれる言葉なのだろう?
ツッコミどころ満載で正直ヤガでもドン引きだったが、触れずに流す方がいいだろう。そう頭では理解出来る。しかし、おしゃべりな口は止まらない。
「率直に思うんですけど、貴方だいぶハズレ側のサーヴァントですね?」
「呵々!当然、人としての道も外れているだろうさ!儂にとって、主従などは関係無いからな。召喚に応えることも、目的を果たす上での利害の一致に過ぎん」
人を殺害する以外は冷静でまともな感性を持ったサーヴァントらしい。
ナマエの嫌味も、自身が外れているということも理解し、ちょっと小粋な返答が返ってきた。
「ああー…その、強い人と殺し合いたいっていう?」
「そうだ。儂はお主の追手と死合う。お主は追手を殺害出来る。中々良い契約だろうさ」
ファー。ナマエはあまりのロックさに草を生え散らかして狂って死ぬところだったが、すんでの所で耐えた。
サーヴァントと契約する際、令呪が必要なのは儀式に使うからでは無い。
令呪が無い状態で、こういう狂人達と付き合うのが自殺行為なので令呪が要るのである。
令呪を三画持っていたマスターを掌底一発で暗殺したアサシン────李書文は、交渉前に切る必要性のあるサーヴァントだったのだろう。それこそ、自分に対する殺害行為の禁止だとか。
首が三百六十度大回転した魔術師は、回避など見てから余裕と舐め腐っていたのかもしれないが、神速の一打は有無を言わさず首を捻じ切っていた。
やはり出て来た相手がわからない内は、下手に交渉などしない方が良いのだろう。
「それで、だ。儂は利がある故、お主を護衛しておるが…何故、ナマエは追われている」
チャイニーズ自由業のような、赤くてド派手な服を汚した李書文は、ナマエの魔力を使って衣類を編み直した。
すぐに元の衣装に換装されて、殺した帰りの自由業から、普通の自由業へと姿が変わる。
「わたしが高いから」
「その具体的な内容だ。同じ問答を繰り返す意味はあるまいよ。それとも、誤魔化しておるのか」
李書文は思ったより俄然短気らしい。以前何処かで見聞した聖杯戦争では、年老いて穏やかな李書文の存在が確認されていたと記憶している。
それと比べて、随分やばいと言うか。わかりやすくカッ飛んでいると言えばよいだろうか。
ナマエは焦りながら否定をする。下手なこと言ったら、パンチで処されそうだったからである。
「本当に、追い掛けられている理由は希少性が高いからなんです。
ほら売血ひとつ取っても、珍しい血液型の人は高いでしょ?」
「そうさな。だが、あの言い草では並大抵の価値では無かろう。このように危なっかしい娘子一人を、殺す気で追い回すとなればな」
そう言いながら、李書文は物干し竿をブン投げた。
遠くでぐぴゃッと素敵な断末魔が聞こえて、続いて悲鳴が上がる。爆発音も相次いで鳴り響いて、うーん、ナマエは爆殺される予定だったのかもしれない。
ナマエはちょっとレアな特性を有しており、引く手数多の人材である。能力が、ではなくモルモットとして。
だから殺さずに見せ物として使われていたのだし、どんな使い方をしようとも消滅しない程度の調整を受けていた。データさえ取れれば、半殺しでも良かったのである。
「まあそうですね。わたし一人で…サーヴァントの一騎や二騎養えるくらいの土地が買える筈です」
李書文は聞いておきながら、少し困った顔をした。彼は武術を極めたサーヴァント。魔術を扱わない身の上であるので、どれくらいの莫大な金額か理解出来なかったのだろう。
「ほんと、迷惑な話ですよ。わたしは静かに、穏やかに、愛する血族と暮らしたいのに」
その言葉を聞いた李書文は、益々困った顔をする。
「それは、…気の毒だが」
こんなにイカれ殺人鬼のシリアルキラー拳法サーヴァントなのに、その他の感性は至極まともなのが非常にアンバランス。
ナマエもまた、困った顔で彼を見るしかない。
▽
意外な事に、李書文はおばけ────というか、迷信の類いが殆ど苦手らしい。
「先生程の傍若無人でも、怖いものとか有るんだね。善良なイチ生物からしたら、そんなものよりよっぽど先生の方が怖いですが」
この頃には、ふざけて先生などと呼ぶようになっていた。
彼は大変意外な事に子供が好きで、行く先々でスラムの子供達に手解きをしている。その姿を見て、茶化してアサシン先生と呼んだのが始まりだった。
案外満更でもないらしく、特に止められはしていない。
「恐れている訳ではない」
そう訂正されるが、やる気が無いのは明らかである。
連日やって来る刺客を今日もブッ殺した李書文は、ふと拳を止めた。
彼は仕事ならば女子供も殺害する。それでは一体相手は何者か?とナマエが首をひねれば、文字通り首が百八十度捻られた頭がこちらにお辞儀をしていた。まあ雑に表現するなら、首が直角に折れているのである。
「わあ!死んでますよ、あれ!」
「死んでいない。死者は動かんだろうよ」
フン!と掛け声と共に屍食鬼の頭が弾け飛ぶ。そのまま身体がゴロゴロと転がって、やがて動かなくなった。
「死んだか」
絶対初手で死んでたよとナマエは思ったけれど、ゾンビパニックが起きてるこのビルでは正しい判断と言えよう。
蠢く死人は、やわらかい腹を食い散らかされてモツをこぼしながら歩いてくる。
ナマエは思い切ってそいつらに噛み付いたが、魔力の残滓などは非常に少ない。
もう少し…と血を舐めれば、首根っこを掴まれて引き剥がされた。口を濯ぐように言われ、水を渡される。
…アサシンは限り無く畜生道を歩く存在なのに、時折こういうまともさを見せるから、ナマエも調子狂うのだ。
「やっぱり、アサシン先生に殺害されたら無念過ぎて起きちゃうんですかね?」
「…いや、そのようなことは。無いとも言い切れんが…ううむ。今迄、理のない殺しでは成る可く怨まれぬよう、即殺を心掛けて来たが。…よもや僵尸になって還って来るとは」
「ジャンスー?…ああ、キョンシー!確かに、言われてみればそれっぽいかも!
えー!下級吸血種も、キョンシーだのコンシーだのと呼んだらちょっとかわいい!」
李書文はナマエを見て、酷く渋い顔をした。眉を下げて、如何にも困惑している。
アサシン先生は最初こそ不適な笑みばかり浮かべていたものの、ナマエと暫くつるむうちに随分と渋い顔が増えた風だった。
「強者と立ち会えるならば、なんだろうと構わん。構わんのだが…ちと、思っていた相手と違うのだが?」
不満気にナマエを見る。そう言われても、程々に追手の魔術師とは戦っているだろう。
それでは不満か?と聞けば、「あれはあれで新鮮だが」と思い出したように笑った。戦闘体験を反芻して笑顔にならないで欲しい。
「でも、刺客は刺客だし。アサシン先生がおばけ怖いから、相手も分かってて送って来てるんじゃないの?」
「恐れてはいない」
ナマエはサッとインスタントカメラを李書文に向けた。それは風のような速さで取り上げられ、ド派手なジャケットのポッケに突っ込まれる。
「魂が抜かれそうで怖い?」
「…では、お主の魂から抜くとするか」
あちらもカメラを取り出して、ナマエに向けた。きゃー!と大袈裟に嫌がって、李書文の背中に回る。
呆れた風な溜息と共に、リュックサックにインスタントカメラが差し戻された。
「聖杯から現代の常識が降ろせても、やっぱり意識は追い付かないものなんだ?」
「頭で理解は出来ても、生前の性というものは払拭出来んものだろう」
李書文は腕を振って、飛び掛かる屍を吹っ飛ばした。
空いている手でナマエを引き寄せて、小脇に抱える。うーん、雑。意地悪をし過ぎたかもしれない。
「そういうものだと理解に及んでも、目にするまでは信じ難いことだ。こう言った、物怪の類などは」
「… 幽霊の、正体見たり、枯れ尾花…って句、知ってます?」
「知らん。この国の慣用句か?」
「そうです!幽霊だと思って見てたら、ほんとは枯れたすすきだった!っていうオチの句なんですけどね」
「…話が読めた。読めたが…言っておるだろう、恐れている訳ではないと」
「こわいものを恐々見てるとこわいままですが、実際ちゃんと見ると思ったよりしょうもないかもって慣用句なんですよ」
「だから恐れておる訳ではないのだが…ナマエお主、全く話を聞かんな…」
「キョンシーだって、こういう種類の生き物だって思うと一気に神秘が薄まると言いますか…科学の範囲かもって思いません?」
「…それは、思わんな」
ナマエの渾身の励ましは、困惑混じりの火の玉ストレートによって一蹴された。
▽
ナマエは相変わらず追手に付き纏われているし、李書文は飽きもせずに付き合ってくれている。
「手応えの無いやつばかりで、些か緊張に欠けるな。飽きが来る前に、其れなりの魔術師と相見えたい所だが」
そう悪態は付くものの、護衛の仕事はしっかりやってくれている。
彼曰く「現界分の魔力を賄う限りは、お主の期待に応えよう」とのことで、こればかりは無尽蔵の魔力に感謝といった所だ。
頭目掛けてスッ飛んで来た銃弾を避ければ、機関銃の連射音が響き渡る。
だららららら!と間抜けな音で弾薬が飛び散り、ナマエが立っていた場所は蜂の巣となった。掠った腕から弾を出せば、思ったよりもジャラジャラと床に零れ落ちる。
「アサシン先生!すごい遠くから射撃されてます!」
「ナマエ、お主は爆弾を持っていただろう。あれを炸裂させ、一度煙に紛れるのはどうだ」
「あはは、これおもちゃで…威嚇用っていうか…」
「…」
「わたしのことは先生が守ってくれるし、武器とかいっかなって…ね!」
李書文はじっとりとナマエを見た。
ナマエを置いて駆けて殺すのは簡単だが、置いて行ったらナマエは速攻で挽肉になるだろう。それは先生も良くないと思っているらしい。
「仕方あるまい」
「やったー!」
ナマエは李書文に抱き付く。
彼はナマエを抱えて、ビルを駆け上がった。動く死体をまあまあ片付けたこのタワーは、既にナマエの魔術工房として書き換えられている。
高い場所────月に近ければ近い程、ナマエは魔術が上手く使える。天辺に置いて来て、李書文は単騎駆けで全てを殺しに行くつもりなのだろう。
ビルの階段を駆け上がって、上層階へと進んでいく。全く中華風ではないが、オシャレ装飾の螺旋階段で死体をしばきながら上がっていく姿は率直に言って超ロックである。
洋風の死亡遊戯みたいだと思ったが、笑顔になるに留まって閉口した。
「ナマエ。お主、全てが終わったらどうする。自由を得れば、儂との契約も不要になるだろう」
移動中、李書文はそんなことを聞いた。
愚問である。ひっそり静かに、使い魔と暮らす。ナマエはそもそも、諍いも争いも好きでは無い。武術だって、李書文と出会わなければ野蛮なだけのものだと断じていただろう。
そもそも、武芸者というものを軽んじていたのだ。純粋な強さと力の前に、技などは劣ると考えていたから。いや、今でもナマエは────。
「…先生は、もっと戦いたい?」
冷たい打算を振り払って、ナマエは逆に尋ねた。
「そうさな。武の道を行く以上、更なる強者と殺し合いたいと思うのが人情だろう」
そう。やっぱり、そうか。
▽
「わーいわーい!これで多分、誰もわたしを殺しに来ませんよ!」
ナマエは血を吸って真っ黒になったカーペットを踏み締め、ジャンプする。
追手は殺して、ナマエを知る魔術師も全員殺した。屍の上で、ナマエは無邪気に跳ねている。
飛び上がる度に靴がピチャピチャと水音を立てて、泥水が当たりに散った。赤い瞳を李書文に向ければ、あちらは酷く凪いだ目をしている。ナマエは思わず、一歩下がった。
「居るだろう、もう一人」
ナマエの心臓に正確無比な一撃が咬まされる。
破裂音が鳴り響き、口から鮮血が溢れた。なんてことをするんだ!と書文先生を見遣れば、彼は黒い瞳を爛々と輝かせて、婦女暴行などなんとも思っていないのは一目瞭然である。
「殺してしまったらどうするかと思っていたが…死なずに居て何よりだ。やはりお主、物怪の類であったか」
折れた背骨を利き手で治す。心臓の斜め後ろの、頸椎さえイカれてしまっている。
ひどいなあと血を吐きながら答えて、ナマエは指を鳴らした。月は煌々と輝いている。
「怖いんじゃなかったんですか?」
「理解すれば、大したものではない。…確かに、そうだったな。お主が言ったのだろう。不可解な祟りや厄災などではなく、そういった類いの種族であると」
「教えなきゃ良かったなー」
「ナマエよ。お主は理解っていて黙っていたな。儂の出る幕なぞ、本来は無かったことを。ナマエ一人であっても、逃げ帰れただろう」
「途中からはね。先生が殺した人間の血を吸って、健康になったから。
助けて貰ったのは事実だよ。最初のわたしじゃ、逃げられなかったし。だから、ほら、一宿一飯の恩って言うのかな」
「呵々!追手を差し向け、儂と殺し合いをすることがか?」
「そう。ちゃんとリサーチもしたよ。おばけが苦手だって言うから、言うほど怖くないよって話もしたじゃん」
ナマエは使徒である。
指をくるりと回せば、今まで李書文が殺し回ってきたナマエの追手が、ゆらゆらと立ち上がった。
多対一は卑怯だが、死者は一ではない。一戦一殺からはノーカンだろう。この場で一殺になるのは、ナマエだけだ。
「恩義、此処に返しましょう!今宵のカードは吸血種とのデスマッチ!いざ尋常に…」
勝負である。
▽
書文先生は全ての屍をミンチにした。
強い強いとは思っていたが、とっておきのグールが全く通用しない。一応血を分け与えた血族の中でも、それなりの強度がある個体を全土から呼び寄せてきたのだが。
李書文はナマエの前に立って、頬に手を添える。このまま大回転して、捩じ切られて終わるのだろう。
しかし彼は、首に手を添えたまま動かない。少し思案したように「ううむ」と唸って、遂にその手を静かに下ろした。
「殺さないの?」
「お主は言っていたな。血族と静かに暮らすことが望みだと」
「つまり?」
「殺し合いを好まぬ女を、いたぶる趣味は無い」
「書文先生だいすき!」
ナマエはよく分からないが、許されたらしい。
ブッ殺す気でナマエは追手を差し向けて、負けたら負けたでナマエも死を甘んじて受け入れるつもりだった。
それが戦いを望むサーヴァントへの恩返しで、あんな非人道施設で何百年も殺され続けるよりも、ずっと有意義な命の使い道だと思ったからだ。
…まあ使徒だから、数十年あれば再生するが。それくらいの年月を、彼にはあげてもいいと思ったのだ。
「なに、儂もお主を一度打った。これで、手打ちとしよう。…やれやれ。儂も随分甘くなったものだ」
ナマエが抱き付けば、あちらも満更でないようで、ヒョイと持ち上げられた。書文先生は割と小さいのに、鍛えているだけあって超パワフルである。
「でもなんでわかったの?色んなところから、結構本気で集めたのに」
李書文の趣味は散歩である。早朝に起きて、竹林で素振りをしたり、単に街を徘徊したり。
その間ナマエはフリーであるから、直属の配下とした吸血種を使って、どんどん殺しに来るよう指令を出していた。
「お主が儂を始末するならば、契約を断ち切れば良いだけだろう。そうせんのは、別の意図が有るからだと。気付かん方が愚かなことだ」
それは確かにそう。
詰めが甘かったなと自省する。ナマエは良かれと思ってそうしていたが、李書文にとっては児戯のようなものだったらしい。
「有象無象を甦らせたとて、木人以上の価値など無かろう。…お主の好意は分かったが」
随分甘やかされた旅路であった。
李書文は根っからの戦闘狂でやってることこそ殺人鬼なのだが、本当に、間違いなく────戦えない、戦う気のない弱者に大して、非常に常識的で良識的だった。あくまで、敵対関係でない場合ではあったが。
「それはそうとして、機会があればナマエと殺し合いをしたいものだがな」
それは絶対いや。
▽
「してナマエよ。実際の所、如何なんだ。本気で掛かれば、儂を殺す算段は付いておるのか?」
「先生がわたしを十七回ミンチにする間に、一回殺せるかもしれない」
「ほう。そうか」
「ぜったい嫌だからね。そもそも挽肉になったら、再生するまで時間掛かるんだよ」
「聞いただけだ。幾らお主が不滅とはいえ、わざわざ幾度も殺してみようなどとは………」
「悩まないで!悩まないで!即断して!」
▽エクステラの、ユリウスに頼まれたからザビ達の手伝いしてたけど自分の中で「もう義理果たしたな!」ってなった瞬間に即離反して全員の首狙い出すイカれ殺人鬼拳法サーヴァント大好きなんですけど理解りますか?
▽すすき(枯れ尾花)(ゆうれいの、しょうたいみたり、かれおばな)に掌底 暖簾に腕押しみたいなニュアンスで用いています