どうやらバスは四人待ちだったらしく、ナマエたちが乗り込むとすぐに発車した。
魔バスの運転手であるバルサミコが思い切り正門を吹っ飛ばして始まるのがキャンプのしきたり…というか、開始の合図である。
きっと七不思議の“何者かに破壊される正門”を知っていたであろうカシスが微妙な顔をしていた。そういうのを見て内心笑うのが、ナマエの楽しみだったりする。
「うう…こんなことしてる場合じゃないっぴ…」
体が小さいからという理由で補助席に座らせられたピスタチオが呻く。
あんなクソ座席に振られたので酔ったのかと思ったが、普通に落第を心配して呻いているらしい。
ナマエはこういうの向いてないんだよなあ…という自覚があるので、励ますのが億劫だった。
だがピスタチオの両隣はガナッシュとナマエ。
その隣はオリーブとカベルネ。おしまいである。ここの席の並びだけお葬式だった。
同じ補助席組のセサミやペシュと席が逆なら、キルシュなりカシスなりレモンなり只野なりが励ましてくれただろうに!
「ま、まあまあ。遊んだ分あとで頑張ればいいじゃん?」
「そもそも遊んでる場合じゃないんだっぴ!!!」
仕方なく励ましたが、やはりナマエの雑な励ましではダメである。説得力も包容力も無い。
なにか、なにか良い根拠は…と考え、実例があったのを思い出した。
「大丈夫。ピスタチオが苦手なのは実技でしょ?」
「ぴ…?どういうことだっぴか?」
「この学校、実技無しでも単位貰えるんだ。筆記が取れるなら落第しないよ。
隣のクラスの担任とか、魔法自体は超ヘタクソじゃん。頭良いし、精霊と交渉するのは上手いけど」
「嘘だっぴ!それならナマエはもう卒業してる筈だっぴ!実技をいつもサボってるから卒業出来てないんだっぴ!」
「それを言われると弱い」
「オイラはナマエみたいに落第したら学校に居られなくなるんだっぴ〜!」
年下に論破されてしまったナマエは、困ってガナッシュを見た。此方に気付いたガナッシュは呆れた顔をして、そのままそっぽを向く。ひどい。
ナマエもシクシクしながらお葬式ムードに混ざろうとしたが、肩を落とし切る前にクラスメイトの助け舟がやってくる。
「ピスタチオは知らないと思うけど…ナマエ、魔法使うの結構上手よ。筆記は怪しいけど」
「一言多いよう!」
後ろの座席から声をかけてきたのはブルーベリーだった。ピスタチオの側から身を乗り出して話を聞く。
ブルーベリーはナマエのフォローがしたいのかトドメを刺したいのかよく分からないが、「ね」と隣のレモンにも確認を取っている。
レモンは困った顔で「まあ、うん。そうね」とちょっとだけナマエに申し訳なさそうな顔をした。彼女も、此方の筆記は怪しいと思っているらしい。
「だって、納得出来ないんだから。仕方ないじゃん」
「どの辺りのこと?」
「光が闇に強いのは分かるじゃん?刃は音を切り裂くし、音は石を砕く、石は虫に強くて、虫が木を食い破るのも分かる」
「あー、うん。私は言いたいこと分かったよ」
レモンが賛同する。レモンは普通に勉強が出来るが、彼女もまた属性の相性はちょっと引っ掛かる部分があるらしい。
「でしょ。木が獣に強いってなんだよ」
「それは、動物は植物が無ければ生きていけないから…そして獣は、水を飲み干してしまうから…
って、それは確かに言われてみると…そうね。そんなこと、考えても見なかった」
「でしょ!?そういうものとして習っているけれど、わたしは古魔法に火が負けるのも納得してない。なんで風魔法に勝てるかもよくわからないまま勝ってきたし」
「私たちが知らないだけで、精霊同士の取り決めなんかも有るのかもね。キャンプから帰ったら調べてみるわ。そうしたら…ナマエにも教えてあげるね」
「ありがとう!」
「オイラのお悩み相談じゃなくなってるっぴ…」
肩を落としたピスタチオに、おやつを手渡す。「こんなので誤魔化さないで欲しいっぴ…」本当にそれはそう。
ナマエも誤魔化すように昆布飴を口に入れれば、この世の終わりの味がする。港町のトマヤケンで作られているダークネスキャンディだ。
「…っぴ?よく考えたら、なんでナマエは魔法を使わないんだっぴ?
魔法を使うのが得意なら、授業をサボる必要なんてないっぴよ?」
「魔法が上手いだけじゃダメだなって思ってるんだよね。もっと、こう…フィジカルとかも居るかなって」
「わかる。私も、やっぱりカラダを鍛えなきゃ。キャンプに行ったら、泳いで、走って、うん。頑張ろう」
「無理はしないでね。ナマエは良いけど、ブルーベリーは慣れてないんだから」
結局ピスタチオのお悩みは解決しなかったが、みんな目標に向かって頑張ろうということで綺麗にまとまった。まとまっただろうか?
まあなんにせよ、ナマエは励まさなくてもよくなったのでホッとする。キャンプ場に到着するまで、テキトーに過ごせそうだった。
▽
キャンプに到着して、即時解散。直ぐに自由行動になったものの、ナマエは特にやることが無い。
ぼんやりと海を眺めていれば、同じく特にやることが無かったらしいカフェオレが近寄ってくる。海風で錆びないのだろうか?
「ウミノミズハ ナゼショッパイカ ワカルカ?」
「それは…」
”海水は塩分濃度が高く、3.5%ほどは塩化ナトリウムで構成されているから“
”何故ナトリウムが溶けているかと言えば、元々海は酸性であり、蒸発し雨になった酸性雨が塩を含む岩盤を海に溶かしたから“
そう答えようとして、ナマエは思い留まった。以前にも、そんな会話をした記憶があったからだ。
「ねえ。海がどうして溢れないのか、知ってる?」
「貯蔵量の限界よりも蒸発する水の方が多いから」
「夢が無いなあ」
「夢も何も…そこにあるのは事実だけだ。正しい答えがあるのに、それ以外の理由を探してどうする」
「知ってる?世界は見る人のイメージによって、変わるんだ。
僕が“海は常に誰かが飲んでいるから溢れない”って言えば、僕の中ではそうなるんだよ」
「ハァ?」
「水の魔法は獣属性に弱いだろ?あれは獣が水を飲み干してしまうからなんだ。
海にも沢山の海獣が居て、海が溢れないように飲んでいるのさ」
「屁理屈だな。夢見がちと言い換えてもいい」
「そうかな?でも、キミは理屈で考え過ぎるから…困ったら、見方を変えてごらんよ。
ジョーシキなんかに囚われないでさ、キミが思ったままにしたら良いんだ。僕はそれを、ずっと応援してるから」
ナマエは答えあぐねて、只野を見た。只野は眉間に皺を寄せて悩んだ後、首を振る。
カフェオレはそれを見て、可笑しそうにランプを点灯させた。海に陽射しの赤さと光の赤さが乱反射する。目に少し滲みた。
「ショッパクナカッタラ ミンナガノンデ ナクナルダロ?」
「うん?」
「ウミガ ナクナルト コマルダロ?」
「うん」
「ダカラ カミサマガ ウミヲ ショッパクシタンダ」
「うーん…」
「ナットクイカネーッテ カオダナ。モットユメヲ ミヨウゼ。
アンタニ ヒツヨウナノハ アソビゴコロダナ。カタノチカラ ヌイタラドウダ」
クラスメイトの中だと付き合いの長いカフェオレは、ナマエのことを案じているようだった。
彼は学校に通うようになったタイミングこそ遅いものの、グラン・ドラジェに買われたのはまあまあ前の話だ。その頃から面識のあるナマエは、それなりの交流関係を持っている。
そう言われても、カフェオレの言うところの意味は分からない。
ナマエは気楽に過ごして居るし、それなりに冗談を言えるように勉強してきた。彼が気を使う必要は無い。
どう返すか悩んでいれば、服の端を引かれる。見れば、只野が少し離れたところのセサミとカシスを指差していた。
「只野、タンケンニ イクンダト。ナマエサン、サソワレテルンダゼ」
聞けば、海賊の宝を探しに行くらしい。ヴァレンシア海岸は曰く付きの海岸であり、それは不定期に事件が起きるからというだけでない。
元々、結構前に海賊のベスプッチが此処で陰惨な事件を起こしているのだ。
海の王者だなんて名乗っては居たが、彼は一端の音の魔法使いである。魔法だけで言えば、ナマエの方がよっぽど上手い。
あれだけ世間を騒がせたものの、ベスプッチは結局捕まっておらず、処刑もされていない。どーどーに変えられたとかなんとか言われているが、ベスプッチが呑気にトリ人生を送ってる最中、関係者各位が怨霊になったとすれば迷惑な話である。
誘われては居るが、進んで行きたい場所でも無い。加えて言えば、ナマエは後でペシュが怒りそうなことはしたくなかった。
「ペシュが行くなら参加するよ」
只野は頷く。そしてペシュの居る林へ戻ろうとしたが、今度はカフェオレが只野に声を掛けた。
「オレモ ツイテイクゼ。イイダロ?」
ナマエとカフェオレを交互に見て、只野は悩んだ顔をする。指を五本折って、少し困った様子だった。
どうやら最初から誘いたいクラスメイトが決まっていて、その一枠はカフェオレではなくナマエだったようだ。
しかし、ナマエは“ペシュが居れば”と条件を出し、カフェオレはノリノリでついて行こうとしている。計画が破綻したのだろう。
「連れて行ってあげたら?
わたしを連れて行こうって言うのは…セサミとか?代わりにカフェオレあげるって伝えておいてよ」
「オイオイ、コネコチャン。オレハ モノジャネエゾ」
只野はビックリした顔で頷く。あんまりにも目が口程に語るので、ハッキリ言われずとも分かった。
聞けば「ナマエも連れて行こうぜ!只野は知らねーかもだけど、アイツ、けっこー話が分かるやつなんだぜ!」とのこと。カフェオレがそれに同意する。
「ソノトオリ。ナマエサン、トッテモ ハナシハヤイ。
カワリニ オレガ オトモニナルゼ。ヨロシク、ベイビー」
カフェオレと只野を見送って、ナマエは再び海を見る。
海はどうして溢れないのか。そんな答え、考えるまでも無いのに。