「あ」
「どうした?」
突然声をあげたナマエに、キルシュが聞き返す。
ガナッシュと別れ、そのまま遺跡を抜け、現在は文鳥ヶ原という土地に居る。光のプレーンを探索して、散ったクラスメイトを集める為だ。
「ねえ、みんな。バルサミコの声がする」
数歩話しながら歩いていれば、アランシアとキルシュも頷いた。二人にも聞こえたらしい。
「バルサミコみたいな声が聞こえた気がする〜」
「ああ、オレも聞こえたよ。ピスタチオ、お前は?」
「文鳥の声に、文鳥のニオイがするだけだっぴ。只野はどうだっぴ?」
只野は大きく頷いて、声の方向を指差した。ナマエも彼方から聞こえたことに同意だったし、周囲の草は疎だから、この辺りには集落があると踏んでいる。只野を先頭して、このまま進むべきだろう。
「なにものだ!お前たちッ!」
只野の足を止めたのは、武装したブサイク────愛の大使の、男たちだった。
愛の大使の女の子たちは例外無く超可愛いのだが、男は何故かみんなブサイクになってしまうのは有名な話だ。遺伝子レベルで呪われているに違いない。
と言っても、愛嬌のあるブサイクなので、彼らはマスコット的なかわいさがある。愛される理由は何も、美しくて可愛いだけではないというのを証明する為にちょっとブサイクなのかもしれない。
それにしても、彼らの様子は穏やかではない。今にでも説教し始めそうな感じだ。
ナマエは全員で聞く必要も無かろうと、コッソリ隊列から外れて林を進む。振り返ればピスタチオが何か言いたげだったが、ナマエが聞く必要の無い話をされるとバックれるのは良くあることなので、黙っているようだった。
そのまま少し歩けば、魔バスが見える。駆け寄れば、運転席に人影があった。どうやら、バルサミコもコチラに来ていたらしい。
「よーう、ナマエ!オメーはしぶといから、ぜってー怪我ねえとは思ってたが、他のヤツらは大丈夫かあ?」
「うん、今の所。それより、キミどうして此処に?
バスごとプレーンに居るなんて、おかしいよね。やっぱりこれ、おじいさんが仕組んだの?」
「まあまあ。怖い顔すんなよ。とりあえずバスに乗って寛いでいけって」
答える気はあんまり無さそうだ。無駄な問答は時間を浪費するだけなので、切り替えて次の質問に移る。
「そんな悠長な時間は無いんだよね。クラスメイトを見ていない?」
「さっきガナッシュが一人でどっか行っちまったぜ」
「元気そうだった?」
「おう、超元気だったぜ!走って行っちまったし。気分は悪そうだったけどな!ガハハハ!」
若干気になるところはあるものの、ガナッシュはクラスメイトを探しに行ったのだろう。彼はそういう人だ。
ガナッシュのことは一先ず置いておき、引き続きバルサミコの話を聞く。
「あとはー…カフェオレとペシュとブルーベリーとレモンは見たぜ。レーミッツ宮殿の方に行ったな。
んでだ、暫く帰って来てねえんだよなあ。お前、探しに行ってくれるか?」
「何かあったかもしれないってこと?」
「そうかもなあ。結構長い時間経ってるんだよ」
後ろを見れば、只野たちはまだ愛の大使と話をしていた。
ナマエは独断を避けるべきと決めたばかりだが、あの子たちに情報収集を任せて自分は先に行くのが最善だと判断する。
レモンは強いしカフェオレも戦えるが、ブルーベリーは身体が弱いし、ペシュは戦う為の魔法を持っていない。急いで合流した方が良いだろう。
「バルサミコ、只野たちに先に宮殿行ってるって伝えておいて」
「おう。任されたぜ〜!」
ナマエは走り出した。後でアランシアに怒られるかもしれないが、大事になるよりマシだろう。
▽
村を無視して宮殿に一直線に向かったナマエは、彼らを置いて来て正解だったと率直に思った。
「扉が閉まってる…」
道の足跡からして、此方に人が歩いた形跡があるのは間違いない。だが宮殿唯一の入り口は閉じられて、目の前には聳え立つ大きな鉄格子があった。
四人で真っ直ぐ此方に来ていれば、一度引き返す羽目になっただろう。
勿論ナマエにはそんなこと関係無いので、近くの手頃な木を登る。
それなりの高さが有って少々危ないが、飛び越えられない高さでは無いと判断した。
宮殿を一望すれば、芝生の迷路が広がっている。ナマエはそれをよく見てから、近くの低木を見た。
そうして木から塀に飛び移って、庭の茂みに向かって飛び込む。草木には悪いが優先すべきは人間様である。
「げえ!塀を越えやがった!オレの宝箱、取るんじゃねえぞ!」
ナマエが塀を飛び越えるところを見ていたらしいピップルに暴言を吐かれた。ナマエはなんと返すか少し悩んだが、無視して進むことにする。
しかしナマエを余裕で受け止めるくらいの低木だらけの庭園だ。迷路状になっているそれは、芝生迷路というやつなのだろう。ナマエは先程答えを見てしまったが、正攻法で進むのは骨が折れそうである。
後から来るクラスメイトたちの為にも、魔法を使って道を開こうとすれば、「そこのお方」と足元から声がした。
「はじめまして。私は、さすらいポット族。
さきほど、2人のみなれぬ子供が中に入って行きました」
「女の子だった?」
「ええ。名前はたしか、ペシュとブルーベリー。ほかの仲間が来たら、案内して欲しいと言っておりましたが、あなたがそうですか?」
「そうだよ。でも、もう二人居なかった?」
「いえ、私が見たのは二人だけ。それと、この迷路は我が一族の向きに沿って進むと宜しい」
「貴方の仲間を見れば、ちゃんと答えが分かるってこと?」
「さようです」
「ふーん。そっか。じゃあこの後、帽子がステキな子が来ると思うから…ナマエも先に進んでますって伝えておいてくれないかな?」
「任されました」
ナマエは庭を焼くのはやめて、覚えていた通りに迷路を進むことにした。
彼らが協力してくれるのであれば、只野たちは迷わないだろうし、無為な殺生は控えられるしで問題は何処にもない。
そのまま宮殿に進めば、「何処行きやがった!」と怒声が聞こえる。
先程のツボが言っていなかった人物の声だったので、ナマエは優先順位を入れ替えて其方に走って行く。
「よう!ナマエ!地獄へようこそ!」
案の定そこにはレモンが居たが、随分気が立っているようだ。
尻尾は逆立っていて、瞳孔は開いている。爪も出しっぱなしだ。
「今どうなってるの?
こっちは特に問題なくって、後から只野たちが来るよ」
「私たちの方は正直ヤバいね。この辺り、エニグマが複数匹ウロついてる。しかも、かなりの相手だ。
ブルーベリーとペシュが宮殿の中にいるんだが、不意を打たれるとマズイ。ナマエ、二人を頼める?」
「勿論。その為に来たから。でも、レモンはどうするの?」
「私はエニグマを引きつける。…と、言いたいところだが、見失っちまった!チクショウ!逃げおうせると思うな!!」
そのままレモンは西へ走り去って行ったが、あの様子なら暫くは大丈夫そうだろう。
彼女は気が強ければ闘志も強いので、エニグマに勝とうが負けようが屈することは無いだろうという謎の確信がある。
ナマエは気を取り直して、急いで宮殿の入り口へ向かう。レモンに頼まれたのもあるが、ペシュとブルーベリーだけでエニグマと出会した場合を考えるとゾッとする。隊列が非常に良くない。
▽
宮殿に入ったナマエが見たのは、エニグマに追い掛けられるペシュだった。
ナマエは迷わず飛び込んで、エニグマを蹴り飛ばす。巨体が吹っ飛んで、壁に打ち付けられた。
「クッ…闇の魔法使い…」
よろめきながら此方を見たエニグマに、もう一度キックを喰らわせる。
ナマエが魔法を避けるのは、そんなにMPに余裕が無いというのもあるが、魔法だけじゃいざという時に困ると思っているからだ。最近は専ら、あくまで切り札として扱っている。
実際効果は的面で、“魔法が使えるのにフィジカルだけで攻撃してくる相手は怖い“らしい。必要以上に相手は慎重になってくれた。
「単騎では部が悪いか」
「そうだね。もっと沢山で来なよ」
エニグマは此方を睨み付けて、闇の中に消えて行った。
「ナマエちゃん!!」
「大丈夫だった?」
「大丈夫になりましたの!」
ペシュはナマエに飛び付いて、再会のハグをする。
ナマエとペシュは仲が良いものの、普段あまりスキンシップはしない。だが、よっぽど嬉しかったらしい。ずびずびと鼻を啜る音が聞こえる。
「心配しましたの…ナマエちゃん、結構寂しがりやだから…ずっと一人だったら可哀想だと思ってましたの。でも、もう大丈夫ですの!!」
「わたしが心配されてるの?」
「そうですの。ナマエちゃん、目が離せませんの。きっとカベルネちゃんとか、ガナッシュちゃんもナマエちゃんを心配してますのよ」
「ガナッシュには会ったよ」
「そうでしたの!今どこに居るんですの?」
「どっか行った」
「…ナマエちゃんはそういう子ですの!」
ナマエにハグをするペシュの背中をポンポンさすると、ペシュも負けじとさすってくる。
しかし呑気にこんなことしてる場合じゃないと気付いたペシュが、「こんなことしてる場合じゃありませんでしたの!」と大きな声を出す。
「あの、あの、大変ですの!あのね、あっ!!!」
「あ?」
ペシュが指差す方向に目を向ければ、追い付いたらしい只野達が立っていた。
アランシアが怒っているかナマエはちょっと不安になったが、今回は寧ろキルシュの方が怒っている様子だ。
「ペシュだっぴ!ナマエもいるっぴ!」
「おいナマエ!単独行動すんなっての!お前アランシアに怒られたばっかじゃねーか!」
キルシュに怒られたナマエは「ごめ〜ん」と雑に謝罪をする。彼は意外と結果重視の人なので、「まあ、怪我がないんなら良いんじゃないの」とテキトーに謝っても許してくれた。
キルシュの過程云々でなく、終わり良ければ全て良し!の精神はナマエも見習うべきだと思っている。
「たいへんですの!ブルーベリーちゃんが具合が悪くなって、動けなくなって、それから…それから…」
「それからどうしたっぴ!!おちついて話すっぴ!!」
「そうよ、ペシュちゃん。最初からちゃんと話して」
「あ、あ、あ、あうあー。最初って、どのへんからですの~?」
慌てた様子のペシュはナマエを見て助けを求める。しかし、ナマエも聞く前にみんなが合流したので答えられない。
「纏めてくれる?ブラザー」
適材適所とキルシュを見れば、「やれやれだぜブラザー」と呆れるポーズをする。彼はこういう時に話をまとめるのが上手いのだ。流石アニキと呼ばれるだけはある。
「まず、レモンが一緒じゃないワケから話しな」
「えーと、3人で門のとこでエニグマに襲われそうになって、レモンちゃんがオトリになって私たちを逃がしてくれましたの」
「それで?」
「この宮殿の地下で待ち合わせてたんだけど、ブルーベリーちゃんが具合が悪くなって、レモンちゃんも来ないから、誰か呼んでこようと…そしたら、ナマエちゃんに会って…」
「レモンには会ったよ。宮殿の外でエニグマを追っ掛けてる。ペシュとブルーベリーを任せたって言ってた」
「誰か呼んでこようと思って、それで、どうしてたの?」
「迷子になって、エニグマに追い掛けられてましたの…」
「なるほどね。そこを先行ってたナマエに助けて貰ったわけか」
「たよりにならないっぴ」
「ピスタチオちゃんに言われたくありませんの!」
ペシュとピスタチオは仲が悪いわけではないが、ペシュはピスタチオの不用意な発言を流せないので揉めることが多い。
しかし今は揉めてる場合ではないだろう、とナマエは適当に割って入ろうとするが、それより先にキルシュが流そうと手を出す。
「はい、はい、はい、はい。わかった、わかった」
「つまり?」
「つまりブルーベリーが、この宮殿の地下にいるんだな。それを助けに行くと」
「最初からそう言いましたの…」
「言ってないっぴ」
「ピスタチオちゃんのお耳は虫の穴ですのッ!?」
「虫の穴じゃないっぴ!!」
「どっちでもいいから、もう行こうぜ。ブルーベリーのことが心配だ」
進み出そうとする一向に「あ、ちょっと待って欲しいですの!」と声を掛けたのはペシュだ。
「なんだよ」
「私の魔法について説明が要ると思いますの。覚えていたら、きっと役に立ちますの」
「ペシュが魔法で戦えないってことだっぴか?」
「失礼ですの!!攻撃する魔法が使えないだけですの!」
只野はメモを取り出して、ペシュに続きを促す。只野は勉強熱心で偉い。
ペシュはフフンと鼻を鳴らして、愛の魔法を説明する。
「愛の魔法は攻撃することが出来ませんの。
その代わり、みんなを回復してあげることが出来ますの!」
「でもグミあるじゃん」
横槍を入れたのはキルシュだが、ペシュはそれに対して自信満々で回答する。
「カベルネちゃんや愛の精霊は、カエルグミを捕まえることを嫌がりますのよ。
だから只野ちゃんが愛の精霊と仲良くしたいなら、私の魔法はとっても役に立ちますの」
「拾ったグミが余ったら、私が食べられるしね」
只野は少し困った顔で手帳を閉じた。グミが余っても、暫くは貰えなさそうである。