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日も上がり切った朝。あれから数時間が経ち、遺跡の外周をウロウロしていたナマエは喧騒の音に引き寄せられる。
見れば、クラスメイト────ガナッシュがティラミスを追い回していた。
大した怪我では無いようだが、穏やかでは無い事態である。
ミジョテーを撃つガナッシュに割り込んで、それを受ける。走って行くティラミスを見ながら、魔法を受けた場所をさすった。威力は控えめで、どうやら殺す気は全く無いようだ。
────殺してやればいいのに。
そう思ったが、閉口する。それは彼の決める事で、ナマエが口出しすることではない。
「ガナッシュ。何してるの?」
「ナマエ…」
遠くなる背中を見て、彼は深く溜息を吐いた。
ナマエに付いた砂埃を払って「怪我は無い?」と尋ねる。特に無いのでナマエは頷いた。
「本当に?」
「うん」
疑り深いガナッシュは、ナマエにカエルグミを渡す。信用が無い。
後で食べようとポケットに突っ込もうとしたら、じっとりとした視線に咎められた。仕方なく口に含めば、ガナッシュは話し出す。
「キミは知らないかもしれないけれど、アイツは殺人鬼なんだ。邪魔をしないでくれ」
ガナッシュは此方の質問には答えず、己の用件だけを言う。まあ概ね、ティラミスが殺そうとしていた相手と知り合いだとか、その辺りだろう。
彼はクールだが、面倒見が良くて少しだけお節介だ。こうしてナマエに怪我が無いかも確認して来るし。
「ティラミスさんのこと、知ってるよ。知ってるから割って入ったんだし」
「…なに?オマエ、知っていてアイツを逃したのか!」
ガナッシュはナマエを睨み付けて、言外に責めるような表情をする。
そんな顔をされても、この村にとってナマエもガナッシュも余所者だ。彼らには彼らの事情があって、踏み入る理由も同情する意味も無いだろう。
此方にとって、この村はあくまで通過点に過ぎない。そこにあるのは損得だけだ。
「ティラミスさんが蘇生に成功したら、わたしが彼のハートを貰う約束をしていたんだ」
「…それは、姉さんの…カベルネの兄さんに使うためか?」
「そう。わたしはシャルドネに用事がある。聞きたいことがあるんだ」
「バカらしい…ハートなんかない。どうしてそれが分からない?」
「分からないワケじゃないよ。でも、可能性があるならって。
彼はラキューオに居なかったから、どんな眉唾でもわたしは試したいよ」
「…ラキューオに?」
「うん。他の子達には沢山会えたけど、シャルドネはダメだった。まだ転生する気がないのかも」
「…」
「薄々そうとは思っていたけれど、いざ確定すると残念だなあ」
ガナッシュは呆れと同情の混じった、複雑な表情でナマエの手を引いた。蘇生が望めない以上、特に村に戻る目的の無かったナマエはよろめく。
「村に戻るの?なんもないよ」
先に進もうと提案するナマエに、ガナッシュは静かに聞いた。
「姉さんがキミを壊したの?姉さんが居なければ…キミはこんな風にならなかった?」
「こんな風って?」
「他者を虫けらみたいに扱って、死んでも何も思わないんだ」
「そんなことないよ。優先順位が違うだけ。わたしは何も変わってないよ」
「違う。キミは変わったよ。作り笑いが増えて、明るく振る舞うようになった…」
それは本当のことで、ナマエは何も返せない。
だって、カベルネが心配する。彼はシャルドネを連れ帰ったナマエを酷く案じていた。自分も辛いがナマエも辛いだろうと、ナマエの前で弱音は吐かないのだ。別にナマエは辛くないのに。
カベルネがナマエを見て気に病むようなことがあれば、シャルドネもきっと気に病む。
だからナマエは明るく振る舞っているのだ。カベルネがナマエに同情しないように。シャルドネが死んだって、ナマエは平気なのだ。
「シブスト城に閉じ込められている魔物は姉さんなんだろ。キミに大怪我を負わせて、カベルネの兄さんを殺したのは…!」
「仮にそうだとして、ガナッシュはどうするワケ?」
「否定しないんだね」
「肯定もしないよ」
ガナッシュはナマエの手を痛い程に握って、諦めたように笑った。
ナマエは表情の意味が分からなくて、同じように笑顔を返す。
「オレがケジメを…姉さんを殺そうと思ってるって言ったら、ナマエはオレを軽蔑する?」
「全然。でも、止めるかな」
「どうして?」
「キミが死んだら、ヴァニラが悲しむよ。そしたら、シャルドネも悲しむ。二人がラキューオで会った時、きっと悲しくなるよ。
だから、わたしに殺させてよ。わたしなら、失敗しても大丈夫だから」
ガナッシュは酷く、ナマエを悲しげに見た。
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村に戻ったナマエとガナッシュは、只野たちを見つける。
少し逞しくなっただろうか?海岸で見た時よりも、ずっと靴が汚れている。
「只野!」
遠くから手を振って声を掛ければ、只野と…只野の後ろから、ピスタチオとアランシアとキルシュが現れた。大体二日ぶりくらいである。
「ナマエだっぴ!匂いは村にあるのに、居ないから不思議に思ってたっぴ!」
「そうなの?わたしは昨日辿り着いて、すぐに村を出たから…入れ違いだったかな」
「じゃあナマエ、夜に出発したんだ〜?ダメだよ、危ないよ〜」
只野もウンウン頷いて、ナマエをメッ!と指差した。確かに、クラスメイトたちが夜行動するとは考えづらい。
時間が余ったからと言って、村をスルーするのは良くないなと自省した。ガナッシュに会わなければ、そのまますれ違っていた訳である。
気を付けるねと頭を下げたところで、ガナッシュが口を開く。
「ヤツの具合はどうだった?」
ガナッシュはティラミスの様子を聞いているのだろう。彼は人殺しで、タガの外れた異常者だ。
ナマエは死んで当然と思うのだが…ガナッシュに殺す気はやっぱり無かったようだ。
ひとでなしが他人の脅し如きで改心出来るものか?とナマエは疑念に思ったが、只野は黙って俯く。アランシアも、ピスタチオも口を閉ざして、やっと口を開いたのはキルシュだった。
「ガナッシュ…まさか、オマエがやったのか?」
「いい薬になっただろう。あれで、二、三日でもミルフィーユに介抱されれば、ハートって物も分かるだろう」
「ガナッシュ…知らないの…?」
「え…?知らないって….?」
「死んだっぴ…ティラミスは死んだっぴ…!」
クラスメイトの沈痛な面持ちは、ティラミスが命を落としていたからだったようだ。
それを救済だと思ったのはナマエだけだったようで、ガナッシュは酷くショックを受けていた。
「そんな…!まさか!命にかかわるようなキズじゃない…!そんな深手は負わせていない…!」
そのまま彼は走って行ってしまう。
残された四人は呆気に取られてそれを眺めていたが、ナマエはすぐに追い掛けた。もう何処にも行けなかったティラミスにとって死は救済で、ガナッシュが気に止むことは無いのだから。
「わたし、追い掛けるね」
「ナマエ!」
▽
暫く走れば、ナマエはすぐにガナッシュに追い付いた。
彼は走るのを止めて、歩き始めて居たらしい。
「ガナッシュ」
声を掛ければ、ガナッシュは皮肉げに笑った。笑顔だけれど、それは歪んでいる。彼の言う、作り笑いというヤツだろう。
「ナマエ…なんだ、オレを責めに来たのか?」
「なんで?ティラミスさんが死んで、村は助かったよ。責められるようなことじゃない」
「…死んだのにか?」
「所詮他人だよ。どうでも良いことだ」
作り笑いが消えて、激情の色が灯った。怒っているようだった。
「人を殺したんだぞ!」
ガナッシュは強い力でナマエの肩を掴んだ。肉がひきつれて、骨に直接力が伝わる。真っ直ぐに此方を見ていた瞳は戸惑いがちに逸された。
ナマエは俯いた頬に手を添えて、此方に向ける。暗い色の目が、濁った表情の自分を写した。
「違う。殺してないよ。彼は勝手に死んだだけ。気にすることない。随分壊れた人だったし、死んで良かった。
仮に殺していたところで、相手は殺人鬼だ。罪悪感なんて覚えなくて良い」
「…」
「放っておいても、誰かが殺してたよ。あんなの、生きてても仕方がない。自分のココロも分からないんだから」
肩から指が外れて、ガナッシュは乾いた声で笑った。ナマエに大して、酷く失望したような表情だった。
「ナマエ…オレは一人で行く。分かったよ。オマエにハートは無い。
姉さんはお前を心配してたけど…オレはそんな価値が無いと思ったよ」
「返す言葉も無いな」
ナマエはやはりかという気持ちでそれを聞いていたが、ガナッシュは酷く傷付いた顔をしていた。
事実を指摘しているだけなのに、どうしてなのだろうか。
「そうだよ。そんな価値は無い。でも、キミはそうじゃない。
ねえ、ガナッシュ…只野たちと行こうよ。わたしが嫌いなら、わたしが一人で行けば良いんだから」
「…オマエがアイツらと行けばいい」
ナマエに背を向けて、ガナッシュは走り去ってしまう。このまま追い掛けても、きっと心変わりは無いだろう。
困ったナマエは大人しく四人を待つかと振り返るが、彼らは少し前から追い付いていたようだった。茂みから、申し訳なさそうに只野が出て来る。
「ごめんね。怒らせちゃったみたい」
「…ナマエ、人が死んでるのに、なんも思わないんだっぴ…?」
「ティラミスさんのことはね」
「なんでだっぴ…?」
「だって、死なないと救われない人だったよ。自分が間違ってるって分かってたけど、もうそれしか希望が無かったんだ。
とっくの昔にココロが死んでたんだよ」
「だからって、死んでいいんだっぴか…?ミルフィーユさん、哀しそうだったっぴ…分からないっぴよ…」
そう聞かれると、ナマエも分からなくなる。ティラミスは死んだことで救われたが、ティラミスを愛する人は彼が死んで救われるか?
だが、死ぬことで救われる人を殺してやるのも、愛なのではないか?
ナマエは少し後悔する。ナマエの最善は、他者にとってそうであるとは限らない。ペシュが言ったように、人それぞれの愛がある。
だけれど、どこかに正解はある筈で────ナマエはわからないから、きっと正解から遠いのだ。
独断で動くのはなるべく避けるべきだと反省した。
「あのね、ナマエ…ナマエはきっと、励ましたかったんだと思うの。私は分かるよ。
でもね…ガナッシュ、きっと悲しかったわ…死んじゃうことをナマエが肯定して…」
「どうしたら良かったの?」
「次会ったら本人に聞けよ。ガナッシュは別に、ナマエのこと嫌いじゃないと思うぜ」