ナマエはシアルフィ家の軍師だ。
巡礼の旅の最中、当時学生であったシグルド様と出逢い、見初められ、シアルフィ家から軍学校への推薦を行なって頂いたのである。
平凡な子女であったナマエには指揮の才能があって、なんの因果か共に士官学校を卒業した。そしてそのまま、恩人であるシグルド様に仕え、今日に至る。
こう話すと、ただの幸運な少女のようだろう。だが全ては偶然でなく、運命であった。ナマエはそうなることを知っていたし、従ったことには意味がある。
それは神託だ。起きた事象は神の導きで、身を委ねるのはナマエの使命故だった。
見た事のない紋様が刻まれた紺色の服に、この世界では存在しない文字。卓越された製本技術の教書と、用途不明の筆記用具。ナマエは神託で未知を見た。
それくらいであれば、ブラギの血筋は誰だって見る事がある。明日の天気。今日の晩餐。少し先の未来。簡単な予知。
この地に住む敬虔な信徒たちは、神託による未来視が可能であった。それがエッダの信ずる神の力。
無論万能でなく、遠い先のものや重大な運命になると、クロード様のような直系で無ければ不可能であろうが。
しかしナマエは未来を識る際、もっと興味深く、特異なものを見た。
祈りの最中に倒れ、地に伏せたあの日。ナマエは塔の向こうに光を見たのだ。一介の軍師などでは到底思い付かない、“血の可能性”を。
「ラケシス殿はアゼル殿と行動して頂きたい。理由?…えー、そうですね…ファラムッ…いえ、貴方がたは後方にて支援や追撃をお願いしたいのです。
お二人は馬に乗れるでしょう。足並みが揃えば、協力し易いと考えました」
ナマエは朧げだがこの世界の記憶があって、なんか知らないがカップリングの記憶があるのだ。
カップリング。カップリングってなんだ?語源が分からない。分からないが、大切だということは分かった。恐らくナマエの宝物だ。
「フュリー殿はクロード殿の護衛を。我らがシグルド様の軍は回復に乏しい。彼が傷を負っていては、不測の事態で瓦解する恐れが」
こうすると強い。ああすると弱い。追撃、突撃、太陽剣。不思議であるが、ナマエは男女が並んでいると謎の呪文が頭に浮かぶ。
そして分厚い辞書のような本を手に持った、自身に似た顔の女が「性能厨」と罵る光景が目に浮かんだ。
性能厨が何かは分からないが、それはきっと神の導きなのだろう。ナマエは声に従い、神の仰る采配を振ってきた。
そしてそれはきっと正しい。だからナマエはいつものように指示を出した。
「シルヴィア殿は私と。貴方は大変魅力的な女性ですが、それ故に敵も味方も警戒すべきだ」
レヴィンと行軍しようとしているシルヴィアを離す。フォルコープルは弱くはないし寧ろ強いが、加入が遅すぎる。
リーンは後方なので特筆して強い必要が無い。そして、レイリアはカリスマで便利だ。
答えは一つ。彼女を独身にするのが一番強い軍隊だと、ナマエの脳内に巣食う「性能厨」の女は笑った。
彼女の導きのままに、レヴィシルのレヴィの方────レヴィンにもナマエは指示を出す。
「レヴィン殿はティルテュ殿と。進軍速度が揃うでしょう?それに魔道を扱う者同士、気が合うと思いますよ」
最強の種馬。SSR武器確定ドロップキャラ。フォルセティフォルアーサーフォルコープルフォルサハフォルムッド。沢山に呪いの言葉が浮かんでは消える。
ナマエはなんとしてでも、フォルアーサーを成立させたい。それが一番全体で強いからだ。
フォルアーサー単体の性能も去ることながら、フォルアーサーバルセティファラムッドが綺麗に成立する。フォルアーサーは何も単体重視の組み合わせではない。全てのバランスを考えた際の最良。それがフォルアーサー軸。
戦士+魔法職の兄妹も、綺麗に役割が生まれるのだ。スキルも無駄なく申し分ない。
更に言えば、他二名より加入がずっと早く、その上で下級職からなのでステータス吟味が容易、更に騎馬故に上限値が低く、他二名のように強過ぎて敵に無視されるということが無い。
ああなんと素晴らしいカップリング論。ナマエはシグルドの為、ひいてはセリスの為、必死に考えて結論に至って来た。順調に駒は進んでいる。
しかし、そう上手く行かないのが世だ。レヴィンは少し不思議そうにナマエを見て、強く意を唱えた。反感を覚えられているらしい。
「それだったら俺とシルヴィア、ティルテュとあんたで良いだろう」
主戦力と踊り子。撃たれ弱い魔法職と非戦闘職。レヴィンが提言したのは、現状での最善の行軍だ。
確かに、現在の盤面であればナマエとシルヴィアを組み合わせて動かすメリットは無い。ナマエが再行動した所で意味が無いし、ナマエの指揮レベルも腐るからだ。
「レヴィン殿、案外と軍師向いてるのではありませんか?」
「なんだ急に。俺はただの詩人だぞ」
「いえ、私には分かります。貴方には軍略を練る才能がある…」
「何を根拠に言ってるんだよ…」
「血です。貴方の血は、とても素敵なものです」
刺々しかったレヴィンが少々動揺したのが分かる。突然血統を褒められたら確かにナマエも驚くなと自省した。だが別に、それを採用する訳ではない。
ナマエは先の先を見ている。それでは、フォルアーサーが成立しないのだ。
「しかしそれは最善ではありません。私は先を見ています。必ず、この進軍が未来を作るでしょう。それとも何か、レヴィン様にはご不満が?」
「…そうだな、逆に聞こう。あんたとシルヴィアで、どうやって身を守る?」
「それは…、それは、今から考えます」
少し困ってレヴィンを見上げれば、彼は少し驚いたような顔をしていた。ナマエの返答が意外だったらしい。
「戦闘になれば先に死ぬのはシルヴィアではなく、運の無いあんただろう。頭の切れるヤツだと思っていたが、そうでも無かったのか?」
「正直なところ、自分のことは失念していました。私は一介の軍師で、替えが効きます。死んだら死んだでその限りかと」
これは本当だ。なんとなくだが、薄ぼんやり見えている。この軍の人間は、フィンを残して全滅する。
だからナマエに出来ることは、彼らの子供が苦労しないように、死ぬ瞬間まで遺せることを探すことだけ。バーハラ前に死んだとて、それだけの話だ。
それを伝えられたレヴィンは、ナマエのことを少し柔らかな瞳で見た。
「どうやらおまえのことを誤解していたらしい。シルヴィアを盾に逃げる気かと疑っていたのだがな」
レヴィンは冗談めかして言うが、彼から見たナマエは中々最悪の人物のようだ。
これ以上深入りをして、指示が通りづらくなっては支障をきたすと判断する。ナマエは適当に話を切り上げて、別の前線へと向かった。
▽
「アイラ殿は自由に動いて頂きたい。貴方は強いので、私が助力するまでもありません。誰でも良いので、この場に居られる方と行軍して頂ければ」
凛々しい王女が頷いて、ナマエも会釈を返す。彼女は踵を返して、近くに居たアーダンとレックスと共に前線へ上がっていった。
どちらとくっ付いても問題は無いだろう。強いて言うならばエリート派だが、待ち伏せでも全く支障は無い。
ナマエは書簡を開いて、交配表────もとい、軍事計画を見る。
占い師の言葉を信じるならば、キラーボウの継承は確定した。パティも勇者の剣から月光剣だ。残りのカップリングも順調に行けば想定通りの強い組み合わせになる。
「あとはアゼル殿と、レヴィン殿と…」
「俺がなんだって?」
突然後ろから話し掛けられたナマエは、魔法剣を構えて振り返る。
頬を掠められた男は「待て待て」と慌てたように静止して、ナマエに武器を下ろさせた。
「レヴィン殿…突然声を掛けて来ないで下さい。驚きました」
「俺はおまえが剣を持っていることに驚いたけどな…」
「当たり前です。時間稼ぎくらい出来なくては、行軍の邪魔になります」
ナマエが振り上げた炎のデブ剣は、店売りのものだ。本当はもっと軽い剣が良いのだが、ナマエには得るための手段が無かったのである。
「指揮官じゃなくて軍師だって言うもんだから、てっきり魔道士かと思ってたぜ」
「非常に残念ながら、魔道の才能が無いのですよ。レヴィン殿が羨ましい限りです」
「良いものじゃないぜ、戦いの才能なんてのは」
「持っていて損になるようなものでもないでしょう。道は力の前に開くものですから」
ブラギの信徒の一意見としては、かなり過激思想であるナマエの言葉にレヴィンは苦笑した。そして真っ直ぐに向き直る。
凪ぐような目は決して笑っておらず、ナマエが嫌な予感に後退すれば、一歩彼は詰めてきた。緑の瞳がナマエを捉える。
「それで、だ」
嫌な間の取り方に、ナマエは渋い顔を隠せなかった。
このまま世間話を続けたかったのだが、そう言うわけにもいかないようだ。交配表を見られないように隠したが、レヴィンは既に目にしてしまったらしい。
「おまえの指示は戦略上以外の意図が見えていた。俺はそれが気になって観察していたんだが…その殴り書きはどういうことだ」
ナマエは思案する。レヴィンを適当に誤魔化すか、話すか。
そしてすぐに結論が出た。彼は遊び人に見えるが存外と切れ物で、用心深い。雑に誤魔化せば不審がられるだろうし、目敏いレヴィンに嘘を吐くのは得策でないだろう。
「白状しましょう」
「いいのか?」
「レヴィン殿は話さないと納得しないですよね」
「へえ。よく分かっているじゃないか。おまえ、俺に関心無いのかと思ってたぜ」
「そんなことは無いですよ。貴方のことは大切に思っています」
「ははは、仲間としてだろ。あまり気を持たせてくれるなよ。まあ、悪い気分じゃないけどな」
レヴィンは機嫌が良さそうだった。人の秘密を暴く趣味でもあるのだろうか。随分良い趣味をしている。
剣を柄に戻して、ナマエは代わりの木炭を取り出した。高級品であるが、紙も惜しみなく取り出す。そしてそれに、簡易的であるが血統の派生図を書き記した。
レヴィンはそれを見て、「ああ、そういうことか」と納得したようだった。
「おまえ、俺たちの血統を操作する気か。国同士の問題は加味せずに、無駄なく血を配る為に」
「そういうことになりますね」
「これはシグルドには…」
「当然、言っておりませんよ。私が私の意思で、あの方のお役に立つ為に行なっている計画です。
露呈すれば当然、シグルド様は私の行いを咎めるでしょう」
意外にもレヴィンは、それ以上に何かを言うことは無かった。彼も一介の王族であるから、血や神器の行方というのは気になるものなのだろう。
それは政治的にも、軍事的にも重大な要素であったから。
「フュリーの子はアイツと同じように、杖の才能を持っているだろう。それでクロード神父か。…なるほどな。
そんなくどい真似をするくらいだ。この戦は、長く続くという見通しなんだな?」
「…!驚きました。そんなことまで分かりますか」
「この場で終わる戦争であれば、国交に興味の無いおまえが紋章を気にする必要は無い。であれば、ナマエがそうまでして血を配るのは、優秀な人材を作りたいからだろう。
女に聖戦士の子孫を宛がって、竜の血を継がせようとしている…そうだな?」
ナマエは驚く。この情報から、レヴィンはナマエやクロードの神託による予知を見抜いた。
クロードと、ナマエしか知り得ない滅びの未来と、次世代の話。そしてそれを知ったナマエの思惑。端的な情報だけでレヴィンは軽く見抜くのだから、ナマエは内心冷や汗をかいた。
「レヴィン殿、やはり貴方には大局を見る才能があると思いますよ。詩人なんか辞めて、軍師になったら如何ですか?」
「へえ。その言い草だと、俺の予想は当たっていたか」
「そうです。彼らには、平和な世界を実現して頂く必要がありますから。
レヴィン殿は、私の描く未来を非難しますか?」
「賛同は出来ないが、否定もしない。だが、おまえの理想は分かったし、それも一つの戦略だろう」
全く褒められた行いではない、計画的な婚活計画も、打算的な側面のある彼には理解の及ぶものであったのだと言う。
シグルド様は愛される指揮官であるが、思慮には欠けていた。キュアン殿も欠けている。もっと言うとエルトシャン殿も。御三方は揃って学生時代から熱くなりすぎるきらいがある。
不足する考えは、軍師であるナマエのフォローすべき部分なのだと判断していた。
「ご理解頂けて助かります。ですから、レヴィン殿にはティルテュ殿と親睦を深めて頂きたいのです」
「それは無理だな」
「はあ?」
ナマエは流石にハァ?と言ってしまう。手の内を明かして、理由も述べた。それはひとえに、戦争で勝つ為であり利益があるからだ。
強い言葉で非難されたレヴィンは、全く気にした様子もなくカラカラと笑った。ナマエの神経が逆撫でされている。
「聞いといて悪いが、知ってしまった以上、おまえの言いなりになるのは癪に触る」
レヴィンはナマエという軍師の導く最善を、ただの感情論でガン無視してきた。いや、当たり前といえば当たり前であるが。
「困りますレヴィン殿!話した以上、大人しくティルテュ殿と仲良くして頂かないと!
大丈夫です、貴方はいずれ彼女を愛しますから!」
「おまえは恋人になってこいと言われて、はいそうですかって言えるのか?
俺は無理だな。他人に強制されてするもんじゃないだろ、恋愛なんてのはさ」
「ぐっ…!」
「そんなことより」
レヴィンはナマエの横に手をついて、壁をドンした。
柔らかな緑の髪が眼前に落ちる。切れ長の瞳がナマエを真っ直ぐに見て、挑戦的に微笑んだ。
「ナマエはどうなんだ」
「と、言いますと?」
「惚けているのか?可愛いやつだな」
本気で分からなかったナマエは悩む。つい癖で、口元に左手を持って行く。外を歩いた手で汚いとは思うが、思案した時に行なってしまう悪癖だった。
その指を掬い取ったレヴィンは、薬指に唇を当てた。軟派な行いである。そしてその距離で話し始めた。距離感と頭がおかしいのか?
「軍のヤツらに婚姻を結ばせるのが目的なんだろう。それなら、おまえもそうするのが自然だとは思わないか」
彼は薬指に息を吹きかける。ゾワゾワとした背中を押さえて、ナマエはレヴィンの口を掌で塞いだ。こそばゆかったのである。
レヴィンは瞬きをすると、呆れたような、困ったような────いや、少し戸惑ったような雰囲気だ。少し間を置いて、眉を吊り上げた。
「おまえなあ。そういう行動は危機管理が足りていないんじゃないのか」
「それはレヴィン殿の方でしょう」
「うん?」
「貴方は顔も血統も宜しい。その上、このような距離感で居られるから、フュリー殿もシルヴィア殿も貴方を巡って争われるのです」
「俺は別に、あいつらに粉かけようとか、そういう心積りじゃない。吟遊詩人らしく振る舞ってるだけだ」
「その結果で気を持たせるのですから、有罪ではないですか?
貴方がどのような意図で振る舞っていたにしても、相手がどう感じたかが全てでしょう。お二人に刺殺されても文句言えないですよ」
レヴィンは苦い顔をした。ナマエは少し言い過ぎたかと反省する。
しかし、彼は意外にも「そうだな」と呟いた。八つ当たりにも近いナマエのお節介は、レヴィンも思うところがあったのだろう。
「まあ、肝心の相手が靡かないから、顔も血統も意味が無いんだけどな。…俺としては、本命とそれ以外の対応は分けているつもりなんだが?」
「へえ。レヴィン殿でも、困った相手は居るものなのですね」
こう言っているが、それは恐らくティルテュのことだろう。
確かにティルテュは、血統に良い印象を持っては居なさそうだし、レヴィンの顔が好みそうな雰囲気にも見えない。
寧ろ、クロードのように大人びて思慮深い男性との方が、性根の慈悲深さや歩数が合いそうな偏見がある。
尤もナマエの好みを言えば、レックス…いや、平民と結婚させ、アーサーにフリージを継がせてティニーを嫁に…この話はよそう。個人の趣旨は戦いに関係が無い。
「まあな。…おまえ、気になる男は居るのか?」
「なんですか藪から棒に」
「いいから教えてくれよ。俺はもっと、おまえのことが知りたいんだ」
「はあ。そうですか…」
ナマエは好きな異性を思い浮かべる。恋愛的なそれは当然考えたことが無かったのだが、友愛に於いてもあまり考えて来なかったことに気付く。
作業的に、効率を求めて人を見ていた。それは一軍の全体管理を任された軍師として、反省すべきところだ。
しかしまあ、本体性能も込みで好きな異性もアリかと思い直した。
「そうですね…デュー殿でしょうか」
値切りの行方は大切な部分だ。無難なのはブリギッドだが、彼女はジャムカも捨て難い。子供の技は控えめに言って終わるが、カリスマを侍らす指輪ジャラジャラ成金イチイバルになるだけだ。
ウルの血がある以上、選定は慎重に行わなければならない。
「考えています。デュー殿のことを、毎日」
それを聞いたレヴィンは、露骨に眉根を寄せた。
「想っているのか」
「ええ」
値切りを。
彼は少し思案したのち、ナマエの左手を掬い取った。行動理由を考える間も無く指は解けて、レヴィンはナマエから離れて行く。
「はっはっは。じゃ、俺も努力をするかな」
上機嫌で歩き去っているように見えるのに、彼にしては足取りが軽やかでは無い。
ナマエは知らないうちに、何かレヴィンの機嫌を損ねる真似をしたのかもしれなかったが、彼の思考は読めなかった。掴みどころが無く、自由でめんどくさい男である。
▽
アイラと仲睦まじく歩くアーダンを見る。二人はとても幸福そうで、ナマエの干渉があったとはいえ良い結果だと言えるだろう。
そしてフュリーとクロード、エーディンとジャムカも成立した。まだまだ気は抜けないが、一息を付く。
これで当初の予定通り、理想系の組み合わせが乱立したことになる。聖戦士の血を継がない母親には聖戦士の血を。そうではない組み合わせには、純粋に補完になる血統を。
ナマエは己の仕事の手際の良さに感動した。これであれば、セリス様も困らないだろう。ただ一点を除けば。
そう。どうしようもない事故が発生した。
「ふふっ、子供だなんて思ってないんだから…」
ナマエは戦場で三度見した。
麗しい金髪の姫君が、同じく金髪の可愛らしい少年と並んで歩いている。ラケシスとデューが成立していたのだ。
「値切り…!?値切れて何になる…!?値切ってどうするんだ…!?」
カリスマ値切り兄妹が爆誕してしまった。鉄の剣を頂けないかしら?なんだこのオーラは…ッ!値引きしてしまうッ!
嫌な光景が頭に広がった。おしまいすぎる。そもそもあの女、なんで兄貴と同じ金髪の男としか恋人会話が無いんだ。ブラコンが過ぎるぞ。
しかしラケシスもデューも幸せそうだ。下手に兄貴に似てる男よりも、彼女の哀しみを癒すような、掛け離れた属性────弟属性とかの方が、彼女は共に、幸福に生きれるのかもしれない。そう、本人にしか分からないことを勝手に思った。
デューはあれで気の回る、勘のいい少年だ。薄々ラケシスの元想い人に気付きつつも、それで良しとしたのだろう。
だが失敗は失敗。他人を人間ダービースタリオン扱いするのは最低なのだが、その最低を犯してでもシグルド様をお救いしたかったのだ。
だのに、失敗してしまったせいで最低の下を行った。最低を更新し続けている。
手が横から伸びてきて、思わず真顔になってしまうナマエの肩を引き寄せた。
この腹立たしい距離感は、一人しか有り得ない。
「よう、ナマエ。その様子じゃ、ご自慢の計画に狂いが生じたって感じだな」
「レヴィン殿!アンタなんかしましたね!」
「人聞きの悪い。デューが炙れてたから、ラケシスについてやれって言っただけさ」
「貴様!」
思わず口を荒げて掴み掛かるナマエに、レヴィンはケラケラ笑うだけだ。
そうして彼のトレードマークである、縞模様のストールを掴んだナマエの手を握り込んで、口付けを落とした。わざわざリップ音まで鳴らす下品な真似であるのに、畏まった仕草をする。
「言っただろう。恋愛は他人に強制されてするもんじゃない、ってな」
舐めやがってこの野郎!
人を小馬鹿にしている癖に品があるのだから、王族というのは得である。
「貴方がたを利用したのは確かに褒められた行いではありません。非人道的で、私に非があります。
しかし私の目的を知っているならば、このような邪魔の仕方をしなくたって良いでしょう!」
「まあ、それはそうかもな。悪かったよ、ナマエ。だが、おまえも悪いんだぜ。
今後は俺から目を離さないように、常に傍に居ることだな」
そう言われれば、ぐうの音も出ない。レヴィンを直接害したりなどはしていないが、戦場でお見合いパーティをしながら指揮をされれば腹も立つ。
彼に計画を話し、賛同を得られると思ったナマエのミスだったのだ。レヴィンは食わせ物なのだから、ナマエの話を聞いて素直に了承する筈もないのに。
だがやっぱり、ムカつくにはムカつくので、ナマエは悪態をついた。
「おかげで計画が狂いました。レヴィン殿がこの態度な以上…アゼル殿が余っては、シグルド様のお子は苦労するかもしれません」
ナマエは書簡を取り出して、木炭で書き殴る。理想が崩壊した以上、血統の受け皿────別の女を宛てがうべきだ。
未だにティルテュとレヴィンを諦めていなかったナマエは、アゼルの交配先に頭を痛めた。このままではヴェルトマーが無くなる。かと言ってシルヴィアやブリギッドはどうなんだ。
そしてナマエは、最終手段を口に出した。
「私が結婚は考えていなかったのですが、もしするのであればアゼル殿が好ましかったのですよね」
「はあ?」
今まで聞いたことのないようなキレ声である。ナマエは少しビックリしてレヴィンを見るが、あちらは非常に不機嫌そうだった。
なんだかんだでレヴィンに冷たくあしらわれたのは、ファーストコンタクトだけである。単純にビビったと言い換えてもいい。
「ナマエ…それはどういう了見だ?」
レヴィンは少しだけ硬い表情になったが、ナマエの顔を見て苦笑した。何かを悟ったような顔である。
「悪かった」と自身の頭を掻いて、その手でナマエの頭に触れた。いや触んなよ。ナマエはそれを叩き落とす。
「私はファラの傍系なのですが、アゼル殿もファラの傍系でしょう。上手くいけば、直系を生産出来るかと思って」
「おまえたちは異母兄弟だろう…」
「そうですが、私はエッダの血が強いですから。魔力こそ満ち溢れていますが、魔法は扱えませんし。ほぼ他人のようなものです」
「…念の為に聞いておくが、アゼルが好ましいから、と言う訳ではないよな?」
「好ましいとは思っていますよ。ただ、それよりもファラの血の方が大切ですから」
「ふうん。じゃあ、風使いフォルセティの血はどうだ?」
「そりゃ勿論、何より優先すべきものですよね!出来ることならば、全ての女性に配って欲しいです」
「無茶苦茶言わないでくれよ…」
「しかしレヴィン殿は自由恋愛を掲げているようですから、まあ無理強いはしません」
レヴィンが少し驚いた風にナマエを見る。そりゃ、ナマエはフォルアーサーを信じている。何よりも強い騎馬の暴力。最速制圧必須キャラ。徒歩に人権の無いおうまさんエムブレム。それらは魅力的が過ぎる。
だが、レヴィンがそこまで嫌がるのであれば、ナマエは押し進めるべきでないと思った。というか元々、嫌悪感を抱かれないように黙って結婚計画を進めていたのだし。
「ですから希望の奥方など居られましたら、私の方でセッティング致しますので…聞いてもいいですか?」
「そうか。じゃ、この戦が終わったら、ナマエはシレジアに来てくれるか?」
「二年以内にお子を為されると約束してくださるならば」
「それはおまえ次第だな。頑張ってくれるか、ナマエ」
「もちろ…ん?」
ナマエは疑問を浮かべる。やけに結婚を嫌がるレヴィンが、素直に結婚すると言っている。
そしてナマエがシレジアに。ナマエが頑張ると子供が…?
そこまで言われて気が付かないほど、ナマエの頭はぽんこつでは無かったらしい。いや今まで散々流してきたような気もしてきたが。
レヴィンがナマエを見る目は、明らかに仲間を見る目では無かった。いとおしいと、人の感情の機敏に疎いナマエでも読み取れる。緑の瞳が甘やかに此方を見据えていた。
「もしかしてレヴィン殿…私を愛してしまっているのですか!?」
脳内でおじいさんが「愛してしまったようじゃ」とほざく。ナマエはユニットではない気持ちで居たが、そういえばナマエも常に戦場に居るし、稀に攻撃を受ける。
輸送隊と常に行軍するナマエは、もしかして輸送隊のクラスだったのでは無いだろうか。
「今更か。俺は結構前から、おまえにアプローチをしていたつもりなんだが」
思えば結構長い間、レヴィンはナマエの横に居た気がする。
進軍する時も、城で待機している時も、適当な理由をつけてナマエの横に居た。さっきなんか常に側に居ろとか言っていた。
まさか、まさかだが、この頭の良い男は…隣接の意図を理解してしまったのだろうか。
ナマエは嫌な予感に背筋を強張らせるが、すぐに否定をした。そうであって欲しくないという念を込めて、だ。
「いやいや…気の迷いですよ。それに、貴方は遊び人だ。本当のところは分かりません」
「どうしたら信じてくれる?」
レヴィンはナマエの左手を取って、それを胸の中央に当てた。知ってはいたが、彼は細いだけではない。
動きが異常に速いだけあって、筋肉が付いている。そして、そして。
「ナマエ…分からないか?」
「わかりません…」
「嘘をつくな。おまえは賢い。ただ少し、他人の────男の気持ちに疎いだけだ」
指先がじんわりと汗ばむ。だが、レヴィンの骨貼った手も同じように熱く、触れている胸はもっと熱い。激しく鳴り響く鼓動が移ったように、ナマエの心臓も酷く騒いだ。
顔が近付いて、緑の瞳がナマエのつまらない黒を覗き込む。透き通る風のような色の中に、動揺する女が写った。
動揺して後ずさるナマエを逃さず、進路を塞いだレヴィンは微笑んだ。
「な、なんで…」
「そうだな。初めて俺と会話した日を覚えているか?」
確かレヴィンは、シルヴィアと行軍しようとするナマエを咎めた。
たったそれだけだ。だからなんだと言うのだろう。
「利口な顔をして、ナマエは抜けているだろう。それが可愛いと思ったんだよ」
「そのような浅い理由で!?」
「今は勿論それだけじゃないさ。おまえは春雷のような女で、共に居るのが楽しいんだ。それ以上の理由が聞きたいかい?」
緑の髪がナマエの視界いっぱいに広がった。吐息が掛かるほどに、元々近かった距離が更に縮まる。嫌でも上気するレヴィンの呼気を感じ取ってしまう。
太腿の間に長い足を差し込まれて、ナマエは思わず腰を引いた。だが、指を絡め取られて後退を阻止される。手の甲を爪でくすぐられ、「冗談ですよね」と引き攣った声が溢れた。
「なあ…口付けをしていいか」
だめでーす!もちろん、だめでーす!そう叫ぼうとしたナマエだったが、レヴィンはそれを予想していたらしい。
「悪いな。返事は聞きたくない」
少し赤い頬に真っ赤な耳。余裕の無さそうな態度というのが、普段とのギャップでクラクラする。
どうしてそう、遊び人のような態度をしながら、ナマエに大して酷く初心なのだ。遠回しすぎる態度も、意地の悪い問答も、分かりづらい好意も。レヴィンがナマエの前で生娘のように恥じらうのだから、嫌でも本気を理解してしまった。
ナマエもこの場の雰囲気と、熱気に流されてしまっている。長いまつ毛が閉じられるのを見て、咄嗟に目を瞑り返す。
フォルセティの直系に恥じない神速で手を出されて、唇が塞がれた。このやろう、ちょっとかわいいじゃねえか。
▽多分この世界線はバーハラ起きないと思います。余計なヤツいるので。未来を知っているからマーニャも死なないしみたいな感じ。
でもマーニャからしたら、妹の為に身を引いたのに主人公出てきてなんなの!?!?って感じだと思います。
主人公はアルヴィスに追放された異母兄弟の内の一人で、ファラ傍系という設定があります。流れのフリーナイトでしたが、信託を受けて使命に燃えました。