「バーサーカー」
ナマエの呼び掛けに、めちゃくちゃな人数が振り返った。
あれは第四次バーサーカー。あれはローマのバーサーカー。あれはルーラーのジャンヌダルクさんがオルタになって水着になったバーサーカー。
絶対オレじゃねえだろうな〜とは判断出来るものの、気の良いあんちゃんであるロンドンの抑止力も手をひらひらと振った。
やってしまった!と率直に思ったナマエに、生き恥の集合体が「アンタね…バーサーカー何人居ると思ってるのよ」と文句を言う。
「どうせあの、とびきり頭おかしいの呼ぼうとしてたんでしょ。でも残念ね。ブッ飛んでるから、そのままどっか行ったわよ」
お前の姉も中々良い勝負だと思うが…とナマエは言い返し掛けたものの、彼女はあれを姉と呼ばれるのを嫌がる。
ナマエは悪戯心を引っ込めて、親切に教えてくれたオルタの方のジャンヌに頭を下げた。彼女は「フン」とそっぽを向いたものの、機嫌は良さそうである。
なんとなくだが、ナマエに対して彼女は甘い気がする。
「ありがとう。水着ジャンヌダルクオルタさん」
「普通にジャンヌオルタって呼びなさいよ!」
「ジャンヌさん」
「それだとあっちと区別付かないじゃない!」
「でも、わたしが仲良いジャンヌさんは貴方だし…」
「ふ、ふーん。ま、まあ?いいでしょう。確かに、アンタみたいなイカれ女、私くらいじゃないとお節介焼いたりしないから」
「ありがとう」
「イカれ女って私以外に言われたら絶対、ぜぇーったいに言い返しなさいよ!いい?分かったわね!?」
「うん。ところで水着かっこいいね」
「なぁ…!あ、当たり前でしょう!当然です。至極真っ当な感想をどうもありがとう」
チョロすぎて、ナマエは揶揄っておきながら心配になってしまった。
しかし申し訳ないとかそういう考えはないので、静かに手に飴を握らせた。ジャンヌは「フン。賄賂なんて悪辣な真似、まあ嫌いじゃないわ」と満更でもなさそうである。
「別にアンタのこと好きってわけじゃないんですけど。他の人間よりか、まあまあマシってだけよ。そう、マシなだけです。
ああ!あと、ネタ!ネタよ!アンタをネタにしてやろうと思ってるだけで、思い上がらないでよね。…だから、有難い助言をあげましょう」
ジャンヌオルタはカッコよく踵を返そうとして、失敗して刀を壁に擦りながら言った。徹夜で原稿するのやめろって。
起こそうと近寄れば手を弾かれる。そのままジャンヌはキッと振り返って、ヤケクソで告げた。
「私のことは名前で呼ぶのに、あのブッ壊れたヤツのことは呼んであげないのね!」
▽
ナマエはバーサーカー…森長可がスタスタ歩いて行った道を辿って、中央区画────管制室前に出た。
なんでこんなとこに?と思えば、大きな手が腹に回って足が浮く。そのまま担ぎ上がられて地面が揺れた。どこ向かってるの?と聞くまでもなく、森長可の身体はシミュレーターに吸い込まれていく。
「殿様の代わりな!」
ナマエは陣中の椅子に鎮座させられ、弓矢の飛び交う戦場に安置された。
いつの間にかバーサーカーは霊器を換装して、国宝でもある槍をブンブン振るってやる気いっぱいであった。
…なるほど!模擬戦で藤丸さんを危険に晒すわけには行かないから、代理大将首として死んでもいいやつをパクってきたのか!
いや、だめだろ。
飛んで来た矢を、オート操縦の死霊が代わりに受けて消えた。うーん、当たり判定ふつうにある。
「森さん」
「ああ?んだよ、どういう風の吹き回しだ?」
「それこっちのセリフ。大将居ないとイマイチ上がらないからって、こんなに強引な…」
ブシャーッ。擬音で表すなら、絶対それ。
ナマエの横に槍がスッ飛んで来て、不埒者の首どころか頭を刺し潰した。遅れてバーサーカーもカッ飛んで来て、槍の上から蹴りをかます。
「長可」
突然バーサーカーは名乗った。
しかし追撃の手は緩めない。よっぽど大将首を狙ったやつが気に食わなかったらしい。
彼は暫くガンガン死体蹴ってたものの、その蛮行を思わせない静かな声で名前を言った。
「長可って呼べよ」
「長可くん」
「長可って言えっつってんだろ!」
引っこ抜いた槍で、周りの敵の首も刎ねる。鮮血が散って、既にバーサーカーもナマエも血みどろでグチャグチャだった。
ナマエはあまり人を呼び捨てにしない。親しかろうがそうでなかろうが、敬称を付けることで丁寧な物腰を心掛けているからだ。
少し、というかかなり、森長可というサーヴァントに染められてきている自覚のあるナマエは、やんわりと別の提案をした。
「代わりに、わたしのことナマエって呼んで良い」
「マジかよ!じゃ、そうするわ!」
良かったらしい。もうわからん。なんなんだよコイツ。
「いいんだ…」と疑念をつい口に出せば、長可くんは至極当然と言った顔をする。
「そりゃそうだろ。アンタはオレを名指しで召し抱えたんだ。
元とはいえ主君から特権貰えたら、武士にとってこの上無い名誉だろうが!アァ!?なんか違うこと言ってっかよ!」
長可くんは無茶苦茶にキレながら言った。元から、戦闘中はスキルの発動で汚染が進む。
幸いながらナマエは会話が可能だったので、気にせずに聞いているが。
武士の名誉。誉か。ああ、そういう。確かにそれはナマエにも理解出来る。
自分だけの特権。許された特別な行為。与えられた唯一性は、仕える物として光栄なものである。…つまり、ナマエは今後テキトーに他のサーヴァントへ「呼び捨てでいいよ」なんて言ったらダメになったわけだ。
一旦その頭の痛い話は横へ置こう。もう一つの疑問を、長可くんに問い掛けた。
「ところで、名指しってなんのこと?」
「あ?アンタ、法螺貝で召喚しただろ。オレの法螺貝。つーことは、オレ以外出て来る訳無えに決まってんじゃねえか」
法螺貝。確かに、ナマエは森長可を召喚した際に、法螺貝も使用した。
森家に伝わる、戦の号令を出す法螺貝だ。当初は所有者から借りパクするつもりであったが、存外森長可という人物が好きになってしまった経緯もあって、借りてすぐ返却している。
ナマエに自覚は無いが、“記念館行った時に、いっぱい推しの聖遺物見れたら嬉しいもんね〜!”という陽のオタクの思想であった。
今はもう手元に無いのだが、確かに法螺貝を使って儀式を行なっている。
森長可が出て来た時「ああ!家族共通なんだあ、この法螺貝!しくじったなあ!」とナマエは思ったものの、どっこいそれは元から長可のものであったらしい。
「ほーん。アンタ、オレが呼びたくて呼んだんじゃねえんだな」
全く目が笑っていない。
「オレは大抵よお、宮本武蔵だの、武蔵坊弁慶だの、別のヤツ呼ぼうとして引っ掛けられるんだよなあ」
そうでしょうねとナマエも思う。森長可の逸話を聞いて、コイツ呼ぼうとかよっぽど頭おかしくないと無理である。
ナマエは数年前、時計塔に“森長可は忠誠心が厚く、マスター自身にとっては有益な英雄であった“と提出しているが、原文を読んだ現代魔術科のロードに「語弊を招くぞ」と指摘されていた。
結局、知ったことか!とナマエは帝都の聖杯戦争の記録の横に捻じ込んだが。
「だからよ。アンタがオレを望んで召し抱えたんだと思って、結構嬉しかったんだぜ?
家臣に欲しいって口説かれてるようなもんだろ。そりゃ、気合い入れて仕えねえとってなァ」
ナマエは元々、長可の父親である、可成を召喚する為に触媒を集めていた。
法螺貝と、金山城の定礎を使えば、まあ可成が来るだろうと踏んでいたのである。だって金山城にその名を付けたのは、他でも無い森可成なのだから。
しかし多分、“違うよ”と否定から入った瞬間に首を捩じ切られる。舐めてる判定にカウントされるからだ。
言い訳と断じられる前に、納得に足る言葉を紡がねば。
「そうなんだけど、」
「アァ!?誰だよソイツは!気に食わねえなァ、テメエも!テメエに名指しされたヤツもよォ!」
槍が一閃。首が飛んでナマエはそれをキャッチする。
数えるために並べていたが、怒り狂う長可くんの首の飛ばし方は雑だ。切り口が斜めで、綺麗に並ばない。ナマエも段々腹が立って来た。
どうせ刎ねるなら、もっと美しくやれ!飾った時に映えないだろうが!
てか、オメーの親父だが!?とキレ返す前に、ぐりんぐりんにキマっていた目が正気に帰ってくる。
この辺りの敵を血祭りにあげて、一旦戦闘が締められたからであろう。ラッキー!とナマエは冷静に返した。
「森可成だよ。呼ぼうとしてたの」
「はあ?親父ィ? あー…………」
沈黙が訪れる。特に長くはなく、精々十秒ほどの思案であった。
「…じゃ、いいわ。しょうもねえクソ野郎の名前出すなら、テメエとの付き合い考えるとこだったけどな!」
そう、親父。
彼の父は大層な戦上手で、かつ美男であったらしい。
激似であったと太閤記やらなんやらで言われているバーサーカーも男前であるし、本当にイケメンだったのだろうと思う。
まあその辺では、“戦上手で超益荒男だった可成に似てるから過大評価されてるけど、長可は自体は大したことない笑笑あいつしょうもねえ相手にしか勝ってないじゃん笑笑“みたいな感じのことが書いてあるのだが。
…多分だけど、ホアン氏は長可くんが嫌いだったのではないだろうかとナマエは思っている。
ナマエを今にも八つ裂きにしそうなキマッた目を見て、大したことない笑など口が裂けても…それこそ、八つ裂きになっても言えないことである。
いやもっと言うと、ルーツが源氏で大変に良い家系とはいえ、ポッと出の弱小から可成の先見で駆け上がった森家自体が疎まれていて、更に素行が最悪だった長可は本能寺の後に周りから総リンチ喰らって明智征伐に行けなかったくらい色んなとこから嫌われてたのだが…この話は割愛しよう。
長可の名誉のために言うならば、他にもリンチ喰らってボコされたヤツはそれなりに居て、ふつうに穴山とか河尻とかは討ち取られている。
…いや、でも森長可のボコされ方は他の追随を許さなかったので、なんのフォローにもならないなと思い返した。
一応名君だったらしく、領民には愛されていたようで、地元の民には謀られること無かったようだが。
黙々と首を跳ね回っていた森長可は、愉快そうに前髪を掻き上げた。血を被り過ぎて張り付いて来たからである。
「ウヒャハハハハ!んだよ、親父かよ!むかついて損したわ!親父だったら納得だよなァ!つえーし、おもしれーし、御袋大事にしてっし、茶の湯もうめえからよ!
オレも尊敬してっからよ、呼びてえ気持ちも分かるぜ!ヒャハハハハ!」
長可くんはバカ笑いをする。暫くクソ大声で爆笑した後、「フウ」と息を吐く。
静寂の後、おそろしく冷静に呟いた。
「人の法螺貝使っといてよ。知らねえヤツ呼ぶ気だったんなら…マヌケすぎてぶちのめすとこだったわ」
ナマエは今明らかにブッ殺しポイントを回避していた。
森長可ってこういう人物である。
時と場合が揃えば、それこそ長久手の戦いで死んで無ければ、徳川家康の一人や二人はブッ殺して歴史変えてそうであった。主人は殺さないが、他は全然殺す。
毛利も上杉もムカつくから、停戦を棄却して滅亡まで叩くのを進言しそう。舐められたら終わりだからよ、見せしめにしよーぜ!くらい言いそうだ。
「攻めの三左…織田信長の重臣。桶狭間の功労者。
特定のサーヴァントをメタるために召喚準備をしてたんだよ、戦う相手が既に密報されてたから」
「あー、そういやなんか言ってたな。悪ィ悪ィ、忘れてたわ。腹切って詫びた方がいいか?」
「仕方ないよ、座に持ち帰れなかったんだから。切腹もやめてね。前振りとかじゃないから、マジで切らないでね。
…そもそも、うちの家は他と提携結んでて」
長可くんは短刀を笑顔で引っ込めた。やめろ。
「おう、言ってたな!返り忠クソ野郎をブッ殺した時にな!」
「資金難でお金欲しさに買収されてたから、一番大きい家をまず叩こうって密約を交わしてたんだけど」
たまたま、他陣営が今川義元を呼ぶと言うから、ナマエはメタる気満々だったのである。
結局それを確認する前にアサシンごときにボコボコにされた訳だが。
対抗馬は信長がベストとはいえ、聖遺物の入手手段が少ない。だから討ち死にはしたけど、城は守ったし朝倉は滅んだしで本懐マイスターであった可成を名指しで呼び付ける気だったのだ。
当時のナマエの目的は、聖杯の獲得や勝利でなく、家を建て直すための資金繰りとして他家に恩を売ることであったから。
だから別に、毛利良勝でも良い。良いが、下手に毛利良勝とか呼ぼうとしたら、長可くんの言うような違う武蔵現象────普通に違う毛利が来そうでチキったのだ。
ナマエのサーヴァント相性を見るに、吉川の毛利とか来そうなのでチキって正解だったかもしれない。
「そんで結局、全然関係ねえ陣営にボコされた挙句に優勝されちまったワケか!ウヒャハハハハ!調略してた癖に、ざまあねえ!
アンタにそうしろっつったやつも死んだんだろ!?クッソうける死に方だなァ!」
ナマエも含めて、密約を交わした陣営はノーマークだった陣営にボコボコにされ、対抗しようとしていた優勝候補の陣営も開幕でブッ殺されていたらしい。
相手のサーヴァント自体は大したヤツでなく、ナマエのバーサーカーのがよっぽど知名度補正も暴力性もあったと思うのだが。
そいつのマスターがやったら尖った魔術師で、ただのガンドが頭のおかしい出力を持っていた。それで守りの硬さが自慢であったナマエもレールガンに腹を抜かれ、ボコボコにされたのである。
「調略した報いだって言いたいの?」
「いんや?大事だと思うぜ、調略。内側からボコボコにすりゃ、楽に城は落とせっからな。やれんなら進んでやるべきだろ。
まっ、趣味じゃねえのは事実だけどよ!」
うーん、賢い。
森長可はこんな素行悪くて野生動物みたいなヤツなのに、考えが柔軟かつ的確であった。
ナマエは彼のそういうところを、短命の割に名を挙げた武将なだけあるよな〜と尊敬している。
「まー、負ける時は負けっからな。オレらも、何してでも勝ちに行くべきだったかもなァ。つまんねえのはパスだけどよ」
「いいの?そういうの、武士の誇りとか」
「ヒャハハハハ!誇りで飯が食えっかっつーの!あんのは相手が舐めてるか舐めてねえか、こっちの名前にビビるかビビらねえか、そんくれーだろ!」
「それは、確かに…」
「箔っつうのは重要だからよ!大殿だって、武田の最盛期はビビって手ェ出さなかったっつうしな。
実際の強さがどうであれ、怖ェ、相手にしたくねェって思わせりゃ、全軍の士気もちげえんだわな」
ふと疑問が湧く。では、返り忠は?と。
ブッ殺しチェックが入りそうな質問であったが、ナマエは聞かずにはいられなかった。
「じゃあ、返り忠は?」
ヒャーッハッハッハッハ!と本日一番の壊れた嗤いが飛び出した。
愉快そうに槍が死体を穿ったが、一度で止まず、何度も何度も突き立てている。
「クソ野郎がやることだぜ、あんなのはよ。オレの前で謀ったら殺す!ブッ殺されて当然だぜ!なァおい、分かってんだろ!?」
だよね〜とナマエは思ったが、話は続きがあるらしい。
森長可は、存外落ち着いた様子で指を顎に当てた。その瞳は非常に理性的だ。
「でもよ、あれもまー、道理じゃねえとまでは言わねえのよ。
畜生だろうが犬だろうがなんだろうが、家をデカくしてえ出世してえって野望や願いは武士なら大抵あるもんだしな」
ナマエはその発言に驚く。
森長可は戦国社会適合者であり、ちょっと暴力的すぎるだけで、忠義心に相応しい武士らしい武士なのだろうと勝手に思っていたからだ。
これで存外、武士という生き方を正しく見ていたのかもしれない。その全ては倫理から外れた、外道の道であると。
ふと思う。森長可の願いとはなんだったのだろうか。
サーヴァントとして召喚に呼応する以上、大抵は何かしらの望みを持っている筈だ。すべては生前の後悔や、執着。それを晴らすためにやってくる。
たまに聖人君子のような、マスターを助けることが目的の英雄も居るけど、彼は間違いなくそんなものではない。
────面白いことがしたいから?
それは、森長可の本質ではない。折角だからそうしているというだけのことだと、ナマエは感じていた。
じゃあ、武士として真っ当に生きること?
恐らく近いが、正解ではない。武士はろくでもないと彼は思ってそうだった。だが、その生き方を捨てない。それは大きなヒントなのかもしれない。
しかしマスターでもないナマエが聞くことでもないので、頭の片隅に追いやった。
代わりに出たのは、そういう生き方を示す言葉の一つ。なんだったか、確か────。
「武士は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候?」
「まっ、そういうこったな。奇襲も人質も、相手に隙を見せた方が悪いんだぜ。そんで負けて言い訳するなんざ、ダサくて目も当てらんねえよなァ!」
森長可はナマエの言葉に同意した。
”武士は犬と謗られようが畜生と言われようが、勝利する事こそが重要なのだ“
おおよそ、そのような意味合いの言葉である。これは魔術師の考えに通じる所があり、結果こそが全てで他者からの評価は意味の無いものである…という点は、相違ないだろう。
流石、謀叛者に“近日中に行くよ”と手紙を送った上ですぐさま来城し、嫡男をパクって盾にしながら自領に帰ったヤツは違う。
「おう、それでよ」
ナマエの横の机が爆発した。否、槍を突き立てられた衝撃で木片になったのである。
「朝倉の話なんざしてんじゃねえ」
理不尽。
この話書いたの2019年頃(0話は18年です)なんですが、宗滴ガチでコハエース出ちゃって草。
経験値先生の武将のチョイスが鉄板かつ分かりの深い解釈で最高。