なんでも願いが叶う温泉。何言ってるか分かんないと思う。ナマエもよく分かんない。
事の顛末は先週。商店街で配られていたビラを何気無く受け取ってきたらしい己がサーヴァントは、どうでも良さげにナマエに投げて寄越す。
流石のセイバーでもこんな胡散臭い話は信じないらしい。まあそれもそうだ。
ただし願いが叶うのは先着一組のみです、なんて文句が続いていて、それが胡散臭さに拍車を掛けているのだが、それはそれとして。
「旅行…行きたくない!?」
ちょっとした温泉旅行の始まりであった。
▽
あんなビラをマジに信じるのか?
セイバーとナマエの心が通じ合った瞬間である。
二人の前に立ちふさがるのは、黒髪艶やかな美少女と1m90…いや…なんだ…?2m…?隣の…なんだ?トト……隣の……ロか?とにかく馬鹿でかい美丈夫である。
外に出て早々出会した二人組に、セイバーが警戒を強める。どう考えてもサーヴァントであったし、もうなんか見るからにやばい。
特に大男。やばい。紫掛かった赤のくせに、この中の誰より歪んだ狂気の色を滲ませた男は、背丈と同じく馬鹿でかい槍を下ろして地面に突き刺した。
「なあ、大殿。アサシンは百点、女は三点でいいよな?」
なあ、それなんの点数?ナマエは聞けなかった。
「やめい勝蔵。わしは血を流しに来たんでは無いわ。湯じゃ湯!背中を流しに来たんじゃ!分かる?」
こっちの美少女はまだ話が出来そうだった。
濡羽のような艶めきに、焔のような苛烈な瞳。圧倒的なカリスマを感じて内心ビビり散らしていたが、無駄に逃げ腰になっては失礼である。
「ええっと…貴方達も温泉ですか?」
「何?貴様らも温泉か。そうかそうか…ならばここで、三千世界に屍を晒すが良い!」
なんで?
突然喧嘩腰になったのが理解不能すぎて、困ってセイバーを見遣れば、あちらに比べて陰気な赤が呆れたように細まる。言外に諦めろと言っているらしい。
「しかし…なんじゃアサシン、おぬし女連れか?
それによく見ればわし好みの顔をしておる。勝ったら借りてもいい?いいよネ!わし、魔王じゃし!」
なんで?
「え…いや…無理ですけど…」
オブラートに包む気力すら無く、ストレートな拒絶を放ってしまった。
怒ったかなと内心ビクついていれば、恐ろしく澄んだ炎の色がナマエを移す。滑らかな絹の指が、するりと頬を滑って、顎に手を添えた。
「ほう、わしの誘いを断るか…面白い女じゃ。おぬし、名はなんと申す?」
出出出~お前面白い女名前何奴~!
困り果てたナマエが一歩後ろに下がれば、美しい顔をした少女は構わず一歩詰めてくる。首の横に手が伸びて、うそ────壁ドンされる────!
あまりの対夢女特攻視覚暴力兵器に目を閉じて対抗しようとすれば、それは寸でのところで阻まれた。
黒いコートが翻り、信長公の色香から離される。命と恋心を落とさずに済んだ。
「なに勝手に話を勧めとるんじゃ。第一、わしが負ける前提で言うちょるじゃろ」
流石に可哀想に思ったらしいセイバーが助け舟を出してくれたらしい。
なんだかんだ優しい!流石セイバー!流石意外と気が使えるサーヴァント!ありがとう!助かったよ!と伝えようとした言葉は出なかった。
「おまんなんぞ、花札で始末しちゃるわ!」
なんて?
「うははははは!良い良い!この第六天魔王織田信長が、直々に相手をしてくれる!」
なんて?
「ハッハー!大殿に花札で喧嘩売るなんざ、馬鹿のすることだなァ!いいぜ、俺はそういうの嫌いじゃねえよ!」
なんて?
ナマエが知らない間に全勝負花札ルールが適用されたのかな?
少し考えてみたが、もう何も分からなかった。
仕方無しにその場の雰囲気に乗れば、マジで花札をする気らしい。大手ゲームメーカーの花札が出されて、札が並べられる。
「ねえセイバー」
「なんじゃあ」
「私さ、花札のルール知らないんだけど…」
雰囲気に乗ってみたが分からないものは分からない。素直に助けを求めれば、鬱陶しそうな赤い目に睨まれた。
ナマエが知らなかっただけで、一般常識扱いなのかな?花札とかいう極東島国カードゲームは。
「なんじゃあ、ダーオカ!おぬし、初心者ハンデを抱えてわしらに勝つ気か!うはははははは!良い良い、面白い!わしも負けるの嫌じゃし!」
「ぼ、ボロクソに言われてるよ!悔しくないの、ダーオカ!」
「ナマエ、おまんから始末してもえいがのう」
「セイバー!やっちゃおう!あの人!あの人からやっちゃおう!」
さあ行くぞセイバー!花札で勝負だ!
試合のゴング代わりに、嫌に陽気な声がこだました。
▽
そもそも信長公の幸運はB、長可なんかD。
岡田のEがハナから勝負にならないのは置いておいて、このナマエとかいう女の悪運は彼らを平然と飛び越えている。
まあ要するに、引き強ちゃんなのである──────!
スパァン!と床に札を叩き付ける。
「これで、終いじゃあ!」
セイバーの宝具が炸裂。始末剣である。
低コストでガンガン回る凡庸攻撃宝具。ナマエのクソ重コスト激重宝具とは大違いだった。
てゆうかナマエの引きが強かったのは事実であるが、信長公も以蔵もこいこいしすぎだった。
前者は単に派手に勝つのが好きなタイプで、後者は普通のギャンブルが弱い人だ。生前もこんな感じで負けまくったんだろうなあ…と思ってしまったのは言うまでも無い。
ナマエは割と出来たらすぐ上がって堅実に勝ちたいタイプであったし、森の長可くんは花札…興味ないんじゃないかな…と言った感じのプレイングで、実際彼は宝具を一度も使わなかった。
結果ナマエのゴリ押しで地道に最速ジャブ攻撃。説明書を読みながらでの初心者花札で、サクッと勝ててしまった訳である。
「な、なんでじゃあ…!なんで負けたんじゃあ…!わしの三段撃ち…上がった時の役が三千倍得点になるんじゃぞ…!」
ほんとにね。なんでそんなの持ってて負けるんだろうね。とっとと使って赤札でも月見酒でもいいから上がっておけばワンパンだったね。
ナマエは思ったが閉口した。言わぬが花だと本能寺で理解していたからだ。花札だけに、花札だけに~!
「ククク…わしは四天王の中でも最弱…勝蔵なんぞは四天王ですら無い…」
いや…あんた四天王っていうか…第六天魔王…
四天王は鬼柴田と米五郎左とクリステルと金柑では…
ナマエは言えなかった。
「ハハハ、大殿は第六天魔王だろ!」
信長公さ…部下の手綱、ちゃんと握れてる?
ナマエは聞けなかった。
▽
「げえ、出たあ!」
「なんです?バトルドームですか?」
ツクダオリジナルから出ていそうな商品名を口にした美少女は、硬いブーツを鳴らして此方へ距離を詰めてくる。
いや、詰めてくるとかそんな緩いものじゃない。
俊歩…ソニード…縮地。空間の歪みを肌で感じた。三歩分の空間を縮めてくるって一体どういう化け物なのだろう。死神かな?
ナマエはあまり深く考えないことにして、眼前の美少女を見やる。可憐で華奢で白くて可愛い。すごくかわいい。縮地はかわいくない。
薄い桜色の頭髪に、刀剣のような鉄色の瞳。
以蔵と同じように大正浪漫を感じる装いの彼女は、間違いなくサーヴァントだ。雰囲気で分かる。これは…主人公属性である。
因みにであるが、セイバーは噛ませ犬属性。ナマエはヤンデレラスボスヒロイン属性である。誰かと言えば、秋葉さまや桜ちゃんと同じカテゴリーであった。
「なんじゃあ、きさん。幕府の犬か。は、こんなところで良い御身分じゃのう」
「セイバーも割と良い御身分だよね?」
すぱこーん!日本刀がクリティカル!
「ほいで、どうした。一人っちゅうわけじゃ無いじゃろ」
セイバーはナマエを無視して話を進めていく。美少女は呆れた風に息を吐いた。
「沖田さんは社員旅行中なんですけどね」
手を左右に振る。馬鹿らしいと言わんばかりのハンドジェスチャーだ。
社員旅行?どこの?新撰組にあるのか?社員旅行が?
話を詳しく聞きたかったが、聞けば話の腰を折るなと叩かれることが察される。閉口できるナマエは偉いと思う。
「土方さん!御用ですよ!」
美少女─────新撰組一番隊組長、沖田総司が叫ぶ。
呼ばれて出てきたのは、でか!うわ身長たか!2mくらいあるじゃねーか!どうなってんだよ日本人!新撰組副長、土方歳三である。
ナマエは普段、セイバーや坂本さんくらいとしか会わないので、馴染み深い背丈が1.7から8くらいなのだった。
そこを9後半はあるだろう色男や、2m級の大男とか見ちゃったら混乱するに決まっていたわけで、正直ビビり散らかしている。
件の男は品定めをするようにナマエを見て、特になんか胸の辺りを一瞥したあと、セイバーの顔を見る。
そうして何かに思い当たったらしく、ああ、と短く呟いた。それにしてもいい声だと思った。
「何処かで見た顔だと思えば、土佐の人斬りか。いい機会だ、ここで縄に掛けてやる」
沖田ァ!と図体に相応しく馬鹿でかい声が掛けられて、美少女の方も腰に手を掛ける。抜刀か、と警戒すれば、日本刀を通り越して腕はポケットに突っ込まれた。
スッ…と自然な流れでブツが取り出される。そう、もちろん花札である。
「いざ尋常に」
もう突っ込むのも馬鹿らしくなっているナマエは「そうですね」と投げやりに返した。スタンバイフェイズ。ドロー。ナマエが親。
そんな雰囲気を感じとったのか、セイバーはギリギリと足を踏み付けてくる。彼がそんなに温泉好きだとは知らなかった。
「それにしても、アサシンが女の子連れって意外ですよね。ド外道で性格も捻くれてるのに。しかも結構かわいいですよ」
「ああ?俺はガキには興味ねえ。だがそうだな…あと五年…いや、無いな」
「土方さんの好みを聞いてるんじゃなくて!アサシンが!女性を!連れてるんですってば!あの平然と女子供の指を切り落とすアサシンが!」
「おまんらえい加減にせえよ…この女がただの小娘だと思っちょれるのも今のうちぜよ。痛い目に負うても自業自得じゃわしゃ知らん」
本人を目の前によくその会話出来るな…とナマエは一周回って感心したが、あまりの物言いに少しウケてしまった。
確かに、セイバーはかなり外道である。勝つためであれば大抵のことはなんでもやるし、良心はあるけど他人の痛みに疎いから関係無い。
このひと他の人からもそういう評価を受けてるんだな…とじわじわ来ていれば、二度目の殴打が後頭部を襲った。
「おまん、わしを笑うたか?」
笑ってないです。
▽
沖田も土方も幸運D。類に漏れず岡田は論外であるが、ナマエの幸運はそこそこに良い。てゆうかだいぶ良い。
薄々気付いていると思うが、好きな男のタイプを引き当てた上、幸運に幸運を重ねて手なづけちゃったナマエはハチャメチャに運が良い。
例え末路が破滅だろうと終わりまでは心底幸福なわけであるから、やはり運の良さは振り切れている。
逆に事故物件に引かれた以蔵の方は運の無さが露呈している。
破滅の未来にも一直線。間違いなく大体この女のせいであったが、以蔵は根が割と馬鹿真面目なので全く気が付かない。
隣に居る女は災害級の疫病神なのに。
実は一番大事なステータスって幸運だったりするんじゃないかな?
つまるところ、勝敗なんかは最初っから分かりきっているのであった。
「いの!しか!ちょーう!」
すぱーん!と威勢だけは良い声と花札が場に叩き付けられる。
必殺技みたいに言っているが、出来ている役はそれだけなので全く派手さの無い堅実なカードであった。宝具も無し。
かっこよく言っただけ。なんの面白みもない勝ち方だった。
「そ、そんな!この沖田さんが負けるはずぐふっ」
「沖田ァ!根性が足りてねえんじゃねえのか!」
彼らの敗因らしい敗因といえば、考え無しの宝具使用だろう。
沖田の回転率がいいからって宝具を無駄に回しすぎ。土方も最初っからクライマックスと言わんばかりにジャブジャブ使い過ぎ。
なんとなく、新撰組の財政管理はさぞ大変だったろうな…と思ってしまった。
花札はゴリ押しで勝てるほど甘い遊びではない。読み合い、状況判断、そして何より運。
…やはり運が一番大切なステータスなのでは?
「く、くふふ、この沖田さんが倒れても、いずれ第二第三の沖田さんが現れますからね…!オルタとか!水着とか!水着とか!水着とか!」
「はっ。アーチャーに先越されたんがそがいに悔しいか」
「言ってはいけないことを言いましたねゴフゥ!」
信長公に続き、沖田も負け惜しみで三下みたいな台詞を吐いているが、二人とも結構な大物である。何故そんな小物みたいなことを言ってしまうのだろうか。
あとこの小説を出した時には水着なかったけど、修正する頃には実装されて本当に良かったね。
「そんなに水着で実装されたかったんですか…」
思わず零せば、吐いた血も拭わないまま天才剣士が距離を詰めてくる。
食い気味に噛み付く沖田さんは美少女だったが、あんまりにも目がマジだった。
「当たり前ですよ!?何故にノッブにあって沖田さんには無いんですか!おかしいですよ!ね!ね!土方さん!」
「うるせえぞ沖田ァ!俺はてめえの水着には興味ねえ!」
「土方さんの馬鹿ー!」
埒があかないので、無視してさっさと進むことにしよう。そう提案すれば、セイバーは無言で頷いた。