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ダンデ/立ち止まるにはまだ早い

※恋愛夢ではなく、レート戦疲れた人向けの励まされる系の話です。

 

 ナマエがガラル地方に来たのは割と偶然であり、大した深い理由も意味も無かった。

 ただ、ガラルには好きなポケモンが居た。 

 ちょっと燻んだ灰色に、地元やアローラとは全然違う、まんまるだけどギラギラした目。ふさふさの体毛も愛おしい。そう、ニャースだ。

ガラル地方のニャースは大変に可愛らしく、ナマエの好みのド真ん中をブチ抜いて行ったのである。

同じようにニャーニャー鳴く癖に全然見た目の違うニャース。アローラの子もガラルの子もタイプ特性ともに知っている姿とは一致しない。はがねのちからとかいう、ニャースがいっぱい集まったらとっても強くなる…なんて可愛らしい特性もずるい。かわいい。

そんなハイパーキュートなリージョンフォームを知ってしまったナマエは、地元を飛び出してガラルの地を踏んだ…という訳でも無い。順序が逆なのだ。偶々行った先で彼らに出会ったのである。

地元じゃちょこっとだけ名の知れたエリートトレーナーだったナマエは、酷い惨敗でうちのめされてしまった。

 勝ち気な女の子にボコされ、ちょっと生意気な男の子にボコされ、後から来た寡黙な男の子にもボコされ、ナマエのリザードンはバトルが嫌になってしまったらしい。

すっかり落ちこんでしまって、そのままフェードアウト。

元々内気な性格の子だったから、進んでバトルがしたい訳でも無かったのだと思う。

リザードンはガウガウと鳴きながら、小さな指で名前のジャケットをつまむ。これはヒトカゲの頃から、何もしたくない時のサインだった。

かくいう自分もポッキリ折れてしまって、幼馴染に言われた“ポケモンが可哀想だ”と言う評価が辛くて、地元に居るのが嫌になってしまった。傷心旅行、武者修行、自分を磨く旅と言って、地元のカントーを無理やり飛び出した訳だ。

そうして暫く時間が流れて、クチバシティからの直行便で弾丸ツアーを繰り返して、カントーから遠いなんて理由でガラルを選んだ頃。

路銀のためにバトルは程々にするものの、あまり誠意的では無かったナマエ。

挑まれれば応じるが、迷走している雰囲気が滲み出ていたと思う。

偶々ジムチャレンジが活発な期間に来てしまって、うんざりしていたのもある。

ただ、やはりニャースを見るのだけは好きだったので、道路に繰り出しては野生のニャース…が何処にいるのかよく分からなかったので、進化系のニャイキングがニャーニャー鳴いてるところを見て癒しを感じていた。

ニャースが兜を被っている。もうそれだけで可愛い。

だから勝負を挑まれても渋々ボールに手を掛けたし、また惨敗してしまうのでは無いか、なんて不安があった。

ぐるぐると嫌な考えだけが回って、それが心を重く重く引きずる。ナマエが乾いた喉でバトルに応じる前に、待ったが掛かった。驚いて顔を上げれば、その人は居た。

眩い瞳に強い光を持った彼は、渋るナマエに快活に笑いかけ、割り込んで来たのだ。

「その前に、俺と勝負しないか!」

驚いて何も言えないナマエをよそに、彼はアッサリと勝利を収めた。

どういう意図で割り込まれたか分からず、すぐに此方も挑まれるのではと怯えるナマエの手を彼は引く。

相手のトレーナーが何かを言い掛けていたが、青年はそれを笑顔で躱すと「すまないな、急ぎの用事なんだ!」と朗らかに笑う。

そのまま大きな歩幅でナマエを引くと、人気の少ないトンネルに入った。

彼は落ち着ける場所で手を離して、懐っこく話しかけてきた。

「キミ、困ってただろう」

もしかして余計なお節介だったか?と少し困った顔をした彼に、ナマエは首を振る。その通りだったからだ。

助かったと正直に言えば、人好きのする笑みを浮かべて「それは良かった」と心の底からの善意を見せられてしまった。

後ろめたさと後悔が尾を引くナマエには、少し眩しい。

そのまま礼を言って道を引き返そうとすれば、その人は待ったをかけた。

大きな手を少し上げて、指をチョイチョイと道の向こうに向ける。俯いてばかりのナマエは気が付かなかったのであるが、彼方はトレーナーが沢山居るらしい。

ナマエは恥ずかしくなったが、とりあえず礼を言う。

「ありがとうございます、教えて頂いて」

「礼は要らないぜ」

快活に断られてしまった。

帽子を目深に被って、地味な色のジャケットを着た彼はやはり眩しい笑顔を向ける。

「なあ、キミは旅行者だろ。良かったら、少し話さないか」

驚きが顔に出てしまったが、彼は別段気にした風も無い。人の感情にあまり機敏な方では無いのかもしれない。

ナマエが小さく頷けば、彼は満足気に笑った。そうしてミックスオレを手渡されて、飲むように勧められる。カントーを飛び出して来たナマエであるが、馴染みの味に安堵してしまった。やはり、少しだけ名残惜しいのだと思う。ばからしい話だが。

「ありがとう、助かったぜ。丁度道に迷っててなあ…ここ、何処だか分かるか?」

まじかよ!

ナマエは声にこそ出さなかったが絶句する。いやいやいやいやいや。

手を引いてガンガン歩くから、土地勘があるのかと思った。ナマエは旅行者だから分からないが、次の街までの最短ルートとか、隠れた近道とか、そういうのを突き進んでるのかと思った。いや、まじか。

「いや…」

困惑が滲みまくった声で返す。それ以上に何を言えばいいのか。

こちらの気持ちなど素知らぬ彼は、朗らかに笑う。笑ってる場合ではなくないか?

ナマエは言わなかった。

「困ったなあ。道を聞こうにも、俺は目立つんだよ…」

それでは君に悪いしな、と彼は頭を抑えたが、聞けるものなら聞けばいいとナマエは思う。

しかし何か聞けない理由があるらしい。そこを汲んだナマエは、とりあえずなんか返すべきだと思ったけれど、大変に返答に困った。出たのは、理屈とかは全く無いお気楽な言葉である。

「歩いていれば、いつか辿り着けますよ!」

謎の慰めを送った。頭が悪い返しだなと思いながら。疲れたら休めばいいし、ゆっくり街に向かえばいい。付け加えて、そう言う。

それを受けた彼は、やはり性根が良すぎるのだと思う。怪訝な顔ひとつせず、快活な笑みを向けてくる。

「それもそうだな」

そう言って、遠くの方に見えるトレーナーを彼は遠い目で眺めた。

それは期待があるようで、そうでもない。マイナスの感情などは感じられないが、どこか諦めのようなものを感じる。

「この地方、キミの目にはどう映っている?」

極めて真剣な声で彼は聞いた。

ナマエは質問の意図が読めず、瞬きをする。

「ええっと、」

純粋な感想を述べるべきか。地元とはファッションが全然違いますね。これは絶対違う。地元よりハイパーボールが安いので羨ましいですね。これも絶対違う。ニャースがとっても可愛いです。その通りだが違う。

なんと返せばいいか悩んだが、強いて言うなら。

「バトル施設が無くて珍しいですね。土地があるのに勿体無い」

ナマエの地元にそういう施設は無いが、ナナシマの方にはトレーナータワー。お隣のジョウトにはバトルフロンティアがある。

尤も、それらの大元はホウエンの施設であるが…そんなことは良い、ただガラルにはそういったものが無いので、珍しいなと思った次第である。

近場にカロスがあると言っても、海の向こうの話であるし。

「トレーナーが弱いは思いませんし、強い人は強いんでしょうけど、強い人が更なる研鑽を積めるかは別です。だからやっぱり、そういう場所があると良いですよね」

正直にそう伝えれば、彼は少し面食らった風であるが、すぐに声を上げて笑った。

余程おかしかったのか、くつくつと笑っていらっしゃったが、ナマエが困っているのを察して小さく謝罪をする。

「すまない。俺もそう思っていたから、嬉しくって」

そのまま暫く笑い続けていた彼は、漸く治ったらしい。恥ずかしくなってしまったナマエに再度謝って、帽子を上げる。

澄んだコガネの瞳が美しい。予想通りに快活な表情をしている男は、おかしそうに笑う。

「キミはバトルが好きなんだな」

ナマエは言い淀んでしまう。

バトルは辛くて、怖い。負けるのが嫌だ。自信を失っていくパートナーを見る度に申し訳なくなる。

そういった言葉が渦巻いて、弾ける。しかしそれを正直に言うことも阻まれた。困惑しながら口を開けば、思ったよりも平坦な声が出る。

「どうして、そう思ったんですか?」

否定できるのに否定できなくて。そうだと言うには喉がつっかえて。変なことを聞いてしまったような気持ちになる。

だがそんな微妙な感情を感じ取ることもなく、彼は当たり前だという顔をした。

「俺のバトルを見たキミは楽しそうだったし、提案する声も本気だったと思ったが…違ったか?」

頭を殴られたような衝撃が走る。楽しそうだった。こんなに怖くて辛いと思ったのに、自分はまだ、バトルが好きなのか。

腰のボールがカタカタと揺れる。ナマエがカントーから連れて来れた仲間は少ない。半分…ではないが、二匹を実家に置いてきてしまった。

置いて来た二匹…フーディンは臆病な性格であったし、ハピナスは穏やかな性格だった。勝負事に向いていなかったのである。

ナマエには懐いてくれているし、信頼関係も壊れることなど無かった。だけれど旅をして強くなるよりも、穏やかな日々を過ごす方が彼らにとって幸せだったのだ。

元々、父から借り受けたユンゲラーだったし、ラッキーは実家の庭に迷い込んだのを母が拾ったポケモンだ。ナマエが大きくなった今、家に戻してやるのが道理だとも思う。

実家で家事手伝いをしている彼らは幸福そうで、ナマエは少しだけ寂しくなってしまう。だけれど、それが良いと決めたのだ。ナマエの意志よりも、彼らがどうしたいかが大事である。

他の子たちにもどうするかを聞いたが、寂しがりのリザードンは絶対に付いてくるという意志を見せたし、図太いバンギラスは何処へ行っても気にしないようだ。

意地っ張りなパルシェンはやれやれと聞こえてくるような態度だったが思ったよりも乗り気だったし、呑気なピッピはいつでも楽しそうである。

そんなこんなで選出された仲間たちは、生まれ育った故郷を離れることに同意してくれた。もう二度と帰らないかもしれないのに、着いてくると言った。

だけれど、バトルをしたいとは一度も言わなかった。きっとフーディンたちと一緒で、勝負はもう懲り懲りなのだと思っていた。

だけれど、ボールの中の彼らは強く揺れる。ナマエの気持ちを後押しするように。もう一度、奮い立てと言うように。

震える声でナマエは言う。

「私は、バトルが好きに見えますか」

答えづらい質問だと思う。

自分が決められないから、怖くて踏み出せないから、赤の他人に道を尋ねている。

好きに見えるなら好きだと思い込めるし、そうじゃ無いならもう辞めようと思った。

そんな狡い質問を投げられた彼は、少しだけ驚いた顔をした。だが、すぐに真剣な顔をする。先程の問い掛けの時と同じ、鋭く燃えるような激情が滲んでいた。

「その答えを、キミは持っている筈だ」

その言葉は、酷くナマエの心をざわつかせる。

あと一歩のところを進めないナマエの背を、押すことなどはしなかった。ただ、静かに、ナマエが踏み出すのを待っている。

「…そうですよね!人に聞いて良いのは、道だけですよね…」

意気地無しのナマエは、踏み止まってしまった。

怖かったからだ。負けるのも、頑張ったところで報われないのも。

年下は強いトレーナーばかり。この人さえ居なければと思っても、どんどん強い子が沢山出て来る。その中で、競うのが恐ろしかった。もう強くなれないのではと、座り込んでしまった。

立ち止まるナマエを見下ろす男は、首を緩やかに振る。

失望させてしまっただろうか。だけれど、関係無い。行きずりの人に何を思われても、ナマエには意味の無いことだ。そう分かっているが、失敗は怖い。楽しさも、喜びも、恐怖に負けてしまったのだ。何をしたら良いか分からないし、頑張り続けることに意味が見出せない。

「あー、あー。すまない。言葉が足りなかったな。そうじゃないんだ」

思いの外優しい声に、ナマエは少し安堵する。

そうして直ぐに、疑問符が浮かんだ。じゃあどういう意味だと顔を上げれば、穏やかな色がナマエを捉えていた。

「キミは、疲れたら休めば良いって言ってただろ。とりあえず歩けば何処かに着くとも。それじゃあ、ダメなのか?」

ナマエは言葉を無くす。

ショックを受けただとか、衝撃的だったとかではない。ただ、それが一番欲しい言葉だったと気付いたからだ。

自分はダメだと思っていた。出来ないと思っていた。ここで終わりだと思っていた。だけれど、他人が同じ状況ならば、そうだ。

────詰んだなどとは、思わない。

己が酷く馬鹿なことに気付いてしまった。

どうして人にはまだ全然だと思うのに、自分はダメなのか。そもそも、ナマエはバトルが好きだ。そんなのは知ってる。好きだからやっていた。

自分より才能のあるトレーナーが出てきたからって、ナマエの何が変わると言うのだ。どうして辞めるべきだと思ったのだ。

「…ええ、私もそう思います」

嫌いなのは弱い自分だけで、地元でもバトルでも、ナマエを責めた少年でも無い。いつまでも怖いと感じたままの、ちっぽけな自分だ。

ナマエはなんだか清々しい気持ちになる。嫌いな奴が同じ大地に居ないからかもしれない。そんなことに気付かず、ウジウジしてたのが途端に馬鹿らしくなった。

「…あの、ガラル地方って、住むなら何処が良いですか?」

唐突な質問に、彼はン?と一瞬固まった。

脈絡が無さすぎるからである。ただ、ナマエがニコニコとしているのを見て、彼もまた笑ってくれた。

「そうだなあ…エンジンシティか、ナックルシティか、シュートシティが住みやすいとは思うぜ。交通の便が良いからな」

「私、この地方に知り合いが居ないんです。最初の知り合いになってくれますか?」

「勿論、喜んで。だけれど、なるなら友人だな」

右手を差し出せば、強く握り返される。

ただそれだけで、ナマエは酷く勇気付けられた。根本的な解決など求めて無かったのだ。ただ、ナマエが折れてしまったことも、バトルが怖くなってしまったことも、恥ずかしくて情けなくて、受け入れられるまで目を伏せたいのだ。

それなら、誰も知らない土地でリスタートすれば良い。リセット癖は良くないと言うが、そんなのは知らない。嫌なことはさっさと忘れて、どうでも良くなるまで寝かせるのも悪くない。

ナマエはポケットからポケギアを出して、電源を入れた。

溜まった着信履歴が目に付いて、見なかったことにする。そして彼に差し出した。

「赤外線通信で、連絡先を交換しましょう!」

「勿論だぜ!」

彼は朗らかに笑った。その声で、ナマエは少しだけ強くなれる。この人のようになりたいと、決意を固めて胸を張る。

「困ったら、沢山お電話します!パケットし放題なので!」

「国際料金になるんじゃないか、それ」

マジか。