世はスマートフォン戦国時代。
旧勢力である足利ガラパゴスケータイが新兵器Wi-Fiを持った織田スマートフォンに悉く売り場を追い出され早数年。
現在では様々なメーカーの元、個性豊かな機種が市場に出回っている。
人気機種といえば、ルー語自動変換が売りのPARRYであるとか。
パーリィはメールを送る際、勝手に文章を直して送信してくれる。例えばおともだちに“明日のお昼、カフェでパスタ食べない?”とか送ると、
「ヘイ!Best Friend!明日のlunchはcafeでPastaでも食わねえか!」
にされる。いかれてんのか。
お友達もパーリィを持っている場合「イェー!レッツパーリィ!」と自動返信されて自動的にパーリィが始まってしまう。このプログラム設計したやつ頭沸いてんのかよ。バカがノリで作った猿のおもちゃじゃねえか。
通信状況は界隈で最強の電波であるタダカツに乗ったIEYASUモデルが一番速い。
電波が悪いと「タダカツータスケテクレー」と喋り出すので、近年は通勤電車の中でイエヤスの声が響き渡っている。
あとは…最近出たISIDAか。あれは天気とか電波の混線次第でガタガタだが軽量モデルかつ電池の燃費が一番良い。
同社のHIDEYOSIに比べると重さは天と地の差である。
その中でもナマエのお眼鏡に叶ったのは、足利ガラパゴス時代中期に生まれた日輪社のNARIモデル。
ガラパゴスケータイがスマートフォンの形に至るまでの、キャリア界隈が迷走していた時期に生まれたものである。
所謂スマホ飽和期である天文スマホ年生まれどもとは違い、NARIは明応スマホ年に発売された古き永き機種なのだ。モデルMAOとは元号が5つ、モデルPARRYとはなんと60ヶ月以上も発売日が離れている。
正直キャリアの祭典OSAKA関ヶ原ショーに居ていいモデルではないのだが、なんか知らんが未だ現役でご存命であった。
黄緑のボディに少々変わったアンテナがトレードマークのそれは「ソーラーパネル付属!これで貴方も日輪と共に!」と一風変わった売り文句で世に出された意欲作だ。
形はスマートフォンであるがタッチパネルは導入されておらず、下部分に押すとカチコチ音の鳴るキーが付いている。
最近それが完全にタッチパネル操作になったマイナーチェンジ版が出たそうで、長年NARIモデルを使っていたナマエとしてはやはり愛着を持っているこれを選ぶしか無いだろう、と思った。
▽
「気安く触れるで無いわ」
充電器がカーペットの上に転がった。ローリングフローリング、勢い付いて絡まるそれは彼の生命線である。
まあソーラーパネルがある手前、第二の生命線というのが正しいのではあるが。
「そんなこと言わないでくださいよ元就さん!充電しないと明日電車でスマホ見れないんですけど!」
「様を付けろ愚民。我と貴様は対等では無い」
「元就さま!充電しないと学校でスマホ見れないです!」
「フン。携帯など触らず、学業に励めば良かろう。さすれば、その低俗な頭も少しはマシになるやもしれぬ」
「正論だあ!」
連絡用アプリを開かせてください、と懇願すればツンとした態度で返される。
何故私はスマートフォンに頭を下げているのか。不思議だった。何故私はスマートフォン以下なのか。疑問は尽きない。
異様なほど発達した光学文明は、何故かスマホに意思を与えてしまったらしい。
携帯を受注して三日後、人間でも入ってそうな馬鹿でかいダンボールが届いて中に人間、いや、アンドロイド。アンドロイド携帯と言うそうなのだが…もうどう見ても人間みたいなのが入っていた。作った人は馬鹿なの?アンドロイド携帯ってそういう意味じゃないよね?
恐る恐る内容物を確認したら、人型自立思考コンシェルジュ(理解不能すぎるワードだが割愛しないと話が進まないので流させて頂こう)と一般的なスマホの形をした端末がセットで入っており、まあ概念的にはシリとかインターネット初期のイルカのあれとかヒツジの執事に、美青年のボディが付属してるみたいな感じらしい。
別にどの家もこうという訳ではなく、予約段階で申し込みをしており、その中でもテストモデルを引いた家庭に来るんだそうだ。
まあナマエが当てるくらいだから、結構な数が出回っているのだとは思う。
当然大興奮で起動し「ヘイ、ナリ!検索して!」と話しかけたナマエはビンタされたわけだが。
人工知能はかの有名な戦国武将、毛利元就をベースにしているそうなのだが…明らかな人選ミスではないだろうか?普通ビンタするかな?我、持ち主ぞ?
「貴様は我に従って居れば良い。この、日輪の申し子毛利元就のな」
恐れ入った。最近のスマホは、持ち主に指示出すのか。
実際暫く使用してみた感じ、コンシェルジュと言うよりは姑を自宅に置いた感じである。
数年前に流行ったサイボーグ彼氏とかいうオリーブオイルの香りが漂いそうなドラマに状況だけは近いのだが、彼、いや、コイツの中身は中々にヒスい。ヒステリック姑ババア。ナマエは絶対守護対象の彼女ではなく、使い捨ての雑兵らしいし。この前は死ねとは言われてないが去ねと言われた。
「ね、ね、元就さま、トークアプリを確認させてくださいって」
「くどいぞ。二度は言わぬ。次に催促してみろ、アプリを消去する」
「ええ…」
携帯に黙ってろアプリ消すぞって言われたことあるやつおる?私はあんまり居ないと思う。
だがしかし音信不通のままでは相手に迷惑を掛けてしまう。
仕方無しに財布を持って立ち上がれば、怪訝な声がナマエを呼び止めた。
「おい、雑兵。何処へ行くつもりだ」
「公衆電話」
「何故我に懇願せぬ。貴様、よもやそこまでの阿保だったとは」
「ええ…」
元就さんはナマエの腕をひっ掴み、力付くで部屋に戻した。ショートメールは使わせてくれないのに電話は使わせてくれるのか。意味が分からなすぎる。言ってることも結構むちゃくちゃだし。
困惑を隠せないまま元就さんを見つめていれば、彼は何処と無く満足そうに鼻を鳴らした。
「最初から我だけに気を割いておればよい」
よくわかんないことを申される。
半ば呆れながら了解了解と適当にあしらえば、気分を害したらしい元就さんは頭を引っ叩いてきた。ひどい。
しょうじき今の状態でも手に負えないのだが、日曜日になると自動でサンデーモードになるらしい。冗談の通じにくいNARI型でも休日を満喫するための配慮らしいが…なんだよ、サンデーモードって。
▽
そういえば、ナマエは電話の掛け方を知らない。
いやそう言うとバカみてえだが。正しく言えば、“アンドロイドの元就さんでどうやって電話掛けるのかわからない”だ。
聞けば絶対バカにされるだろうが、マニュアルは元就さんがビリビリに破いて廃棄している。“我が居ればこんなものは不要”だそうだ。うーん、本当にそうかな?
「えーっと、電話って…」
「操作しろ」
ナマエの手にスマホが置かれる。
元就さんを見れば、冷ややかな視線と共に鼻を鳴らす音が浴びせ掛けられた。
普通に通話用端末あんなら、なんで出し渋ってたんだよ!と突っ込みたい気持ちをセーブし、ナマエは静かにポチポチと入力する。
「では、その間に文を詠み上げてやろう」
「はい?」
元就さんはナマエの耳元に、その端正なお顔を寄せた。
「ちょ、ちょっと待って!普通に端末あるんだから、自分で読むって!」
「雑兵の分際で、この我に指図するのか?」
「う、うう…」
ナマエは元就さんに弱い。単純に、好みの顔なのだ。
あと長いことNARIモデルを使っていたナマエは、イメージキャラクターかつユーザーインターフェイスに登場する毛利元就という人物に愛着を覚えていた。
カバンや自転車にさえもすごく愛着と愛情を持ってしまうタイプのナマエが、元就さんに強く出れないのもまあ当たり前なのである。
「では、先ずは文から…」
耳に吐息が当たる。そんなに近くで読む必要とか絶対ないのだが、性悪で他者を転がして楽しむタイプのAIは、わざわざナマエの耳元でボソボソと喋る。
普段は静かそうに見えてクソバカにデカい声でハッキリ物を言う癖に、ナマエに意地悪してやろうという魂胆が見え見えであった。
しかし、元就さんは沈黙した。疑問に思って彼の方の向くと、つまらなさそうにそっぽを向かれる。
「読み上げる必要はない。くだらぬ内容であった」
「そうなの?」
「ああ。そなたの知己から、取るに足らぬ物が数件ばかりよ」
「ええっと…具体的には誰から?」
「知って何になる。そのような情報、貴様にとって不要なるぞ」
なんかよくわかんねえけど、元就さんはナマエへのラインをひた隠しにしている。
ここまで伏せるということは、本当に取るに足らないのではなく、単に元就さんにとって不都合なのだとナマエは踏んだ。
「何を見ている。話は以上だ、散れ」
いやほんまにコイツめちゃくちゃ言うな…
しかしそこで挫けるようなナマエだったら、とうの昔に元就さんをクーリングオフしている。ナマエはシッシと掌を払う元就さんをじっと見つめて、そのまま抱き締めた。
「なっ…!?」
肩の下に手を差し込んで、腰を挟むように足を捩じ込む。そのままガッチリ太腿でホールドすると、細身のアンドロイドは狼狽えた。
かなしい話であるが、元就さんの腰よりナマエの太腿の方が圧倒的に質量がある。
あと身長も大して変わらず、そのうえナマエは自転車通学であった。
男女であり人間非人間の差こそあれど、ダイヤに表すなら、4:6が取れるとナマエは自負している。こちらが4なのは、元就さんに暴力を振るう躊躇いが無い分である。
奥義・だいちゅき固めにより、その細くて長い両手をナマエの頭くらいにしか伸ばせなくなった元就さんは、一瞬ナマエを普通に撫でようとした。単純に、媚を売られたと思って気分よくなったのである。
だが、流石は智将。すぐに思惑に気付いてそれはそれは不快そうに舌打ちをした。
怒りのベアクローがナマエの後頭部に直撃する。
「マジで殴りやがった!電子機器のくせに人間さまを殴りやがった!」
「ええい、離れよ!誰に赦しを乞うて、その浅ましい文なぞに返事をしたためようとしておるのだ!」
「友達の連絡へ返信するのに許しがいるんすかあ!?えーっと、なになに…あっ!」
元就さんの後頭部付近で閲覧した端末は、確かに取るに足らないメッセージばかりを受信していた。
だが、その中にも見過ごせないものはある。それは学年一の色男、恋多き前田慶次くんからのお誘い連絡であった。
彼は色んな女の子とご飯食べたり食べられたりしているが、ナマエとも友達であり、ナマエみたいなインキャとも遊んでくれる。
彼の友達各位はおっかねえ見た目のハンサムガイズばかりで怖いが、前田くん自体は明るくて朗らかな優しいお兄ちゃんであった。
「えーっと。前田くんへ、是非遊びましょう。何時集合がいいかな?ナマエより」
「低俗なる男よ。厭らしい下心が見え透いておるわ。週末は一人で出掛けるが良い。貴様と同伴しては馬鹿が感染る。二度と誘うでないぞ。ナマエより、と…」
「何書き換えてんだ馬鹿野郎ーッ!」
タップしていた文章は、智将AIの自動変換によって無茶苦茶になって送信された。
ナマエはスマホを床に置いて、元就さんを締め上げた。ギチギチと太腿で挟んでやったが、元就さんは余裕そうに鼻で笑っている。
こんなん送られた前田くん、「わあ〜」ってドン引きしちゃうだろうが。
信じられねえコイツ…と絶句したナマエは元就さんから離れようとするが、足を掴まれていて外れないことに気が付いた。
さあっと血の気が引いたナマエは、姿見越しに嫌な笑みを浮かべる智将が目に入った。こういう笑い方をする時、大抵この意地悪アンドロイド姑携帯は策謀を練っている。
身体を捻って外そうとするが、ナマエの足の間に元就さんの胴体が擦れて変な気分になっただけであった。
「我の機嫌を取ってみせよ」
腰を引いて見上げた猛悪無道のAIは、ナマエの背中を支えてそう言い放つ。
「見てろよ〜!」と威勢よく返したこちらを見る目は、もう既に満足そうであった。