織田信長は女の子である。
織田信奈ではない。正真正銘、本物信長。
ある日突然彗星のように現れて、綺羅星のように降臨した。学校の屋上に。
望遠鏡の先に、強く煌々と輝く恒星を見付けたと思ったのだ。それが何故かこっちを見たような気がして、気が付いたら燃え盛る星がナマエ目掛けて飛んで来る。
驚いたものの、ナマエは食い入るように星を見た。そしてぶつかるように突っ込んできた星は、大声で笑う。
「ふっはっはっはっはっは!このわしが、第六天魔王織田信長よ!」
天体望遠鏡の先っぽを握り締め、無理やりナマエの視界を奪った赤い凶星。それがナマエにとっての織田信長である。
▽
織田信長…とフルネームで呼ぶには少し失礼に感じる。
ナマエは織田さん、信長さん、と何度か呼び方を変えてみたが、信長さんはノッブで良いと言う。ナマエよりも何歳か下に見える姿をしている彼女は、ちゃんと人間五十年の記憶はあるらしい。だけれど姿は完全にうら若き少女であるので、それが有り難かった。
最初は彼女を自分のことを第六天魔王だと思ってる思春期特有の病である人かと思ったのだが、ノッブには信長を自称するだけの凄みがあった。
とゆうか、目の前で屋上の貯水タンクを消しとばされたら中二病もクソも無い。信じる以外にナマエに出来ることは何も無かった。
ノッブが言うには、今は絶賛戦争中だと言う。
戦争…戦争!?ナマエは聞き返す。「いつ?誰が?何処で?何故?」ウェンウェアフーウェイ。
「ワシら殺し合いしとるんじゃよね!今!この辺で!よー分からんけど、戦っておるぞ!」
オウ…ナマエは絶句する。
ノッブの力は知っている。貯水槽を消し飛ばし、四階建ての校舎の屋上からナマエを抱えて飛び降りた。無傷で着地し足痺れたァ〜とかほざいた。ナマエは恐怖で全身が痺れた。
そんなヤツらが戦っていると聞かされて、ショックを受けない筈が無い。そんなの街ひとつ消し飛んだっておかしくないぞ。そう言えば、ノッブはカラカラ笑う。
「いや、無理無理!わしならやれるかもしれんけど、他の連中ザコばっかなんじゃもん」
ノッブが言うには、知らんやつばっか!らしい。大した力も無さそうだから舐めプでも勝てるじゃろ、と無茶苦茶軽んじている。
もしかして、 ナマエは織田信長に選ばれるほどの強い力を秘めて居るのか!?
幼き日に封印されしダークソウルを押さえ付けながら聞けば、ノッブはケタケタ笑った。
「ナイナイ!だってわしがお主選んだの、直感じゃし!」
直感。
「そうじゃ、わしの第六感。第六天魔王の第六感じゃ」
ノッブはナマエの顎を持ち上げ、その炎のように燃え盛る瞳で射抜く。
少女のように可憐なのに、魔王のように激しい色をしている。
「弓兵のクラスで現界するとのお、そこいらの雑兵よりも目が良くなるんじゃよね。飛んだ空の上から見て、いっちばん最初に目に付いた星。それがおぬし」
ナマエはノッブを星のようであると思ったが、ナマエが彼女にとっての星だったらしい。
部活の備品である望遠鏡の先をへし折ったその手が、ナマエの頬を滑る。撫でし撫でしと撫でくり回して、愛いと言った。
ほっぺもすりすりと擦り付けて、「うら若い肌じゃあ」と猫撫で声を出す。
ノッブも若いよ。そう返せば「釣れぬのう」としょんもりした。
「お主、顔はわし好みのプリチーフェイスであるが…中身はそこまで可愛くないんじゃな?」
失礼である。
▽
ノッブはそうしてナマエの家に居座った。
戦争するとかなんとか言っていたが、そんな素振りは少しも無い。
ナマエが学校に居る間は家でぐだぐだとしていて、帰って来たら対人ゲームをする。布団に潜り込んでくるのだけはやめて欲しかったが「わしとお主の仲じゃろ!このこのお〜」とウザ絡みをされてからは野放しにしている。
ナマエの趣味は天体観測であったが、最近は何故だかそんな気が起きない。忙しいからかもしれない。
今日も部屋でごろごろしながら出迎えてくれたノッブは、ちこうよれちこうよれと転がったまま手招きをする。
寄って座れば、スカートの上に小さな頭を乗せた。しわになってしまうと抗議をすれば「すぐ着替えんお主が悪い」と責任を転嫁される。
そういえば、ノッブはこうなる前はどこで何をしていたのだろう。ふと疑問に思った。
ノッブは魔術師に呼び出されて、聖杯戦争という儀式をしているらしい。だから、ナマエではない別の誰かに呼ばれたというのは分かるのだが、勝手にナマエの家に住んじゃって大丈夫なのだろうか。
それを聞けば、ノッブは平然と言った。
「全然問題ナシじゃ。手討ちにしてしもうたからのう」
てうち。ナマエには馴染みが無い言葉であった。聞き返せば、ノッブは手刀を作って縦に下ろすジャスチャーをした。
「手討ちは手討ちじゃよ。さくっとへし切りでへし切りじゃ、へし切り」
よく分からなかったので、へーすごいねーとナマエは流す。ノッブは「おぬし、よう分かっとらんな?」と呆れた顔をしたが、すぐにどうでも良くなったらしい。
うちわを持って参れとナマエから退いた。
ナマエが部屋着に着替えて、扇風機を引きずって来ると、ノッブは微妙な顔をする。
無視してスイッチを入れれば、涼やかな風が室内を回った。ノッブの横に座れば、頭を浮かせた彼女は膝にジャストインする。
「うむうむ、良い高さであるぞ。褒めてつかわす」
ゴロ寝をしたままコントローラーを握る。
さらさらの髪をすけば、こそばゆいぞ、と文句が上がった。そろそろと手を引けば、ノッブはぐるりと半回転する。
「わしの召喚者、つっまらんヤツでのう。顔も好みじゃ無ければ、性格も好かん。とかく気に食わんやつじゃったから、とっとと捨てたというわけじゃ」
すりすりと腹に顔を寄せる彼女がそこまで言うのに少し驚けば、ノッブはくくくと笑う。
赤い目がぎらりと細まって、いつものかわいい彼女で無くてどぎまぎとする。
「どうかしたか。もっと近う寄らんか、この信長の命令なるぞ」
十分に近う寄って居るのだが、これ以上を求めているらしい。
しかしナマエはどうしたら良いか分からず、仕方がないので手をノッブの髪に滑らせた。彼女は可笑しそうに笑って「愛いやつじゃ」と言う。
「わしは好き嫌いが激しくてのう。おぬしが偶々好みの家臣である。ただそれだけのことよ」
そうカッコよくそう言ったくせに、すぐに「てゆうかご飯マダー?」なんて言うのだから、勿体無い!とナマエは思った。
▽
ある日のことである。
ノッブの身体は透けていて、その手からコトンとコントローラーが滑り落ちた。
ナマエも驚いてコップを取り落とし、プラスチックであったことに感謝しながらノッブの手を握る。彼女の手はやはり、透き通っていた。
「ふむ。潮時であるか。此度の現界、ここまでであるな」
それはノッブが消えるということか?
ナマエが問えば、ノッブは「物分かりが良いのう」と言う。居なくなるというのに、酷く穏やかで静かだから、ナマエは怖くなった。
しかし、怖がっていたところでノッブが消える運命は変わらない。ナマエは、彼女を失うのが嫌だった。
何が出来るか、何をすれば良いか、ノッブに聞けば彼女は笑う。
楽しそうに、嬉しそうに笑って、ナマエの腰を抱いた。
「やはり、わしの目に狂いなど無かった!」
ナマエよりも細く小さな身体であるのに、脇の下に手を通されてぐるぐると回される。
そうして落ち着いたのか、やっと地面に降ろされる。赤い目が、煌々とナマエを捉えた。
「のう、ナマエ。わしが何故おぬしを選んだか、分かっておるか?」
分からない。知らない。ナマエはノッブが織田信長であることしか知らない。とっても美少女なのに中身はおじさんであることしか知らない。
首を振れば、ノッブは人差し指をナマエの胸に当てて、顔を寄せる。吐息が掛かりそうな声で、燃えるような赤がナマエを射抜く。
「目が合ったであろう」
そうだ、星と目が合った。
それは織田信長という人で、星などでは無かったけど。少なくともナマエにとっては、目が離せない、面白くて美しいものだった。
ノッブは薄く笑ったまま、指を滑らせた。そうして人差し指は首へと上がり、目の前で止まる。
「お主は、わしを真っ直ぐに見る。わしが誰と心得ずとも、ずうっと見ておった。此度現世で侍らすならば、一途なめのこが良いであろう」
そうして魔王は望遠鏡を指差した。
ノッブが握り壊したものではなくて、ナマエの家にある愛用品。今は埃を被っていて、明らかに手入れ不足である。
そうだ。ナマエは、一番の星を見つけたのだ。苛烈で残虐な癖に、ナマエにベタ甘の凶星。
それが近くで見れるのなら、他の星なぞどうでも良かった。だってそれが一番強く輝いているのだ。目移りなど、している暇が無い。
ノッブは笑ってナマエの手を取る。
すべすべとした女の子の指が絡んで、力強く握り締める。もう片方の手がナマエを抱き寄せて、床に転がした。
「良いか、ナマエ。おぬしの全ては、この第六天魔王の物と心得よ」
上がった口角のまま思い切り、ナマエの肌に噛み付いた。