「良かったら、ぼくと付き合わないかい?」
王子様宜しく、白手袋に詰襟が良く似合う少年が眩しく微笑む。柔らかな瞳は優しげだが、その奥には打算が見える。計算高そうな王子様は、きょとんとする少女の手を取った。
指先を軽く握られた彼女は、首を傾げながら問い返す。
「良いけど、何処に?」
ぱっちりとした煌く瞳をウインクさせて、王子は平然と宣った。
「そうだね。とりあえず、作戦室とかどうだろう」
▽
「ナマエさんは何が好きなんだい?」
爽やかな微笑で少年は聞く。続けてこうも言う。
「ぼくたちはお互いのことをまだ知らないから、理解を深めるべきだと思うんだ」
何処かの隊の作戦室に何故か連れて来られたナマエは、疑問符を浮かべながら椅子に座る。
ナマエを此処まで連れて来た少年はいつの間にか指示棒を持っており、隊室のスクリーンを軽く叩いた。
「えっと、質問良いでしょうか」
「勿論。気軽になんでも聞いて欲しい」
「君は王子くんで、ここは王子隊の作戦室でしょうか」
ナマエは返答を間違えちゃったなあ!と内心めちゃくちゃに焦る。
てっきり”行きたい場所があるから付き合って欲しい“の意味で「付き合わないかい?」と言われたと思ったのだ。具体的に言うと訓練室とか。
しかし蓋を開けてみればなんか違う。「とりあえず作戦室」の時点でなんか違かったが、彼は明らかに“ナマエと特別に親しくする気で”会話を試みている。
ナマエは割と鈍い方という自覚があったが、流石に“どっか行きたい”の意と“付き合いたい”の意のニュアンスの差くらいは会話の中で理解出来た。
そしてこの王子とか言う高校生が中々にエキセントリックな人間なのも理解出来た。
「ご明察の通り、ぼくは王子一彰。よろしくね、アダーナ」
「アダーナ」
「あ、だけど渾名で呼ぶのはお付き合いという感じが無いかもしれないね」
「お付き合いという感じ」
「そう。お付き合いという感じ。こういうのは雰囲気が一番大切だろう?」
「それはそうなんですが…」
「やっぱりナマエさんって呼ぶことにするよ」
やっぱやべーよこいつ!
ナマエは年上だからポーカーフェイスを保っているが、もし仮に王子一彰が同級生だったら泣き叫んで逃げているだろう。例え話だが、太刀川がこんな感じでガンガン来たら怖くて泡吹く自信がある。
初対面の太刀川が「おれ太刀川。よろしくナマエちゃん」「んー、なんかしっくりこないな」「やっぱナマエって呼ぶことにするわ」「よろしく〜」ホラ、急に詰めて来たら怖いだ…あれ?いや…思ったよりいつも通りだな…?普通にいつも通りの何も考えてないバカじゃね…?
ともかく、この男の距離感がヤバくて震えている。
会話の距離感もヤバイ。秒速でアダーナという渾名を付けられた。いや、分かるよ。渾名だからアダーナなんだよね。
そのセンスは嫌いではない。穂刈くんがポカリって呼ばれてるのとか、三上ちゃんのみかみかとかも可愛いなと内心ナマエは思っていた。ジャクソンはどうかと思ったが。
しかしこの王子一彰とかいうやつ、距離の詰め方が半端無い。互いに認識はしているものの直接的なコンタクトは無かった者同士で、突然トンチキ渾名を付けるだろうか?てゆうか、交際に至るだろうか?
「ええっと…さっきの質問に答えると、わたしは週刊少年誌とか好きかな…」
様子を伺いながら返答をすれば、王子一彰は顎に手を当て「ふむ」と小さく呟いた。
恐ろしく芝居掛かった動作が絵になる学生である。少し色彩の薄い外ハネの髪も、透き通った青い目も、何故か白手袋の隊服も、一切の名前負けをせず“王子”と言った感じだった。それだけに余計奇行が目立つというか、爽やかさと混ざって事故っているのだが。
「どういうジャンルを好むんだい?王道のバトル物?ギャグ漫画?意外と、ミステリーだったりするのかな?」
王子様もジャ○プに関心あるんだ。
失礼過ぎる感想が過ぎったが、彼が一般家庭の男子高校生だと言うことを思い出した。
ボーダーは浮世離れした奴が多いというか、お前本当に学生か?みたいな奴が昔から多かった(ナマエの勝手な感想と偏見である)が、それでも等身大の学生である。
ナマエは偏見に満ちた己を恥じた。ごめん、王子くん。でも待って欲しい。
「あのね、王子くん。わたしの好きな漫画の話は一旦保留にしましょう。
まず、わたしと君は殆ど初対面だね。防衛任務で何回か一緒になったかも知れないけど、隊所属とフリー隊員なので本当に顔見た程度だ。…此方の認識に間違いは無いな?」
「うん、そういうことになるね。ぼくは一方的に君を知っていたし、君もまたそうだった。だけれど、直接的に関わったのはこれがハジメマシテだ。ぼくたちは実質的に初対面ということになるね」
「そう、だからね、コンニチハ、ヨロシク、お付き合いしましょうは早いと思う。王子くんがさっき言った通り、お互いのことを詳しく知る必要があると思うんです」
「深い相互理解は交際に必須だろうか?
ぼくはそうは思わない。これから一つ一つ知って行けばいい。ほら、なにも問題は無いだろう?」
ナマエは秒速で論破された。
確かになんも問題ないなあ!とナマエは一瞬思ってしまった。只野ナマエという人間は、世間一般の常識は有る程度守るし、とりあえずはそこの基準に準じて身を振ってるのだが、必ずしもそれが最善や絶対ではないとも知っている。
そこを突かれてしまうと、バカ正直に「たしかになー」と思ってしまう。素直な人間であった。
だがそこで食い下がるナマエでは無い。あくまでスマートに流す方法に失敗しただけだ。第二の手段は感情論である。
「一旦保留にして、お友達からはどうでしょうか?
わたしは状況が見えず、すごく困っています。このまま済し崩しになっても、良い結果にはならないと思…ならない!…はず」
煮え切らない返答ではいけないと思い、言い切ろうとして結局煮え切らない情けなさすぎる返答になった。
しかしナマエのストレートな逃げ腰は、思わぬところで良い結果を生む。
具体的にどう良かったかと言えば、ナマエがプライドを捨て切れずに「君のことを好きになれるか分からない」と答えた場合、王子は「そこはぼくの腕の見せ所だね」と言ってガンガン来ていたからである。
ナマエは悪運があったので、どうしようもなくなる最悪の選択肢だけは回避に成功していた。
「それは確かに良くないね。ぼくにとっては最良の結果だけれど、ナマエさんがそう思わないのであれば意味が無い」
ナマエはホッとした。よく分からないが王子くんが納得したからである。
「良かった。王子くんが分かってくれて。これなら君と仲良くなれそう」
「それは良かったよ。ぼくは君と深いお付き合いをしたいと思っている。だから、そう思ってくれるのはとても嬉しいことだ」
爽やかな王子スマイルがナマエに向けられた。
それと同時に、ナマエに悪寒が走る。王子は爽やかで文字通りに王子然とした人間であるが、そのままストレートに紳士で行動がテンプレート…もとい、動きの読める人間ではない。この十数分で理解したことだ。
ならば、この笑みはそんな安堵をもたらすものではない。
ナマエは引き攣りながら王子を見上げる。美しいライトブルーの瞳が、不穏に光った。実際には発光なんてしてないが、ナマエには怪しく光ったように見えたから仕方ないだろ。
こちらの動揺など一切知らず、王子は穏やかに、優雅に、ゆっくりと口を開く。
「じゃあ、間を取ってお試しで付き合ってみよう」
おまえ話聞いてた?