わたしの父は酒に溺れたクソ野郎であった。
──────で、あった。
過去形である。それは何故か。
死んだからだ。なぜ死んだ? 簡単である。
「悪ィな、マスター! なんかうるせえから刺しちまった。次から気い付けるわ」
森長可を知っているだろうか。
戦国ドキュン四天王、精神疾患と名高いサイコパス。没年二十七にして、ハートフルボッコサイコエピソードを幾多にも抱える生粋の狂人。
森家の次男でありながら、父と兄の相次ぐ不幸により家を継いでしまった戦国社会適合者。
それが、森長可という武将である。
話を戻そう。
わたしの父は、酒に溺れた凡人であった。
そもそもわたしというのは、元名家の血筋の末裔である。元。
優れた魔術師の家系だったが、父の代で家は衰退。単純に、父には魔術の才能が受け継がれなかったのである。
魔術の殆どは他所から来た養子に引き継がれ、父は分家に縋るも勘当を受けた。才能の無いものは、神秘を遣うに能わず。魔術師の世界では当然の事だろう。
そこで諦めて一般人として生きれば良いものの、プライドと誇りだけは持っていた父は、普通の生活をするということが出来なかった。
そうして家庭内でだけ強い、自律神経を著しく損なった人が発生する。
彼はわたしに魔術を研鑽せよと、子は親の所有物であると、家の再建の為に生きよと何度も述べた。特に家族らしい思い出などは不要だった為、特に無い。
わたしが見る父は酒を浴びる様に飲む姿だけだったし、時折り発狂し人や物に当たる。しかし父ではあった。師であることは一度も無かったけれど。
その父が、人間無骨…サーヴァントの持つ、バカでかい槍の先に刺さっている。
「バーサーカー、なにこれ」
「おお、さっき言ったじゃねえか。うっせえから刺した」
そっかあ。
▽
前述の通り、わたしの家の当代は劣った父である。
才能、魔力量、技量、どれを取ってもわたしの方が優れていたが、父はそれを認められなかった。愚かにも、わたしの才に嫉妬をする始末である。父の子であるわたしは、彼という魔術師の成果物であるのに。
そういう考え方自体が魔術師として三流なのであるが、それを言うと癇癪を起こすので言わない。
自棄になって僅かに残った魔術刻印を抱え落ちされても困るので、何も言わずに適度な距離を保っていた。
令呪がわたしを選んだ時も当然父は怒り狂う。
大変揉めに揉めたので、わたしは代案を提言した。召喚自体はわたしが行うしかないのでそうするが、召喚後に令呪を父へ移して、マスター権を移行するのはどうかと。
しかし魔力がすぐに足りなくなるのは分かっていた為、わたしが魔力供給をしたまま、ということで落ち着いた。
聖杯戦争の歴史の中で稀にある変則召喚である。
実際の命令を下すマスターと、魔力を供給する魔術師を変えて戦いに挑むという、中々に有用な策だ。
本来であれば、魔術師自体も攻撃に優れているからこそ取る手段である。
父の才では何の役にも立たないとまでは言わないが、酒浸りの魔術使いが何かを出来るとも思わない。
無駄と思いつつも、わたしは何も言わなかった。当代がそう命令するのであれば、わたしは従うのみであるから。
そうしてわたしに喚ばれたのが森長可。バーサーカーのクラスである。
彼はその途轍も無く大きな図体でキョロキョロと見回し、危険の黄色って感じの眼光を父に向けた。
「ああ?誰だこの冴えねえオッサン」
わたしは今から令呪を譲渡すること。この冴えねえオッサンこそがお前のマスターになること。それを、教えようと口を開く。
しかし、先に父が怒鳴ってしまった。“無礼者!立場を弁えろ!”と。
わたしを突き飛ばし、前に出る父。
サーヴァントは尻餅を付くわたしを、遙か高い位置の頭から見下ろした。逆光が顔に影を落として、その瞳だけが鈍く光る。
わたしは喉が鳴るのを感じた。彼が酷く機嫌を損ねたように、その鋭い歯を剥いたからである。
ぎろりと明らかに正気では無い目が鋭く細まった。
きまっている。何が、とは言わない。強いて言うなら抹茶であろうか。抹茶がキマッている。
そうしてわたしが何かを言うより先に、バーサーカーは父を串刺しにしてしまった。
噴き出る血が、わたしとサーヴァントに勢い良く掛かってスプリンクラーのよう。鉄臭さと生臭さと嫌な生温かさが、これが現実であると物語っている。
困って彼を見上げるわたしに、バーサーカーは歯を見せて笑った。
彼には、人を殺害したという罪悪や気後れなどはないらしい。
寧ろ「死んで当然だよなァ。オレのマスター突き飛ばしといて“無礼”とか、どっちがだよっつう話だわな!ヒャハハハハ!」と文句をこぼしながら、わたしの手を引いて起こした。力強すぎて、腕ちぎれそう。
それは召喚から僅か一分程の間。
マスターとなる筈だった父が死に、わたしが繰り上がって…というか、正しくマスターの座に戻った。
─────そして冒頭、という訳である。
「このジジイ、マスターの親父だったのか? そら悪ィことしたなあ」
彼は槍から父を取り外し、地面へ雑に捨てる。父は力無い落下音を立てて地面に寝そべった。
わたしの足元に、赤黒い血がてらてらと川を作る。それを静かに眺めて、形だけの黙祷をした。
わたしは何も言わなかった。
こんな人であるが、父だ。現実を直視して取り乱すかと思ったが、別に何も思わない。
わたしは心身共に冷え切って居たのだと、酷く冷静になった。どうやら自分は父と違ったらしい。魔術師として正しい人格形成が出来ていたようである。
「家督継ぐのって大変だろ。分かるぜ、オレもガキん時に継いだからよ」
バーサーカーは血濡れの手でわたしの肩を叩いた。彼もわたしも、体液でズブ濡れである。
そのまま組んで来ようとしたので、それは遠慮しておく。タッパが何センチ差だと思っているのか。
わたしは特別小さい訳ではないが、彼に比べると遥かに小さい。というか、大抵の人間はバーサーカーと比べれば遥かに小さいだろう。彼は体格が良すぎなのである。
潰れてしまうと抗議をすれば、「そらそうだな、ウヒャハハハハハ!」と笑った。こいつ大丈夫か?
「ま、アンタは幼くは無ェし。諦めて行こうや!」
彼は戦国基準でこう言っているが、わたしは未成年である。
一般家庭の子供ですらこういった手続き諸々は死ぬほど面倒臭いというのに、生家は魔術師の家系だった。
所有している土地の管理に加え、祖父が特許を取った魔術の売却、貸し出しなどの雑務もある。魔術は老若男女問わず平等な学問であるのに、魔術に付随する金銭取引は後継人を探さねば行えない。不便すぎる。
それに加えて、父の魔術刻印は丁度ブチ抜かれた腹の辺りにもある筈だ。
刻印には再生能力があったけれど、大穴が過ぎて修復はされていないだろう。それでは使えないので、魔術協会に修復師を斡旋して貰わねばならない。
しかしそれを説明することすらも怠くなって来たので「そうだね」と返せば、森長可は不思議そうな顔をする。
彼は常に薄ら笑いをしているので、不思議そうも何も無いのだが…その狂気に塗れている目が少しだけ、此方を正しく捉えた気がしたのである。
「目出度くねえのか。アンタ、家継ぐんだぜ。出世じゃねえか」
嬉しいとか嬉しくないとか、そういう感情は無い。
魔術を継ぐのは当然で、必ず訪れる事だからだ。早まったところで、なんの感慨も無い。
そう返された森長可は、やっぱり少し不思議そうな顔をした。
そうして暫く無言のまま薄ら笑いを浮かべていたが、急にぽん、と手鼓を打つ。
ガタイが良いから音もデカイ。びっくりして横を見れば、にこにこと彼は笑う。笑顔は少しだけ幼く、恐ろしさが緩和される。
「そうかァ、じゃあオレから祝ってやろうか。
シケた面じゃあ締まらねえしよ、こういうのは祝っておくのがいいぜ!区切りとしてな!」
意外と賢いことを言うので、わたしは驚いてしまった。
祝事を感情論でなく、区切りとして行うと。慣習や権威ゆえの行動ではなく、折り合いを付けるために実行すると言うのか。
わたしは森長可というやつを脳筋サイコパスだとしか知らなかったのだが、思っているよりも優れた統治者である可能性を知る。
彼は頭がおかしく非常識な割に、感情の機微を軽視してはいなかった。
「おう。自覚や覚悟っつうのは、案外と節目が無きゃ出来ねえモンだぜ。
こいつはオレの偏見だけどよ、マトモなヤツほどそうなんだわな。アンタはまァ…そうした方が良いんじゃねえの!」
確かに、それは一理ある。
わたしは先刻すぐに家を継ぐ羽目になったが、突然過ぎてイマイチ実感が無い。衝突事故が目の前で起きたような、未だ受け入れ難い夢心地なのである。
そのまま静かに提案を聞いていたが、ふとわたしは思う。
確かに、当主となった自覚を持つ為の儀式は有益だろう。だが倫理観的に、父が事故死した直後に祝事を行うのは如何なものだろうか?
魔術師は基本的に誰しも畜生だが、外道や外法に堕ちているという訳ではない。別れを哀しみ、死を惜しむ心が無いわけではないのだ。
そういった感情を持ち合わせることが、あまり推奨されないというだけである。
わたしの性格的には確かに、祝事を執り行った方が良い。しかし人道的には、そんなことしちゃいけなくないか?
戸惑うわたしを、バーサーカーは励ました。
「気にすんな!オレが死んだ時、クソ狸ジジイも殿下も赤飯炊いたらしいしよ!」
ロクでも無い知識が増えた。
▽
真昼間から街を闊歩するバーサーカーは、不意にわたしへ問い掛けた。
「なあマスター、何が美味い?」
うまい。おいしい。食の好みを問われているのだろう。
強いて言うならと答えれば、バーサーカーは豪快に笑う。
「じゃあ、食いに行くか!」
それが数刻前の話で─────今思えば、止めるべきであったと思う。
遠いところに意識を飛ばしながらカウンターに座るわたしを他所に、バーサーカーは店主に槍を突き付けて「握れ」と言った。
店は数人の客が居り、上流階級と思われる身なりの良いおじさまおばさまが寿司を食らっておられたが、森長可はそれを強引に退かして座る。わたしのことも横に座らせた。
勿論、異論を唱えられた訳であるし、店の如何にも堅物店主と言った職人は静かに諌める。
だが、そんなのを聞くバーサーカーではない。伊達に狂ってなどいない。サクッと指を刎ね飛ばすと「握れよ」ともう一度言った。
「指を切り落としたら、握れなくない?」
「あ?…あー、そらそうだな!やっちまったなァ…んじゃ、もう用は無ェし…次の店行こうぜ!」
わたしはどうしたものかと頭を抱える。
そんな血生臭い寿司を食うのは嫌だったし、倫理観に問題があると知覚出来たので、指をくっ付けてやった。ついでにおしぼりで飛んで来た血を拭って、ひっくり返した。
席に着けば、バーサーカーは怪訝そうにわたしを見る。
指くっ付いているから、寿司握れるだろう。
そう言えば、バーサーカーは「ウヒャハハハハ!あんたブッ飛んでんなァ!」と馬鹿笑いをする。
わたしはめちゃくちゃに笑われながら、パネルを手に取った。
なんとなく、こういうのは回転寿司の特権かと思っていたのだが。最近では、高い寿司屋でも注文用の電子パッドが導入されているらしい。
はねた血を布巾で拭って、わたしは指先で寿司を選ぶ。マグロ、まぐろ、鮪。赤身、中トロ、大トロ。これだけあると決め辛い。悩んでバーサーカーに差し出せば、彼は三貫盛りを迷わず押した。
怯えた店主が、すぐに握ってすぐに寿司を並べた。わたしはそれをバーサーカーに差し出すが、彼は「あァ?」と首を捻る。
板前が悲鳴をあげて尻餅を付く。飲食店で床に座るのはよくない。しかし、そんなことより寿司だろう。
わたしはバーサーカーの前の、輝く三貫盛りを指差した。彼が頼んだと言うのに、手を付ける様子が無いからだった。
「マスターが食いたかったヤツだろ、これ。素直に食っときゃいいじゃねえか」
今度はこちらが首を傾げる番だった。わたしがマグロを食べたそうだったと、バーサーカーは言う。
そんなことを言った記憶はないし、示した覚えもなかったが。
だが確かに、マグロは魅力的に輝いている。油が乗ったトロの部分も。透き通るような赤身も。わたしは手を伸ばして、寿司を口に運ぶ。
それをバーサーカーは満足気に眺めてから、自身もパネルに手を伸ばした。そして次はネギトロを注文して、わたしの前に皿を置くのだった。
▽
森長可はこれで、結構しっかりとした教育を受けているのだと思う。
寿司を食べる最中、殆ど喋らずに黙々と口に運び、食べ終わった後に急に饒舌になった。
彼はわたしの財布から紙幣を取り出して、カウンターに揃えて置く。レジに突っ込んだ店員から流れる赤色が、諭吉を茶色く染め上げた。
人は殺すが、無銭飲食はしない。なんでだよとは思ったが、わたしも小銭を揃えて出した。
そしてサッサと出て行こうとしたのを止める。流石に後始末を付けないのは不味いので、処分に協力して貰った。
不要な殺生は好まないが、サーヴァントが暴れてしまった以上は仕方が無い。
食事を終える頃には警察なんかも様子を見に来ていて、思ったよりも片付けが多かったのも運が無い。
明日の朝刊に乗る羽目になった気がする。
わたしは死ぬほど疲弊したが、一方のバーサーカーは偉く上機嫌である。満足気ににかにかと笑っている。
どうやら、点数稼ぎが趣味らしい。
「雑魚は点が低いが、ちまちま稼ぐのも悪かねえ」
との話だ。
的当てと称して、人の頭が吹き飛ぶくらいの豪速球で石を投げるのは畜生を超えた何かであると思うが。
しかし寿司は美味しかった。
わたしは滅多に味わうことの無い贅沢飯を噛み締め幸福に浸る。父との間にロクな外食は無かった。
一般人の母も早くに死んだため、まともな思い出などはない。ちゃんとした回らない寿司など、初めての遭遇であった。
ぼんやりと多幸感に打ち震えて居れば、バーサーカーは歯を剥き出して笑った。
「美味かったか?」
別にお前が握ったわけでないぞ。
そう思ったが、素直に頷く。予想外に、元気な返事は返って来なかった。
「親父が死んだ時、浅井と朝倉のクソはぜってえブッ殺すって思ったけどな」
長可は呟く。要領の得ない話だ。
姉川の戦いの話であるのは分かる。森長可の父、森可成。彼の父が、浅井と朝倉に挟まれ討ち死にしているのは知っている。
犬死にというわけでは決して無く、可成が居なければ信長は討たれて居ただろうというのが通説の筈だ。
しかし、話が見えて来ない。
わたしが何のことか測りかねていると、彼はその大きな手で此方の腕を取った。
そうしてそれを首に当てて、口を開く。いつもの豪快なそれではなく、畏まった動作で。手のひらに、どくどくと流れる血潮を感じた。
「アンタが望むなら、この首くれてやるよ。オレは殺しちまったからな、マスターの親父を」
長可くんは笑いもせずに問う。
彼にとっては、人の生き死になどはどうでも良いものかと思っていた。しかしそれは誤解であったと知る。
真っ直ぐにこちらを見る瞳は、仄暗く渦巻いている。やっぱりバーサーカーは、存外に賢い男だ。狂ってる癖に。
自身が疎まれやすいことも、反感を抱かれるのが自然であることも理解している。
しかしわたしは別に、彼を疎ましいとは思わなかった。
「要らない」
首から指を離して、彼の手を握った。でかい。あつい。こわい。
そうしてにぎにぎと握って、上下に振る。シェイクハンズである。
「キミ、安田国継めし抱えてるじゃん。家臣に猛反対されたのに」
「武功は武功だからな!」
この森長可とかいうヤツは、弟の仇を召し抱えてる。
それを鑑みると、自分は裁かないくせに、わたしは裁いても良いと言うのは些か気に食わなかった。
わたしもそう断ずるべきであると対抗する。武功は武功であると。
どれだけ社会不適合サーヴァントであろうと、誠実さを評価すべきである。
それを伝えられた森長可は、歯をむき出して笑う。有り得ない腕力で上下に振られ、遠心力がわたしの二の腕を激しく揺すった。
やったらフレンドリーで、伝承通りに身内想いであると評価を改めざるを得ない。凶行に目が行きがちであるが、大変に忠誠心の溢れる若者であるし。人の根底は印象に寄らないものである。
「また寿司食いに行こうぜ」
訂正しよう、畜生である。
[chapter:文化人も野蛮たり得る]
時は変わって、翌日。
わたしとバーサーカーは、今大型のゲームセンターに居る。戦闘中に立ち入ったのだ。
別陣営の魔術工房を突き止め、サーヴァントを殺し追い詰めたは良いものの、相手は一般人を巻き込むことを気にしないアウトロー…いや、それは正しくない。
一般人を巻き込めば、此方が追跡を止めると踏んで敵マスターは人混みに入ったのだ。
クラス特性として、良識ある英雄が呼ばれやすいセイバーやランサーなんかだったら、きっと追跡しなかっただろう。
しかし当然ながら、わたしのバーサーカーは止まらない。出直さないのか?と問えば、ぐるぐるに決まった目で嗤って言った。
「此処で逃したら、困ってるみてぇだろ」
「困る?」
「おう。マスターはよ、民を盾にされたら仕方ねえなって帰んのか。
どうしてもって言うなら、そうしてやってもいいけどよ。俺は忠言しとくぜ、殺した方が善いってな」
「…ああ、そういうことか」
実際、わたし達は困らされていると言えなくもない。
夕方に、神秘も隠さず一般人に目撃されながら追うことは拙い。聖杯戦争の重大な違反であり、魔術教会にも罰則を食らう。
出せるカードが無いのは彼方であり、これは苦肉の策の結果だろう。
だからわたし達は追っても追わなくても良かったし、わたしは今後の利を考えて、追わない方を推していた。
だが、そうだ。
追わないというのは、“相手の策で困らされたから撤退したみたい”だ。
追い詰められているのは相手陣営なのに、何故わたしたちが、下がらなくてはならない?
「た、たすけ…」
わたしは静かにガンドを放った。民間人に、躊躇いなく。その光景を逃げて行ったマスターも、他陣営も、使い魔で見ていることだろう。
バーサーカーは嗤う。楽しそうにゲラゲラ上を向いて、その声を聞いた生者が足音を立てて逃げ出す。
「こんなことで怖気付くなんて思われたら、舐められちゃうもんね」
「ウヒャハハハハ!そういうこった!
テメェ戦国に生まれてりゃ、中々良いトコまで行けたんじゃねえの!?」
そんなこんなで、わたし達はゲームセンターを破壊している訳である。
▽
「なんかやりてえことねえのかよ?」
足を真っ黒くしたバーサーカーが尋ねた。
上等な緑の着物は、酸化が進んだ体液で小汚くなっている。当人の赤い毛髪からは鮮血が滴っており、多分だが全部返り血なんだろうなあとわたしは現実逃避のように思った。
少し考える。特筆するようなものは無かった。というか、その前にバーサーカーは血塗れである。
怪我や欠損は無いかと尋ねるが、彼は歯を剥き出して笑った。いつもの、少し斜め上を見るような、ふんぞり返った笑いである。
「おう、大丈夫だぜ!これ返り血しかねえからよ!」
そっかあ。
「マスターは心配症だな。ま、案じられて悪い気はしねえけど」
わたしはバーサーカーの逸話を思い出していた。
織田信長の長男である、織田信忠にも「膝下めっちゃ赤いけど大丈夫!?怪我してる!?」的なことを聞かれた森長可は、わたしと同じ返答をされてドン引きしたと言う。
当然こちらも若干引いていた。
しかしバーサーカーを好きにさせたのは自分であるし、わたしの家系は代償魔術を研鑽している。
血溜まりが不都合という事はなく、寧ろ出血大サービスの景気の良い惨死は供物としてベストな状態と言えよう。景気の良い惨死ってなんだろうな。
雑談しながら、靴の裏で陣を描く。スルスル滑る油と体液は、血と汗と涙と…腸液胃液尿脳汁…もはや混ざり過ぎてなんだか。床が汚過ぎて陣描ける場所が少ない。
飛ばすなら首と足が高得点かなとぼやけば、バーサーカーは「お〜」と生返事をした。
これだけ血があれば、この建物ごと隠蔽出来るかもしれない。程よく床にマナの結晶を置いて、起点としていく。
バーサーカーにまだ殺すかと尋ねれば、満面の笑みだ。多分これ、ブッ殺す顔である。
「点数稼ぎは地道にやんのが一番良いからな!」
つまりまだやると。
▽
バーサーカーは目に入った人間を順番に殺して令呪を確認していく。死体の山が部屋の隅に投げ捨てられて、黒ずみのように積み重なる。
わたしは後ろでお茶を飲みながら、電光得点板に点数をカウントしていた。
「点が減るから、マスターは手ェ出すなよ」
そう仰ったのが数刻前。つまり、暇だったのだ。
「千丸くれえキッチリ点数えるじゃねえか!うははははは!いいぜいいぜ、殺し甲斐があるなァ!」
…とのこと。バーサーカーはご機嫌で槍を振るっていた。
ちなみに千丸というのは、森忠政────長可の末の弟である。仙千代とも伝わっているが、此方では千丸が正しいっぽい。
揶揄ってきた同僚を信長の目の前でボコボコにした森家の愛され六男。それが原因で小姓スタメンから外され、結果的に本能寺に居合わせなかった引き強の弟だ。
ついでに言えば磔による処刑が趣味であり、戦国時代で誰よりも人間を磔にした磔マイスターでもあった。
生まれてすぐに可成は死んでおり、バーサーカーが実質的な親代わり。
可成長可と二代続く愛妻家が産んだ功績か、兄弟仲は非常に宜しかったようだ。
長可おにいちゃんが大好きだったっぽいのが、熱心に取られた森長可に関する記録の量と、兄を裏切った連中をキッチリ磔にしてる辺りから感じ取れる。
後年森家の記録をまとめた忠哲、可陸といい、先祖を敬い血族を愛する素敵な家庭環境と思う。
資金繰りに困り、同じく代償魔術を扱う家系に刻印やら秘伝の術やらを子孫ごと売却したわたしの家と違って。
わたしは点数を確認しながら、敬愛すべき雇用主に定時報告をしていた。
「隠れてんのも殺すからよ、それまでに考えといてくれや」
「…なにを?」
「あァ? んだよ、さっき言っただろうがよ」
ああ。わたしは合点が行く。手を叩いて納得ジェスチャーを見せれば、バーサーカーは良い笑顔で立ち去っていく。
彼はドスドスと、でかい足音を立てて階段を上がっていった。
あれで所作は非常に美しく、そんなに足音が出る歩き方には見えないのだが、手に持つ槍が重過ぎるのだろうと思う。
わたしは座って入り口を塞いでおり、上階の窓には使い魔の死霊を放っていた。直に、全ての首を狩り終えるだろう。
得点板をカチカチ押しながら、やりたいことについて考える。魔術師らしく、芸や慰めを捨てて研鑽だけをしてきたわたしは、趣味らしい趣味がない。
難しい質問だ。頭をひねる。捩じ切られた首と目が合った。
少し考えている間にも、バーサーカーは逐一首を刎ねているようで、天井の穴から首がボールのように投げ付けられてバウンドした。
わたしはそれを拾って「ハズレ!一点!」と上に声を掛ける。ひゃーはははは!と返って来た。
球技ゾーンからパクってきたパネルは、血を弾いて数字が見やすい。ついでに持ってきた球入れには数え終わった首が無造作にシュートされている。
バーサーカーに「そこからは三点だよ」と言ったら、笑い声が返ってきた。
「じゃあこっから入れば十点で良いよな!」
更に離れてロングシュートを狙うようになってしまった。
▽
悲鳴と喧騒が止んだ。首ももう落ちて来ないし、バーサーカーは殺し切ったのだろう。
わたしも入って来た一般人をカウンターに並べて、自分の役割を全うしていた。ズカズカと戻って来たバーサーカーは、一息にそれを刎ねる。鮮血がフロアを舞った。
わたしは首を拾って並べて、綺麗に整列させる。ひい、ふう、みい、いっぱい。
沢山あって、精製されるマナの数にも期待が高まる。結晶を作って雇用主に納品すると、ボーナスが出るのだ。わたしの家を買い取った魔術師は、大変金払いの良い石油王様であったから。
「おっ。嬉しそうじゃねえか。首並べんの楽しいか? 良かったな、マスター!」
とんでもねえ誤解だ。別にわたしは楽しくて並べているわけではない。
ただ、数をかぞえて最終的な戦歴と、手に入る利益を軽く見積もっておこうというだけであって…そう、それだけだ。
そう言い訳をしても、バーサーカーはどこ吹く風でゲラゲラ笑うばかりである。
「恒興のオッサンも、首実験で首並べる時は上機嫌だったぜ。オレには分かんねえけどよ、なんか面白えんだろうな」
そういう猟奇的な趣味じゃない。
わたしはじっとりとバーサーカーを見たが、彼は愉快そうに笑っている。この様子では、口頭で咎めようが暫く爆笑していることだろう。
「わーってるって!戦果で得られる褒美のこと考えると、浮き足だっちまうんだろ?
良いと思うぜ!知天命手前のオッサンですら、岩崎城落として鼻歌しちまうんだからよ」
六坊山────愛知県日進市の山で、首を並べてルンルンになってしまう池田恒興の話だ。
この後に、長可ともども討ち取られて没するのであるが、コイツ随分軽く語るな…とわたしは率直に思った。
生暖かい視線を向けられながら、首をひとつ持ち上げる。供物として捧げるために、それを思い切り地面に叩き付けて、手数料として支払う。予め引いて置いた陣が光って、マナの結晶を精製した。
描かれる五芒星は、天体魔術由来のものだ。
わたしは願い乞う為の言葉を口にするけど、星にかける望みなどは無い。何も感じず、動じず、規則正しく公転する星のように、ただ淡々と魔術を使役するだけ。
あれほど真っ赤だった室内は、人間由来の物だけが綺麗さっぱり消え去って、不自然に洋服が落ちているばかりである。
▽
わたしは暫くやりたいことを考えていた。
そうして結論を出す。強いて言うなら、読書だろうか。
元々読書などまったく興味が無かったが、バーサーカーは次男の癖に長男気質で、面倒見が非常に良い。その所為で、今は少し好きとさえ思う。
これは一見結び付かない話だが、ちゃんと続きがある。
バーサーカーは、手慰みに読書をするフリをするわたしの横に座っては、わざわざ霊体化をといて代わりに読んでいるのだ。
大きな指で、文庫本のページを横から進めてくる。そういう妖怪みたいになっていた。
実体が無くとも、覗き見くらい出来るだろう。そう聞けば、首を傾げた。
続けて、さも当然の事を言ってるような風に、こう言ったのだ。
「書っつうのは、紙を捲んのも含めて味だろ。マスターの時代のモンなんか、特にそうじゃねえか。
電子だなんだっつって、便利な物が出来てもよ。書が無くならねえのは、そういう事なんだろ」
バーサーカーは頭おかしい癖に風流で、人の心の機敏も理解する。わたしはそれに、かなり納得が行っていない。
そして彼は、わたしがちゃんと読んでないのも分かっているから、掻い摘んで話しだす。感想も言う。
「どうしようもねえ野郎だな、コイツ。腹とか切った方が良いんじゃねえの」
豊太郎に対するひっでえ感想である。
わたしに本を読む気などは無い。ただ人と喋りたくないポーズとして、本を用いているだけ。
そうだったのだが、バーサーカーの語り口が滑らかで、存外に興味をそそっていた。
人は見た目と風評に寄らないもので、森長可は書を記すことを得意としているが、書を読み解くことも上手いらしい。
こんなナリで文化人かよと思わんでもないが、よく考えなくても素行以外は非常に美しいのだった。
だがわたしにも分かる。
多分だけど、バーサーカーの言う“やりてえこと”は、そういうものではないのだと。
「で、だ。やりてえことは?」
特に無い。
同じ返答を出されたバーサーカーは、ひゃははは!とバカ笑いをした。
人気の無くなった────文字通り、生きる人間の居なくなったゲームセンターで、時代錯誤な男が狂気に満ちた声を上げる。
「ンなワケねえだろ、マスター! 無欲な武士なんざ居ねえんだぜ?」
「居るって、毛利元就とか。趣味も娯楽も要らなくて、知謀があればよしみたいな格言あるじゃん」
「あのクソ不忠ジジイ、晩年好き勝手してんじゃねえかよ。
第一、あれが野望じゃなきゃなんだっつーんだ。返り忠なんざ、野心のあるクソどもがするマネだろうが」
そうなんだあ!
「うははは!マスターはクソ真面目でつまんねえツラばっかしてる癖によ、すげー素直で分かりやすいよなァ!
良いと思うぜ、そういうところはよ!」
きったねえ黒ずんだ手で頭をわしわしと撫で付けられる。
頬まで触るものだから、わたしの顔に血のフェイスペイントが付いた。思わずバーサーカーを見れば、それを愉快そうに見返される。
「てめぇら魔術師もよ、自制してるだけで望みっつうのがあるに決まってんだわ。楽しく生きなきゃ損だぜ、人生は短ぇんだからな」
享年二十七が言う言葉は、それなりに説得力がある。
確かに一理も百理もあるだろう。わたしは死ぬ時、なんの感慨も湧かないと予想しているが、実際そんなのは死ななければ分からない。
死に行く父は恐怖一色であったが、この大型ゲームセンターで狩られるだけの民間人はどれも無念そうだった。
聖杯戦争で生き残ったとて、わたしのような代償魔術を扱う者は早死にだろうと思っている。
目の前のサーヴァントのように、烈火の如く血を散らして、湯水のように命を費うのだから。怨まれて、憎まれて、厭われて生きる存在に、先など気にする時間は無い。
「…あー、じゃあ」
わたしはふと、今やらなきゃ一生やらない“やりてえこと”を思い付いた。
▽
3、2、1、はい!
わたしは思い切り人差し指と中指を立てて、残りの指を畳む。
有り体に言えば、ピースサインだ。勝利のV。ビクトリー!海外じゃ侮辱なんて意味にもなったりするが、ここは日の本。知ったことではない。
指を十本立てて、一本折り曲げて「十九」とバーサーカーに見せれば「ひゃははは!…つまんねえボケしてんじゃねえぞ」と指をへし曲げられた。
流石に妥当です、ありがとう。
わたしは指を治療しようかと悩んで、折れた指で一度ピースをした。
「子から卯」と言えば、「どうせならよ、酉から卯にしてやろうか?」とバーサーカーは指を掴む。うーん、勝てない。当然だが、へし折りは辞退した。
「うははははは!よく分かんねえけど、やりてえことが出来て良かったな!」
狭苦しい箱の中で、鬼武蔵が腰を縮める。
返り血を拭かず、特に着替えなどもしないまま、わたしとバーサーカーはプリクラに興じていた。
そう、わたしのやりたいこと。それは、“年の近い友人と、それっぽいことをしてみたかった”である。
無意味な軽口も、無礼な態度も。それはバーサーカーを気の置けない友人と仮定し、発言したものである。
その願いは本来、弾圧されて生まれて来ることのないものだった。
能も芸も慰めも要らず。父は魔術を第一に掲げ、わたしも魔術師らしい魔術師であれと説く。当然、魔術師以外は人と思うなと育てられ、価値観の揺らがぬまま死ぬ筈だった。
だが、それを変えたのはバーサーカーだ。わたしは魔術師の理に反し、浅ましくも、外道の人生に楽しみを見出そうとしてしまった。
わたしはバーサーカーにペンを手渡す。
自分のペンは既に持っていたので、ツープレイヤー側のものだ。
「あ?んだこれ。なにするんだよ」
何をすると言われても、わたしはプリント倶楽部の流儀を知らない。
一度ペンを置いて、印刷台の前に落ちている女の服を跨いだ。やはり、排出口にシールが入っている。
それを手に取って、バーサーカーに見せた。
「こう」
「ほーん、案外詫びてんじゃねえの」
写真の細部には名乗り、日付、本日の功績の三種に分けられる要項が記載されており、四分以内にこれらを記載する必要があった。
別に落書きなどしなくてもシールは手に入るのだが、流儀に乗るのが一興というヤツである。それはバーサーカーも同じ意見らしい。
「先ずは署名だろ。マスター、なんつー字書くんだよ」
「池に田」
「ほーん。池田様、と」
様。バーサーカーは迷い無く、わたしの名前を書いていく。だが、一般人はそんな可愛くない敬称をつけないだろう。
そう言えば、バーサーカーは「ああ?なに言ってんだテメエ」と珍しく困惑した。
「つってもよ、アンタはオレのマスターじゃねえか。下々に呼び捨てさせんのは、ちげえんじゃねえの。
褒美として特権貰うにもよ、現状んな働きしてねえからな。道理じゃねえのよ、道理じゃ」
コイツ頭おかしいくせに、なんでこんなとこで筋通すんだよ。
「とのへは?とのへならいい?」
だがわたしも譲らない。
とのへは殿へが省略されて少し可愛くなった言い回しだ。やりたいことを聞いたんだから、こちらの要望に従えと圧を掛ける。
友達とかわいいプリクラが撮りたい。それがいまのわたしの願いだ。聖杯に祈っても良い。
幸いバーサーカーは同級生くらいの年頃かつイケメンなので、プリクラ映えもバッチリである。
「んー、マスターがそれで良いなら良いけどよ、やっぱそこまで崩すのはオレの好みじゃねえな。大将への礼節が欠けすぎてんだろ」
「じゃあ代筆してほしい。宛名じゃなくて、祐筆」
「おう!そんなら良いぜ!」
血塗れの袖を引いて、わたしたちが入ったせいで薄汚れてしまったプリクラ台を後にする。印刷機へ移動し、三十秒待つ為だ。
シールが出てくるまでに、先程写真に撮ったアドレスと、パスワードを機械の製造会社のサイトで入力する。
どうせもう二度とやらないのだ。印刷する枠が無かった分も、データとして保存しておきたいところである。
わたしは印刷されたシールを出して、じっくり眺める。
それを見たバーサーカーは「へえ」と楽しげに笑う。
「アンタ、そんな顔も出来んじゃねえの」
そんな顔。わたしはペタペタと汚れた頬に手を当てる。口角が上がっていたのかもしれない。
自覚は無いが、その辺りが魔術師として未熟な証明とも言える。すぐに表情を改めたわたしを見て、バーサーカーは笑みを消した。
「クソタヌキ野郎みてえなシケたツラしてっとよ、気分もシケんだろうが」
クソタヌキ。わたしが誰のことか分からず困惑すると「家康だよ家康。徳川のクソ野郎」だと補足が入った。
家康ってそんな感じなんだ。
「おう。大大名の癖して、暗ぇ顔で溜息ばっか吐いてんだわ。その点、大殿はバカ笑いばっかしてっからよ、見てて気分も良いぜ」
そうなんだあ。
話が切れてすぐに頬を摘まれて、ぐにぐにと弄ばれる。「で、だ。アンタも────嗤え」ぜったい笑わない。
▽
おねがい。そうバーサーカーを見れば、血塗れのサーヴァントは穏やかに口角を上げる。
この表情が、割とわたしは嫌いではない。
「おう、任せときな」
わたしは缶の中にバイクからパクったオイルを注ぎ込んだもの────所謂、なんちゃって火炎瓶。それに火を着けて、バーサーカーに手渡そうとして、少し思い留まる。
ふと、思い付いたことがあったからだ。
わたしはバーサーカーに、花火を知っているかと尋ねる。
彼は少し不思議そうな顔をした。知ってはいるようだが、何故ここでそれを聞くのか?と思ったのだろう。
「知識としちゃあるぜ。見たことは無えけどな」
わたしは先程錬成したマナの結晶を、ゲーセンに向かって投げ込んだ。ブン投げる前に、その有り余る命を輝きをストロンチウムに変えて。
ついでに簡単な魔術装置として、燃えたら熱と共に上昇するように命令も書き込む。
「良いのかよ。それ戦功だろ」
わたしは頷く。勝ったんだから、派手にやるべきだ。区切りとして。だって、そう言っていただろう。
そう伝えれば、バーサーカーは「ウヒャハハハハ!良いんじゃねえの!」と愉快そうに笑う。馬鹿笑いする彼に火炎瓶を手渡して、走って逃げようと提案した。
手ごと燃え盛る勢いの火炎瓶を、バーサーカーは先程まで居たゲームセンターに投げ込んだ。
わたしを即座に抱えたバーサーカーが、メチャクチャな速度で離れて行く。激しく揺れてきもい。
「まだかよ。不発じゃねえだろうな」
圧を掛けられる。これで爆発しなかったら、わたしはどうなってしまうのだろう。
そんな会話をした矢先、恐ろしい轟音が響き渡ってゲームセンターが倒壊した。
十数年前の聖杯戦争では、高級ホテルの地盤をブッ飛ばして魔術工房を破壊したテロリスト紛いの魔術使いが居たそうだが、わたしもそこに悪評を連ねてしまうかも知れない。
そして真上に馬鹿みたいに火花の化学反応が起きる。先程、わざわざ戦功を注いでまで作った即興の花火だ。
日が暮れた街に燃え上がる爆炎。倒壊する家屋の灰。惨事に見合わない、陽気なピンク。
赤、橙、桃と次々移り変わる色は、火薬を使わずに魔術で再現したものだからで、イマイチ再現性に欠けるが…花火というものが如何なるものか、バーサーカーに見せるには十分だろう。
わたしはバーサーカーを見る。彼はじっとそれを見つめて、「ほーん」と息を吐く。程良く気に入ったようだ。
「おお、花火ねえ。良いじゃねえの、あれ。マスターがわざわざ戦功使ってまで、オレに見せてえと思うだけあるな、ありゃ」
感慨深そうにジャッジを下している。
馬鹿笑いする前に、冷静に風流か否か批評しているのが如何にも頭がおかしくておかしい。
爆風と瓦礫はまったく飛んで来ることは無かったものの、土埃は避けようもない。
咳き込めば、立ち止まったバーサーカーが煤けながら大笑いしている。
「ひゃはははは!此処まで派手にやって大丈夫かよ!?景気良いなァ、おい!」
魔術の神秘が隠せればなんでも良いのだ。爆発しようが殺害しようが、問題なし。
誰にも見られてないなら。仮に見られても────証拠を抹消すれば、問題なし。
わたしは運の無い通行人の胸を叩いた。心臓麻痺が一人出来上がりである。全くもって問題はない。
ほんとうかな?
「ああ?じゃあよ、これ残しといたらまずいんじゃねえの?」
バーサーカーはわたしと撮ったプリクラを指差す。
「よくわかんないけど、名前とか書くみたい」とノリノリで落書きをしたわたしとバーサーカーは、ご丁寧に“我こそは狂戦士陣営の武蔵守”とネオンペンで名乗りを挙げていた。
まずいかまずくないかで言えば、まずいものである。
教会や神秘云々の前に、他陣営に見られたら一発アウトで、額を狙った銃撃が一生飛んでくることだろう。しかし、廃棄することは無いと思う。なんとなくだが、捨てたくないのだ。
それを汲み取ったのか否か、バーサーカーは「ま、いいんじゃねえの!」と歯を剥き出して笑った。
そうして、ふと思い付いたように呟く。
「オレがランサーかライダーだったらなァ。百段で来たって書けたのによ」
言うに事欠いて、悔いる点がこんな部分なのである。
嘗て在った聖杯戦争では、手に負えない大事故物件として森長可は語られていたが、わたしにしてみれば別にそうでもない。
むしろ、元が倫理に欠けている魔術師という存在、それらと組むことに向いたサーヴァントであると言える。
生き残ったら、結構話の通じるオススメバーサーカーとして時計塔にレポート提出しようかな?とわたしは非常に迷惑な事を思った。
[chapter:良し悪しを解するには教養が要る]
「あ。待って」
「あ?」
バーサーカーの頭がカッ飛んだ。
脳漿も脳髄もブチ負けて、わたしの頬に並びの良かった歯が刺さる。
魔術に寄る爆発を察知し、咄嗟に障壁を張ったのだが、障壁をブチ抜いてきた立派な永久歯。
残念ながら、バーサーカーは大き過ぎて頭がはみ出てしまったのである。
現在位置はわたしの通う学校。現在時刻は夜。
魔力の気配を辿った先が、自身のよく知っている場所だったというオチだ。
わたしはバーサーカーの顔面を見た。
折角の美丈夫が台無しである。顔はぐちゃぐちゃ、血も塗れるという段階でなく、頭蓋すら砕けて零れ落ちている。ひどいことをするものだ。
しゃがんで、バーサーカーが踏んだトラップを確認する。
どう考えても聖杯戦争で戦っている他陣営に仕掛けられたもので、わたしはどこのバカ野郎に吹っ掛けられたのかを調べる必要があった。
「ちょっと待っててね」
わたしはバーサーカーを校舎に引き込む。設置型の爆弾ということは、直接仕掛けるのが得意なタイプでは無いだろう。
寧ろ、臆病者だろうか?それとも、単に仕事人?
どちらにせよ、相手の様子を見るだけの備えがある。何も、学校をめちゃくちゃにしたのは相手だけではない。わたしだって、女子更衣室を重点的に魔術工房へと変えていた。
…バーサーカーを入れるのは、なんかアレな気もするが…言っている場合ではない。
ある程度調査を進める間に、彼の吹き飛んだ頭も戻って来ていた。
「大丈夫そう?」
平気か?とバーサーカーに聞けば、頭を飛ばされたばかりだと言うのに満面の笑みだった。
普通は絶対死ぬというか、当人も「おいおい!フツーに死んだじゃねえか!」と悪態を吐いている。
どうして消えてないかと言えば、わたしはこの前ブッ殺したこの町の住民────今や魔力リソースとなった彼らを、バーサーカーに注ぎ込んでいたからである。
彼の己を顧みない戦い方じゃ、すぐに致命傷を負うのは目に見えていたから。
「こんなんじゃ死なねえっつうの」
そう言ってはいるものの、口の半分は未だに正しい形ではなかった。
霊核を砕くような火力こそ無いものの、サーヴァント一騎の頭を四分の一吹っ飛ばすほどの爆発物である。
明らかにこれだけで始末する気で練られており、非常にコストの掛かった代物であることが読み取れた。起点として使用されたらしい道具────散っているなにかの破片も、よく見れば年代物の焼き物に見える。
「ケッ!火薬で暗殺たァ、気に食わねえクソ野郎だな!」
バーサーカーは血の塊を吐き捨てた。
座りの悪い首をゴキゴキと整え、気付けに頬を叩く。
「うし、いっちょ首を刎ねてやろうぜ。オレが突っ込めばあっちも動くだろ」
わたしはバーサーカーの袖口を引いた。
「んだよ」と彼は立ち止まって、その場にしゃがんだ。彼はわたしの要望を聞く時、こうやってしゃがむことがある。
元々仕えていた“大殿“さんは背が低かったらしく、自分より小さい相手の指示を仰ぐときは大抵こうしているそうだ。
サーヴァントとマスターなんだから、パスで話せばいいんだが。気が使えるんだか、そうじゃないんだか、よく分からないサーヴァントである。
…いや、こうやってしゃがむポーズを挟むことで、忠誠を示す────心を配っているということを態度に出す、そういう意図があるのかもしれない。
わたしはそっと耳打ちをする…必要は無いのだが、なんかバーサーカーがしゃがんだので、そういうポーズをした。
彼がわたしをそういう風に敬うのなら、こちらも相応しいマスターであるべきと考えている。
「あのね、これが魔術だったら良いけど、サーヴァントの特殊技能だったら困るかもしれない。慎重に見定めて、」
────あっ。
爆音が轟く。バーサーカーが爆弾を踏んだわけでは無い。
腕が踏んだ────というのは、不適切かつ不親切だろう。彼は自身の腕をもぎり取り、ありったけの力で地面に叩き付けたのである。
「見えねえからってビビってたらよ、舐められちまうだろ。そりゃダメだぜマスター。精神的に優位を取んなきゃ、戦は不利になるからなァ」
バーサーカーは腕の断面を見せる。
こういうところ正気無いのに筋が通っていて、咎める前にわたしはいつも関心してしまう。
言おうとせんことも分かった。
即決即断、やるかやらないかではなく、やれとバーサーカーは無言の圧を送っていた。
わたしはこのサーヴァント…森長可と居ると、調子が狂うのを感じる。
以前のわたしであれば、絶対に乗らなかっただろう。指示も口に出さず、パスだけで飛ばしていた筈だ。
だが彼がそう言うなら、別にそれでもいいかと思う程度には絆されていた。
でも折角────せっかく、バーサーカーにカッコいいスカジャンとか着せてたのに、爆風と血でめちゃくちゃだ。
わたしは少しムッとする。自分の心の機敏も、そのようなことに気を割く事自体も腹立たしい。
以前だったら有り得ない話だ。サーヴァントなどという使い魔如きに趣向品を与え、その出来栄えに満足するなどと。
…いや、まあ、趣向品というか、森長可があまり霊体化したがらない上に勝手に姿を現すので、ぜったい必要だったのだが。
サーヴァントなんだから、セルフで投影させればいいと言えばそう。しかし現界の度に魔力を一回一回編み直させるのも、面倒臭がりそうなタイプであったし。
彼は血で真っ黒の袴を「めんどくせえから」で履きっぱなしにするようなサーヴァントだったので。
それでも、やはりそんなに洒落た物を着せる必要は無い。趣向品と必需品の狭間である。
だが、やはり。やはりだ。大変似合ってて、気に入っていたのも事実。
わたしが。
他ならないわたしが、“か、かっぴょいいい〜!!!”と思っていたのだ。そう思うと二重にムカついて来た。
「似合ってたのに…」
つい、言葉が溢れる。
本心からの本音であった。それくらい、未来永劫失われたジャンパー姿のバーサーカーは惜しいものであった。
「おお?マスターはああいうのが好みだったか。そらわりいことしたわ」
「…似合ってたのに!」
わたしが声を荒げると、バーサーカーは愉快そうに大爆笑した。
なにがおかしいんだテメー!と睨み上げるが、それも彼にとっては面白いらしい。
「ウヒャハハハハ!機嫌直せって!あのクソサーヴァントども、なます切りにしてメタメタにしてやっからよ!したら少しは溜飲も下がんだろ!」
バーサーカーは残った袖も千切った。左右むしったスカジャンは、一周回ってロックで…いや、無い。
もうダメだ。雑巾である。素行が悪くてバカでかいバーサーカーがそんなの着てたら、ただの世紀末覇者ではないか。
「あァ…あと、次のヤツはマスターが選んでくれよ」
思ってもいなかったところで話を振られ、わたしは思わず「ええ」と聞き返した。
「この装束も悪かねえんだけどよ。なんたって、マスターが気に入ってっからな」
バーサーカーは背中の柄を見せる。やはりその姿は様になっており、わたしは酷く惜しい気持ちになった。
未練がましい視線を追ったサーヴァントは、真剣に提言をする。彼は少しも笑っておらず、本気で言っているのだろうと思う。
「けどよ。折角賜るっつうんなら、欲しいモンがあるんだわ」
「欲しいもの?」
わたしは足元を見る。
砕けた破片は、陶器や磁器に、焼き物。森長可という英雄が生前、茶の湯を熱心に愛好していたということをわたしも知っている。
すると、茶器だろうか。高いものは買ってやれないが、骨董市でキリ部分を物色するくらいなら、わたしの財力でも出来る。
随分話がブッ飛んだが、まさか服の話とも思えないし。恐らくそうであろうと結論づけた。
「あんまり高いのは買えないけど、一式くらいなら」
戦国時代では上等も上等だった素材と製法の品でも、現代社会であれば、まあまあの金額で一式が揃うであろう。
そう思い発言したが、バーサーカーは「ああ?」と首を捻った。
「一式ィ? マスター、別にオレは茶器を強請ってるワケじゃねえよ。つかさっきまで外衣の話してたじゃねえか」
バーサーカーは不服そうに口を尖らせた。まさか、マジで服の話とはわたしも思っておらず「そうだね」と素直に返すしかない。
彼は外衣────ジャンパーの話を続けていたらしい。
いつもそうだが、わたしとバーサーカーは双方話がブッ飛びすぎである。
単に話題がブッ飛ぶバーサーカーと、脳内で勝手に結論を出すわたし。
スーパーディスコミュニケーションの割には、どちらも臆せず正直な物言いをするので、全く拗れたりはしないのだが。
「知らねえヤツが選んだ物より、マスターがオレに選んだ品がいい」
そういうもんか?
わたしは今のが超いかしてると思っているが、バーサーカーはそういうのより、褒美の観点としてどうかを重視するようだった。
「なァ、いいだろ。此度の褒美をくれや、マスター」
今は亡きショップ店員に選ばせた柄物のスカジャン。それをもう一度買い与えるのは、なんかダメっぽかった。
わたしはメンズファッションに明るくない。正直に言えば、良い物を選ぶ自信など無いのだが…そう言うのなら、全力で吟味させて頂こう。
頷くと、バーサーカーは血塗れの顔で笑った。そうと決まれば、さっさと敵陣営をブッ殺すべきである。
家に帰ったら、ファッション誌を買って、流行をチェックして、赤毛に似合う最高の一着を考え、わたし本意でなく、バーサーカーの意見も取り入れなくては。
「腹決まったんなら、とっととブッ殺そうぜ。んな呑気に喋ってる場面でもねえだろ」
おっしゃる通り。
接触による魔力の譲渡なんか、三流以下のすることであるとわたしは思っている。
しかし思想に反して、わたしはバーサーカーの傷口に唇を当てた。そのまま、思い切り息を吹き込む。
ボコボコと沸騰するマグマのように、壊れた箇所が膨らんでは収束していく。呼気には、ありったけの魔力を注いだからである。
魔術師とサーヴァント間は接触など無くても十全に魔力を回せる。…が、直接送った方が速いのは事実だ。
無線と有線ならば、有線の方が高速で情報を送れるだろう。それと同じことであった。
特にわたしは、魔力量こそ多いものの出力が弱い。物理的な接触点を増やすのは、非常に残念ながら合理的である。
万全になったバーサーカーを控えさせ、わたしはキョロキョロと見渡す。
恐らく相手は潜伏している。慎重に行きたいところだが、バーサーカーは既に殺したくて仕方ないらしい。
しかし、無意味に歩いて事前の仕掛けを踏んでやる理由も無い。
わたしはめちゃくちゃにガンドを放って、埋まってそうな廊下を手当たり次第に叩きさくった。ぽんぽこと爆風が上がり、「おいおい、花火みてえじゃねえの」とバーサーカーの気分も上がったようだ。
爆風に紛れて、鋭い閃光が空気を割く。
サーヴァントの仕込みを壊し切られる前に、直接動くのが得策と見たのだろう。
今度は爆弾を完璧にガードをしたものの、直接攻撃をして来た分、先程よりも火力が高いらしい。
わたしを庇ったバーサーカーの頭の半分が吹っ飛んで、その巨体が地面に転がった。頭上からびたびたと何もかもが降り注ぐ。
汚れてお話にならない制服を摘んでいれば、機嫌の良さそうな声が掛かった。
「ハハハハ!お前のサーヴァント、弱いなァ!」
同級生の少年が、小心者ですと言わんばかりの笑みを浮かべる。
彼は魔術師ではない。魔術師の家に生まれた、才能無しの凡愚の筈だ。となると、やはり先程の爆弾はサーヴァントの固有能力なのだろう。
「こんばんは。これは間桐くんのサーヴァント?」
「そうさ。悪いんだけど、お前に勝算は無いかな。この地域じゃ、僕のサーヴァントは知名度もあるからね」
あのバカみたいに高火力の爆弾は、知名度補正のブーストを受けていたらしい。
「君のキャスターも大変だ、マスターがお喋りで」
「ははは!それで挑発のつもりかい? 君、分かってないな。僕がそれに乗る意味が無いだろう!」
少なくとも、忠臣の────主君が謗られてキレるタイプの英霊ではないとわかる。彼の失言で、この土地の有名人なのも推測できた。
わたしのバーサーカーであれば、煽った瞬間に槍がブッ飛んでくる。ならば、暫く呑気におしゃべりをして問題はない。
相手が理性的でまともであればあるほど、森長可は訳の分からない怪物として刺さる筈である。
「いいの引けたんだね。武将の遺品なんて、中々手に入らないのに」
「没落してるお前ん家と違って、僕の実家は名家だからさ。少し寄付してやれば、茶器の一つや二つ、簡単に手に入ったよ」
間桐の性格上、それがハッタリとも思えない。恐らく武将であると脳内で付け加える。
「ふうん。でも君のサーヴァント、茶道具が好きでしょう。そんな粗末な使い方したら、喧嘩になっちゃうんじゃない」
「愚問だね。誰かに渡すくらいなら、壊した方が気分が良いんだぜ!お宝ってのはさあ!」
茶器が能力に関わる英霊。茶道具が好きだが、所有欲、或いは独占欲が強い。
「君自身は細やかな性格だったよね。価値がある物をわざわざ壊すなんて、そんな酷いことをするような人じゃないと思ってた」
「…煩いな。なんだって良いだろ!僕だって、こんな高価な物を破片に変えたくはないさ!」
わたしの鎌掛けに引っ掛かるを超えて、同級生の男は余計なことまでベラベラと話す。
サーヴァントを偽装するフェイクかとも疑ったが、地面に埋まっていたのは渋い色の器。多分、殆どまったく嘘をついていない。
もういいかとスカートをはらって、大きなため息を吐いた。
「お前のサーヴァントは死んじまったみたいだけど、まだやる気かい?」
彼のキャスターが姿を現す。わたしのサーヴァントと同じで、戦国武将のような出立ちをしていた。家紋は…蔦。
バーサーカーですら家紋を隠して参戦しているというのに、彼はガン出しであった。殺したと思って慢心しているのかもしれない。
わたしは時間を稼ぐように、少し思案したフリをして返す。
本当は全く考える必要など無かったのだが、傲慢な人間のおしゃべりは有益である。乗ってやれば、優位に働くと踏んでいた。
「いいかな。わたしはやらない」
「利口じゃないか。僕もその方が良いと思うよ。
お前、家も潰れかけなんだろ? 早くサーヴァントを捨てて、うちのバックアップに回りなよ」
「そうだね。敗退したら、君のおじいさんの手伝いに行くよ。元々、万が一聖杯貰えたら買い取ってくれるって話だったから」
「フン。素直でいいじゃないか。じゃあ、先ずは僕のために、令呪を切り落として貰おうか、」
な。
少年のキャスターが弾け飛ぶ。首が槍に貫かれて、捩じ切れて宙に舞った。
わたしのサーヴァントは、サッパリした気骨をしている。根に持たないタイプの男だと思っていたのだが、それはそれとして、やり返せるならやり返すのが流儀であるらしい。
「バーサーカー。遅いよ」
わたしのサーヴァントが立ち上がる。大きな手が床をさらって、頭に落ちた中身を載せた。わたしも手の中の歯を渡してやる。
バーサーカーは歯を剥き出して嗤おうとしたが、右半分が戻ってきていない。口蓋が糸を引くように引き攣れる。
彼はいつものように狂った笑い声を上げたが、歯が修復され切っていないので、普段よりもなんだか怖さが無い。
しかし歯がなくとも口の造形が良いもので「百点の口腔内だね」とわたしはバーサーカーを褒めた。
手を伸ばせば、彼は膝を付いてわたしを見る。
開けた口をそのまま指でなぞって、魔力を注いだ。爆風で骨が壊れ、ぱっくんちょのように開きっぱなしであった口も、元の正しい姿に戻る。
普通、ここまでボコボコにされればサーヴァントは座に帰るものなのだが、わたしの魔術の特性は固着。
多少歪だろうがなんだろうが、問題ない程度に貼り付ける能力がある。
その辺の雑魚魔術師であれば、大掛かりな魔術装置とか─────それこそ、鎧のような出力機器が居るだろう。
そしてそれ自体に治癒の特性を与えないといけないのだろうが、わたしはまあまあの魔術師だったので、パスさえ繋がっていればなんとでもなった。
だって霊核が割れそうになったら、すぐにリソース割いて埋めて繋げば良いのだから。それこそ、金継ぎのように。
「腕くらいで許してあげようよ」
「ウヒャハハハハ!腕くらいじゃ、アンタくっ付けちまうだろ!んじゃ、擦り潰すか!?」
わたしは少年の処遇を提案する。
彼は軍事提携を結んだ家の子供だったが、跡取りでも当主でもない。彼の“おじいさん”は、殺すなとは言ったが、倒すなとは言っていなかった。
「擦り潰すのも、ちょっと。痛い目見せるくらいでいいよ。どうせ彼、魔術の才能ないし」
腕の一本くらいじゃ死なないし、良い落とし所だろう。バーサーカーに聞けば、「んー」と少し悩んだような声を上げた。
「マスターがそう言うなら、まあいいか。コイツ、アンタのこと舐めてっからよ。
磔とかどうよって思ってたんだけどなー。寛大なマスターに感謝しろや、なあ!」
腕が吹っ飛ぶ。バーサーカーは自分が切り落とすハメになった方を飛ばしたらしいが、そちらに令呪があったらしい。
「はい、令呪。切り落としたよ」
叫び声を上げる同級生を、わたしは蹴っ飛ばした。そのまま腕を持ち上げて、病院に行けばなんとかなるように止血をしてやる。
ああ、でも。万が一死んでしまったら、わたしの落ち度になってしまう。そんなことが心配になったので、取れた腕を反対向きに当てた。
「くっ付いたね」
「は、…あ?」
切り落とした腕はくっ付いている。曲げようとしても曲がらず、少年は脅威とはならない。“肘の内側を外に向けて付けてやった”からだ。
バーサーカーは馬鹿笑いをして「ひでえことすんなァ!」とわたしを非難する。
少年の絶叫を聞きながら、二人をじっとりと睨んだ。そんなことを言われる謂れは無い。だって実家で一度切除して、もう一度繋ぎ合わせたら元通りになるだろう。
一応は顔見知りである。殺すなんて酷いし、後遺症が残っても可哀想なので、魔術回路を壊したりはしたくなかった。
ほんの少ししか回路がないみたいだったし、ある分は大切にしないと。
「ウヒャハハハハ!魔術師ってのは、頭おかしいなマジで!親切心でンなことするのかよ!腕切るよりひでーじゃねえか!」
「腕より回路の方が大切だから。ひどくないよ」
「な、なんで生きてんだよ。おい、頭…吹っ飛んだだろ!?」
「吹っ飛んだけど、治ったから」
「キャスター!お前の爆弾、しょぼいじゃないか!なァ!頭くらいじゃ、サーヴァントは死なないんだよなァ!?おい!」
未だ消えていない身体を見る。
少しずつ砂になって行く肉体は、豪華な着物に蔦の家紋。品があって非常に寂びのある着物のセンスは、バーサーカーも「悪くねえ」とのことだ。
からんと器が転げた。そしてそれが割れて、分解されて空に消える。
バーサーカーがゲラゲラ嗤う。日本史に疎いわたしでも分かった。
相手は彼が最も忌み嫌う、返り忠クソ野郎のサーヴァントだったからである。
「頭ァ砕かれてもよ、死んでねえんだから死んでねえって事だろ!おおい!」
まあ概ねそう。
バーサーカーの笑い声に引き攣った笑みを返す少年に、わたしは教えてやった。
「ダメだよ。サーヴァントのこと教えたら」
少年は、彼女の悪辣な精神に戦慄する。
大人しそうで、従順な顔をした少女。いかにも優等生で、生真面目な印象を与える彼女は、想像よりも頭のネジのカッ飛んだ女だったのだろう。
少年のサーヴァントは頭を吹っ飛ばされて消滅したというのに、彼女のサーヴァントは頭を欠損してもピンピンしている。それを見た彼女も、平然としていた。
彼は知り得ないことだったが、彼女のバーサーカーは頭がおかしいから、嫌な方向にタフなのだった。
非常に打たれ弱い筈なのに、気が狂っているから立ち上がれるなら死んだと思わない。死んだと思わないのだから、霊核が有る限り立ち上がってくる。
普通、サーヴァントであっても頭を割られたら戦意消失するやつもまあまあ居るはずである。
そうならないのは、ひとえに彼が狂っているから。
こちらの魔術も都合が良く、立ち上がれる程度に雑に霊基を接着できる。怖い話だった。
それにしても。マスターが凡人だと、サーヴァントはこうも弱体化するのか。
わたしはバーサーカーを十全に扱えるよう、気を付けていこうと少年を見て思った。
そう伝えられたバーサーカーは「んー」と煮え切らない返答である。
「有り難え心掛けだが、配下に気を配る必要はねえよ。それに、万が一アンタがクソ弱えヤツになっちまってもなあ、」
「なってしまっても?」
「そん時は、もっと気合い入れて守ってやっから。そういうのは家臣の務めだからな、安心しとけ!
アンタは大将らしく、ドーンと構えててくれや!」
父には悪いが、こうなって正解だったと思った。
魔術師の素養が無い者では、サーヴァントを十全に扱えない。
加えて、魔術師らしい倫理の欠如も必須条件だろう。まともな感性をしていては、このサーヴァントと付き合えない。
万が一にわたしが魔術師として雑魚であったら。
森長可もまた能力を発揮出来ず、命令を無視して突っ込んで暴れるだけの雑魚になってしまっていただろう。
彼は忠臣キャラであるが、防戦よりも攻める方が上手い。
大将が自衛出来るなりなんなりで身の危険が無く、自由に動ける方が強いサーヴァントだろうと思う。雑魚になっても良いと言っているが、絶対にダメだと思った。
いや、森長可は絶対に忠義を尽くしてくれるが、わたしが弱ければ弱いだけ話を聞かず、より過保護になるような…そんな予感がするのだ。
「ところでさ」
わたしは至極冷静な態度で、真剣に少年を見た。
痛みで気絶することも出来ない彼は、涙も汗も鼻水も垂れ流しながら、わたしを見上げる。
「バーサーカーに着せるなら、何色が似合うと思う?」
▽
「茶器の趣味は良かったけどな」
バーサーカーは帰路、ポツリと言葉をこぼした。
唐突な話であるが、話題の飛び方はいつもこんなものである。先程のサーヴァントの事であると、わたしはすぐに直感した。
「そうなの?」
「おう。九十九髪茄子ってあんだろ。ありゃ、目ぇ付けた大殿が無茶苦茶言って没収したヤツなんだけどな。
あのクソ野郎は好きで集めてたからよ、ひでーことすんなあ!ってオレも思ったもんだぜ」
そうなんだあ!
わたしの顔を見たバーサーカーが、愉快そうに笑った。
戦国豆知識を話すと、絶対にわたしがウケるので味を占めている感じがする。
こういうところ、信長に寵愛された所以なのかもしれないとわたしは本気で思っていた。
織田信長は蘭丸に甘々であったが、そもそも可成が派手に死ぬ前から、割と森家に激甘だったからである。なにかこう、なんかあったに違いない。
単に、イケメンの可愛い笑顔に弱かっただけかもしれないが。
「殿下の趣味じゃ無かったらしいけどな。焼けて尚、寂びの増した良い器になってんじゃねえの」
そういうものなのかと驚く。わたしは、食器なんだから未使用の新品が一番良いのかと思っていた。
「おいおい。んなこたねえっつうの。ああいうのはよ、使えば使う程、それ特有の持ち味が出て来んのよ」
「持ち味?」
「同じ風に焼かれて造られた器でも、過ごした時が違えば別の風情があんだろうが」
わたしは関心する。こういうところで、バーサーカーは文化人らしい教養、そして風雅さがある。
効率と合理性のみを是とする、一般的な魔術師であるわたしには理解し難い感性であるが、全く知らない世界の話を聞くのは面白かった。
「茶器っつうのは育てるもんだぜ。ありゃ大殿と寺で焼き上げて、更に茶々様とも城で焼き上げて完成っつうとこか!ヒャハハハハ!」
ロクでもない見解も聞いてしまった。
「まっ、別に育てんのは茶器に限った話じゃねえ。マスターの茶の湯も、オレ好みに育ててやろうか?」
茶人も茶器も人が育てるものらしい。
興味もあるし、有難い申し出ではあったが、わたしは辞退した。かなり甘党のわたしは、抹茶が苦いから苦手なのである。
「あー、そうかよ。んじゃ仕方ねえな」
バーサーカーは思ったよりもあっさり引き下がる。
彼が茶の湯に傾倒しているのは知っていたし、それが良いか悪いかはさておき、マスターに対して尽くしたがる忠臣気質も知っている。
茶を押し付けられるかと覚悟していたが、そうではないらしい。
わたしは彼を評価し直したのだが、同時に不思議そうにも見てしまったのだろう。
言おうとせんことが分かったらしいバーサーカーは、そもそもの本質についての解説をしてくれた。
「茶の湯ってのは、持て成す心も重要だからな。苦手だっつうヤツに、自己満足で点てんのは違えのよ」
そういうものなのか。
無趣味で長らく生きてきたわたしには、大変奥深い世界と考え方である。
「そんじゃ、マスターには特別に汁粉でも淹れてやっか!」
「おしるこ?」
わたしは少年の口をこじ開けながら、バーサーカーに聞き返す。
「おう!めでてえんだぜ、汁粉はよ!」
めでてえらしい。
そうなんだと軽く流して同級生の歯は見た。ガタガタである。怯えで噛み締めたエナメル質は削れ、欠け、非常に見苦しい歯並びになってしまった。
何故まだ同伴してるかと言えば、わたしは彼に邪魔をしないで欲しかっただけで、死んで欲しかったわけではないからだ。
放置していて死んでしまったら、わたしを雇用した彼の実家にも減給されてしまう。
そう話せば、バーサーカーが運んでくれると言うので、そのまま教会に置いて来るつもりなのだ。
「何点だよ、マスター」
「三点くらい」
バーサーカーはおかしそうに嗤った。同じく抜けてガタガタの歯並びをジャッジされたというのに、明らかに自分は贔屓されていたからである。
少年を殴って昏倒させたわたしは、血を人の服で拭って立ち上がる。「おい。そりゃダメだろ」と品位溢れるサーヴァントに注意された。
殺しは良くて、人の服で血を拭うのはダメと来たか。
「殺したヤツの服で拭うのは武器が先だぜ。汚れてたら、刃先が綺麗になんねえからな」
あっ、そういう感じ?
わたしは武士の作法に明るく無かったが、ブッ殺した相手の魂が宿る部分というか、死後敬意を向ける部分は首だけだったのかもしれないと思った。
バーサーカーはこんなだが、思えば首にはそこまで酷いことをしないような。ムカつくと言って身体は滅多刺しにするのだが。
「まっ、オレはサーヴァントだからよ!人の着物で血い拭わなくてもいいんだけどな!」
いうて面倒くさがって、魔力を編み直さない癖に。
血塗れ血みどろの槍からは、相変わらず血が滴って落ちている。キャスターと、少年の血を吸った曰く付きの逸品であった。
わたしはふと、立ち止まって自販機を見る。
ジュースの隣は有名な自販機アイスの売り場があって、わたしはチョコ入ってるミルクのやつが好きだった。
血みどろの口腔内は、さぞネッタリしていて気分が悪いだろう。
バーサーカーを見れば、珍しく意図を汲めないらしく少し不思議そうな顔をしている。わたしはコーン付きの抹茶を押して、空いてる方の手にアイスを握らせた。
ついでにわたしもアイスを購入し、紙を剥いで捨てた。そしてバーサーカーにアイスを一口分けてやれば、バカみたいにデカい歯形が付いたし、なんか血もついた。
無言でもう一本購入し、食べ掛けのものから口を付ける。
「んだよ、褒美か?」
「褒美じゃない。褒美は洋服。明日は調査が居るので、本屋さんに行く」
「あ?何言ってんだマスター………ああ、そういうことかよ!」
何がおかしいのか、バーサーカーはゲラゲラと馬鹿笑いをする。
わたしはなんでだよと思ったものの、特段言及せずに流す。今考えるべきは、バーサーカーにどんなスカジャンを買い与えるかだった。
まずは本屋でファッション誌を買い、最新のトレンドを追う。真剣に取り組まなくては。
「アンタ、そういうとこちょーっとズレてんよな。まっ、いいけどよ!有り難く頂戴するわ!」
バーサーカーは今日も、非常に楽しそうである。
[chapter:楽しく生きて嗤って死ね]
神仏とか天罰とか全然信じてないわたしも、流石に暴れ千切った代償だと思う。
「人質ってよ」
「うん」
「やっぱよ、首だけ帰したらバチ当たんのかもな」
「当たり前だね」
「寺とか燃やしたら、来世まで祟られるのかも知んねえよなあ!」
「燃やしたの寿司屋じゃん」
「じゃあ問題ねえわ」
問題しかなかった。
寿司屋は祝い事を行う神聖な施設だから、営業妨害をした罰を受けたに違いない。
わたしたちは数日足らずでアッサリと他陣営に捕捉され、手酷い不意打ちを受けた。聖堂教会に討伐対象として報酬を賭けられ、他陣営から袋叩きに遭ったのである。
幸いだったのは、こちらを制した相手の詰めが甘かったことか。まあ負けてしまったけれど。
若いマスターの後ろ姿を見て、舌打ちをひとつ。彼らはロクに死亡確認もせず戦線離脱する。
勝敗が決まった時、ブチ抜かれたのはわたしの身体であった。寸でのところで離脱してやったが、最早虫の息だ。
魔術回路はぐちゃぐちゃ。内臓もぐちゃぐちゃ。
寿司も混ざってるだろうな、と遠い心地になる。まぐろ美味しかった。
即死だと思ったが、辛うじてわたしは生き長らえている。
有り得ないくらい高出力のフィンの一撃がはらわた目掛けてブチかまされた瞬間、バーサーカーが割って入ったからだ。よくもまあ、身を呈して。
てかなんだよガンドって。ふざけるんじゃねえ。サーヴァントで戦え。そういう儀式だぞ。
相手取ったマスターに文句を言っても、既にあちらは居ない。わたしの悪口を、バーサーカーが聞いているだけである。
「きみが突っ込まなければ勝ってたんだぞ」
意地悪を言えば、バーサーカーは申し訳なさそうにした。
殊勝な態度を取るとは、珍しい。明日は槍でも降るのだろうか。わたしは負けてはいたけれど、この顔を見れたなら別に良かったかもなとも思った。
「悪いなァ。オレはよ、そーゆうの考えるの苦手なんだわ。不意打ったクソ野郎が居たからよ、オレのマスターに良い度胸じゃねえかって思って、ブッ殺しに行っちまったわ」
知っている。森長可がそういう男であると。
間違いなく彼は狂人である。クラスの呪いとかじゃなくて、彼自体が正真正銘に。いかれ。あたおか。戦国社会適合者。
だけれど、彼は驚く程に身内想いだ。良かれと思ってそうしたのだと分かるから、わたしは責める気になれなかった。寧ろそれを尊く思う。
痛む臓器を無視して笑えば、消え行く彼も笑う。
彼も膨大な魔力に貫かれた上に、相手に滅多斬りされていたから相当キツイ筈なのだが。気を遣って魔力を回せば、手で制される。
そうして急に真面目な顔をして、珍しく静かな声で言った。
「なァ、アンタずっとつまんなさそうな顔してたぜ」
つまんなさそうな顔。
そう言われても、わたしはそれ以外を知らなかった。魔術師として生まれたから、魔術師らしくと育てられた。そこに疑問も反抗も無い。
無い、筈だった。
「オレは楽しいから殺す。楽しいから暴れる。何をするにも楽しくなきゃやってらんねえ。
まあ此れでも大名だからよ、気が進まねえこともやるけどな。やってみたら案外面白ェし」
知っている。そういう人だと、近くで見ていた。
「それでよ。なんつーか、よ」
珍しく歯切れの悪い言い方だ。
もう既にわたしは吹き出しそうだった。森長可は身勝手で、己だけの楽しみを追求していると思っていたのが。
それが、全くの勘違いであったと知ったからだ。
「楽しかったか、マスター」
喉に血が絡んで、答える声すらも出ない。だから代わりに思いっ切り笑ってやる。
ありがとうとパス越しに告げれば、バーサーカーも楽しそうに笑う。それはそれは嬉しそうに。
わたしは、たのしかった。森長可が居たからだ。それに今更気が付いて、笑う。親が死んでも何も思わないような、模範的な魔術師だった筈なのにと可笑しくなる。
きっと彼は最初から、わたしを喜ばせようとしていたのだろう。
狂った倫理観で、タガの外れた価値観で、どうにかこうにか此方を喜ばせようとしていたのだと、今なら理解が及ぶ。
もう少し早く気付きたかったところであるが、気付いただけ偉い気がして来た。暴力が過ぎて、分かりづらすぎるんだよおまえ。
またひとつ、笑いが溢れる。
「やっぱアンタは笑顔が良いな。最高に侘びてっからよ、自信持っていいぜ!」
大きな手がわたしの頬を撫ぜて、薄くなって行く。
「じゃあな、マスター。楽しく生きろよ」
最後まで愉快な男であった。人への賞賛が侘びてるだなんて。茶器と一緒にするんじゃねえとまた笑えば、あばらが肺に突き刺さった気がする。
だけれど、心の底から楽しかったと。こうなったことに後悔は無いと、そう胸を張って言える。
わたしは意地でも生きてやるべきだろう。
それがバーサーカーに対する─────父親や弟のように身を挺して主人を守らんとした、彼に出来る最大の報いで、お礼である筈だ。
正直なところ、普通に死にそうではある。回路はめちゃくちゃだし、血も流れすぎた。
同じ目に遭った魔術師の九割以上が死にそうなダメージを負っているが、気合いと根性見せたるわと嗤う。
また一つ笑ってやれば、血反吐が飛び出た。
落ちた血が皿に注がれた醤油のように広がって、それがなんだかおいしそうで、今度は回転寿司に行きたいと思った。
寿司は祝いで、うれしいこと。
わたしが、魔術師の自分が、本来獲得出来ずに終わる筈だった意志。バーサーカーと寿司を食べた思い出。それが、自主的な望みを─────願いを抱いた、きっかけだった。
そう思えることが面白くて、楽しみで、わたしはまた笑う。
立ち上がって、傷を押さえた。固着した肉は、確かに塞がっている。見上げた星空は眩かったが、こんなものにわたしは願わない。
わたしが願うのは、祈るのは、寿司にだ。寿司。また明日も、生きて寿司をたべて。たのしく生きようと思える。
寿司屋の輝くパネルは、つまらない町を彩っていた。わたしの人生を照らして、あれこそが“よろこび”なのだと教えてくれる。
それが、バーサーカーがわたしにくれた、祝福だったのだ。
人生の楽しみは、無限。尽きる事なく、わたしはそれを謳歌する。
彼が与えた喜びを、楽しさを、これからも沢山手に入れていく。生きて帰って、寿司をたべて。
死にそうだし、教会からは手配されてるけど。逃げながらでも、わたしは新しい“やりたいこと”を探すだろう。
それもまた、悪くないと思えるのだ。
破天荒で、頭がおかしくて、身内想いの、バーサーカーのおかげで。