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レヴィンをイラつかせるプロ

性能厨とtierSSSの続きになります。

「レヴィンになら、安心して君を任せられる」

 我が敬愛してならない最優のお方、シグルド様のお言葉である。
 ナマエは突き放されたような気持ちだった。彼はナマエの困り顔が好きだと公言する男で、第一王子で、神器の継承者である紋章持ちだ。

 対するナマエは神道に殉じ、身分を捨てた女。

 某系ではあれど、所詮正妻の子でない、戯れだけで産み落とされたヴェルトマーだ。

 何もかも不安しか無い。存外レヴィンは強引な男だったからだ。
 案外とせっかちで気の早いレヴィンは、ナマエがシグルド様と別れの抱擁をしようと伸ばした手を掠め取って、そのまま引いて帰ったのである。

「シグルド様の抱擁が!」

「抱擁くらい、俺が幾らでもしてやるよ」

 ナマエを後ろから抱き込んで…というか、半ばヘッドロックしたレヴィンが耳元で言う。あすなろ抱きと言えなくもないが、大凡ヘッドロックであった。
 そのままくるりと回されて、レヴィンの胸板にナマエは飛び込む。隙あらばボディタッチを試みるレヴィンは、いつもこんな調子であるのでナマエも特に動揺はしない。腰に腕が回って身体を密着させられても、別に普段通りである。
 傍から顔を出してシグルド様を見れば、彼は困った顔で笑っていた。
 
「シグルド様はこれっきりなのですよ!?」

「悪いな、シグルド。ナマエがこんなヤツで…」

「ははは…ナマエ、あまりレヴィンを心配させないようにね」

「私の心配ではなく…?」

 ナマエは生家のヴェルトマーに顔を出すことも、母の実家があるエッダに一時帰還することもなく、そのままシレジアに放り込まれた。

 城でラーナ前王妃に命じられ、マーニャとパメラにディートバが変わる代わるナマエへシレジアの常識を教えに来た。
 生まれがグランベルの長閑な温地であるナマエは、雪国の過ごし方など分からない。彼女たちのおかげで、凍えずに毎夜ぬくぬくと過ごせていると言っても過言でない。

 夜になればレヴィンやラーナ前王妃と談話をしながら食事を摂り、彼に連れられて毎日どこか適当に散歩をする。そうして数十分程、レヴィンと二人で話をするのが日課であった。
 それが終われば、部屋まで送り届けられた。部屋のドアの前で抱擁をされて、額に口付けを落とされる。ナマエは未だに慣れなかったが、少しだけ抱きしめ返すことが出来るようになった。

 そしてシレジアの文化に慣れて三ヶ月程か。最初こそレヴィンはナマエに手を出さなかったものの、ある日突然呟いた。

「もう良いだろ」

 そう唐突に言ったレヴィンは、それを境にガンガン来るようになった。
 人目も気にせずナマエを引き寄せ、城の長い廊下で口付けをする。母君に頼まれ迎えに行けば、用件を言う前に口説かれる。政務が終わるのを待っていれば、空いた手で指を遊ばれる。

 当然、節度!節度!とナマエは抗議した。しかしレヴィンの返答はこうである。

「お前を連れ帰った意味を、城の奴らが分からない訳がない」

「ええっと…?」

「ナマエに俺がちょっかいを出しても、微笑ましく見守られるだけだってことだ」

 そう言ったレヴィンは、おやすみの口付けをしてナマエを抱え込んだ。
 落ち着かないナマエを他所に、毎日公務に追われるレヴィンはすぐに規則正しい寝息を立てる。人の気も知らないで…と遠い目をする此方を置いて。

 いつの間にかナマエの部屋は消失して、レヴィンの部屋と統合されていた。着る服もナマエの意見ではなく、レヴィンの好みが反映されている。
 それは露出の高いものでなく、寒色の落ち着いたものが多い。
 濃紺に金の飾りと調和の白。よく言えば嘗てのレヴィンのような。悪く言えばナマエらしくない、小洒落た衣類を宛てがわれて、着せたレヴィンは満足げに頷くのだ。

 かと言えば実家のヴェルトマーらしい黒赤金のようなドレスを与えられて、彼方もシレジアらしい白青金の衣装で出て来る。エッダらしい質素な服は好みではないのか、着る機会はないが。
 なるほど。レヴィンは自分だけでなく、女を着飾らせるのも好きな、オシャレな男だった。

 いつものように着飾らせられたナマエは、寝巻きすらも段々とレヴィンの趣味に寄せられていくのを感じていた。
 最初こそ寒冷なシレジアに適した厚手の生地であったが、レヴィンと部屋を統括されてからは明らかに薄いのだ。抱きしめ合って寝て下さいとの圧を感じる。

 謎のピロピロのついたテラテラした生地は、指で摘むと光の反射で輝く。
 じっとりと薄くなった服を睨み付けていれば、横から手が伸びてナマエをベッドへ引き寄せた。振り返らずに「レヴィン」と呼び掛ければ、なんとなく上機嫌な風な声色が返って来る。

「似合ってるな。流石、俺の選択と言ったところか」

「そうですか?」

「ああ。かわいいよ。けど、おまえ不満げだな。好みじゃなかったか?」

「いえ。かわいいとは思いますけど…これ肌寒いのですが」

「そりゃ悪かったな。ま、俺も居るんだ。寒さなんか感じないだろ」

 そう言うとレヴィンはナマエの背中に手を回す。尻のスレスレに手を置いて、腸骨に指が掛かった。
 ゾワゾワして思わず仰け反るナマエを見て、レヴィンはニヤニヤ笑った。そして口付けを…まではいつも通りであったが、今日は調子づいているらしい。
 いつのまにか上に移動した手が顎に添えられる。親指が優しく口を開いて、隙間に舌を捩じ込まれた。上顎を強引に舐められて、舌先を吸われる。漸く解放されたと思ったら、レヴィンは人の唇をペロリと舐めた。もう一回…という雰囲気を感じたナマエは、紅潮しながら口を掌で隠す。

「…もう寒いとか、無いんじゃないか?」

 レヴィンはおかしそうに笑った。確かに寒くはないが。
 顔も指も熱くて、毛布が暑いくらいである。

 ナマエはレヴィンを睨んだが、彼方は余裕そうに笑っているだけだ。そしてゆっくり指を伸ばして、ナマエの服に手を掛けようと…手を掛けようとしている!
 ナマエはパニックになった。脱がされるということは、このまま子供を作るということだ。いやそうじゃなくてただのお戯れかもしれないが、ナマエが第一子を産むのは不味い。
 人の未来は見えるが自分の未来は見えないナマエが、もしもシレジアの王にそぐわない子供を産んだらどうするのだ。

「だ、だめです」

「うん?なんでだ」

「レヴィンの第一子を産むつもりはありません」

 もっと、ちゃんとした女性を正妻として娶って、こんな愛人のような女でなく────。その思いは、雑な言葉で放出される。

 怪しい理由で拒まれてしまったレヴィンは、暫く固まった後に、深く笑みを刻む。ナマエは何か不味いことを口走った自覚はあるが、パニックで何を言ったか分からない。
 肩を軽く押されたナマエは、重心の傾きのままにベッドへ沈んだ。

「な、なんでえ!」

「おまえが悪いだろ、どう考えても」

 呆れた声でそう言ったレヴィンは、呆れが半分、怒りが半分と言った顔だ。
 それもその筈で、レヴィンは内心“どうしてやろっかな〜コイツ…”とイライラムラムラしていたからである。

 だってここまで酷く長かった。レヴィンが思い返すのは、彼女がシレジアに居る経緯だ。

 ナマエをシレジアに迎え入れる時、まず第一にシグルドという強敵が立ち塞がった。

 ナマエはシアルフィ家に雇用され、シグルド軍に所属している軍師である。
 学生時代から共に勉学に励み、気心を知った同僚であるナマエをホイホイ彼が渡すと頷く訳もなく、レヴィンはまずシグルドに懇切丁寧にナマエを大切にしたい旨を話した。
 最初は死ぬほど照れ臭かったが、段々ヤケになってきて最早どうも思わない。

「レヴィン。ナマエは君の好意に気付いているのかい?愛していると伝えたか?
彼女とは士官学生からの付き合いだが、私と同じであまり鋭い方ではないよ」

「いやいや、それはないだろ。俺はナマエが好きだと言った。口付けもした。こうして王妃として迎える為に、根回しもしている。
あいつ、情勢や政略については勘が良いだろ。流石に…なあ?」

「確かに、ナマエは目敏いな。エルトシャンと一緒で、武芸の学科よりも施政や軍議の方が得意だったし…」

「そうだろ。だから、シグルド。おまえが許してくれるかどうか…俺たちにとって、それは大切なことなんだ」

「…分かった。非常に名残惜しいが、それほど愛しているのであれば、私が引き止める理由は無い。レヴィン、我が友ナマエを宜しく頼む」

 そうしてシグルドをどうにか口説き落とした後、次に障害となったのはナマエの実家である。
 ナマエの実家は殆ど没落しており、彼女の家の領地はクロード神父のエッダ公爵家が代理で管理している。これが並の貴族なら、適当に放棄させれば良いのだが、そうは行かないのがクロードだ。

「ナマエの家の物はナマエの物です。彼女は放棄すると言うかもしれませんが…あれらは代々受け継がれた大切な品々。あの子と共にあるのが正しい姿だと思いませんか?」

「冗長過ぎる。つまり、どういうことだ」

「彼女の家の家財、宝石、歴史的遺産…すべてシレジアに運び込み、民たちが閲覧出来るよう、何処かで…そうですね、展示会でも開くとよろしいかと。
なに、嫁入り道具とでも思えば良いでしょう」

 エッダからシレジア遠過ぎる。
 ヴェルトマーからならば良いが、シレジアからエッダは間にヴェルトマーが挟まってくる。しかし全て運び込まねばクロードは結婚を許さないと言うのだから、レヴィンは馬車を手配し、貴重な骨董品や聖遺物をちまちまと運び出させた。ナマエの実家はエッダの端なのもキツい。
 …今思えば、それら全てはブラギの神に連なる一族の貴重な遺産で、どれもがブラギの信徒にとって神聖な絵やら道具である。クロード神父による、エッダの神の布教の一環ではと思わなくなもない。

 というか、多分そうだった。
 あんなに善性だけのような、人畜無害そうな顔をしておいて、クロードは食わせ者だった。

 そして最後にヴェルトマー。
 ナマエはヴェルトマーを出奔しているが、あそこの兄妹が仲が良いのは明白だ。勝手に連れ出して勝手に嫁にしたら、どうなるか。
 シレジアとヴェルトマーは全くと言って良いほど外交をしておらず、正直あんまり行きたくないのが本音であったが、ナマエを気持ちよく嫁に迎えるには外交必須だろう。

 レヴィンは心を決めてヴェルトマーを訪問したが、意外な形でそれは終結する。

「兄さんは多分、憎まれ口を叩くから…」

「まあ…そうだろうな…」

 ナマエとアルヴィスは仲が悪いわけではないが、劣等感を覚えるアゼルとは違い、ナマエは反発心を抱いている。万が一顔を合わせて悪態を突き合うこととなれば、流石にナマエも気にするだろう。
 彼も彼なりに、彼女を大切にしているので出て来ないらしかった。

「ナマエを…僕の姉さんをよろしくね」

 後日きっちりシレジアにはナマエの私物とヴェルトマーの婚姻衣装が届いて、彼らなりに祝福はしてくれているようだった。
 ただ多分、揉めて彼女を実家に返すようなことがあれば…レヴィンはただでは済まないだろう。

 そういった経緯を経て、ナマエは此処に居る。
 レヴィンは好きな女の子を諸外国に頼み込んで引き取らせて貰って、自分の国へ迎え入れた後も毎日欠かさず熱心に口説いて、かわいい彼女に似合う衣装で着飾らせ続けた。

 こんなに大事にして、手を出すのも我慢していた。
 シレジアに来てからではない。軍に居る時から、彼女と初めて話した日から、ずっと辛抱強く待っていたのだ。大切にしたかったし、ナマエは恋愛が苦手であったから。
 彼女はいつもフラフラしていたし、レヴィンもそうしたかったので、牽制と実益も兼ねて幾度無く抱き寄せまくっては来たが。

 ナマエは誰がどう見ても正妻で、シレジアの王妃で、恋愛結婚である。
 それに、レヴィンには非常に都合が良いことに、ナマエは家臣が誰も異論を唱えないほどに血統が申し分ない。彼女はヴェルトマー公国の末席でありながら、ブラギの血も引いているのだ。シアルフィとのコネクションもある。シグルドとマンスターの王子の同窓と言う時点で、ノディオンの獅子王とも友人であるのは明白であったし。

 アゼルの血統を褒め称え、レックスに独身で終わるのは勿体無いと豪語していた彼女が、結局その二人より断然血統が良かったというオチである。
 当人は実家の支援の有無という政治的価値ばかり見ているから、自身の血統にメリットを感じていないようだったが。

 ナマエがただの平民であれば、ここまで囲うことは出来なかっただろう。…いやここまで苦労して引き取ることもなかったのだが。
 あとは本当に、ナマエがレヴィンに靡くだけ。それだけだったのだ。

 だがしかし、ナマエはレヴィンの好意に応えることなく、というか────寵姫であることもよく分かっていない様子で、舐めたことを言っている。

「だって、本当の事では無いですか!私は末席の貴族というだけなのに、レヴィン殿はシレジアの王子で…」

「王子だから、なんだって?」

 レヴィンはナマエの足を持ち上げて、指先を唇でつついた。ナマエはこそばゆくて小さく声を上げる。

「ちょ、ちょっとお!何してるんですか!」

「なにって、見たら分かるだろ」

 そのまま少しずつ指は上がって、内腿にちゅちゅとわざと音を立てて唇を落としていく。
 レヴィンはいつも、困るナマエを見てニヤニヤ喜んでる節があるが、今回ばかりはそうでは無い。ただ淡々と、怒りをぶつけるように肌に触れてくる。
 くすぐったくて変な気分になるのと、あと純粋に怖くてナマエはそれを制止した。

「ダメですってば…!」

 思わず腿で挟めば、それを予想していたらしいレヴィンが力任せに太腿を開いた。彼らしからぬパワープレイに、ナマエはビビりながらレヴィンを見る。

 恐ろしく穏やかで、まるでクロードのような笑みのレヴィンと目が合った。風の吹かない湖のように凪いでいる。

「へえ。そうかそうか」

 背中の紐を引っ張られて、腰布が床に落ちる。手を伸ばして掴もうとすれば、腕から服が引き抜かれた。イタズラな突風のように、ナマエの服を自然に剥ぎ取っていく手際の良さに若干笑いそうになったが、笑っている場合ではない。
 胸当てと下履きだけになってしまったナマエは、ベッドに落ちる布を引き寄せた。手繰る動きに合わせて、レヴィンの顔が一気に近付く。

「レヴィン殿…!怖いです!顔がこわい!」

「お前が煽るからだろ…」

 それはレヴィンのスカーフで、ナマエはやってしまったと痛恨のミスを知覚する。なんでこんな長いスカーフ巻いてんだバカ!と怒鳴ろうにも、この場の変な空気がそうはさせてくれない。
 顔が近付いて、口付けを落とした。長い睫毛が伏せられて、緑の瞳が薄く覗き込む。そのまま何度も啄まれて、ナマエは本当にどうしたら良いかわからなくなる。

 困り果てたナマエを見て、レヴィンはクスクスと笑った。普段のような馬鹿笑いではなく、随分上品に笑うものだから、嫌でも雰囲気というやつを感じ取ってしまう。

 腕が伸びて、抱き締めたスカーフを取り払う。そのまま自身のものごと床に投げ捨てて、乱暴に倒された。
 おっかない顔のレヴィンが、ナマエをじっとりと見下ろしている。元々目付きが良いわけではないが、彼の苛立ちと焦燥で益々鋭い。
 それは彼と仲が良くは無かった頃に、何度か向けられた目に似ていて、ナマエは心が折れてしまった。

「や、やだあ…ほんとにやだあ…怒らせてごめんなさあい…」

 ナマエはメソメソと泣き出してしまう。自分には血統が勿体無いと思って拒んでいるだけで、ナマエはレヴィンのことは好きだった。
 第二子以降を生む側室としてならば、二つ返事でお願いするだろうと思うくらいには好きだが、この状況は本当に嫌だった。

 その場の流れで、なんだかちょっと怖いレヴィンと、第一子を作る。
 嫌なことが三つ折り重なっている。あとやっぱり、レヴィンがちょっと怖い。

 泣いたら逆に盛り上がらせてしまうかも、とナマエは上にのしかかっているレヴィンを見たが、意外にも彼は悲しそうな顔をしていた。そしてナマエは急激に肝が冷えるのを感じる。
 レヴィンはやっぱり性根は優しい男で、ああさせたのも、こうなっているのも、ナマエの浅慮が招いたことでもあるからだ。

「…悪かったよ」

 悲しげに呟いたレヴィンは、ナマエの上から退いた。
 そうして背を向けて、バツが悪そうに衣服を横に置く。それを手繰り寄せながら、鼻を啜って起き上がった。

「…そんなに俺のことが嫌だったのか。嫌われてはいないつもりだったんだけどな」

「えっ…!?」

「だが、どれほどお前が嫌おうと、俺はナマエを妻として迎える。…悪いが、早く諦めることだ」

 押し倒されたり泣かされたりしたナマエはギョッとする。感情の発露が上手くいかない。
 寂しげな背中は酷く小さく見えて、ナマエはどうにかしなくてはいけないと思った。しかし、前述の通りに頭は半ばパニックである。だから困って、衣類を投げ捨ててレヴィンの背中に飛び込んだ。

「それは違います…」

 ナマエはもう半裸だが、レヴィンはきっちり服を着ている。
 さらさらとした布地がくすぐったい。細い腰に腕を回して、背中に頬をくっ付けた。魔法を扱う彼は、炎の剣を振り回すナマエよりもスレンダーな気がしている。こんな時だが、ずるいと思った。

「気を遣わなくていい。好きな女にそうされるのは、酷く惨めだからな」

 そう言う割には、どくどくとやけに速い心音が耳に響く。満更でもないらしい。カッコつけたがりの、可愛い人である。
 ナマエだって、心拍が早鐘のように鳴っている。言葉はきちんと伝えなくては分からないのだ。

「レヴィン殿のことは嫌いではないんです」

「それに俺が付け込んで、無理言ってシグルドの元から連れて来ただけだろう」

「そ…れは…そうなのですが…」

 それは本当にそうだったのでナマエは口籠る。レヴィンが無理言ってシレジアに連れて来たのは本当にそう。ナマエはトントン拍子で引き取られた。絶対めちゃくちゃ手回しされていた。
 いや、それは一旦置こう。ナマエはこういうところが良くないのだ。流されて、人の気持ちも自分の気持ちも理解し合えないままなあなあになる。

 黙りそうになるのを堪えて、手繰り寄せた服を被った。とりあえず服を着ないと不安だったのである。
 これレヴィンの上着だ!ナマエは自爆する。困って一瞬フリーズの杖を受けたように固まった。

 しかしこんなことで退いてレヴィンと仲違いしたままなのは、もっと困る。ナマエは背中を向けるレヴィンを強引に回した。
 無理に座り方を変えられたレヴィンが驚く。

「なにがしたいんだ、おまえ…」

 レヴィンは呆れた目でナマエを見た。此方はパニックでどうしたらいいか分からなかったのである。
 向き直した彼の服を、今度こそ自分の意思で掴んだ。レヴィンはナマエと同じように、哀しいような、困ったような顔をする。

「同情してるのか?勝手に舞い上がって、おまえに怖い思いをさせた俺に」

「違います!そうじゃなくって…あの、その…」

「無理をするな。嫌なら嫌で良い。悪いのは俺だからな。婚儀のことだって、ナマエが嫌なら…」

「ほ、ほんとに好きなのに…!レヴィンが大好きなのに!」

「はあ?」

 渇望していた言葉に、レヴィンは思わず口が悪くなった。ナマエは今なんといった?
 彼女が落ち着くまでは近付かまいと決めていたのに、決心はグラグラである。きちんと身体を振り向かせ詰め寄れば、眉が困ったように下がる。

「その態度やだあ…」

「あーあー、悪かった。悪かったって。優しくするから…………もう一回言ってくれ」

 対するナマエは、思いの外レヴィンを不安にさせていたらしいことを知る。
 ナマエはレヴィンが大好きだったし、それを態度で示していたつもりではあったのだが、あちらはそうは思っていなかったようだ。
 そもそも、“嫌われてはいない”つもりでナマエと接してたようなのだから。

「好きだから逃げなかったのに」

 しかし大前提として、好きだからシレジアに居着いている、ということを理解されていなくてナマエは少しショックを受けた。
 嫌いな男が優良血統でフォルセティだからって、ノコノコついてくるようなヤツに思われてたのか。それは流石にひどいとナマエはおもう。

「レヴィンからフォルセティが無くなっても、他の女の子すきでも、これから捨てられても、それでいいから居るのに」

「待て待て。俺がいつそんなことを…」

 レヴィンは内心酷く焦った。他の女が好きだった覚えは無い。いや、確かに彼女と出会う前は気になっている女の子は居たが、あくまで気になっている止まりだ。
 ナマエに興味を抱いてからは、ずっとナマエ一筋であったし、娶ると決めてから一度だって他の女に手を出していない。国とフォルセティを継がせるならば、愛した女との子供が良いからだ。

 しかしナマエは思うところがあったようで、おずおずと言った。

「レヴィン、ティルテュのことが…」

「それはお前が俺とくっ付けようとしてた相手だろ…」

 以前、ナマエは軍師として、エッダの占い師としてレヴィンとティルテュを成立させようとしていた。
 彼女の暗躍で、確かにレヴィンは仲間の中ではティルテュが結構好きだった。一緒に進軍して駄弁っていれば愛着も湧く。だが、あくまで好き止まりで、それは特別愛しているということではない。

 そもそもナマエが推してた組み合わせだろうが、と悪態を吐きそうになったが堪える。別に彼女を責めたいわけじゃないのだ。

「あとシルヴィアとフュリー」

「あれは…いやなんでもない」

 否定しようとしたが、気になっていたのは本当のことだ。それにレヴィンのことで二人は揉めている。言い逃れするのは少し卑怯だろう。
 ナマエは自分への好意は鈍いが、軍内の人間の恋愛進行には異常に目敏かった。隠す方が愚かである。
 レヴィンが黙って聞いていれば、ナマエは小さな声で続ける。

「エーディンもアイラも好きだった…。マーニャさんも好きだったでしょ…」

「普通に好きなヤツくらい、生きてたら増えるだろ…
同じ軍で足並み揃えて進軍して、なんとも思ってなかったらどれだけ朴念仁なんだ」

「それは…うん…」

「そもそも、なんだ。あー、笑うなよ」

 レヴィンは照れ臭そうにそっぽを向いて、片手でナマエを引き寄せた。
 そのまま腰に手を回す。いやらしくないように、これ以上嫌がられないように細心の注意を払っていたが、そう思わせない無造作な動きで彼女に触れた。

 嫌がられて燃えたのは、共に従軍していた時の…恋人ですら無かった際の話で、今はもうナマエに拒まれたらと思うとレヴィンは本当に辛かった。普通にめちゃくちゃ好きなのである。愛した女を泣かせるのは構わないが、嫌がられるのだけは勘弁被りたい。
 惚れた方が負けというが、実際その通りだと痛感していた。

「お前のことが特別好きだから、こうして無理にでもだな…」

「とりあえず手籠にしようとしたの?」

「…あのなあ。もう少し言い方が……まあ、否定は出来ないな。俺はお前が心変わりをしない内に、どうにかして口説き落としたかったからな」

「もっとちゃんと言ってよお…」

「言ってただろ。本気にしなかったおまえが悪い」

 メソメソと文句を言うナマエにときめいたレヴィンは、ナマエの涙を指で拭う。本当は舐めてやりたいところだったが、泣いてる好きな女の子を追い立てて喜ぶ程けだものではない。
 なんだかんだで、彼女を大切にしたいという気持ちはずっとあるのだ。

 レヴィンには、ナマエを強引にシレジアに連れて来た自覚があって、彼女が困っていることも分かっていた。
 だから負い目があったし、自分よりも好きな相手が居たかもしれないと思っていたのだ。ナマエはクロードやアルヴィスとかなり親密であったし。

 だが実際はこうだったし、レヴィンが好きだと泣いている。それが嬉しくて、最低だと思いながらナマエを抱き竦めているのである。

 結局、めんどくさい男とめんどくさい女の迷惑な仲良しカップルだったのだ。シグルドはそれが分かっていたのである。
 すんすんと鼻を啜って、落ち着いたナマエは賢者のように悟った目をする。

「…やっぱり気の迷いでは?」

「好きじゃなかったら、このままメチャクチャにしてるんだけどな」

 レヴィンはナマエを膝の上に乗せて、ぎゅうぎゅうと抱き締める。
 恋人同士の抱擁と言うよりかは、やっぱムカつくから締めているという感じであった。