※人理と契約しなかった座に居る方の坂本さん(notライダーnotランサー)(オロチに鉾を突き立ててしまった方)(悪霊がない正規の状態)です。
ナマエが召喚したサーヴァントは、大当たりでだったが大外れでもあった。
「僕はセイバー、坂本龍馬。君が世界の味方である限り、共に戦おう」
星が弾けたような心地である。
目の端がチカチカと散って、世界が輝いて見えた。
▽
「坂本さんは、好きな食べ物とかありますか?」
「僕?僕は鯖が好きかな。マスターは?」
「わたしは坂本さんが好きですね」
「あはは…それは、ありがとう?」
ナマエは坂本龍馬に恋をしてしまっていた。
一目惚れというやつで、彼の穏やかな佇まいの奥にある、少しの寂しさと言えばいいか。そんなところに、惹かれてしまったのだった。
「本当に好きなんですけどね。坂本さんは、わたしとの恋愛はダメな感じですか」
「そういうわけじゃないさ。でもほら、僕たち主従だろ。マスターとそういう関係になるのは、今の所控えた方が良いと思うんだ」
「じゃあ、全部終わって坂本さんを手元に残したら、一考してくれたりしますか?」
「その時は誠実に考えるよ。でもほら、今は、ね?」
坂本龍馬は血溜まりを指差した。聖杯戦争が終結するまで、彼はまともに取り合ってくれなさそうである。
坂本龍馬はあんまり敵陣営を殺したくは無いようだったが、ナマエはバリバリの武闘派で、殲滅主義であった。だから敵陣営を皆殺しにして、これ以上の追撃も来ないことを確認してから駄弁っていたのである。
「やっぱり、過激思想は苦手ですか」
坂本龍馬は嘗て、敬愛する先生から危険思想を理由に離反している。
彼は生きて死ぬまで、誰も排除されない泰平を追い求めて駆け抜けた英雄だ。
掲げていた思想だって、邪魔な誰かを排するのでなく、不要な人間を消して行くのではなく、衝突と障害をひとつひとつ対話によって取り除くというもの。
ナマエはそれを甘過ぎると考えている。だがそれはそれとして、そんな夢物語を本気で唱えるような男だからこそ、その眼差しは焦がれる程に美しいのかもしれない。
「…マスターがそう決めたなら、僕からは何も」
彼は困った風に笑った。ナマエは少し考えて「やめます」と宣言する。
「坂本さんが嫌なら、殺しはやめます。嫌われたくないですしね」
坂本さんは驚いた風に目を見開く。ナマエも、同じことを言われたら驚くだろう。
根源の為に聖杯戦争に参加している魔術師が、たかだかサーヴァント一騎の為だけにスタンスを変えるのだから。
「いいのかい?」
「勿論。わたしの本気、伝われば良いのですが」
そう真顔で返せば、坂本さんは苦笑するのだった。どうやらまだ、取り合って貰えないらしい。
▽
「坂本さん。調査がてら、デートと洒落込みませんか」
ナマエは性懲りも無く、己がサーヴァントに粉を掛ける。
かけられた方はこのやり取りに慣れてきたようで、「実地調査かい?」とニコニコ笑顔でサラッと流した。うーん、手強い。未だ、相手にされていない。
しかしナマエはそんなことではめげない。スマートフォンをたぷたぷと操作して、マップで定食屋を提示する。
「高知みたいに鯖にお酢掛けて食べる店は無いんですけど、焼き鯖定食とかは探し放題ですよ。この辺、会社が多いですからね」
坂本さんは眉を下げて、口をへの字に結んでいる。眉根を寄せて、言いづらいという雰囲気がありありと出ていた。
ナマエが「坂本さん?」と呼び掛ければ、彼は「あのね」と困ったように声を絞り出す。
「マスターが僕に好意を抱いてくれているのは嬉しいんだけどね。
名前で呼んじゃったら、僕が土佐訛りを隠してる意味が無いんじゃないかなあ…」
「隠してたんですか?カッコいいから、隠さなくても良いのに」
「そういうことじゃなくってね…」
坂本龍馬は赤面して、指をいじいじと手遊びしている。本気で照れているらしい。
そうしてゴホンと咳払いをして、仕切り直した後にこう言った。
「自分で言うのもなんだけれど、僕はそれなりに知名度があるだろう?」
「それなりというか、名前聞いたことない国民居ないと思いますよ。わたしも貴方のことはよく知っています。
これからもっと、知りたいとも思っていますよ」
「そう言われると、少し気恥ずかしいね」
「実際知名度補正強すぎて、剣を振ったら海が割れるじゃないですか」
本来、極まった武芸者でもなんでもなく、ただ剣を習っていたというだけでセイバーとして呼ばれたサーヴァントなど、弱いに決まっている。
史実がどうであれ、そのような記録じゃ歴史のバックアップから呼べるサーヴァントに補強など入らないのだ。
だが、坂本龍馬はその強過ぎる知名度により、どのクラスだろうが座からの狂った補正を受ける。有名過ぎるのである。
ナマエはそれを召喚した当初に、剣圧で海を割って走るという形で目視していた。有名人は盛られすぎてこんなことになるんだな…と酷く驚いたが。
「わたし、負けないですよ。坂本さんのことも絶対に殺させないです。暗殺なんてのは、特に防ぐの得意ですから」
ナマエの手の上で、魔術式が輝く。悪意に反応して作動するギミックは、自動で相手の魔力を反射する。
いついかなる時もオートで動くそれは、内側から壊されない限りナマエを守る絶対の盾になるだろう。
「だから安心して。貴方は殺させないし、わたしも死なない。坂本さんを一人にしないから。貴方の夢を、隣で追い掛けさせて」
坂本龍馬は寂しげに笑った。
まるで、そうなるはずがないとでも思っているように。
▽
「聖杯に祈ればいいじゃないですか」
そう言われた坂本龍馬は、困った顔をして頬を掻いた。
細身の色男である彼は、白い軍服に赤いシャツだなんてハイカラな格好をしている。
触媒でもあり、自前の媒介でもあるスミスアンドウェッソンをくるくると回すナマエを他所に、坂本龍馬は苦言をこぼす。
それはついさっき話していた、坂本龍馬の望みに対する言及である。
“誰しもが笑っていられる世界”
ナマエはそれが馬鹿馬鹿しいと思う。
世界は平等で、不公平に残酷だ。
全ての生命を天秤に掛けて、全体でのバランスを取るように出来ている。誰かが生まれれば、誰かが死ぬ。誰かが勝てば、誰かが負ける。
今やっている聖杯戦争だってそうだ。一対六で、不平等は振られる。
だけれど坂本龍馬は、「そうかなあ」と含んで笑った。
ナマエはその意味を汲み取ることが出来ず、質問を重ねるばかりだった。
「万能の願望器があるのなら、それに望むのは皆そうでしょう。それが最短なんだから」
そう捲したてると、坂本龍馬は笑うことを止めた。少し真剣な表情をして、ナマエの前に人差し指を立てる。
そうして、成人をとっくに過ぎた男が口を尖らせて釘を刺しに来るものだから、ナマエはとても可愛いと思った。こういうところも、すごく好きである。
「いいかい。聖杯は万能だけど、全能じゃない。僕の望みを願ってみたら、きっと大変なことになっちゃうよ」
「そういうものですか」
「そういうものさ」
ふうん、とナマエは軽く流す。
坂本龍馬が思ってたよりも保守的で堅実だったので、少し拍子抜けしたのである。
「もっと大胆で、豪胆な人かと思っていました」
「守るものが増えると、身動きが取れなくなるんだよ」
難しいことを言う人である。
ナマエは魔術師ではあったが、どちらかと言えば感性が一般人に近い。ロジカルに展開するウィザードではなく感覚派の使い手であったため、要領を得ない話は好まなかった。
だが坂本龍馬が好きだから、理解しようと思った。彼の孤独を、分け合えればと望んでいる。
「だったら、どうやって願いを叶えるんですか?」
「そうだね。一個一個、堅実に行くかな。…まずは目の前の、ナマエさんを笑顔にするとか」
彼ははにかんで、コーヒーを差し出した。ナマエが普段愛飲している、馬鹿みたいに甘くてマウンテンなコーヒーである。
ナマエはそれを受け取って笑みを返す。
坂本さんは「これ、毎食飲んでたら身体壊すよ…」と一日一本の縛りをナマエに課したが、仕事終わりは必ず二本目をくれる。そんなところが、益々好きになった。
口角を上げて慣れない笑顔を作れば、坂本さんは可笑しそうに笑う。
「君が嬉しそうだと、やり甲斐があるよ」
「それは…わたしが好きだと、そう捉えても?」
彼は少しはにかんで、照れた風に言った。
「そうだね。僕はナマエさんのことが、好きなんだろうね」
嬉しくて飛び込んだ身体を、思っていたよりも筋肉質な腕が抱き止める。困った様に眉を下げる英霊が、ナマエは愛おしかった。
▽
ナマエとセイバーは強かった。
知名度補正があったのもそうだが、坂本龍馬が反則級に器用だった。
細やかな立ち回りに、無駄ない駆け引き。戦場を掻き回した癖に此方は少しもダメージを負わず、漁夫の利で聖杯を手にしてしまった。
最優のクラスでありながら、殆ど無血で聖杯を得たのである。
この聖杯戦争は確かに、最優だったろう。
魔術師は最初の相手だけが死に、時計塔の損失は殆ど無い。一般人だって、坂本さんがそう望むから守り切っていた。これが最優でなければ、何を持って優れているというのか。
「さあマスター、君は何を願うのかい?」
一片も汚れずに純白を守ったままの衣類である。真っ白の男が黄金の杯を手の上で弄んで、ナマエにそっと手渡す。
ナマエは何を願うか、正直決めては居なかった。どうしても叶えたいような望みなどは無い。ただ、この坂本龍馬という男の夢がもっと知りたくなった。
元々この戦いに勢力的だったのだって、ナマエが坂本龍馬を好きになったからだ。
現界させ続けるには、勝つしか無い。勝った。後はゆっくり、坂本さんを口説くだけである。
いつのまにか、ナマエの興味は二つのことになっていた。一つは、坂本龍馬。もう一つは────彼の夢。
彼の見る世界はどのような物なのだろう。
ナマエにはてんで分からず、坂本龍馬の言う大海の一端しか理解することは出来ない。
だけれどその白い軍服が水面に映って、波飛沫に踊らされた金ボタンが煌めくのは、きっと美しいと思った。彼の航海に、時代に乗る姿に、ナマエもついて行けたらと。
「貴方の見る世界は、きっと素敵なのでしょうね」
聖杯を手にしたナマエは、願いを祈ろうとする。愛しい彼の、敬愛する英雄の、望みの果てを見ようとした。
そうして思い出す。彼はそういえば、聖杯は使わずに叶えると言っていたっけ。ではこの行動は、彼にとってどういう風に写るのか。
ぱん、と軽い音がする。
ぬるりと赤が視界を遮って、腹を濡らしたのだと分かった。
倒れこむ前にナマエのセイバーは身体を支えて、薄く微笑む。哀しげに笑う癖に、凶弾を放ったのはナマエのサーヴァントだった。
そこに悪意は無かった。彼は、悪徳を以ってナマエを殺すのではない。道を間違えたのは、ナマエなのだろう。
別にナマエと坂本さんは仲が悪かった訳でも、知らないところで嫌われて居た訳でもきっと無い。
彼がいつの日か言った、好きという言葉は本当だった。嘘なんかじゃない。坂本さんは本当のことを言わないが、嘘は付かない人の筈だから。
ただ、彼は世界の味方だ。友達の味方をしようとして、国の味方をしようとして、最後は世界の味方になってしまった、大馬鹿者の男だ。
たかだか一時のマスターの味方であることは、未来永劫に無い。
彼はきっと、何度だって同じことをするだろう。ナマエを好きになってくれても、好きなまま殺すだろう。そう自信を持って断言が出来る。坂本龍馬は、不穏分子を赦さない。
特異点を作ろうとする魔術師を、彼が殺されずに進んだ世界を見ようとした馬鹿を、むざむざ見逃す訳が無かったのである。
「わ、たしのこと。もっと好き、だったら。世界より、優先してくれ、ました?」
血を吐きながら、決まりきった質問を投げ掛ける。坂本さんは出会った時のような、哀しくて疲れた顔をしている。
「…世界を壊すような思想を掲げるなら、僕は止めるよ。どれほど君を好きでも」
「や、っぱり。そういうとこ、わたし…すきです。いちばん、すき。貴方の、高潔さが。まぶしかった、から」
坂本さんはナマエに言う。
答えを知ってて聞くのだから、ひどいマスターだと思う。
手繰り寄せて好きだと言えば、彼は一層哀しげに笑う。手袋のまま、ナマエの頬を撫でて、額に小さく口付けを落とした。
「ごめんね」
最後の最後で彼はナマエを拒絶したのだった。
坂本龍馬は善人が過ぎる。だから、たった一人で海原を見るのだ。寄り添う人も、竜も、友も、全てを世界のために燃やしてしまって。
孤独になっても、正しさを辞めない。万人の笑顔の為に、世界の味方であり続ける。
「後悔しているかい。僕なんかを召喚してしまったこと」
酷い人だ。そう言って笑えば、坂本龍馬は困った顔をする。
「貴方との旅路は、たのしかった」
悲痛な顔で謝られたら、呪うことなど出来ないだろう。そんなところが一番狡い。ナマエは彼が、そんな寂しい選択をしてしまう彼が、好きだったから。
それこそ、命を捨ててしまうくらいには。
▽蛇足
「おや、君は」
見た目からして、坂本龍馬ですと言わんばかりの男がナマエを呼び止めた。
カルデアには様々なサーヴァントが居るが、こんな名前が残っているばかりで大した功績も無い、ローカル英雄も召喚していたのか。
ナマエはシカトして通り過ぎようとする。呼び止められる理由に心当たりが無ければ、彼に対して興味も湧かなかったのである。
「待て」
ぐえ。黒髪の、長身の美少女がナマエの首を引っ掴んだ。
前のめりになって咳き込めば、坂本龍馬は「ちょ、ちょっと。お竜さん、それはダメだよ」と焦った様子でそれを咎める。
「おまえ、リョーマを見て何も思わないのか?」
美少女はそう尋ねた。
ナマエは坂本龍馬を見る。別に何も、思う所などない。
軟弱そうな佇まいも、甘い事を言い出しそうなところも、全く興味がそそられない。女連れで堂々とした振る舞いも、英雄色を好むってやつ?と悪口すら出て来る。
「別に、まったく」
「ふーん。残念だったな、リョーマ」
「いやいや、お竜さん。なんの話か、わからないでしょ」
青年は苦笑した。お竜さんと呼ばれた美少女は、ナマエから興味を失ったようで、フラフラと飛んで何処かへ行く。なるほど。彼女は彼女ではない。彼の宝具で、神秘の存在なのだろう。
「あっちの方が、よっぽど気になりますけどね」
お節介焼きの人外。去って行く背中は、離れては行くものの坂本龍馬と離れ難いと言っているようだ。
それを聞いた青年は、今度は可笑しそうに笑った。その瞳は、少しの親愛が見える。どうしてか分からないが。
「ナマエさんは、優しい人じゃからのう」
「わたしのこと、知った風に言いますね。別にわたしは貴方、まったく好きではないですが」
「あはは…はっきり言われると、それはそれで悲しいところがあるね」
だって。ナマエの愛した英雄は、ひとりぼっちの寂しい人だった。そんなところに、惹かれたのだ。
────あれ。それって、いつの記憶だろう。
首を傾げれば、坂本龍馬は笑った。その笑顔は少しだけ、心惹かれるものだった。